Ep48:帰還
やっと學園に帰ってきてまいりました!っていうのに何この難産!!
すっごい、なんだか何回も書き直した回になりました。
話と話のつなぎの回っていつも書きづらいんですが、今回は特に、でしたね。
とりあえず學園のメンバーをどこまで出すかと言うのにも悩みましたし。
今回は同級生組みだけにしておきました。
そして生徒会のほうですが…新入生を入れるべきかどうかでもまた、悩んでいます。
一応回収しなくてもいい程度のフラグは立てているんですが…希望がありましたらどうぞお聞かせください。
では。今回も遅くなってごめんなさいでした(´・ω・`)
一人部屋というものを手に入れたのは、この學園に入学して二年目の春から住むこの部屋が初めてだった。
実家は貧困にあえぐとまではいかなくとも、悠々自適で優雅な暮らしができるほど裕福でもない。
軍で働く父と、近所の肉屋で働く母と、五つ年下の妹の四人家族。
さして広くも無い家なのでもちろん部屋は妹と相部屋だった。
そしてその家を出て學園の寮に暮らし始めたのが自分が11で妹が6歳のとき。
それまでは一回だって「お兄ちゃんと同じ部屋イヤだ」なんていわれたことはなかったのに、3年になる前の長期休暇で家に帰ったら…
「え?なにぃ?ククリの部屋ぁ?…何の話ぃ?」
…と、「嫌がる」という段階すっとばして「否定」されたときには涙も出てこなかった。
それ以来自分は実家に帰るたびにリビングの片隅で背を丸めて寝るはめになるわけで、その所為か學園の寮にある一人部屋は楽園にすら感じるわけで。
ククリがいいたいことをまとめれば、以下のとおりである。
「…………へぁ?」
要するに、訳が分からない。
実家に帰っている間ですっかりガチガチに固まってしまった背中をさすりながら始業式一日前の今日、寮に帰ってきたククリの目に入ったのは見覚えの無い名が刻まれたネームプレートだった。
それは「203」という部屋番号を示す数字の下にすえつけられたもので、入学した一年目には
「アルエルド/エルマー」
と記され、二年目以降は、
「 /エルマー」
となっていたはずなのだ。
快適な一人部屋。人数の関係上ほかに一人部屋の人間がいないわけではないが、その数は少ない。
頭も良くなく、武術の類の成績もさほど優秀なわけでもないククリには与えられるべくも無い奇跡的な優遇措置だった。
それを、何の了解もなしに奪われた。
否。奪われた、という表現が正しくないことをククリは知っている。
今までの状況こそが逸脱したものであり、今年になってそれが是正されただけのこと。
新しい同居人の名前はライザック。
「………誰、っスか…」
聞いたことも無い名前を前を前に、ククリはただ立ち尽くすのみ。
ククリの小さな愛する楽園は、どこの馬の骨とも知れない男にいつのまにやら侵略されていた。
もうどうすることもできない。
「………俺の、パラダイス…」
右手に持っていた鞄がどさりと重い音を立てて廊下の床に落ちる。
その衝撃で何かが割れたような音がしたが、ククリは気にせず、浮ついた足取りでドアにすがりつく。
「なんでっスか……ハルが帰ってきたって言うならまだ許せるっス…だけど、ライザックって誰っスか………」
見るからに嫌な名前だ。
この学校に編入する時点で相当変わり者だが、同時に相当権力がある人物であろうことも予想される。
そう簡単なことではないはずだ、この學園に入学することは。
それこそ、何故自分が入学できたのかと疑いたくなるほどには。
まぁ、それは単純に運が良かっただけの話だが…どちらにせよ、ククリのように一年から入学したのとは訳が違う。
正規の方法以外でこの學園に入り込んできたのだ。
そのライザックとやらが相当な権力者の息子か何かであることは間違いない。
「許すまじ、ライザック…!!」
だからといって許すに値せず。
己の領土を侵されて「あぁはいどうぞ」と笑顔で許す男がいるだろうか?
いや、いるはずがない。
領土とは資産だ。その中にあるものは全てその領土の持ち主の物だ。
それを奪われた。
オスとして、黙っているわけにはいかない。
「…ククリ=エルマーか?」
そう名を呼ばれるのが先だったか、ククリが背後に立つ人間の気配を察したのが先だったか。
「ここ、203号室であってるよな?いや、久しぶりに来たからすこし迷ったわ」
ククリの戦闘準備は既に整っている。
両手をふさぐ荷物は放り出している。足元も確かだ。
確かにククリはリオールと拳を交えれば7割方負けるが、逆に言えばここ数年で勝率を3割上げてきたともいえるはずだ。
(ヤれる)
何事もやる気だ。できるとおもわなければ、何もなしえない。
ここで自分が暴れまわったところで失った領土は返ってこないことをククリは知っている。
しかし、ここで奇襲をかけることで、今後どちらがこの領土内でのリーダーか示すことはできる。
(ここは俺の楽園っス、極楽っス、パライソっス!)
男には退いてはならない時がある。
その背に守るべきものがある時が、まさにその時だ。
ククリは拳を握り締め、腰をひねるように勢い良く振り返る。
遠心力を右拳に乗せて。
打ち抜くのは、相手の顔面横。
「しかしまさか帰ってきてすぐにお前に会うとは思わなかったよ。久しぶりだなク―――」
「くらえ俺のスーパーミラクルミラージュパァァァアァアアンチ!!!!!」
「グボァッ!!!!!」
「あ」
狙いははずれ、当たったのは正に顔面。
そして拳を受け止めた顔面の造形に、ククリは僅かながらに見覚えがあった。
「………………あれ?」
「………覚悟はいいな、ククリ=エルマー…!!!」
ククリにはその声が、地獄の釜が開く音にも聞こえたと言う。
「遅い!」
男子寮・ラウンジにて。
「なにをやっているんだあの阿呆は!!」
リオールは待っている。
30分強は待っている。
ククリ=エルマーという名の、一応多分恐らくは自分の友人であろう男を。
そもそもは、今日の待ち合わせ場所も時間もアッチから指定してきたのだ。
なにやら、遠く離れたところにいるシャーローン先輩から夏季休暇中にどこかの土産をもらったらしく、それをリオールにも分けてやるから早めに學園へ来い、といったような話だったが、リオールにはククリが自慢したいだけであることなど分かっていた。
分かっていたが、今日リオールはあえて出向いてみた。
リオール自身があまり家にいることを好まないこともあるが、たまには女にのぼせ上がっている友人の話を聞いてやるのも一興かと思ったからだ。
「あの馬鹿は…!」
しかし、待ち合わせ時間を大幅に過ぎても現れない友人に対し、リオールは苛立ちを募らせる。
(いや、馬鹿なのはあんな奴を信じてノコノコ出向いた僕のほうだ)
その怒りはついには自らに対しても沸き、もはや収拾のつかない事態となっていた。
お世辞にもリオールは我慢強い男とは言えない。むしろ相当に短気だといえよう。
そんな彼を待たせるためには、それ相応の理由を用意しておかなければならない。
「…お待たせっス」
「っ!遅いぞククリ!お前、今まで一体何、を………」
――――そして現在、ククリにはそれ相応の理由が存在していた。
とても分かりやすい形で、誰が見ても納得いくようなものが、彼の顔面に。
「………お前、その、なんだ……夏季休暇中に新しい趣味にでも目覚めたのか?」
「顔面フルボッコになるのが趣味なら俺は演習用模型にでもなってやるっス!!!」
「それもそうだな」
うんうん、と手を口元にあてて頷くリオール。
それをみたククリが憮然とした顔をする。
「…悪いが、その顔でその表情をして僕を見ないで欲しい。何か非常に腹立たしい顔をしているからな」
「殴られたうえ腹立たしい顔になるとかもう踏んだり蹴ったりっス!!」
「それで、どうしてそんなことになったんだ?」
「見て分かるっス!殴られたんスよ!!」
鼻息荒く怒鳴るククリ。
そして当然、次にリオールが抱く疑問と言えば―――一体誰に…?―――であるのが当然だ。
今日は始業式前日。
在校生には三日前からの入寮が認められているため今日までにはほぼ全ての生徒が入寮を完了している。
そしてククリは、にぎやかと言えば聞こえがいいが、うるさい、わずらわしい、めざわりだ、と感じている人間がいないでも無いだろう。
(まぁ、それを補って余りあるほどに人気者であることは確かだが)
だが、とリオールは考える。
どんな人間でも、どこかの誰かには恨みや妬みを買うものだ。
在校生のほぼ全員がいると仮定すれば、そのうちの誰かがククリの顔面に青あざをこさえてやりたいと思っていても不思議ではない。
「誰にやられたんだ?」
「…知りたいっスか?」
「…?あぁ、知りたいな。僕の…なんだ、その、友人を傷つけた輩の名前くらい知っておいて損は無いだろう」
「…………ニヤニヤ」
「な、なんだ!何をニヤついた顔をしている!!」
「いやぁ、しばらく会わなくても相変わらずのツンデレっぷりだなぁと思っただけっスよぉ?」
「い、意味の分からんことをほざくな!そんなこと言ってる暇があったらさっさと吐け!!」
「分かったっスよぉ。まったく、融通がきかないところも相変わらずっスね……」
ククリはそういいながら、制服のポケットをごそごそと漁り、中から一枚の折りたたまれた紙を取り出した。
「はい」
「は?」
「伝言、っス」
「伝言…?」
リオールは首を傾げつつ、ククリの手から紙を受け取る。
そしてその紙を開き………
「こんな大事なもの、さっさと渡さないかこの阿呆がああああぁぁぁ!!!!」
「ちょ、怪我人殴るのとかホント、や、ちょ、ま、やめて、やめてぇぇぇぇ!!!」
「よい、しょ、っと」
やっとの思いでパンパンに膨らんだ自分の鞄を部屋の隅へと運び終わったアリスは、少し汗ばんだうなじに張り付く長い藍色の髪をさらりと後ろへ流す。
「ふぅ…」
今年はドンウォール支部のほうから久しぶりに父が帰ってきていた。
残念ながら姉のアリアは不在だったが、その所為か山のようにつまれたお土産は全てアリスのものとなってしまった。
…正直、邪魔だ。センスはいまいちだし。
かといってあんな笑顔でうれしそうに自分にさしだす父の好意を無碍にすることなどアリスにできるはずもなく、
(…學園の皆に分けようかな)
という結論に至ったのだ。
そのため、鞄は例年以上に膨れ上がることになり、父が引き止めてきたため學園に入寮するのはこんなぎりぎりになってしまったわけだが。
久しぶりに父と過ごす夏休みが楽しくなかったと言えば嘘になるが、やはりこの年になると父親というのは多少うざったいものだ。
膨れ上がる鞄をみて、アリスは思わずため息をつく。
「アリス、今年荷物多くない?」
それを聞いてか、前日に入寮を済ませていて退屈そうに本を読む同部屋の友人が、二段ベッドの下段で寝そべりながらそうアリスに声をかける。
「えぇ。今年はちょっとお父様が帰ってきていて…」
「あ、そういうこと。アリスのお父さん、本部勤務じゃないもんね。…で、何もらったの?」
「あまりお勧めできるようなものではないですけど…お菓子とかあるけど、食べます?」
「お、食べる食べる♪」
と、嬉々として本を放り投げベッドから立ち上がる。現金なものだ。
そしてアリスは返事を確認してから、目的の物をだそうと鞄の前にかがみこむ。
さて、父が選んできた菓子の類でまともそうなものはどこに詰めただろうか…?
――――コンコン
「…?はぁい、どちらさまぁ?」
アリスがドアに背を向けるように荷物を漁っていると、乾いたノックの音がした。
手の空いていた友人が出る。
「あれ、ケイト。どうしたの?あ、さっきちょうどアリスが帰ってきてさ、お土産もらうところなんだけどケイトもどぅ………え、なに?」
その名前を聞いてアリスはわざわざ振り向いて確認する必要も無いな、と思いお土産の発掘作業を続行した。
ケイトといえば同部屋の彼女のクラスメートであり、彼女を通してアリスとも交流があった。
確か彼女は辛いものが好きだったが、どこかに辛くて甘いお菓子があった気がする……。
「…ちょ、それ嘘でしょ!?…本当なの?間違いないの?…うん、うん…。うん、そうよね。当時あんなに入れ込んだあの子がそういうんだから、きっと確かなのよね。…で、どうなってた!?やっぱり相当かっこよくなってた?!…え?近づけなかったから良く見えなかった、って………はっはーん、それで、アリスのご登場、ってわけね?」
「はい?」
突然会話に自分の名前が出てきて、思わず振り返る。
そういえば、自分の名前とか関連深い言葉だけ良く聞き取れるのは、カクテルパーティー効果とか言うらしいが…。
「私が、なんですか?あ、お土産ちょっと待ってくださいね。今探してる最中なんで。ケイトちゃんにもあげますから…」
「そんなことはもはやどうでもいいのよ!」
「うひゃ!」
急に思い切り両肩をつかまれ、心臓が飛び跳ねる。
「な、なんですか!?何か緊急事態ですか?!」
「そう、緊急事態よアリセリス=リーンさん!」
そしてそのまま彼女の腕はアリスの両脇へとスライドし、無理や立ち上がらされ、かと思えば今度は腕をつかまれぐいぐいと引っ張られる。
アリスは割と小柄で、同部屋の彼女は背が高いモデル体型。
そのため歩幅が違うので、おのずと大またで歩く彼女にひっぱられるアリスは駆け足のようになってしまう。その後ろを先ほど訪ねて来たケイトが付いて来る。
大理石の敷かれた寮の長い廊下を歩きながら、アリスは尋ねる。
…そういえば、廊下にずいぶんと人が少ない。立ち話の好きな女子が集まる女子寮としては、ありえない光景だ。
やはり何かの緊急事態が起こっているのだろうか…?
「一体なにがあったんですか?…と、それと、腕が少し痛いので、ゆっくり歩いてくれると嬉しいんですけど…」
「腕が痛い?歩くのが速い?そんな文句、彼に会ってからいくらでも聞いてあげるわ」
「彼、ですか?」
はて、私は今日誰か男子生徒と会う約束をしていただろうか…?
いずれ時間が空いたらリオールとククリとは会おうと思っていたけど、それはあくまでも私が考えていただけのことだし…。
「…誰のことですか?」
結局いくら考えても結論は出ず、諦めてアリスは尋ねた。
「…見えてきた。あそこの、輪の中心にいる方よ」
と、彼女が言うと、なるほど確かに女子寮の外にあるエントランスホールに女子の半分はいるんじゃないかと思うほどの人だかりができている。
…いや、あれは男子もかなりの数紛れ込んでいるらしい。
「……でも、なんだか上級生ばかりみたい」
「ま、そりゃそうね。下級生はあの方のこと、知らないだろうから。あぁ、可愛そうな子たち…!」
「はぁ…?」
ますます分からない。
彼女はあまりミーハーな性質ではないと思っていたのだけど、そうなると一体誰なのだろうか?
「…私、行ってくる!」
そして突然、もう我慢できない、と言った風に後ろにいたケイトが人ごみに向かって駆け出していく。
「ハルくーん!!!!」
―――と、その人の名前を叫びながら。
「………………え」
「…分かったでしょ?アリスをここに連れてきた理由。…ま、アンタを利用すれば彼に会いやすそうだな、と思ったのも確かだけど…会いたがってたのも、知ってたしね」
そういって、友人はアリスの背中をぽん、と一押しする。
そしてその手を口元に当てて、
「アルエルドくーん!アリセリス=リーンがやってまいりましたよぉー!!」
大声で叫ぶ。
「…え、は、えぇぇ!?え、ちょ、待ってください!私まだ心の準備が…!」
「大丈夫だって。アリスは今日もばっちり可愛いから、笑顔で『おかえりなさい』っていうだけで完璧よ」
「そそそ、そういう問題ではなくてですねぇ…!」
何を言えばいいんだろう。どうすればいいんだろう。
手紙は今まで何通も出してきた。
だけど実際に会うのは久しぶりすぎて、心臓がとんでもない動きをしている。
あぁ、どうしよう。
こんな急な出会い、全然想定してなかった…!
「……あ!アリス!!」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
「アリス、だよな!……久しぶり、だな」
そこにいたのは、人ごみを掻き分けて、少しよれて疲れたような、でも、相変わらず凛とした強い光をたたえた目をした彼で。
間違いようもなく、今まで想い慕ってきた彼で。
「…………あ、」
言葉は何も出ず。
代わりに、想いが涙となってあふれ出る。
「うぁ!?え、ど、どうしたアリス!どっか痛いのか!?ま、待ってろよ、俺今日は絶対流血沙汰になるだろうと思って救急セット持ち歩いてるんだ!」
アリスの涙をみて慌てふためくハル。
そういえば、ハルの顔にも湿布が張られている。
「…あははっ!」
変わらない。
何も変わらない。
危なっかしくて、優しくて、すごくカッコいい。
相変わらず、彼は彼だ。
「ハル!いるのか!!いるんだろう!?お前、僕に黙って勝手に帰ってくるとはいい度胸だな…!尋常に勝負だ、決着つけてやる!!」
「リオ、やめておいたほうがいいっスよ…どうせ負けるっス」
「お前に言われたくはないわ!!」
「いってぇぇぇぇぇ!!!」
そして、アリスと同じく、彼の帰りを待ちわびていた彼らもやってきた。
―――――あぁ。
これで、やっと、これで。
「…お帰りなさい、ハルくん!」
「ただいま、アリス、ククリ、リオール!」
やっと、元通りだ。