Ep60:背信
今回からシリアスのターンです。そして(私が)お待ちかねの話です。
あと、関係の無いお話ですが、もうそろそろ被お気に入り件数が2000件行きそうでとても嬉しいです。いつもありがとうございます。
更新速度が如実に遅くなっていてとても申し訳ないのですが、今後も精一杯頑張って執筆してきます。なので皆さんにもまたーりゆたーり楽しく読んでもらえれば嬉しいです。
次の日。
目を覚ましたら、知らない天井の変わりにククリのドアップがあって不快だった。
その次の日。
何もない朝だった。それこそ至高の喜びだと知った。
その次の日。
ひさしぶりにブラックアリスを拝むことができた。できれば誰か封印の方法を教えてくれ。
その次の日。
やっとアゼリア先輩とまともに話ができた。話によると何か戦闘中邪魔にならないようなアクセサリーが欲しいらしい。「常にお前と共にありたいから」って…さすがにベタベタすぎて顔が熱くなった。
その次の日。
放課後に生徒会の権力を行使して無理やり外出許可をもぎ取った。無論プレゼントを探しに行くためだ。
その次の日。
当日には難かしいので前倒ししてアゼリア先輩とニコル先輩の誕生日会を放課後にひらいた。照れてはいたけど喜んでくれてよかった。…知らんうちにククリが持ち込んだ酒で知らんうちに酔っ払ったアゼリア先輩におねだりされてキスしたあとに、ダークアリス(ブラックなんぞかわいいものだ)に押し倒されて唇奪われ、あとはセオリーどおりクロアの魔法弾ぶちかまされたことは、いつか、いい思い出に、なるのだろうか………。
その次の日。
そろそろ学校中がばたばたし始めた。廊下をパタパタと走っていたオリビア先輩をみた。あの人も走ることがあるんだと当たり前ながら少しばかり驚いた。
その次の日。つまり今日。今。このとき。
深夜、目を覚ます。
目の前が歪むような魔力の余波。
轟く爆音。響く悲鳴。
目覚めの挨拶としては、最悪だった。
かけていた布団を払いのけて起き上がる。
「ククリっ!」
「起きてるっス!!」
返事と共に、文字通りククリが飛び起きてきた。
頭にはアホみたいな寝癖がついているが、目は確かに開いている。寝ぼけている様子はなさそうだ。
「一体何事っスか?なんかすごい爆発音みたいなのが聞こえたんスけど…」
「分からん。だけど―――」
脳裏をよぎったのは、ここ数日頻繁に飛び交っていたあの噂。
『學園がヴォルジンに狙われている』
「―――魔力の余波も感じるし、さっきの爆発音。ただ事じゃない。…ククリ、気分はどうだ?」
「は?気分?いや、まぁ…そーいわれると、なんだか頭がくらくらするような気はするっスけど……ていうか魔力?ってどういうことっスか?」
「…時間ができたらいつか説明…できたらいいな。ともかく、今はこの場を離れるのが先決だ。いくぞ」
「わ、分かったっス」
理解は仕切れていないものの、とりあえずククリは納得してくれた。
それを確認してから俺たちは部屋を出る。
と同時に、左から走ってきた男子と肩がぶつかった。
「っ!」
「っぶねぇーな!何ちんたらしてんだ、邪魔なんだよ!!!」
青ざめた顔をしたその男子生徒は唾を飛ばしてそう叫ぶと、またなりふり構わぬ様子で玄関ホールへと駆け出していった。
「大丈夫っスか!?」
「あ、あぁ………」
その余りの勢いに飲まれて何もいえないまま、俺はそいつの後姿を見送る。
しかしあたりを見渡せばそいつの行動は異常であって異常でないことにすぐ気がついた。
「……なんだよ、これ…」
阿鼻叫喚。
正にそう表すのがふさわしいような状況だった。
怒号が飛び交い、その癖に皆不安そうに顔を青ざめさせながら一心に出口目指して駆けて行く。
「ヴォルジンが、ヴォルジンが攻めて来たんだ!!逃げないと殺されるぞ!!!」
「嫌だ嫌だ嫌だぁ…っ!ぼ、僕は貴族だぞ、こんなところで死ぬことは認められていないぃぃぃ!!!!」
「起きてないヤツは叩き起こせ、死にたいヤツは置いていけ!!!!」
爆発音がしたのはそんなに前のことではないのに、もうこんなパニック状態になってるのか?
「早すぎる…」
恐怖が、混乱が伝播するのが余りに早すぎる。
そんなにあの噂が効果しているのだろうか。あるいは、魔力酔いの一種で皆が一様にパニック状態になっているとでもいうのか?
「な、何っスか、これ…いくらなんでも、みんなビビリすぎっス!」
「分からない。でも、いずれにせよ非常事態ってのは変わりない」
爆発はともかく、空気中に漂う魔力量からして、何かしらの魔法による襲撃を受けたのは確かだ。
この場にとどまれば間違いなくククリは魔力酔いで潰れてしまう。
本当ならリオールの無事も確認しておきたいところだが…。まぁ、アイツならうまいことやるだろう。
少なくとも、後ろのコイツよりは器用に立ち回るはずだ。
「…ここに居ても仕方ない。とにかく、玄関ホールまで行こう。教官が指示飛ばしてるとこまで行けば、少しは統率とれてるだろ」
「了解っス」
そして俺たちもようやく他の生徒の波に乗って男子寮から脱出することにした。
廊下を走っている間も、さっきの男子生徒のように俺とぶつかり、押しのけるように逃げ出して行くヤツは後を絶たない。
(何かがおかしい…)
魔力酔いだけでは説明のつかない、襲撃によるパニックだとしても余りに強烈な混乱がこの場を支配している。
(何かが……)
その何かが、俺には分からなかった。
「貴様らそれでもエイファン學園で指導を受けた学生か!?足を止め、頭を回せ!!お前らは逃げ出すことを許されてはいない!!お前らは踏みとどまり、戦い、護国を守る使命を帯びた誇り高き軍人となるのだろう!!!情けない面を見せるな、情けない声を上げるな!!その空っぽの頭で今私が言ったことが理解できたものはそこに直れッ!!!!」
多くの生徒が我先にと逃げ出してきた玄関ホールには同じようなことを考えた女子生徒も多く集まり、普段では考えられないような人数が納まっていた。
それこそ混乱状態になりそうなものだが、ここに来てようやく指導教官の一人が姿を現した。
厳しい号令は一見すれば怒号のようだったが、烏合の衆は、その声によって適切な支持を与えられて一先ずの沈静をみせた。
「理解できない愚鈍はいつまでも騒いでいろ!現在、學園は敵勢力による襲撃を受けている!!いいか、今正に、我々は襲われているのだ!!!…理解したな。それでは指示を与える!!!」
普段は低学年の格闘訓練を受け持っている黒髭の教官は、普段は恐怖の対象でしかないのだろうが、今ではこの上なく頼もしい存在となっていた。
「ハル、俺たちはどうするっスか?」
「え?いや、どうするって…今はとにかく、教官の指示に従うしかないだろ。たぶんここからだと…講堂に集合することになるんじゃないか?どこが攻めてきてんだがしらないが、軍本部からそう離れてないんだ。軍が来るまで立てこもればそれで終わりだよ」
「そ、っスか…」
そういいながらククリはあたりをきょろきょろと見渡す。
「どうした?」
「……オリビア先輩の姿が、見えないんス…」
「オリビア先輩?」
それを聞いて俺もぐるっと視線を走らせるが、それらしき黒髪の女子生徒は目に入らない。
そもそもこれだけの人数の中から一人を見つけ出そうってほうが、無理があるのだが。
「確かに見つからないけど、別に大丈夫だろ。あの人はお前と違って頭のいい人だし、無茶はしない。ちゃんとどこかに居て、非難するよ」
それにそんなことを言えば俺だってクロアやアリス、アゼリア先輩の無事が気にならないわけじゃない。
だけど、あの人たちのことを信頼もしている。
下手な冒険心出して無茶するような馬鹿じゃない。どこかでうまいことやってるはずだ。
…勿論、何かあったとなれば、なりふり構わず助けに行くが。
しかし、俺のそんな説得に対して、ククリは顔をうつむけながら頭を振る。
「………違うっス。確かに、そうなんスけど、違うんっス。そうじゃなくて、オリビア先輩……………………あ?」
「え?」
「…オリビア先輩…?」
ふらり。
と、よろけるようにククリは一歩前に踏み出す。
「お、おい」
それを引きとめようと肩に手を当てながら俺もククリの見つめる先を見る。
大分遠くだが…確かに、オリビア先輩のような、黒髪でおかっぱの女子生徒が見えたような気がした。
その子の頭は人影に見えたり、隠れたりを繰り返しながら、しかし確実にどこかを目指して俺たちから遠ざかるようにどこかに向かっているようだった。
教官の指示はまだ続いている。つまり、女子生徒は勝手にどこかに行こうとしているということだ。
「オリビア先輩!!」
「ちょ、ククリ!!?」
2人の間で何があったかは知らない。
でも、確かにククリは酷く動揺しながら、そのオリビア先輩“らしき”人影を追って、俺の手を振り切って駆け出していってしまった。
「おまっ、馬鹿野郎!!どこ行くっつーんだ、って、この、邪魔だ!どけ!!」
慌てて追いかけようとするがちょっと動くだけで人とぶつかる。
そんな俺に対してククリは小柄な体を生かしてするすると人ごみを抜けていってしまう。
あんなに混乱したあの馬鹿を、こんなに混乱したこの状況の中、一人放り出してしまって良い訳がない。
「おい!こら、止まれ、この馬鹿!!ククリぃ!!!」
人を押しのけながら、文句を言われながら、言い返しながら。
俺もどうにかこうにかククリを追いかけ始めた。
<こんの馬鹿っっ!!!>
頭に直接響くような――――いや、正しく頭に直接響いている―――怒号が聞こえたのは、ククリを追いかけて魔法科棟一階の廊下を走っているときのことだった。
「ぃ~~~~~~っっ!!!???」
一気に心臓が収縮した。
これ、心臓が弱ってたら死にかねないぞ。
「っにすんですか少佐!?俺のこと殺したいんですか!!?」
あたりに人が居ないことは明白だったので、声に出して返事をする。
やったこと無いとわかりづらいだろうけど、頭の中でだけで会話するのって結構難しいんだな、これが。
<貴方こそアタシのことを憤死させたいみたいねぇ!!この状況でどこほっつきあるいてんのよ、さっさと帰ってきなさい!!>
「いや、俺だってこんな無茶はしたくないんですけど、ククリの野郎が……おいコラ!ククリ、止まれこの馬鹿野郎!!」
<馬鹿野郎は貴方よ!貴方、自分がどれだけ重要な身分かわかってないの?どうして貴方をこれから無期限休学させてまで軍本部に引き込もうとしたか分かってないの!?>
「…は?」
<ヴォルジンが貴方のことを狙ってるって言う情報が入ったからよ!!!…まぁ正確に言うと、クロネコちゃんだけじゃなくて、こっちのアルエルドを狙ってるらしいけど。特にクロネコちゃんは他のアルエルドと違って動きが派手だから、目をつけられ易いのよ。だから引きこもって欲しかったの!!>
「…つまり、アレですか。今攻めてきてるヤツはヴォルジンの組織ですか…?じゃあ、あの噂は本当に…」
<分からない。さっきの砲撃も十数発、中級程度の魔法弾を遠距離から撃たれただけだから、どこのどいつがやったのかはまだわかってないわ。だけど、ここはかのエイファン學園よ?…帝国の中に、ここを攻めようとする馬鹿がいるとは思えない。それに、あの程度の魔法ではさすがにここが特別魔的防御力の高くない建物だからって簡単には落ちないわ。……でも>
ため息をつくように一息入れてから、アリア少佐は言った。
<貴方の言う“噂”とのタイミングが、余りに合いすぎている。だからこその、この混乱状態。狙っているとしか思えない>
そしてさらに「だから」と言葉を続けて、
<戻ってきなさい。今貴方が単独で動くのは危険すぎる。クロネコちゃんを連れ去るなんて、相当難しい芸当だけどできないわけじゃない。どちらにせよ軍は貴方の身柄を確実に確保したがっている。悪いけど、これは上司としての命令よ。今すぐ、講堂に、戻ってきなさい>
「…………っ」
―――――分かりました。
まさに、そう返事をしようとしたとき。
「―――――オリビア先輩っ!!」
そう遠くないところで叫ぶククリの声と、ドアが開かれる音が聞こえた。
「………ごめんなさい、アリア少佐」
<クロネコちゃん?>
ドアが開かれた、ということは、ククリがオリビア先輩を確保するのも時間の問題だろう。
つまり、俺がククリを捕まえるのも以下同文。
ここまできたら引き返せない。
――――それに、さっきから不気味なほど静かだ。
さっきまでは怒声やら泣き声やら攻撃音が響いてうるさいくらいだったのに、だ。
嫌な予感しかしない。
「アイツ、馬鹿だけど、友達なんだ。…初めてできた、親友なんだ。見捨てられない」
<っ、分かってるの!?アタシは命令だといったはずよ!!!>
「…懲罰なら、後でいくらでも受けます」
<ハル=ライザック!!!>
「………ごめんなさい」
そして、俺は初めて、意図的に自分から通信を切った。
意識していればあっちから再接続しようとしてきても、それを事前に切ることは可能だ。
申し訳ないとは思っている。
だけど、俺にとってククリは、「守らなきゃいけない大切な人」だ。
見捨てることなんて、できない。
「……行こう」
入った部屋の検討は着いている。
そこに、ククリとオリビア先輩はいるはずだ。
(それにしても、オリビア先輩は何のためにこんな状況で一人ほっつき歩いているんだろう…?)
その疑問は、驚くほどあっさりと解明した。
「ククリ!テメェこの馬鹿野郎!!」
ククリを追いかけて教室に入ったとたん、目を焼くような青い光が周囲を照らした。
「―――――っ!??」
思わず腕で光を避けるが、それでも一瞬見てしまった光がまぶたの裏でチカチカしている。
そして同時に感じる魔力の残滓。
魔法を行使した後に必ず感じる魔力の余波だ。
(何かの攻撃魔法か…!?)
そう判断し、すぐに腕を下ろして臨戦態勢をとる。
「ククリっ!!」
名前を呼ぶと反応があった。
しかしそれは俺へではなく、彼が探していた彼女への呼びかけだった。
「……オリビア、先輩…?」
戸惑ったような、泣き出しそうな、良く分からない声色。
教室中を照らしていた光が少しずつ収束すると、その向こう側から人影が見えてきた。
――――――二人ではなく、複数の。
一人は呆然とした顔で立ち尽くすククリ。
一人はそのククリから少し離れて背を向けるように立つオリビア先輩。
右手には、どこかで見たような、杖頭に立派な宝石のようなものがはめ込まれた杖を持っている。
そして他数名。
誰かなんて知らない。
でも、どこのヤツかは分かる。
大層な甲冑を纏った複数の大男に守られるように立つ、白色と蒼色のローブを着た二人の人間。
額の文様を隠すためのその陰気な風貌は今まで幾度も見たことがある。
これで今回の襲撃が間違いなく、ヴォルジンの手によるものであることが分かった。
しかし問題なのは、もはやそのことではない。
何故。どうして。どうやって。
このヴォルジンの人間達は、ここに、何の前触れも無く、さも当たり前かのように、存在するのだろうか。
「―――――――」
その答えは、青ざめた顔で立ち尽くすククリなら知っているのだろう。
信じがたい。信じたくない。信じられない。
俺ですら、叫び出したくなるような、その答えを。
「ご苦労様。…えっと…」
「オリビア=シャーローン。僕らの協力者であり、今後は良き配下となってくれる子だよ」
「そう、オリビアね。本当に今まで長い間ご苦労だったわね。…でも、本当に良くやってくれたわ。もう抱きしてめてキスして胴上げしたいくらい。…………だって」
ばさり、と音を立てて、白いローブを着たほうが、かぶっていたフードを後ろへと落とした。
前に立つ兵士の所為で顔は良く見えない。
そして、そいつに近づくようにうつむきながら歩いていくオリビア先輩の顔も、見えない。
「お、オリビア、先輩…!!」
ククリが追おうとするが、
「んの、馬鹿野郎!!」
後ろから羽交い絞めにして止める。
「な、ハル!?や、離してくれっス!!お、オリビア、オリビア先輩がぁっ!!」
「黙れ!!!!この状況見りゃ分かるだろ!?逃げるんだよ、あの人はもう止められねぇんだ!!!も、元々、俺たち裏切ってたんだ!!!だから、ここから、逃げるんだよ!!!!」
「ち、違う!違う違う違う!!オリビア先輩が俺たちを裏切るなんて、そんなの、違う!!!!」
腕の中でククリが激しく暴れる。
違うと、ありえないと、全身で抗議するように。
そしてそれに賛同する声が一つ。
「その通りよ。彼女は裏切ってない。むしろ、貴方に協力してくれたのよ、ハル=ライザック」
背後にフードの男女を匿っていた兵士が横に退き、女が一歩、二歩と俺たちに近づいてくる。
――――――――近づいて、くる。
顔が 見えた。
ありえない。
そんなことが あるわけが ない。
そんなの。
ない。
ない。
ない。
ない。無い。ない。ない。ない。無い。ない。
無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い。
「なんて。…ちょっと他人行儀すぎた?ごめんね。久しぶりすぎて、ちょっと距離感掴みかねてるかも。…………会いたかったよ、陽雪。ずっと、ずっと、会いたかった!」
ありえ ない。
「――――――――――――――――――優奈?」