Ep58:一歩
前進。そういうサブタイトルです。
寒くなりましたね。ある意味今回のお話も寒いです。ていうか痒いです。そして短いです。ゴメンナサイ。
皆様お風邪など召しませんように、どうか気をつけてお仕事、お勉強等々頑張ってくださいね。と、風邪気味の乾からでした。では。
Q1.私にキスしなさいっ!
A1.そうしたいのは山々なのですが何分こちらにも事情がございまして、そうですね、例えば…あ、なんでしたらお茶でもいかがですか?長い話になりそうなのでゆっくり腰を落ち着けて話そうではありませんか。そうですね、どこから話したものでしょうか。そう、あれは三年前……深夜、私がぐっすりと眠り込んでいた、ある寒い冬の日のことでした―――――――。
「――――そうして姫は救い出そうとしたのですが、ことはそう簡単には運ばず、歓喜に沸く私たちは一瞬にして絶望のふちへと追いやられたのです。そう、なぜならば…」
「――――――で?その茶番はいつ終わるのかしら?」
「…………」
聞くも涙、語るも涙の一大冒険活劇は、その一言であっさりと終幕と相成った。
あぁ。三分も付き合ってくれていたことに感謝こそすれ、恨む気などないさ。
ただ即興で作った割には良くできたお話だっただけのこと。
…さて。ふざけるのも大概にして、そろそろ本題に入りますか。
「………はじめに、言っておく」
「うん」
ゆっくりと床に膝を着き、手を置き、額を当てて、言う。
「はぐらかして逃げる気なんて全然ありませんでしたただ少し余りの急展開にとまどってしまい、あのような愚行に走ってしまいましたごめんなさいですのでどうか、寛大なお心でその魔力弾を解除してくださいませんでしょうかあああああぁぁぁぁぁ!!!!」
いくらローテーブルに隠れて見えないからって、さっきからものすごい存在感放ちながら魔力溜めてるんだもん。そりゃ気づきますよ。
あえて気づかせての脅し、なんだろうけども。
うぅぅ……昔のクロアはもうちょっと分かり易い子だったのに…。
いつこんな恐ろしい手法を身につけたのだろう。嘆かわしい。実に嘆かわしい。
「……もうしない?」
頭上から、未だ続く魔力弾のプレッシャーとクロアの声が掛かる。
「しません」
「ユーナ様に誓って?」
「…あぁ、ユーナ様に誓って」
「………」
そして小さなため息。
「分かった。許してあげる。顔、上げて」
そう言うと同時にクロアは魔力を開放する。
圧縮された空気が抜けるように、場から力が無くなったのを肌で感じた。
(まだ実践を経験してないのにこの圧力、か)
末恐ろしい才能だと思う。
少なくとも、俺が今まで相手にしてきたようなゲリラ紛いの三流魔導師とはまるで比べ物にならない。
磨けばどこまでも鋭く、鮮やかに光るのだろう。この少女は。
そんなことを考えながら、顔を上げて正座の体勢をとる。
クロアもローテーブルを挟んで向かい側で同じように正座している。
見詰め合う。
「分かった」
「…え?」
テーブルに右手を着いて身を乗り出し、伸ばした左手でクロアの髪をさらう。
掴もうとすれば逃げるように零れていく白金の髪。
その感触を楽しんでから、その手をそっと柔らかなに頬添えた。
「…戻れなく、なる」
「え、え?」
「これしたら、もう、俺は戻れない。ただの幼馴染には戻れない。…俺さ、駄目だから。弱いから、そうなったらすがってしまうと思う。それに、重い男だ、と思う。我ながら。…いやその!今更こんなこというのも卑怯だよな!分かってる、ごめん。…だけど、その、…つまり、だな」
「…?」
潤んだ目で、クロアが尋ねてくる。
だけど俺はその目が怖くて、思わず目を伏せる。
逃げちゃ駄目だって、分かってる。
もういい加減そんなこといってる時でもないってのも分かってる。
男なんだから、そろそろ覚悟決めるときだっていうのも。
だけど、脳裏にちらつく“アイツ”の顔がぬぐいきれない。
「――――――――」
「ハル…?」
…深呼吸しよう。
そして落ち着こう。
もう逃げることはできない。進める道は前だけ。
それに、ここで逃げ出すことのほうが、クロアを悲しませる。
アイツと同じように悲しませたくないなら。アイツの時のように逃げることだけは許されない。
いずれ、この選択の結果クロアを傷つけるのだとしても、それはそれだ。
(覚悟決めろ、ハル=ライザック……京本、陽雪)
そっと右手で目にはめている魔製義眼を取り出し、机に置く。
(普通のソフトコンタクトならこんなことすればもうアウトだからな…良くできてるもんだ)
そんなどうでもいいことに今更ながら感心しつつ、顔を上げる。
もう逃げない。
クロアの目から。想いから。
「この眼。気持ち悪く、ないか?」
問えば、その眼をじっと覗き込むように答える。
「…なにそれ。黙り込んで何言うのかと思えば、すごい今更」
クロアもまた、俺と同じように両の手を俺の頬に添える。
すべる様に、撫でる様に。
「だろうけど、でも、紛れも無くこれは化け物の証だ」
「知らないわ、そんなの。どうでもいいもの。眼が赤かろうが青かろうが、貴方は生きている。死者じゃない。こうして温もりもある。心もある。私を、好きでいてくれる。それで十分じゃない」
「だが…」
「…っるさいわね、アンタってヤツは」
そして痺れを切らしたように、クロアの額がゴツン、と鈍い音を立てて俺の額に当てられる。
「ぐっ…!お、前、今のは頭突き…!」
「黙って。もしくは、言うべき台詞は一つよ」
「あ?」
ふと気づけば数センチと離れていない距離にあるクロアの灰色の瞳が、俺に告げていた。
『分かってるわよね?』
(…分かってるよ、ったく)
あまりに強引な幼馴染の態度と、あまりの自分の意気地の無さにため息が出る。
「…クロア」
「なぁに?」
「好きだよ」
「………ん。私も、好きよ、ハル」
心臓の音が聞こえそうなほど近く。
心臓の震えが伝わるほどに強く。
この想いが伝わればいいと願いながら、唇を重ねる。
押し付けあうだけの拙い口付け。
だけど、驚くほどに心臓は高鳴って、倒れてしまいそうなほど熱くて。
「…………は、ははっ」
「え、えへへ………」
離れた後は、しばらく互いになにやらへらへらと笑いあうことしかできなかった。
「巫女姫様」
「…どうして貴方がそんな風に私を呼ぶの?」
「おっと、機嫌を損ねてしまったかな?」
「損ねるも何も、元から悪いわ」
「それはそれは…じゃあ、これを聞いたら俺たちの大事なお姫様は機嫌をなおしてくれるかな?」
「……何の話?」
問われて、男は笑んだ。
にこりと、嘘偽りない笑顔で。
「準備が整った。いつでもやれるよ」
それを聞いて少女は目を大きく見開き、そして、満面の笑みを浮かべた。