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リターン  作者: 乾 澪
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Ep56:漁夫

やりたいことと、やらなきゃいけないことと、やりたくないけどやらなきゃいけないことを全部こなすには一日24時間じゃ足りないと誰か神様に直談判してきてください。乾です。

最近、へたれなのはハルじゃなくて私じゃないかと思い始めたしだいです。だからこんな文章になっちまうんだよちくしょう。

戦況の確認。

いま、俺は椅子に座っていて、目の前には机がある。まず前方への逃走は不可能だろう。

次に後方。こちらは椅子の背をはさんでアリア先生から抱きつかれている。…むしろこれが問題か。

前だろうが後ろだろうが、いざ逃げようとしたときの一番のネックはこの人に抱きつかれていることだ。

うぅむ、なんとかしてこの両腕から逃げ出さなくては―――――なんて、ずいぶんとつれないわね、クロネコちゃんったら」

「……は?!」

「あ、怒られる前に先に言っとくね。勝手に連結しちゃったから♪」

と、悪戯っぽく笑いながら覗き込んできたのは他でもないアリア先生。

この人が今言った連結とは他でもない、思考連結魔法のことだ。

これによってアッチの世界のように無線機などが無くても遠距離間での意思疎通が可能となる。

相手の意思に蹂躙されず、自分の意思で相手を押しつぶすことなくこの魔法を使いこなすには相当な熟練が要るのだが、アリア先生は俺と任務を行うようになった当初から涼しい顔でこなしていた。

無論、思考連結とは言っても深層心理までリンクするわけじゃない。

本人が意識的に意識できるところまでだ。加えて相手との信頼関係なくしては成り立たない。

思考連結魔法を発動させるだけなら、多量の魔力を用いればできないわけでもない。が、この魔法の用途は主に任務中の連絡網。しかも相互連絡。

連結させる相手とあらかじめ「糸」と呼ばれるものを魔法儀式で結び、魔法の発動簡略化、魔力消費量の減少を行うのが一般的だ。でなければ魔力対効果が悪すぎる。

そして、その糸を結ぶためには、どうあがいても相手との信頼が無ければならない、という…うん。

つまり、そういうことだ。

俺とアリア先生の間には糸がある。

ま、俺とアリア先生はうちの課の作戦本部と戦闘員なんだから、連絡網を整えるのは当たり前だ。

当たり前だ、けど。

「…それを、目的意図以外で使うのは、契約違反じゃないんですかねぇ…?」

「違うわよ。アタシは今、自分の可愛い部下を今後想定されうる問題から助け出すためにいわば作戦の一環として繋げてるんだもの。『糸の連結は軍事作戦以外では認めない』っていう契約は犯してないはずよ♪」

軍事関係の話を含むため、俺の耳元でささやくように話すアリア先生。

「……っぃ!!」

…どうでもいいだろうが、俺は耳が駄目だ。超弱点。耳元でささやくとかマジ勘弁。

だが。

この人の前でそんなそぶりは見せられない。あぁ、見せられないさ。

見せたが最後、何をされるか分かったもんじゃない。

「わ、分かりましたから。もうそれはいいですから……」

尚も顔を近づけてきて頬ずりできそうな距離まで迫ってくる先生を押しやりながら、言いかけた言葉をとめた。

…すっごい、見られてる。

顔をそっちに向けることがためらわれるほどの視線を主に三つほど感じる。

あと、野次馬的な視線が二つ。…こら、アスハ、こんなもん見るんじゃありません。めっ!

(…で、この後、どうするんですか?現在進行形で殺されそうな視線感じてるんですけど)

口頭で話すのは怖いので、せっかくなので思念でお話することにした。

<そうねぇ…この際だから、アタシがクロネコちゃんの初ちゅう貰っちゃうってのはダメ?>

(はいどうぞおめしあがりくださいませ♪…とでも言うと思いましたか?)

<え?嫌よそんなの。アタシは嫌がる子を無理やり半泣きにさせながら、ってのが好きなんだから>

人でなしである。最低だ。

つまり、俺は一人でこの状況を打破しなければならないということだ。

こんな人の手を借りるわけにはいかない。

<…というかクロネコちゃん>

(なんですか、今俺忙しいんですけど)

<クロネコちゃんはさ、あの3人娘をお嫁さんにすること決めたんでしょ?じゃあ別にちゅうしてもよくない?>

(……………………それは、そう、なんですけど)

うつむけていた視線を持ち上げ、話に出た3人娘に目をやる。

いつもどおり怒りと焦りで頭も顔もわちゃわちゃになっているクロア。

いつもと違い烈火の様な怒りを露に抜き身の剣を正眼に構えるアゼリア先輩。

そして、最近とみに姉に似てきて持ち前のサディスティックな一面をさらけ出すアリス。

このうちの誰とでも、俺は、その、そういうことをすることに異論はない。

むしろ異論は無いとか、マジ何を偉そうなこと言ってるんだかって感じだ。全国の野郎に殴られる。

本来ならこっちから頼み込んでお願いするべきだろう。

…けど、色々と難しいのだ。これが。

(男って言うのは、意外と繊細でロマンチストなんです)

<知ってるわよ>

(…さいですか)

繊細の「せ」の字も解していなそうな、竹を割ったように簡潔な返答を頂いてしまったが、結論はそれ。

俺だって、全人生通してのファーストキスくらい、ここ!って場面でかましたいのだ。

それは確かに俺がこうしてこだわるように、3人が俺とのファーストキスにこだわってくれているのは正直鼻血レベルで嬉しいのだが、かといってこの状況で武器やら暗黒微笑やら目の前にしてキスとか言われても困る。

故に撤退の一択。

……………なの、だが。

「ですから、離さんかい」

「男は浪漫ロマンに生きる。女は――――――――現実リアルに生きるのよ」


覆いかぶさる、影。












「って何でやねーーーーーーーーーん!!!!」

「あ、ちょ、こらぁ!いま良い雰囲気だったのに!!!」

とりあえず突き飛ばしておいた。

危ない。超危ない。マジで今までに無く危ない。

ファーストキスを唐突に奪われるところだった。なんだあの痴女。

「もぉ嫌だ!嫌だからな!!俺はもう逃げるからな!!!」

認めよう。

切れ泣きだと。怒り泣きだと。

もう半泣きですらない。本泣きだ。

泣いて済むなら泣くさ。あぁ泣くさ。

だってもう嫌だ。嫌だったら嫌だ。

「嫌だぁああああああ!!!」

とりあえず叫ぶ。

と、目に見えて女子組みが慌て始めた。

「う、うわ、アレはハルが追い詰められて追い詰められてどうしようもなくなってぷっつんしたときのヤツ!?」

「ってなんですかそれ!?あぁ、でも泣いてるハル君かわいい!!!」

「は、ハル?怒ってるのか?い、いや、あのな、私が至らないばっかりにお前を追い詰めてしまって申し訳ないとは思ってるんだ!そ、そうだな、武器はしまおう。うん。だからハルも落ち着いて…できれば、私を嫌わないでほしいのだが……」

「ハル!とりあえず深呼吸しましょ!ほら、ひっひ…じゃなかった、すーはーすーはー、よ!」

「あああああ目覚めろ私の秘めた才能今ここに開眼せよこの記念すべき光景を生涯色あせることなく心に刻むのです!!」

「ていうかアリスも変なことしてないで少しは手伝ってよ!?!」

あっちはあっちでてんぱってるらしいが、こっちだっててんぱってる。

もう知らね。なんかこのあと用事があった気もするけどもはやどうでもいい。

「帰る!!俺もう帰るぅぅぅぅぅううう!!!」

「あ、ハル!??」

椅子から立ち上がり、ドアへと駆け寄る。

なんだよ、俺だってファーストキスに色々夢見てたんだよ。

それをどうして寄ってたかって踏みにじるんだ。畜生。引きこもってやる。断固講義だコノヤロウ。

「お前ら皆バカ野郎だあああああ!!!」

そう叫んで、扉を開け―――――――――。


「………」

「…こ、こんにちは…」


――――――られなかった。

「どこにいくつもりなの、ハルくん?」

なぜなら、開けようとしていたドアは既に開けられていたから。

わぁ驚いた。なんとそこにはニコル先輩がいたのです。

…背中に、こわぁいオーラを背負った、ね。

俺の怒り如きもうあれですよ、しゅん、てなものですよ。

普段おとなしい人ほど怒ると怖いっていうの、あれ嘘じゃないからね?

実際に俺はこの人がぷっつんした被害現場を見たことがある。詳しくはEp39あたりを参照。

あれは、後の祭りっていうか、血祭りだった。

「……………………皆、頭を下げろ」

背後から聞こえてくる、震えたアゼリア先輩の声。

「…え?」

「なんでもいいから、とにかくニコに謝れといっているんだごめんなさいニコ私が調子に乗りすぎましたあああぁぁぁ!!」

振り返ると、アゼリア先輩が綺麗な姿勢で美しい土下座をかましていた。

…アゼリア先輩が、謝る?

あの、誇りと信念の塊みたいな、先輩が?

(どういうことだ!?)

視線を右に移す。

「………………何よ。アタシだって怖いものは怖いわよ。本当の強者っていうのはねぇ、恐怖を知っている人間のことよ」

アリア先生も土下座。

この人だって、よほどのことが無ければ謝らない。否、こうして謝罪する振りすらしない人だ。

しかし俺を含めた残りの人間は何が起こっているのか困惑した面持ち。

そうだ。

確かにニコル先輩が怒っているのは分かるが、一体何に対して怒っているのかという、そこが分からない。

「まず、そこの2人」

「「は、はいぃ!?」」

ぎろりと据えた目でクロアとアリスを睨み付けるニコル先輩。

見られているのは俺じゃないのに、脂汗が止まらないのは何故だ。

「原則として生徒会本部である生徒会室へは、一般生徒の立ち入りを認めていません。生徒会に対して何か申し立てがある場合は下部組織である後援会を通してという形を取っています。貴女たちも既に五年生。それは理解していますね?」

「そ、それは、重々承知してます…」

アリスがおどおどと視線を泳がせながら応える。

さっきまであんなに堂々と意地悪そうにしていたのに、今じゃ借りてきた猫みたいだ。俺としてはコッチのほうがアリスっぽいなぁって感じでありがたいのだが。

「でも、その、少々そこにいるハル=ライザック君に私用がありましたので。それに、咎められるほどの時間でもありません」

しかしそこはクロア。勇気を振り絞って噛み付いてみた。

「屁理屈は結構。時間の長短ではありません。ここに入室すること自体、認めていないといっているのです!」

…無駄な勇気を、人は無謀と呼ぶ。

「う、うぇぇぇ…」

「ごめんなさいでした…」

そして2人は陥落。崩れ落ちるように土下座をする。

………怖えぇ…。

「それと、アゼリアと先生」

「「ごめんなさい」」

「謝るの早っ!!」

むしろ食い気味だった。もう謝る気満々だった。

「…まぁ、分かってるみたいですけどね。アゼリアは会長としての任務不履行。先生は職務怠慢。確かに、私はアゼリアの恋路を応援しているし、今回の件についてもサポートしているけれども、会長職を差し置いてこんな下らない茶番をすることを認めたわけじゃありません。私はきちんと、今日の放課後がねらい目だけど、大事な用件があるからいざこざはその後でと言いつけてありましたしね。先生に至っては問題行動を治めて頂く立場であるはずです。なのに、むしろ先生が引っ掻き回していたように見受けられます。言語道断です。あとで始末はつけてもらいますからね。…四人で」

「「「「えええええええ!!!!????」」」」

「ついでに、そこに居る2人はその監督をしてもらいます。悪を見過ごすのもまた悪ですからね」

「うひゃ!ばれてた!!」

「………これで、隠れてたつもり、デス?」

「だってここしかなかったんだもん…」

と、いいながらごそごそと包まっていたカーテンから出てくる二人。

こらこら、学校のカーテンって意外と汚いからやめときなさい。ばっちぃから。

あとでよく手を洗っておくんだぞ?

…そういえば子供の頃、蛇口からジュースが出てこないかな、とか考えてたな。

でも今になって思えば蛇口からいつもジュース出てきてたら大変なことだよな。のどべったべただわ。逆にのどかわくっつーの。

「………で、そこの悪の権化」

「うそぉん」

俺かよ。俺が悪いのかよ。

せっかく現実逃避してたのに、あっという間に引き戻されたわ。

「…というのは、冗談にしても」

一歩近づき、何か資料を挟んだバインダーを腕に抱えながら先輩は上目遣いで俺をジッと見つめ……訂正。睨み付ける。

「ハル君は、大胆な発言、振る舞いの割りにその後の実績が伴いません。フラグを立てるだけ立てて回収しないなんて許されざる大罪です」

「い、いや、でもですね?俺は今回はそれなりに抵抗をしめしましてですね」

「それですよ」

「いたっ!」

ごん、とバインダーの角で頭を小突かれる。

「抵抗しなきゃいいんです。ハーレム作るんならさっさと諦めなさい。いちいちめんどくさいヘタレですね君は」

「うぅっ…」

「それに加えて、今日は大事な会議があるからくれぐれも忘れないようにと私はいっていましたよね?ねぇ?」

「……あ」

そうだ。

あぁ、なんか忘れてると思ったけど、そうだった。

確かに俺は事前にそのことを伝えられていて、だから今日は嫌な予感がするけど仕方ないと諦めて生徒会室に来たんだった。

「それをあろうことか、ほっぽりだそうとするなんて」

「いや、違うんですよ先輩。あれはちょっと席をはずそうとしただけで!」

「俺はもう帰る、って聞こえましたけど?」

「え、いや、んと、それはぁ…」

…………TSU N DA☆

詰みですよこりゃ。もろ手を挙げて白旗振りましょう。

「…ごめんなさい」

「…はい。と、言うわけで。ハル君にも罰を受けてもらいます」

「うぇ」

「大丈夫です。痛くもしんどくもありません。むしろ感謝してください」

「一体なにを………………」





通り過ぎたのは、掠めるような軽い感触。










「大丈夫だよ。犬に舐められたと思えばいいんだからね!ちなみに私のはじめてはもうライナス先輩にささげてあるからお気になさらず、ね♪」





そしてニコル先輩は、にこにこと笑いながら開けっ放しの扉から廊下に出て、誰かに手招きをする。

「もう来ていいよー。お仕置きタイム終わったからぁー」

「……相変わらずの馬鹿騒ぎですね…。…いや、違うか。馬鹿が騒いでる、ですね…」

唇を押さえながらぼんやりとしていた俺にはしばらくその人が誰だか分からなかった。

黒い髪。ずいぶんと長い。背中の中ほどまであろうか。

青い目。青空ではない。深い、冷たい、だけど落ち着いた安心感を与える深海の色だ。

そして毒舌。

……うん。最悪のタイミングで帰ってきちゃったね、貴女。









「…久しぶり、アルエルド。……元気そうで…いや、本当に元気そうで、何より。うん」

「あ、アハハハ…そちらこそ、お元気そうで、何よりです……オリビア先輩…………」

「うん」

「………」









ていうかさっきのあれ、ノーカンでお願いできません?

ちなみにニコルは説教するときは丁寧語になるタイプです。それと一応男の子ということもあり、あまり性に対して執着がないようです。それこそ猫にでも舐められたくらいにしか思ってなさそうです。なぜ推定なのかっていうと、私自身この話が終わり以外わりと不測の事態だからです。どうしようもないな。

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