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リターン  作者: 乾 澪
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Another Ep8:皇女

なんとか死にそうなほど忙しい週間を生き延びました。乾です。

今回でやっと婚約騒動終わりでございます。…まぁ、次からまた別の意味で婚約騒動が巻き起こるわけですが。

次回は恐らく學園に戻ります。やったー!\(^o^)/

久しぶりの面子と再会です。私が一番楽しみですwww

 口汚く騒ぐ父親の声に紛れるように、エリオット=ブル=ヴォートンはつぶやいた。

「アンタ達は分かってない」

何が、とガイアスは聞き返さなかった。

我が子らを傷つけた下郎の言葉など聞く気もなかったし、その必要も無かった。

エリオットの言いたいことなど、端から全て承知していた。

「この国がいま滅びと繁栄の分かれ道に立っている事を。ヴォルジンの脅威を。…アルエルドの、脆さを」

後ろ手に拘束され、肩を衛兵に押さえつけられて跪くエリオットは、しつこく張り付くような重たい視線をガイアスに投げつける。

ガイアスはそれを真正面から受け止め、

「そのようなこと、貴様に言われるまでも無い」

一刀両断する。

彼は怒っていた。

どうしようもなく憤怒していた。

目の前の青年に。守るべき子らを傷つけた己に。そして、全てに。

「私のこの国の行く末を憂う気持ちがお前のそれに劣るとでも?ヴォルジンの恐ろしさを私が知らないとでも?アルエルドを…ハルを、想わぬ日が私の人生にあるとでも?――――否、否、否!!私は幾度でもその問いに否と答えよう!そして断言してやる。お前の国を想う気持ちが例え本物であっても、お前のやり方と、国を救った先にある願いは、塵芥に過ぎないと!!!」

夏の湿った夜風がガイアスの銀髪を揺らす。

ざぁ、という音だけが2人の間に流れ、そして数秒ただ見つめあう。

『お前は間違っている』

ただ、視線で互いに告げあうだけの数秒間。

「―――――連れて行け」

終わりを告げたのは、ガイアスのその言葉だった。





エリオットが父親と共に連れられていく後姿を見送った後、ガイアスはすぐに宮殿内へと引き返す。

目的地はそう遠くない場所にあった。

「ハルの容態は!?」

勢いよく扉を押し開けると、返って来たのは嫌みったらしいため息だった。

「ランラン、大事な大事なハルくんがとんでもないことになっちゃって心配なのは分かるけどさ~、すこーしうるさいよ~?皇女様だっていらっしゃるんだしね~?」

ベッドサイドの椅子に座っていたイルレオが眼鏡を中指で押し上げながら振り返る。

くぃ、と彼が顎で示す方向に目をやると、そこには何も言わずにただ眠るハルを見つめる第三皇女・ソフィアの姿がそこにあった。

ガイアスは慌てて跪いて頭を垂れる。

「も、申し訳ございませんソフィア様!ソフィア様がいらっしゃるとは知らず、ご無礼を!」

ソフィアはそんなガイアスにちらりと横目で視線をやり、

「構いません。むしろ私としては、そのように体裁を整えられる方が癪に障りますわ、ガイアス=ヴォリック=ランバルディア。頭を上げなさい」

冷たい声で告げる。

「ハッ!」

ガイアスはその言葉に習い、機敏な動きで立ち上がる。

「…異世界人、ハル=アルエルドは現在昏睡状態にあるようですわ。あの様子からして恐らくは精神魔法…。時折理解不能な言語が漏れることも加味して、記憶をいじられたかどうかしたのでしょう。相変わらず、ヴォートンの家の魔法は私の趣味とは合いませんわね」

「ソフィア様は高潔なお方ですからね~。しかし、この症状は僕には診断は可能でも、治療は無理ですね~。あまりに畑違いですし、心とかそういうものは僕の趣味じゃありませんから~」

そういいながら、イルレオはふらふらと頭を揺らしながら椅子から立ち上がる。

皇女の前であろうとなかろうと、彼の態度は変わらない。不遜である、とっていも過言ではないほどに。

しかし、ソフィアはそれとはまた違った理由でその美しい形の眉をひそめる。

「……無理なものは仕方ないでしょう。…ですが、いい加減、その薄気味悪い言葉遣いはどうにかしてくださいませんこと?…叔父様」

叔父様、と呼ばれたイルレオは振り返りながらへらへらと笑う。

「んん~、もう僕はそう呼ばれるに値しない人間ですよ、ソフィア様~?僕はしがない魔法研究者ですよ~」

「それは貴方がいつまでたっても父の言うことを聞かずに公務をほったらかして魔法の研究に明け暮れていたからでしょう?今からでも父に頭を下げれば―――」

「無駄ですよ、ソフィア様。彼は皇位継承権を剥奪されたことになんの痛みも感じていないし、またジオグランデの名を語りたいとも思っていないでしょう。…それに、彼にとっては私の下で元皇族の利権を振りかざして面白おかしく魔法研究してることのほうが、よっぽど楽しいでしょうし」

「あはっ♪さすがランラン、よく分かってるね~?それに、いまさら僕が戻ってもさして何も変わりはしませんよ、ソフィア様。僕は皇帝様にとっては歳の離れた出来の悪い元弟。僕とは似ても似つかない、皇帝様を支える優秀な兄弟は他にもいますし、だったら僕は皇位継承権なんてお荷物は放り出して、好きにさせてもらうだけですよ~?ありがたいことに、貴族の名を語らせていただけるどころか、今回のように姪っ子の誕生日会にも呼んでいただけるんですから、それで十分満足ですよ~」

「…とかいって、こんなことでも無い限り来る気なかったでしょうに…」

ソフィアはそう言って、軽くため息をついてから、

「分かりました」

と、諦めたように言った。

事実、何か叔父に対して諦めたのだろう。

美しい白髪を耳にかけながら、彼女は言葉を続けた。

「とりあえずこの話は置いておきましょう。いま考えるべきはハル=アルエルドについて。現場の確保は私の側近に任せていますから大事にはならないでしょうが、さすがに心的深層領域に踏み込めるほど高位な感知魔法が使える医療魔導師は私の側近にはいませんわ。そもそもある一定以上の水準の感知魔法を執行できる魔導師の絶対数が少ない。…叔父様、ランバルディア。何か心当たりは?」

その問いは、まるで狙い済ましたかのようなもので。

ガイアスはすぐさまその「心当たり」に思い当たる。

思い返してみれば、今回の餌を彼女に撒かせたのは、単なる偶然に過ぎなかった。

ある日、偶然エイファンの軍本部で彼女と鉢合わせたのだ。

あの広大な敷地内で打ち合わせもなく違う部署の知り合いと顔を合わせることさえ稀だが、「人手不足だがその不満を上にねじ込むほどの力が無いこと」に悩む彼女と、「息子(同然)のハルを騙すことにこの上ない罪悪感を覚えながらもやるしかないなぁと諦めていたが実際どうやったら自然にハルをおびき出せるだろうか」と悩んでいたガイアスがそのタイミングで出会ったのは、まさに運命のいたずらとしか言いようがなかった。

『私、クロネコちゃんをだますのは本意じゃないんですけど』

そのとき、彼女はそういってから、

『…ギブ&テイクってやつですよね♪』

といってウィンクを飛ばしてきた。久しぶりに女って奴は怖いなと感じた瞬間だった。

と、こんな経緯で彼女ことアルフィリア=リーンは今回の件に既に一枚噛んでいる。

しかも彼女は相当優秀な感知魔導師だったとガイアスは記憶していた。

(確か、今日もこの会場に来ているはずだったが…)

予定通り来ているかどうかは定かではない。が、最も穏便且つ確実にことをすすめられそうなのは、彼女しか思いつかない。

「ソフィア様。一人、心当たりが」

「…それは信頼に値する人間ね?」

「ハルは、そういうでしょう」

ガイアス自信は、正直そこまでアリアとの面識があるわけではない。

しかし、ハルが全幅の信頼を置いている。

ならばガイアスが信じる道理は既に立っている。

「――――分かりました。その者をここへ。引き上げ作業自体は私がおこないます。アルエルドの心的領域です、どのような爆弾が転がっているか検討もつきませんから」

「承知しました」

「それじゃあ僕はもう少し容態調べてみますね~。心はともかく、外的負傷くらいは治せるはずですから~」

「よろしく頼んだ」

そしてガイアスは踵を返し、部屋の外へと向かう。

目的地は舞踏会場。恐らくはそこに彼女もいるはずだ。

「ランバルディア」

しかし、後ろからの呼び声に足を止めて振り返る。

「…………その」

「ソフィア様?」

声をかけてきた張本人であるソフィアは少しためらいを見せてから話し始める。

「…今回の件。貴方にとっては息子であるハル=アルエルドを餌にさせてしまったこと。…その覚悟に感謝し、この事態に謝罪します。こうなることは分かっていました。分かっていながら、私はそれをさせました。止むを得ない選択でしたが…申し訳なかったと、思っていますわ」

ソフィアはそういって、頭を下げた。

こともあろうに、皇女が、一軍人に、謝罪したのだ。

それをみたガイアスは慌てて跪く。

「そんな…!ソフィア様が謝られるようなことではございません!そも、これはソフィア様が私に与えられた選択肢。それを喜びぞすれ、責める様なことは決して…!」

「…責められなくとも、今回の件で私が貴方や、貴方の息子と娘に謝罪するのは道理。席が整ったならば、ハル=アルエルドとクロア=キキ=ランバルディアにも同じようにするつもりです」

「ソフィア様………」

「しかし」

わずかに涙ぐむガイアスに、ぴしゃりとソフィアが言葉を放つ。

その眦はぎゅっと鋭く、鷹の目のように先を見通そうとしている。

「…謝罪するのは一度きり。それ以上の時間は割いていられないわ。私のなすべき正義はまだ山のように残っている」

紫の瞳がガイアスを捉える。

「ランバルディア」

「ハッ!」

「この国を守るためには魔法が必要だと、ヴォートンは言っていたわ。それには私も相違ない。しかしやり方が間違っている。…アルエルドは、この世の光です。我が国だけではない。静かに停滞しつつあるこの世界を救う僅かな光。それを守らなければなりません。―――――共に来て、くれますね?」

「―――――この命が続く限り、どこまでも」



すべてを守る力など持ちえるはずが無い。

だが、せめて。と、ガイアスは願う。

せめて、この人と、我が子らだけは救いたまえと。

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