Ep59:戦争
早いもので、もうちらほらとクリスマスイルミネーションが現れ始めましたね。エコがどうのとか騒ぐなら真っ先にあの風習をやめるべきだと思います。
全く関係のない話題から入りましたが、今回からそろそろラストスパートかけていきます。っていってもまだまだ終わるには時間かかりそうですけどね…。もうしばらくお付き合いのほどよろしくお願いします。
「―――――――――以上が、軍本部からの通達だ。何か疑問点はあるか?」
エイファン第弐學園魔法科棟に臨時配置されている魔法戦闘特別対策部分室には現在、全所属員が集合している。
空き教室を使用しているためさほど広くはない。が、人数も少ないので問題はない。
その教室の中央部に長方形を描くように配置された長机。
臨時会議を取り仕切る副会長…改めライナス少尉は俺から見て右はす向かい、机の真ん中の席で窓に背を向けるようにして全員の顔を見渡している。
「…何も無いな?」
再度ライナス少尉が確認をとるが、異論、疑問の声は上がらない。
ただ、皆眉根を寄せて複雑そうな顔をするだけだ。
かく言う俺も同じ。
まさか。そんな。信じられない。
口にするなら、そんな陳腐な感想しか出てこないからだ。
「アルフィリア少佐」
誰も意見しないことを確認した後、ライナス少尉が隣に座るアリア少佐を見る。
「………………」
コツ、コツ、コツ。
不機嫌そうに机を叩く細い指先。
「…アルフィリア少佐?」
再度ライナス少尉が発言を促すが、無言。
返ってくるのは無機質な硬い音のみ。
アリア少佐は黙り込んだまま、ただじっと机に置かれた書類を見つめて――――否、睨み付けて――――いる。
誰も声をかけられずに時が過ぎる。
そして数分後。
すぅ、と空気を入れ替えるような息を吸う音のあと、ようやくアリア少佐は口を開いた。
「少尉から伝えられたことで全てよ。私から何か新しく伝えるべきことはない。―――――――――近い未来、ヴォルジンとの戦争が始まる。ほぼ試験運用扱いで今までまともな独立部署として扱われていなかった我が魔法戦闘特別対策部も、じきに正式な指令が下るはずよ。…他部署に組み込まれる、ということも考えられないではない」
その言葉を聞いて初めて他のみんなが口を開いた。
「そんな!?私達は私達に求められた要求を完璧にこなしていたはずです!それなのに部署が分解されるなんて!!」
「俺はリーン少佐にならついていけると、ここまで頑張って来たんです!!」
「少佐!!!」
さっきまであんなに静かだった部屋がにわかに騒がしくなる。
が、アリア少佐は落ち着き払った声でそれを制した。
「落ち着きなさい。まだ、そうと決まったわけではない。ただ、軍本部から正式に學園からの撤退を命じられたことは事実。明日の授業時間が終了し次第、全ての機材、書類、武器、情報を回収あるいは抹消。後に軍本部へと帰還する。……それと」
すっ、とアリア少佐の視線が真向かいに座る俺へと映る。
纏う服はいつもと同じ。姿かたちも変わらない。
されど普段とはまるで違う目で俺を見つめ、少佐は話し始めた。
「クロネコちゃん…改め、ライザック戦闘員にも、今期を限りに無期限の休学が命じられています。その後の所属は恐らく、年をまたぐ頃には完全に軍へと移行することになるわ」
「え……?」
「退学扱いにはならないだろうけど…この戦争騒ぎが落ち着くまでは、少なくとも學園へと帰ることはできないと覚悟して」
「そ、そんな急に!勝手過ぎる!!」
机を叩きつけるようにして勢いよく立ち上がる。
無期限休学?軍へ帰還?
そんなこと、今の今まで一度だって言われたことは無かった。
確かに今日の会議での通達で、アルノードとヴォルジンの状況が最悪なことは分かった。
早ければ年が明ける頃には戦争になりかねないことも。
そういう噂はちらほらだが、學園内にも流れていた。
だけど…!!
「俺に一言も断り無しで、そんな勝手な決定がありますか!?」
「えぇ、勝手よ。横暴ね。だけど忘れないことね。――――私は、貴方の、上司よ」
「っ…!」
「アルエルドである貴方は軍からの監視を逃れることはできない。軍人として軍に忠誠を誓わないのであれば、実験体となって支配されるだけのことよ。そして、貴方は…それと、ランバルディア中将は前者を選んだ。軍人である以上上司に逆らうことは許可しない。言葉を慎みなさい、ハル=ライザック」
「……………失礼、しました」
「…分かればよろしい」
湧き上がる悔しさを飲み下して席に着く。
軍に所属するのが嫌なわけではない。
戦争へ、下手をすれば兵器として投入されるのが不服なわけじゃない。
そんなことは百も承知で俺はこの學園で勉強や訓練をしてきた。
大事な物を守るためなら喜んでこの力を振るう。
だけど、その「大事な物」を他人に勝手に定められるのは、嫌だ。
それがたまらなく悔しい。
その決定に逆らうことのできない自分が、情けない。
「それじゃあ話はこれで終わりね。ライザック戦闘員を除くみんなは明日の業務が終了し次第撤退準備を開始。消灯時刻が過ぎたらガルー車で軍本部へと帰還して頂戴。そしてライザック戦闘員は、明日を含めて十日後の終業式の日。帰郷する他生徒の車に紛れて軍本部から迎えの車が来るのでそれで帰還。以後の指令はまた全員の帰還が確認できてから集合をかけるわ。いいわね。それじゃあ解散!」
そしてそのまま会議は終了した。
みんなそれぞれにそれぞれの目的のために散っていく。
書類整理などで色々と忙しいのだろう。
(…俺も、あまり時間は無いな)
確かに他のみんなよりは10日と猶予はあるが、それでもすごくあまっているわけじゃない。
それになによりいつまでもここに居ても仕方ない。
「…解散って、聞こえなかった、クロネコちゃん?」
アリア少佐にもそういわれてしまったので、お先に失礼することにした。
「―――――――さぁーてと、っと…」
対策部を出て、どこへ向かうでもなくぶらぶらと廊下を歩く。
そして放課後なのでちらほらすれ違う生徒に挨拶とかされたりそれに返したりしながら今後の予定を考える。
ククリとかとした戦闘訓練の約束とか、さっさと済ませておかないと。
あと、アリスに借りた本も返さないとな。
意外と、どっかで生きている限り、そこへの縛りってものは知らず知らずのうちに積み重なるものだ。
(これが武闘祭前じゃなくて良かったよ)
突然俺だけ抜けます、なんて言ったら委員のみんなに殺されかねない。
…もしかしたら、だけど。
これでもアリア少佐は軍への帰還を引き伸ばしてくれていたのかもしれない。
今期終了までなんてちょっと切りが良すぎる。
だとしたら…感謝しなくちゃいけないな。
「……俺、また學園離れなくちゃなんないのか…ハァ…」
思わずため息が出る。
トータルしたら俺、本当に僅かな間しか學園通ってない気がするぞ?
全く。やれやれ、だ。
「ねぇねぇ聞いた?」
「え、なに?」
「ホルスさん、今週末に実家帰っちゃうんだって」
「は!?何それうらやましい!!」
「ねー」
そのとき。
ちょうどすれ違うように歩いていった女生徒の会話が耳に入る。
その内容が気に掛かり思わず振り返ると、茶髪を肩口まで伸ばした子が身振り手振りを交えつつ隣を歩く金髪をお下げにした友人に噂話の続きをしている所だった。
「なんでけーちゃん帰っちゃうの?」
「なんで、って、アレだよアレ」
「アレで全てが伝わるほど通じ合ってないの、私達」
「えー?アレっていえばアレだよ。最近噂になってるじゃん。『ヴォルジンが戦争しかけてくる』『真っ先に狙うのは帝都…と見せかけて、この學園だ』って」
「はぁ?確かに戦争になるかもしれないって噂は聞いたことあるけど…疲弊もしてない軍都を最初に攻め込むとか、作戦立案の授業で言ったら怒られるよ?」
「だぁかぁらぁ、ヴォルジンにはこう、一発で軍都崩壊させる大魔術があるんだって!でも軍本部は魔的防御力も高くて攻め切れないから、エイファンのもう一つのシンボルである學園狙うんじゃないかって」
「……まぁ、そういうことなら分からなくも無いけど。長期戦覚悟なら、将来的な戦力つぶす意味にもなるか…」
「うん。なんか上級生とかは軍に徴兵されるかもしれない、っていう噂も聞いたことあるし」
「は!?ちょ、上級生って何年からよ!!」
「えー?普通に考えたら八年制なんだから、五年生くらいからじゃないの?」
「………そら、実家帰るわ………ていうか私も帰りたい……でもうちのお父さんなら喜び勇んで私を戦場へ送り出しそうだわ……武勲を立てて来い!とか言いそう……うぁぁぁ………」
……人の口に戸は立てられない。
まぁ、さすがに學園を襲う、ってのは情報が歪曲した末の産物だろうが、戦争が始まるという緊張感は既に大部分に伝わっているらしい。
あと気になるのは…
「…上級生が、徴兵される、か…」
俺のような特殊ケースではなく、一般の学生が徴兵されるという噂。
「……ありえないな」
一瞬考えをめぐらせてすぐに否定する。
ありえない。
もし、アルノードが現在かなり疲弊しきった状態で戦力の著しい減退が認められている状態だったとして。
だとしたらかつての日本が学生を徴兵したように、軍学校に通う生徒を吸い上げるのは至極当然だ。
いずれ軍人になるために日々訓練しているのだ。そこで使わずしていつ使う、となるだろう。
(だけど今はそもそもその戦争すら始まっていない)
疲弊云々、徴兵どうのこうの、という話が現実になるにしても、大分先の話だ。
ヴォルジンの力が盛り返してきているのは軍で仕事をしていれば嫌でも耳に入る。
だが、それでも軍事大国となったアルノードを一挙に巻き返せるほどの力があるとは思えない。
しかし、それでも「もし」を想定するのであれば。
「……一発で軍都崩壊させる大魔術、ね」
そういえばいつだったかつぶした組織に居た数人のヴォルジン人が口々に言っていた「巫女姫」の名。
ヴォルジンが新しい旗頭を得たことは既に明白だ。
…だが、ありえない。
どこぞのマッドには魔力爆弾といわれている俺ですら、一発で軍都崩壊させるほどの魔法など使えない。
長い年月かけて陣を敷き、あらかじめ魔力を溜め込んでおけば分からないが…。
あまりに現実的じゃない。そんな案を戦争に使うとは思えない。
(…………だけど、それでも)
戦争とは、最悪の可能性を想定して動くべき、なのだろうか。
今日明日の話ではないとしても…不安材料は払拭すべき、か?
「……………もし、本当に學園を狙っているとして…」
あの噂どおり學園の魔的防御力は軍本部ほど高くはない。
むしろ魔法科棟の場合、内側からの魔力漏洩に対する対策こそ入念だが、外側からのそれとなるとある程度のレベルでしか施されていない。
そもそも攻め込まれることを前提としていないのだ。この學園のつくりは。
(当たり前だけどな)
なにせ軍都エイファンの中央部にたっているのだから、そんなことを考える必要は無いのだから。
…だけど。だからこそ。
「調べるべき…なのかな…」
いやしかし、俺は魔力探知はからっきしだ。才能ゼロ。
魔方陣についても専門外だし……うむむむ………。
「うむむむむ…………」
「………チェスト」
「…って、ぎゃあああ!!!」
「おぉ、背後からの不意打ちをかわすか!さすがはハルだな!!」
ブンと重たく空を押し切りながら何かが迫ってくる音がして慌てて前転でかわすと、それに驚きながらも喜ぶ黄色い声が聞こえてきた。
誰なのかはほぼ確信しながら肩越しに振り返る。
「……アゼリア先輩ぃ…?」
「あぁ!素晴らしい反応だったぞハル!訓練の賜物だな!!」
「……そりゃ、どうも」
その顔を見るまでは怒る気だったが…輝く笑顔と煌く瞳、それと、手に持つ“涙”をみてその気もうせた。
さすがに鞘には収まってたけどね。それでもアゼリア先輩の振るう速度で当てられたら打撲じゃすまない。
(そもそも怒ってやめる人じゃないんだけど)
俺は諦めのため息をつきながら、制服についた埃を払って立ち上がる。
「…で、何か御用ですか?」
「ん?」
「いや、ん?じゃなくて。人に剣ふるっておいてなんでもないの、とか無しですよ」
「……あぁ、うん。そうだな。うん。…ハルが何か悩んでるっぽかったから…その…うん」
「嘘だッッッ!!!」
「うう、嘘じゃないもん!!ホントだもん!!!」
両手をばたばたさせるアゼリア先輩。
「ふーーーーーーーーん…」
「お、お前!年上をそんな風な目で見るんじゃない無礼者!!」
「へーーーーーーー…」
「だ、だから、私はその、本当にお前がその…だからだなぁ…」
「ほぉーーーーーー…」
「う、うぅぅぅ……!!」
今度は肩がぷるぷると小刻みに震えている。
…そろそろ、我慢の限界か?
からかいすぎたかもしれない。この人、案外責められるの弱いんだよな。そこがかわいいんだけど。
「…ごめんなさい先輩、からかいす」
「かまって欲しかったの!!!悪いか!!!!!!」
「…………いえ、その…どんとこい?」
「…あ、あうぅぅぅぅ……!」
ぼん、と顔を赤らめる先輩。
それがあまりに可愛くて、俺が思わず手を伸ばすと、
「うわあああ!!!」
「あぶっ!?」
“涙”を振り回してすごい勢いで後ずさっていった。
なにこのかわいい人。
「…て!ていうのは!ほほほほ、ほんのじょうたん、冗談だ!!!あははは、だまされた、だまされた!!!」
「…はぁ…」
一歩近づく。と、
「うひゃあああ!!!」
三歩下がる。
可愛い。それと、面白い。
「……あああ、あのな!?」
「…?はい、て、怖いな…」
少し間を空けてから、意を決したように先輩が声をかけてきた。
…刀を正眼の構えにしていなければ、尚いいんだけどな…。
「わ、わたし、たち、もうすぐ、誕生日なんだ!!」
「…あ、そういえばそうですね。冬ごろって言ってましたもんね。いつですか?」
「前期終了の、日だ」
「…………」
それを聞いて内心つぶやく。
(タイミング悪っ!!)
前期終了の日といえば、ちょうど俺の軍からの迎えが来る日だ。
時間をとってお祝い、というわけにはいかないだろう。
(…だとしたら。前日か、もうちょっと前。プレゼントはあらかじめ用意しておいて…そうだな。どうせ、クロアとかにも今回のことを軽く説明しておかないといけないし……)
近いうちに、またククリのことを追い出して三人を部屋に呼び出そう。
どうせ誰かしら暴れるだろうしな。部屋が一番ことが穏便に運べそうだ。
「…分かりました。プレゼント、用意しておきますね」
「あ、あぁ!!」
「みんなでお祝いしましょう。当日はちょっと都合悪いんで、ちょっと前倒しになりますけど」
「………むぅ……」
「え?」
良く聞こえなかったので聞き返す。
「なんですか、先輩?」
「……みんなで、か…?」
「…………………」
「…………………う」
「………………あぁ、そういう「うにゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
遮られた。
ついでにまた先輩が遠くなっていった。
これ、もはや会話する距離じゃないよ。
「いいいい今の無しだ!無しだからな!!ニコともども皆で祝えこの野郎ぉぉぉぉ!!!!」
「え、あ、はぁ…」
…まぁ、俺からしたらその方がありがたいけど。
アゼリア先輩がそう願うのなら…来週のいつか、そういう時間を作ろう。
「ああああ、もう、今日は駄目だ!今日はなんかもう駄目だ!時間もアレだし、お前ももう帰れ!!!」
「そうさせてもらいます」
「また明日!!!!」
「はい、また明日」
そして先輩はものすごい速さで駆けて行ってしまった。
…まるで嵐のような時間だった。
出会った当初は吹雪のような人だったけど、今は熱帯夜の台風みたいだ。
「……………?そういや、俺何考えてたんだっけ…?」
なんか、こう、色々と四の五の考えていた気がするんだが…。
「んぁー…」
………。
「ま、いいか」
そして「いいわけあるか!!!」と気づいたのは、正に寝る寸前になってからだった。
俺の頭、どんだけ桃色馬鹿になってんだよ…。