Ep46:心壊
タイトルがおもいつかな過ぎて20分くらい悩んだ。うん。少し盛りました。けどマジで思いつかないです。血迷ってEp46:虎馬とかにしよかとも一瞬思いましたけど、さすがにやめました。駄洒落にもほどがある。
と、いうわけで今回はアナザーじゃないけどハル君はほっとんど、ていうかまったくしゃべりません。ただいま絶賛精神崩壊中です。という意味で心壊。
ちなみに元ネタはDECO*27さんの「心壊サミット」という曲から取りました。意味まで同じかは知りませんが、語感から取りました。そのまんま心が壊れる、と言う意味で。
なので兎に角ハル君はしゃべりません。そういう意味ではアナザーですが、あんまりアナザーが続くといやなので通常エピ扱いです。
次回でけりがつくといいなぁ……と願っています。
心の奥の、奥の、暗くて雑多で、今まで何を詰め込んできたかなんて自分でも分からないようなそんな場所は誰にでもあるだろう。
それは初恋に破れた記憶だったり。友達を裏切った罪悪感だったり。
人はそういう自分にとって都合の悪い何かを、そこへ押し込んで忘れた振りをする。
俺もそうだ。忘れていた。
少なくとも、今までその振りをすることはできていた。
だけど。
今、脳裏にフラッシュを焚きながら流れていく映像は、問答無用で俺にとっての「都合の悪い何か」を思い出させる。
離れていった「お兄ちゃん」の手の温もり。
真正面から浴びていた夕日の赤さ。
最期のつぶやき。
忘れていたのに。
忘れていたかったのに。
二度と見たくなかったのに。
絶望の始まり。終わりの始まり。
そんな陳腐なタイトルがお似合いな俺の記憶。
コンマ数秒で切り替わる映像は、否が応でも俺に思い出させる。
(僕はヒーローにはなれない)
(ヒーローはお兄ちゃん)
(じゃあ僕は何?)
(僕は一体――――)
「ウガアアアアァァァァァァァァァーーーーーーーーッッ!!!」
頭を抱え込み、獣のような咆哮をあげるハル君。
虚ろな瞳からは涙が零れている。
あの様子では、見えているはずの光景など彼には見えていないだろう。
見ているのは記憶。
彼の心の、一番深くに仕舞い込まれて鎖で雁字搦めにされていた記憶。
何を見ているかなんて、僕には知る由もない。
僕がしたのは彼の魔力耐性を下げて、記憶を心の海から引き上げて、鎖にかかっていた鍵を開けただけ。
正直なところ、彼の精神に直接的な打撃を与えるほどの傷が彼の心にあるかどうかすら僕には分からなかった。
(だけど確信があった)
アルエルドはそのような闇を抱えた人間であると言うことくらいは調べがついていたから。
この国は異世界人に対して否定的な立場ではあるが、その力そのものに関心がないわけではない。
…否。持たずにいられる訳がない。
当然異世界人に対する調査もある程度は行われている。
それというのも、近年、衰退の一路をたどっていたヴォルジンの勢力がまた盛り返してきていることにある。
ヴォルジンの力が増している、その一因として、十数年前に突如現れ、今やヴォルジンにある一大勢力の頭となっている「巫女姫」とやら言う異世界人―――ヴォルジン風に言うのなら、「神依り」の存在が挙げられている。
アルノードは国家の成立としてはヴォルジンより遥かに若い。
それも当然だ。アルノードはヴォルジンから発祥したのだから。
だが、それでもなおその差をひっくり返して、アルノード帝国が今の地位に就けた理由は、一重に軍事力の強さにある。
それは裏を返せばヴォルジンにおける魔力の低迷を指す。
剣、弓、格闘術―――――そんなもの、いくら極めようと魔法には適わない。
剣を極めし騎士と魔を極めし魔導師が戦えば、結果は火を見るよりも明らかだ。
魔法の使えぬ人間が、魔法を使える人間に勝つ術など無い。
それ故アルノードは、ヴォルジンの魔導師の減少やその質の低下を受けて、初めてヴォルジンに勝ることが出来たのだ。
無論、魔力の低下はヴォルジンだけに留まらない。
この世界は今や緩やかに魔法を失おうとしているのだ。
近年魔力を持った子供の出生率は下がる一方だと言う。古代の大魔法を使用できる魔導師など、この世界中探してもそうはいないだろう。
しかしそれはむしろアルノードにとっては僥倖とも言える。
アルノードは風土としても魔法に向いているわけではない。
理由は分からないが魔導師が生まれる率も、ヴォルジンとは比べるべくも無かった。
だからアルノードは、剣では勝てるわけも無いと知りながらも、それを鍛えるしかなかったのだ。
そしてその苦し紛れの選択は功を奏した。
ヴォルジンは魔法を失い、剣での戦いでアルノードは勝ったのだ。
しかし状況は再び変わり始めた。
魔法を失うはずだった世界に、再びその芽が芽吹き始めたのだ。
さらにはヴォルジンの巫女姫とやらの出現。
そいつの出現を皮切りに、ヴォルジンの力は再び盛り上がり、まとまり始めている。
ヴォルジンが再び魔法の力を取り戻してしまえばアルノードに勝てる道理は無い。
(ならば、そうなる前に、アルノードもなんとしてでもその力を得なければいけない)
魔法国家であるヴォルジンよりも優れたそれを。ヴォルジンよりも早く。
―――――その為に、異世界人に目をつけるのは自然の流れだ。
この世界のどんなに優秀な魔導師にもたどり着けない領域に容易に手をかけることの出来る異世界人。
どのような仕組みで、どのような人間が、どのようなきっかけでこの世界に流れ着くのかは定かではない。
が、そのような存在がこの世界にいるのは確か。
ならばそれを利用しない手は無い。
数分前の乱闘で、無茶苦茶な力で思い切り引っ張られて外れてしまった右肩を嵌め直す。
「ングゥゥゥウッ!」
脳天に突き抜けるような痺れる痛みが鎮まるのを待ってから思考を再開する。
(第一、上の爺共は頭が固すぎるんだ)
あの愚図共は、ヴォルジン勢力が完全に落ち込み、あいつらが賛美する剣の力とやらで完全征服していた時代の人間だ。
そりゃあその麗しき過去にしがみ付きたくなる気持ちは理解できる。
(だけど今は時代が違う)
ヴォルジンは再び力をつけてきている。
ここ数年、単発的で脆弱ではあるが、ヴォルジンを祖とする武力集団の反乱もあちらこちらで見られている。
国同士の正面的な戦争にこそなっていないが、いずれはそれも免れない。
そういう定めなのだ。
ヴォルジンとアルノードが袂を分かったその時から、二つは争い喰い合う運命にある。
だから、アルノードも力をつけなければいけない。
その為の魔法。
爺共は受け入れがたいだろうが、ヴォルジンが元の強力な魔法国家として復活してしまってからでは遅い。
アルノードも強力な魔法を手に入れるべきなのだ。
それさえ出来れば、鍛え上げられた剣を既に持つアルノードに負けは無い。
ヴォルジンを……いや、この世界全てを手にすることすら夢ではない。
故に魔法。
故に、アルエルドが必要なのだ。
しかし今までのようなアルエルドの強制的な隷属だけでは足りない。
『アルエルドはどうやら、どの人間も非常に深い心の傷を持っているようですね~』
とある魔法研究者の言葉を思い出す。
『故に隷属は容易でしょうね~。そこをつつけば、人間の心など容易く砕けますよ~』
『アルエルドは化け物です。化け物ですが、人間です~』
『征服するだけなら、ある意味どんな人間よりも容易いですよ~?』
眼鏡をついと上げながら、それがなんでもないことかのように話すあいつこそ一種化け物のようではあったが、情報自体はなかなかに役立った。
「必要なのは、隷属じゃない」
未だに泣き叫ぶハル君に歩み寄りながら一人つぶやく。
「今までのような隷属だけじゃ駄目だ。アルエルドが現れる仕組みは分かっていない。それに絶対数も少ない」
化け物のように強い一騎当千の魔導師。
しかし敵は国だ。
千人二千人殺すだけならアルエルドだけで事足りるが、戦争に勝つにはいささか足りない。
「だから増やす。君たちのことを骨の髄まで調べ上げて、君たちみたいに強くて、儚くて、ユーナ様のもたらす雪の結晶の如く美しい化け物を、僕の手で作り出すんだ」
しゃがみこみ、ハル君の前髪を掴んで引っ張り挙げる。
「ウゥ、ウァァッ……」
だらりと両腕を垂らし、僕をにらみつけることも無く、痛みを訴えることも無く、彼は言葉すら失い、涙するだけ。
黒曜石のように美しいその瞳からはぽろぽろと雫が淵から溢れては頬を伝って芝生へ落ちる。
――――――――――あぁ。
背筋に寒気が走るほど、美しい。
「ごめんね、君に辛い想いをさせて。どんな記憶を見ているかは知らないけれど、辛いだろうね。だけど大丈夫だよ。君はちゃんと直すから。…直して、壊して、直して、壊して、直して、壊して………そうやって、君の全てを知って、この国を僕は強くする」
…まぁ、こんだけ派手な真似してアルエルドを自分の物にしたら爺共が騒ぐだろうけど、構わない。
うちの頭のネジ数本どころか設計図の段階から穴だらけみたいな父親が、僕のやろうとしていることが成功すればどれほどの富と名声をもたらすか分からないはずがない。
そしてそれが分かればアイツはどんな汚い手を使ってでも僕を擁護するだろう。
本当に、役に立ってくれる父親だ。
そうして手に入れた権力でアイツは何をしたいのだろうか。
支配欲の強い奴だから、さらなる領地の拡大でもしたがるのだろうか。
「ま、アイツのことなんてどうでもいいけど」
僕には僕の目的がある。
そのオマケに領地でももらえるなら、もらうことはやぶさかではないが。
「…そうだ、ハル君」
名前を読んでも明確な反応はない。まだ魔法が切れないのだろうか。
しかしそれを無視してそのまま話を続ける。
「もし僕にも領地がもらえたら、楽園を作ろう。優秀な人間だけの楽園。男は優秀で賢い奴だけ、女は…君が欲しいって言うならいいけど、なるべく従順な奴がいいな。間違っても僕に逆らったりしないような…」
そう、君の幼馴染みたいな。
僕の、母親みたいな。
そんなのは、絶対に駄目だよ。
「分かったね、ハル君?」
そんな僕の言葉に、返事があった。
「それはさすがにヴォートンさんのご子息のお言葉と言えど、飲むことはできないですね」
「……は?」
夜の闇の向こう側から聞こえてきたのは数人の足音。
さく、さくと芝生を踏み分ける音はしばらくして止まり、闇に隠れていた顔が見えるようになった。
「いい月夜ですね、エリオット=ブル=ヴォートン。お楽しみの最中大変失礼なのですが……うちの婿、返してもらおうか、この糞ガキ」
「ランちゃんランちゃん、言葉遣いが汚いよ~。…あ、お久しぶりですねぇ、エリオットさん。ご機嫌はいかがですか~?」
図体のでかい男は、ガイアス=ヴォリック=ランバルディア。
婚約相手の、父親。
もう一人の細長いのは、魔法研究家のイルレオ=ダン=ルーベンフォード。
アルエルドの情報を僕に流していた人間の一人。
そして最後に、2人の後ろから現れたのは………
「………なるほど。罠にかけられていたのは、僕のほうですか」
「さて、何の話だか検討もつかないわね」
「ご冗談を。…まったく、いつから貴女の歯牙にかかっていたのかすら分からないとは…。僕も落ちたものですね」
「いいえ?貴方はなかなかに巧妙でしたわ。しかしそういう悪巧みにかけては一枚も二枚も上手な人間が、私の身内にいただけのこと。それだけですわ」
「そうですか……いや、しかし。この子には本当に興味がつきませんね。まさか、貴女ほどの大物さえも動かしてしまうとは、予想外でしたよ………ねぇ、皇女様?」
「えぇ、大変に面白い少年ですわ。…そして貴方もね、大罪人、エリオット=ブル=ヴォートン」
そういう彼女は、その紫色の瞳を静かな怒りと野望で爛々と光らせて僕を射抜く。
ソフィア=ジオグランデ=リル=アルノード。
この国の第三皇女が、悠然とその白髪を風に揺らしながら、そこに立っていた。