Ep5:朝食
これからは少し明るいトーンで行きたいと思います(^ω^)
俺がコッチの世界で目覚めてから、分かったことがいくつかある。
…ていう言い方は正しくないか。
ぶっちゃけ多すぎて驚きだ。俺がアッチの世界で感じた驚き総数を軽くぶち抜くくらいに、コッチに来てから俺は驚いてばかりだ。
まず第1に。ここは、俺が居た世界ではないということ。
詳しくはよくわからない。なんていったってまだ言葉が通じないし。
でも、とにかくここは俺の世界ではない。
まず大陸の成り立ちが根本的に違った。
俺の世界でいうユーラシア大陸のように、最も巨大な大陸が今俺が世話になっているガイ…改め、ガイアス=ヴォリック=ランバルディアの属するアルノード帝国がある、中央大陸。
その名の通り、世界の中央に位置する巨大な大陸で、そのほぼ全てをアルノード帝国が治めている。
ちなみに俺が住んでいるこのガイの屋敷はアルノード帝国の軍部中枢にあたる軍都・エイファンにあるらしい。
そんなところにこんな巨大邸宅を建てるくらいだ。
最初のイメージどおり、ガイは恐らく軍のお偉いさんなのだろう。
そして中央大陸を囲うように配置されている四つの中規模大陸が東西南北それぞれ、ファロン・コーエル・ヴォルジン・サザンドルグ。
それぞれなんか特色があるらしいんだけど……言葉が分からないってのが、ここまで厄介だなんて思いもしなかったな。
そしてこの五つの大陸の周辺に星のように孤島・列島がちりばめられて、この世界は構成されているらしい。
そして第二。この家の豪華っぷりだ。
とにかく頭の中にある「豪邸」を思い浮かべれば、これに近い形になる。
数え切れない部屋数。そこかしこで働くメイドさん(メイド萌なら鼻血モノだ)。巨大シャンデリア。壁一面を本が覆っている図書室。犬…に似た生き物(メッチャ可愛い)が駆け回る芝生の庭。
最近の俺の日課は、ここの図書室でガイに言葉を教えてもらうことだ。
ちょっと前に俺が『おはよう』とコッチの言葉――コッチの世界は一つの言語に統一されているらしい――で言ったら、やたら喜んで俺の頭を撫で回してきた。
はっきり言って、本来ならそんなことをされる年でもないので恥ずかしいなんてものじゃないのだが、今の見た目はまるっきり子ども。仕方ないともいえる。
「…そうなんだよなぁ。これ、完璧に子どもだよなぁ…」
鏡に映る自分の顔を撫でる。
線は細く、青白い肌。まるっきり昔の俺だった。
ただ、目の色が、違うだけ。
ある日、いつもの授業中、ガイがある絵を指差した。
『〜〜〜〜』
「え、なに?」
それは昔の絵画のコピーらしく、ぐったりと横たわる女性を、甲冑を着た男が愛おしそうに抱きしめている絵だった。
「これがどうしたの?」
俺が尋ねると『〜〜〜〜』とガイは女性を指差した。
「ん〜…?」
女性に注目する。
コッチの世界の人間に多い金髪で(俺の黒髪は珍しい、らしい)、美しいその女性の胸には深々と剣が突き刺さっていて明らかに死んでいる。
口は何かを訴えるように半開きで、見開かれた瞳は血のように赤い。
『〜〜〜〜』
ガイは女性の目元を指した後、俺を指差した。
女性の赤。俺の朱。
「………赤い瞳は、死者の色、なのか?」
『〜〜〜〜』
コクリとガイが頷いた。
「死者の、瞳」
俺を見据える朱の瞳。鏡の向こうの俺の色。
多分、俺は……アッチの世界で、死んだ。
それで優奈がここにいないのも頷ける。俺は優奈を守りきれた。…と思いたい。
とにかく、俺は死んだ。
その後なにがどうなったのかは知らないけど、何かがどうにかなって、俺は年齢が逆行してこの世界に来た。
(笑えないな)
今の俺の姿は、恐らく5・6歳の頃だ。
(俺が一番幸せだった頃)
そこから何年もしないうちに、坂を転げ落ちるが如く俺の人生は崩れていった。
立て直すように、また家族で幸せになれるように頑張った時期もあった。
けど、俺は結局逃げた。幸せが余りにも遠かった。
大好きだった空手を諦めた。元通り笑ってくれる母さんを諦めた。傍にいてくれる父さんを諦めた。誰かのものになってしまう優奈を諦めた。
諦めたくなかったけど。俺は、弱いから。
(…………でも)
でも、今俺の目の前には、新しい世界がある。
言葉も分からないし、友達も家族もなにもないけど。
だけど、その代わりに、全てが全て新しい。
そう、俺さえも。
「…また、頑張ってみようかな」
次こそは幸せな世界を。大好きな人を諦めなくて良い強い自分を目指して。
幸いなことに、俺は10以上も若返った。時間を与えられた。
アッチの世界に残してきてしまった母さんたちが心配じゃないわけが無いけど、向こうの俺は(多分)死んでいるし、帰る方法があるのかすら分からない。
だったら、俺は、この世界で頑張りたい。
頑張る価値は、ある。
「ぃよし、やってやるやってやる、やってやるぞぉぉぉぉーーーーーーー!!」
両の拳を天に突き上げ、叫ぶ。
まずは言葉を覚えよう。そして出来れば空手に代わって何か武道もやりたい。
とりあえず思いつく限りの努力をしよう。
俺はもう、何も諦めたくない。
「ん?」
突然、扉が開く音が聞えて振り返る。
ここはガイに与えられた俺の部屋だ。最初に運ばれたのもここ。
だからメイドさんがノックもせずに入ってくることはないし、俺のお世話係であるメイカさんだってそんなこと、するはずがない。
そういう無礼をすることを予想される人物は、いまのところ一人しか知らない。
『ハル!!!』
可愛らしい少女が俺の名前を呼ぶ。
「クロ…アっっっ!????」
飛びつくように抱きついてくる少女。この攻撃を俗にタックルという気がする。
俺は少女の勢いを受け止めきれず、そのまま背中から床へと倒れこむ。
「ぐぇっ」
カエルがつぶされたようなうめき声が漏れるが、犯人である少女はそれを歯牙にもかけず俺に馬乗りになり、ニコリと八重歯を見せて笑いかけてくる。
『ハル!!〜〜〜!!』
「く、クロア…何度も言ってるけど、特攻はやめよう、特攻は」
『?』
「…だよな。日本語で通じるわけねえよな」
分かっているが、言わずにはいられないのだ。コッチの言葉、まだわかんないし。
「もう、いいから。とりあえずどいてくれ」
腹の上に乗っかっているクロアをどかせる。
『〜〜〜!』
するとクロアは不満そうにほっぺを膨らませるが、この子は怒ったかと思えば一秒後には笑っているのだ。いちいち気にしていられない。
俺と同い年(見た目上)くらいにみえるけど、精神年齢はもっと幼いんじゃないかな。
「で、なんの用事?」
未だ床に座っているクロアに手を貸して立ち上がらせる。
『…………』
「…なにさ?」
クロアが灰色の瞳で不満そうに俺を見つめる。
そしてフン、とでも言いたげな顔でシルバーブロンドの長髪をかき上げながら、『〜〜〜?』と短く言う。
「別に?」、といったところか。
「なんだよ、へそ曲げるなよ。悪かったって……えぇっと、こっちの言葉で……」
ガイとの授業を思い返し、クロアの頭を撫でながら言う。
『ごめんな、ありがとう』
『………』
相変わらずふくれっつらで俺を見上げているが、目元がすこし嬉しそうに笑っている。
(嘘がへたくそなヤツ)
まるで昔の優奈みたいだ。
『ありがとう、な?』
笑いかけながら再度言う。ガキの頃の優奈は大抵これで許してくれたが…。
『…〜〜〜〜』
クロアが「やれやれ」といった感じで何か言う。今度はきっと「しょうがないわね」だ。
優奈がよく言っていた。
『〜〜〜〜!』
そしてさっきまでのふくれっつらはどこへやら、一転してクロアの特徴である八重歯をのぞかせながら、楽しそうに笑って俺の手を握る。
『〜〜〜!』
ぐいぐいと引っ張ってどこへ連れて行こうとするクロアに「ど、どこ行くんだよ!?」と尋ねるが相変わらずさっきと同じ単語を繰り返すだけ。
「あー、これってなんて言葉だっけ……ガイに習った…今まで何回も聞いたことある……えぇっと、なんだったっけな………」
クロアに引っ張られ、廊下を歩きながら考える。
「んーっと…」
俺の部屋から出て何回か角を曲がり、辿り着いたのは大きな扉の前。
重々しい音を廊下に響かせながら、クロアが扉を開く。
その先の広い空間をみて気付く。
「あぁ、分かった」
『〜〜〜〜!!』
漫画で見るような大テーブルの前に腰掛けるガイと、取り巻くメイドさんたち。
机の上に並ぶのは、おいしそうに湯気を立たせる料理の数々。
「『ご飯』だ」
さて、今日も一日がんばりますか。