Ep62:絶望
明けましておめでとうございます!乾です。
怒涛のシリアス展開ですが、サブタイトル通り今回もなかなかに重い展開かもしれません。
明るい話は……うーん、しばらくないかもです。
息が吸えない。
どこにも入っていかない。
苦しい。
辛い。
なんでこんなことになったんだろう。
だって、この前はアゼリア先輩の誕生日パーティーをして、楽しくて。
もう少ししたら休みに入って、その後は俺はしばらく軍預かりになっていただろうけど、それでも、それでも。
こんな悪夢みたいなことにはならなかっただろう。
「貴方たちがいると、陽雪が私についてきてくれないから。だから、殺します」
その声には、悲壮感も切迫感も緊張感も何も無くて。
ただ、事実そうであるからそう述べたとでもいうかのように平坦な声色だった。
「んー…そうね、貴方たちには恨みがないというわけでもないので、一人一人、ゆっくりじっくりことこと煮込むように殺ってあげてもいいんだけど…」
そこで言葉を切る優奈。
その間を埋めるように聞こえてきた、ドンと響く、柔く重い音。
「ッグァァ゛!!」
そして苦悶の声。
「こうやって」
ドン
「グッ!」
「一人ずつ」
ドン
「グぎッ!」
「虫を踏みにじるように」
ドン
「ゥグァァ!!」
「…殺してあげても、いいんだけどね?」
「…ッァ……」
「見ての通り時間掛かっちゃうから。なんかもー口すっぱく『最短時間で帰還せよ』とか言われちゃってるし、残念ながらそれはできません」
呻くククリの声。何かを叩きつけるような鈍い音。それと、
「貴様ァ!!!」
「ひどい…なんてことするの!?」
怒りに満ちたみんなの声。
それだけで、今俺の背後で何が行われていたか想像するのは容易い。
ほらみろ。
すごく、すごくすごく、嫌なことが早速起こった。
愛する者が愛する者を傷つけている。
今、俺のすぐ傍で、殺そうとしている。
「…………めてくれ…止めて、くれ………!」
止めようとするが細くなった喉からは掠れて小さな声しか出ない。
俺の声は届かない。
「だからみんなまとめて殺ってあげる。喜びなさい、痛くはしないから」
そう言って、優奈がコッチへと戻ってきた。
足音が近づいてくる。
(…今だ)
今しか止めるチャンスはない。
俺はどうなってもいい、なんて安い台詞はいえないけれど、俺がどうにかなることで皆が救えるのなら安いものだと思える。
だから、俺が、止めないと。
「ゆ、うな!」
込められる限りの力を右腕に込めて、押し付けようとしてくる力に抗い精一杯伸ばす。
「っ?え、陽雪?」
今度こそつかめた。
良くは見えないが恐らく掴んでいるのは優奈の左足首。
離さないように更に力を込める。
「た、のむ、から…!止めて、くれ……!!」
「………」
「何でもする、何でも、するからぁ…!」
「…………衛兵」
返事をする代わりに優奈は指を鳴らして衛兵を呼ぶ。
その呼びかけに、膝を折っていた衛兵はよろつきながらも立ち上がり、二人の兵士が俺たちの下へと駆け寄ってきた。
「陽雪を立ち上がらせて。勿論丁重によ?乱暴なんてしたら許さないから」
「「ハッ!」」
空を切るように素早い敬礼の後、二人の兵士は床に這い蹲る俺の脇の下に腕を差し込み、上へと引き上げる。
さっきまで感じていた異常の重圧はなくなっていたのですんなりと立ち上がれたが、それでも尚全身を支配する途方もない倦怠感。
二人の男を振りほどくほどの力はどこにもない。
「ね、陽雪」
「……優奈」
立ち上がった俺より頭一つ分小さな優奈は、俺の目の前に立ち、上目遣いで言う。
その顔に満面の笑みを浮かべながら。
「よぉーーーーーーーー…く、見とくのよ?今からあの子達、きれーに吹き飛ばすから。大丈夫よ、陽雪のことは怒ってないから。多少私から心移りしたのは止むを得ないってことにしといてあげる。それに、全部跡形も無くきれいさっぱりなくなれば、さすがに優柔不断な陽雪でも未練ないでしょ?だって陽雪は私のことが好きなんだもんね?」
「あ…………………」
「ね?」
そう問いかけてくる優奈。
笑っている。
とても楽しそうに、嬉しそうに。
優奈が、笑っている。
そして俺に背を向ける優奈。
放つ言葉は簡単だ。
「欠片一つ残さず、『消えなさい』」
同時に白く、細い指が鳴らされる。
その次の瞬間。
空中に現れたのは黒い魔方陣。
「総員退避ッ!下がりなさい!!」
それを見たアリア少佐が叫ぶが、
「バン!」
引き金は既に引かれていた。
視界を埋めるのは目の前を真っ白に染めるような白い閃光。
絶対零度の熱さを感じる冷たい光。
それが、皆のほうへと迫っていく。
真っ白に 真っ白に
全てをかき消そうと、幾千もの閃光が稲妻の如く駆ける。
「やっ……!」
伸ばそうとした腕はすぐに引き戻される。
前に出ようとした脚は遮られる。
「止めろ!!!」
もう飽きるほど言ったこの言葉。
だけど、一回だって、届かない。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
閃光が壁や天井を貫いたことにより教室中に舞い上がっていた砂煙が少しずつ晴れていく。
現れたのは、血塗れのみんな。
「………………ハァ?」
――――――――では、なかった。
大きな、濁った薄橙色の結晶。
埃が舞った薄暗い教室の中、ぬらりとした光沢を放つソレは、数秒の後はじけるように割れた。
その向こう側に現れたのは、今度こそ彼らだった。
傷一つない、みんなだった。
「っ、ハっ、ハっ、っぅ………~~~ッぇホ!ゲホ!!」
しかし、すぐに酷く咳き込む音が聞こえてくる。
「カ、ハァッ…!!」
「エミリっ!?」
ガク、と喉を押さえながら膝を付くエミリ先輩。
とっさにアリア少佐が体を支える。
「え、エミリ先輩!!く、そぉ!!離せ、離しやがれこの…!」
もう我慢ならない。
そう思って出せる限りの力を出してもがくけれど、両脇を押さえる兵士はびくともしない。
あるいは、俺の力が全く入っていないだけか。
「~~~っ!!」
(なら、魔法を使うまで――――――!)
「やめなって。魔法のことだったら私、どうにだってできるんだから。痛い目見るのはあの子達だよ?」
しかしその案も却下。
こちらに一瞥もくれずに放たれた優奈の言葉は、嘘と断ずるには余りに現実味がありすぎた。
そしてその優奈は口元に手を当てながらぶつぶつとつぶやく。
「……防壁魔法?でも普通の防壁魔法なんかであれを抑えられるわけないし………どういうこと?…チッ、腹立つなぁ……」
不満げに舌打ちをする。
そして
「………でも、二発目は耐えられない、か」
パチン
軽い音。
―――――――――――――絶望の、音。
「『ヤ メ ロオオオオオオオォォォォ !!!!!!!!』」
「………………………………もう、止めて、くれ…優奈…………」
「…………………陽雪、アンタ……」
もう、何も考えられない。
頭が、回らない。体に力が、入らない。
魔法を使う気は無かった。
ただ、叫んだら、体中から根こそぎ魔力が持っていかれた。
無意識のうちに魔法を発動していたのだろう。
そしてその結果、優奈が発動しようとした魔法は空中にあった魔法陣ごと掻き消えた。
「……やっぱり、そうなんだ。そうなんだよ、陽雪。アンタは、私の傍に居た方が幸せなんだよ」
「…んでだよ…俺は、みんなと居たい。みんなを、守りたい」
訳が分からない。
どうしてそうなる。
優奈のことは好きだ。大切だ。少なくとも、そうだった。
だけど、だからって今、みんなと離れることは俺にとって苦痛でしかない。
「いま、自分が何したか分かってる?」
「…?」
「…そう、分からないんだ。……じゃあさ、陽雪。アンタはどうして、防壁魔法がつかえないの?」
「…………え?」
「守りたいって、大切だって言うみんなを守るために、アンタはどうして防壁魔法を使わなかったの?今の今まで、一度だってアンタはそんな素振りすら見せなかった」
「そ、れは」
「使えないんでしょ?」
「…違う」
「アンタは防壁魔法が使えない。それは分かりきったことよ。私には理由が分かる」
「違う」
「アンタは壊すことしかできない。何かを守ることなんて、陽雪にはできないんだよ」
「違う!!!!」
――――――何を分かった風に。
俺は、大切な物を守るために強くなった。
大事な人を傷つけないために強くなった。
壊すためじゃない。傷つけるためじゃない。
絶対に、
「絶対に違う!!!!」
防壁魔法は、確かに使えない。
どんなに練習しても発動の兆しさえ見えなかった。
でも魔法には向き不向きがある。
補助魔法が得意な人。攻撃魔法が得意な人。感知魔法が得意な人。
だから、俺が防壁魔法が使えないのは、向いていないだけ。
それだけのことだ。
「それだけのことだ」
「………違う。違うよ、陽雪。私達神依りは、どんな魔法だって顕現できる。その才能が与えられている。この世界の普通の魔導師とは違うの。…だけど、陽雪は使えない。それがどういうことか分かるでしょ?」
「分かんねぇよ、俺が、壊すことしか出来ない!?そんなことが、あるわけがない!!!」
そうだ、ありえない。
守ると決めた。護ると誓った。
だからありえない。
もう、アッチの世界のように、全てを失うのなんてまっぴらごめんだ。
俺が守る。全部守る。
大事なもの全部、全部、俺が――――――――――。
「タイムアップだ、優奈ちゃん。もういい加減帰らないと、俺が怒られる。一応これでも宰相だからね」
突然のことだった。
蒼いローブの男が前に出て来た。
背が高く、若い男だ。
この男が、ヴォルジンの宰相?
「…………そうだね。もう潮時か。じゃ、いこっか、陽雪?」
しかしそんな風に戸惑う俺をよそに、優奈の一声で俺は両腕をつかまれ、連れて行かれる。
そんな俺を追うように誰かが駆けて来る。
「ふ、っざけないで!!連れて行く?私になんの断りもなしに!?舐めんじゃないわよ!!!」
――――クロアの声だ。
「『動かないで』。アンタは特に不快なんだから。今すぐ、くびり殺してやりたいくらいに。だから、それ以上陽雪に近づかないで。『黙ってそこに突っ立ってなさい』」
しかし、その声も足音も、すぐに聞こえなくなった。
「…それじゃあ行きましょう」
「そうだね。行こうか」
一歩、一歩と兵士が進むたびに俺とみんなとの距離も離れていく。
向かう先には杖を持ったオリビア先輩。
「えぇっと、オリビア?要領は最初と同じよ。魔力を込めて、思いっきりやって頂戴」
「…………………畏まりました」
そう言って、オリビア先輩はおもむろに杖を床に振り下ろした。
瞬間、教室中に真っ青な光が満ちていく。
あの時と同じだ。はじめのときと、同じ色。
オリビア先輩の持つ杖の先には青色の光を放つ魔方陣。
これが発動してしまえば、俺は。
「――――――っい、かない。行かない、行かない!俺は、ここがいい!!イヤだ、イヤだ!!!!」
「…わがまま言うな、陽雪」
前を歩いていた蒼いローブの男が振り返る。
顔は見えない。
「行くぞ」
だけど、分かった。
そいつが誰だか俺は知っている。
心が、折れた。