Ep47:改名
10日に一本更新を目指している私です。はい、目標達成ならずです。課題とかで疲れると、正直「もう文字打ち込みたくないよ…」とか思っちゃいますよね。
で。
とりあえず今回で婚約編騒動は一区切りつきました。まだちょろちょろっと後始末はありますが、そこらへんは後日談でまとめたいと思います。
あまり更新速度が上がらず申し訳ないですが、できるだけがんばります。…しかし、一応ハーレム物と銘打っているのに、この展開はよかったのだろうか…。
柔らかくて白い。
暖かくていい匂い。
そんな何かに包まれて、俺は緩やかに落ちていた。
無重力な白い闇のなかをただ漫然と墜落していくだけ。
何も考えたくない。
人によっては鼻で笑ってしまうかもしれないけれど、俺にとっては身を切り裂くように辛い人生だった。
天に唾を吐きつけたくなるほどには、神様とやらを憎んでいた。
そんなときのことを俺は思い出してしまった。
(思い出したくなかったのになぁ)
アレを思い出してしまえば、自分がまともじゃいられないことは分かっていたから。
現在の俺は一体どうなっているんだろうか。
ここはどこなんだろうか。
そんなことを一瞬思考するが、すぐにやめる。
(何も考えたくないんだ)
何かを考えてしまえば、否が応でもあの記憶にたどり着いてしまう。
何も考えたくない。
何も考えない。
俺は、ただこの白い闇に包まれて。
どこまでも、どこかに落ちて逝きたい。
(本当にそれでいいのですか?)
鈴が鳴るような音がした。
そのすぐ後に聞こえてきた誰かが投げ込んだその言葉は、白い闇に波紋となって広がる。
(貴方が守ろうとした少女が、泣いているんですのよ?)
泣いている…?
俺が守ろうとした人が?
それは一体誰のことだろう。
守ろうとした人は今までたくさんいた。守りたかった人はたくさんいた。
だけど本当に守りきれた人なんてどこにもいない。
(守れないんだよ俺には)
なにも守れないんだ。
その泣いている人の涙さえぬぐってあげられないんだ。
俺には何もできない。
(いいえ、それは嘘ですわ)
しかしそれでもなお誰かは俺の言葉を否定する。
(貴方が生きていること。貴方が笑っていること。貴方が彼女を愛してあげること。そのことだけで、貴方は彼女を救っていることになる。少なくとも、彼女だけは)
その彼女が誰かさえ俺には分からないんだ。
俺には何も分からないんだ。
(白痴のような振りをするのは止めなさい。貴方は分かっている)
ぴしゃりと叩きつけるような声。
その声が発せられるたびに俺を包む柔らかな闇は揺らめいて、音を立てる。
(止めてくれ)
誰かに言う。
(俺を起こそうとするのは止めてくれ)
疲れたんだ。
誰かは知らないが、こんな心の奥までやってくる貴方なら分かるだろう?
アッチの世界ではがんばることを諦めた。
こっちではそれを諦めなかった。
だけど結局、無駄だった。
俺にはなにも―――――――。
(――――――――――だから)
その瞬間。
さっきまで平坦で冷静だった声がぎゅっと細くなり、
(私《わたくし》は先程から―――――)
一瞬の溜めの後、
(その子供のような駄々をこねるのをいい加減になさいと申しているのですわ!!!!)
爆発した。
目を開ける。
最初に見えたのは白。
一瞬、未だにさっきの空間にいるのかと思ったが、そうじゃなかった。
「引き上げ終了、です」
どこか疲れたような、聞き覚えのある声が枕元から聞こえてきた。
視線を上げると、そこには
「おはよう、クロネコちゃん」
「…会長…?」
会長は頷きながら、俺の額から手をどけた。
人肌で温もっていた額が一瞬冷たく感じる。
「おはようございます、ハル=アルエルド。ご機嫌はいかが?」
そして、すぐ傍からあの声が聞こえた。
「っ!?」
はじけるように起き上がり、すぐにその場から離れる。
「う、わ!」
そのままベッドから転げ落ちた。
どうやら俺はどこかのベッドに寝かされていたらしい。
結構強く壁に頭打ちつけた。痛い。
「あら、つれない反応。貴方をあんな心の深層から引き上げて差し上げたのは私ですのに」
「っ~~~……えぇ?」
そして痛みが治まってきたところで、改めてその人を確認する。
白髪の美しい人。
白地の生地に金糸で繊細な刺繍が施されているその人がまとっているドレスは、そこらへんに関しては疎い俺でもとんでもなく良質なものなのだろうという検討くらいはついた。
…………ていうか、さ。
あれだよな。
この人見たことある。
白雪が如き美しい白髪。如何なる宝石にも勝る紫の瞳……だったっけか。
うんうん。見たことあるよ。存じ上げております。
…ていうか、え?
マジで?
「……第三皇女、様?」
「あら、私のことご存知ですの?光栄ですわ、黒の君」
………嘘だろ。
「と、いうことで」
所変わって、ここは…城のどっかの会議室っぽいところ。
どこかなんて知らねぇよ。何回角曲がったと思ってるの?
「話を始める前に、まず…ハル。お前に伝えなければならないことがいくつかある」
ランバルディアの食堂にあるような長いテーブルをはさんで斜め向かい側に座っているガイが開口一番にそう告げた。
その隣り、つまり俺の真正面には第三皇女・ソフィア様が座っていらして、さらにその隣りにはいつもと変わらぬへらへら笑顔を浮かべたイルレオさんがいる。
…よく皇女様の隣座ってあんな顔してられるよな。
ちなみに会長…じゃなくて少佐(いつまでたっても慣れないな)は、俺の左隣に座り、右隣には泣きじゃくって俺の腕にしがみついているクロアが座っている。
…なんだろうなぁ。前もこんなことあった気がする。
守ろう守ろうとすればするほど泣かせちゃうってのも、ジレンマだな。んむ。
メイカさんはその泣きじゃくるクロアを熱いまなざしで視姦……見守っている。うん。見守っているんだ。
「…ヴォートンは、どうしたんですか」
真面目な話に戻そう。
俺の質問に、ガイは真剣な顔で頷く。
「エリオット=ブル=ヴォートンは軍規違反で捕縛した。現在は父親のグレンズ=モン=ヴォートンと共に然るべきところへ移送中だ」
「軍規違反?」
「アルノード軍機密条項。―――異世界人に対する規約に、アイツは反した」
「………」
やはり、あのような形でアルエルドの力を得ようとするのは、違反らしい。
まぁ、そうじゃなくても色々と不味いことしてそうだけど………うん?
「…その点に関して、私はお前に謝らなければならない」
「なに、を?」
「私はお前を餌にした。正確に言えば、家にとってはさしたるメリットもないヴォートン家との婚約を結んだのは、アイツがその先にあるお前に食いつくはずだと確信していたからだ。つまり、今回の婚約は婚約それ自体は両家にとってなんの価値もなく、あっちにしてみればハル、お前が目的であり、私たちにとってみればあいつらがその餌たるお前に食いついてきて何かしてくれる…それが、目的だった」
…それってのは、なんですか。
アッチの世界で言う、いわゆる別件逮捕、って奴で。
あんなあくどい奴が、俺の件以外でなにもしてないはずがないとは思う。
きっとその内でどうにも見逃せないのが出てきたんだろう。
ヴォートンを捕まえたい。
そのために、どうするか。
捕まえるのに十分な証拠は無い。
だから、決定的な隙を見つけるのではなく…生む。
「……そういうこと、ですか」
「あぁ。…無論、謝るべきはその点だけではない。
お前がいないうちに、色々工作させてもらった。ヴォートンからみて、家が切迫した状況に見えるように、ヴォートン家と婚約を結ぶことになんの矛盾も無いように。
あるいはお前の情報を不審じゃない程度にばら撒きもした。他にもお前にとって不都合なことを、我々は数多くやっている。…すまない」
ガイが頭を下げる。
ごつんをテーブルに額がぶつかる音がした。
…けど、俺が謝って欲しいのは、そういうことじゃない。
そんなことじゃねえよ。
そうだよ、そうなんだ。
思い出した。ちょっと忘れかけてたけど、思い出した。
そもそも俺がなんのためにここに乗り込んできたのか。
そうだ。
俺が怒っているのは、ガイ。そんなことじゃなくて。
どうして、実の娘の結婚を、こんなくだらないことに利用したかっていうことで。
俺を餌にするなら、すればいい。
そんなことをされても俺はガイを怒らない。怒れるわけがない。
ガイは命の恩人だ。
俺に第二の人生を与えてくれた人だ。
その人のために使われることは何の苦でもない。
だけど、俺と言う餌を引き立てるために、クロアを使ったこと。
それだけは許せない。
「ガイ………」
息を深く吸い、拳を硬く握り締める。
そして…
「こんのろくでなし糞親父があああぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁ!!!!!!」
「ひでぶっ!!」
右隣から、金色の稲妻が駆け出していった。
見事な右ストレートがガイの左頬をぶち抜く。漫画みたいな声あげたな、おい。
もちろん殴ったのは俺じゃないよ。
さっきまで泣いてたクロアだよ。今はまるで般若のようだけどね。
クロアがガイの襟首を掴みがっくんがっくんと前後に揺さぶる。
「ハルを餌にですってぇ!?っざっけんじゃにわよ!あのねぇ、私の結婚なんかどうでもいいわよ!!私だって貴族の子ですもの、自由な結婚ができなくたって文句は言わないわ!それが、他の人の上に立つ貴族の定めなら、仕方の無いことだわ!!だから私の婚約が政略的なカードになるなら、どうぞ!好きなようにして…とは言わないけど、言うこと聞いてあげる!だけど、ハルが傷つくようなことは絶対許さない!!例えそれが皇女様からの命令でも、ユーナ様からの天啓でも、今回みたいにハルを手段として使うことは、絶対に、この私が、許さない!!!!」
そう、一息に言い切ったクロアは息をあらげながら、ガイから手を離した。
そしてテーブルの周りをぐるっと回って俺の横に再び座った。
さすがに二回もテーブルの上を突っ切る、ということはしなかったみたいだ。
………ていうか、あれだな。
あの台詞は、反則だな。
「…ハル様」
「い゛、らない!」
そっと差し出されたハンカチを断る。泣いてない、泣いてないもんね!
「…な、なかなか、鋭いストレートだったぞ、クロア」
ガイが左頬を押さえながら親指を立てる。
親馬鹿もここまで来ると気持ち悪いな。
「確かにハルにとってみればお前を、お前にとってみればハルを出汁に使ったのは許しがたいことだろう。しかし、それはソフィア様から出された交換条件だった」
ガイと目が合う。
銀色の瞳が、俺を見つめる。
分かるな?と問いかけるように。
「私が正式にハルを手に入れるために、私はソフィア様が求める正義を果たしたのだ」
そしてこのときになって、初めて皇女様が口を開いた。
「そして今、その条件は間違いなく満たされました。約束どおり、私、ソフィア=ジオグランデ=リル=アルノードの名の下に、いまここで宣言いたします」
今度はソフィア様が俺を見る。
その口元に聖母のような柔らかい笑みをたたえながら。
大丈夫だと、俺に言うように。
「ハル=アルエルド。貴方の身柄は今日このときより、正式にランバルディア家へと譲渡されます。そして同時に、アルエルドの姓を廃し、ハル=ライザックと名乗ることを認めます」
「…は?」
「ライザは古語で光を意味します。多くの人の光となり、導き手となるように願っていますわ」
「あ、はい…」
…なんか知らんが、皇女様から新たな姓を預かってしまった。責任重大だ。
「それと」
「それと!?」
まだあんのかよ!
「…おめでとう」
「へ?」
「エリオット=ブル=ヴォートンとクロア=キキ=ランバルディアの婚約は破棄されました。それと共に、新たな婚約の正立です。白き獅子の婿として、恥じぬ振る舞いを期待しますわ、ハル=ライザック」
…………………。
「え?婚約?」
「婿?」
隣りでクロアが声を上げる。同時に俺も。
なんか、とんでもない単語がちらほら聞こえた気がするんですけど?
「えぇ。今から貴方たちは許婚。仲良くしていくんですよ?」
「「………………」」
「ええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!?????」
「やったあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
拝啓、お兄様。
なんだか俺の知らないところでいつのまにか婚約が決まってしまいました。
どうしたらいいのでしょうか?