Ep44:破壊
久しぶりに戦闘シーン…っぽいものを書きました。相変わらず苦手です。
うーん、戦闘描写が上手な書き手さんは本当に尊敬します。特にリターンの場合魔法戦闘なので、想像が簡単に出来るような描写を心がけないとならないのでそれがまた難しいです。
そして嫌なお知らせ。もうすぐ学校が始まってしまいます。あぁぁ…。
生活リズムが把握できるまではどの程度更新できるか分かりませんが、せめて今までぐらいはキープしたいなぁ…と思っています。
なんだか少しずつ固定ファン(なんて恐れ多いですが)が付いてきたような気もするので、今後一層気を引き締めてがんばって書いていきたいと思います。
…はやく學園のみんなを書きたいなぁ。あ、あと誰かにリターンキャラを描いてもらいたいんですよね。こういうのってどこに頼めばいいのかな…。
「一度でも考えたことは無かったのかい?」
ヴォートンはそういって話し始めた。
「君は誰もが喉から手が出るほど欲しい大規模な魔力保持者だ。確かに君がそうであることを知る人間は多くはないが、少ないわけでもない。現に軍に入ってまだ数年しか経たないような僕が知っている」
未だ跪いたままの俺に舐めるような視線を投げかけながら、口元に手を当ててクスクスと笑う。
ひどく耳障りだ。
「もちろんこれは本来許されざることだけどね。正直なところうちの父親は悪巧みにかけては一流だけど、暗黙知だとか、公然の秘密だとか、そういう人の良識に頼った倫理観っていうのにはとんと疎くてね。僕が聞けば何でも答えるんだよ」
「随分とガタ来てるんだな、アンタの父親の頭。一回ネジ締めなおしてもらったほうがいいんじゃないのか?」
はっきり言おう。
俺はこいつが嫌いだ。大嫌いだ。
それは決して警告無しに魔力弾を放たれたからとかじゃない。
ただ、どうしようもなく。
細心の注意を払って扱わなければならない幼馴染の婚約者候補だと分かっていてもなお、どうしようもなく―――
奴はまた肩を揺らしながらさっきまでの不機嫌面はどこへやら、とても軽やかに笑った。
「ふふふ、面白い言い回しだね。…あぁ、好きだなぁ、君のそういうところ」
―――生理的に、受け付けないのだ。
ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
「や、嫌だ、アイツもしかしてソッチ系…?」
ドン引きしているクロアのつぶやきに「冗談じゃねぇよ」と心の中で叫ぶ。
一体全体どうして俺の周りには変な人間しか集まらないんだ。
類友なんて認めない。
「だけど残念。僕の言っていることは紛れもない事実で、僕のような例はあまり少なくないことだけは確かだよ」
変態が何か言っている。
畜生、口をきくのもごめんだというのに…。
「…だから、何だって言うんだ」
「分からないかな?つまり、うちみたいに君を利用しようとしてる人間は割りとたくさんいるんだよ?―――あぁ、それと、」
「邪魔に思っている人間もね?」
ごくりとつばを飲み込む音が耳のうちに響く。
「だから僕は聞いているんだよ。君自身が望まれ、欲され、求められている。あるいは疎まれ、憎まれ、消したいと思われている。その可能性を一度でも考えたことがなかったのか、とね」
ヴォートンがその冷たい二つの碧眼で俺を見据える。
瞳はさらに俺に言う。
「答えろ」と。
考えたことが無かったか、だって?
「なかった」
あぁ、なかったさ。
考えもしなかった。
まさか自分の力が見も知らぬ人間に狙われているだなんて。
ましてやそれ故消したいとまで思われているだなんて。
だけど今になってみれば思う。
(――――どうして思いつかなかった?)
この力が異常なことは分かっていた。他と比較するまでも無く。
出る杭は打たれる。才能は妬みを買う。
そんなこと分かってた。
コッチだけのことじゃない、アッチでだって同じことだ。
(兄貴もそれで苦しんでたじゃないか)
なのに、どうして。
しかしそんな俺の思考を、ヴォートンの声がかき消す。
「あぁ、いいんだよ別にそんなに考え込まなくたって。それはただ単に君が純粋であるということの証明でしかない。むしろ君はそのままでいい。……僕は、そのままの君が、欲しいんだ」
チロリと舌なめずりするヴォートン。
そのときに見えた赤は、俺に魔力開放させるのに十分な嫌悪感を俺に与えた。
(コイツ、やばい)
頭の中で警笛が鳴る。
(クロアを逃がさないと)
もう婚約が云々じゃない。
コイツはやばい。
俺を自分の物にして何をする気かは知らないが、コイツの狙いは俺だ。
俺だけだ。
「今回の件はね、そこにいるお人形さんと結婚すれば漏れなく君もついてくるだろうと思ったからっていう、なんのひねりも無い策略なんだけど、こんなにうまくいくとは思わなかったなぁ」
言いつつ足を進めるヴォートンから、背中にクロアを隠しつつ俺も後ずさる。
「…でも、もうその必要も無いか。僕自身はそんなヒステリックな女に興味は無いし……元々欲しいのは君だけだし。後々面倒なことにはなりそうだけど、そこらへんは父親に任せればいいし…ね?決めたよ、うん」
相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべてヴォートンは一人頷いた。
そして言ったのだ。
さも当たり前かのように。
自分の言葉は絶対かのように。
朝食のメニューを尋ねるかのように。
「今、君を死なない程度に痛めつけて、連れ帰ることにするよ」
「クロア、逃げろッッ!!!」
俺の言葉が放たれたのと同時に響く爆音。
「グァッ!!」
足元を掬われる様な暴風が体中に襲い掛かり、細かい砂利が舞う中無様に背中から倒れこむ。
風が吹きすさぶ音の向こう側からヴォートンの声が聞こえてきた。
「アハハハハハッ!どうだい、君の幼馴染が僕に見せてくれた野蛮極まりない魔法を真似てみたんだけど、気に入ってくれたかな?僕は気に入ったよ!美しさの欠片も無い魔法だけど、威力だけは折り紙つきだ!」
ようやく風が収まり目を開けてみれば、さっきまで俺がいた場所から一メートルも離れていない場所に小規模のクレーターが出来ていた。
クロアの魔力弾ほど派手さは無いが、その分威力が凝縮されているようだ。
「クロア、無事か!?」
その問いに、少し離れた位置から「大丈夫!」と咳き込みながら反応があった。
俺と同じくこけたのだろう、ドレスが砂埃で汚れて所々すれているが、一見したところ大きな怪我もなさそうだ。
ほっと胸を撫で下ろし、再度言う。
「クロア!コイツの狙いは俺だ!!もうこうなっちゃ俺がぶっ潰そうとしてた婚約も何もあったもんじゃない、魔力全部脚力強化に回してさっさと逃げろ!!」
「って言われて、はいわかりました後はよろしくお願いします、とでも言うと思ってるわけ!?ハルはどうするのよ!」
「だーかーらぁ、大丈夫じゃないからさっさとお前にガイと合流してつれてきて欲しいの!!」
というのは本音半分、嘘半分。
兎にも角にも、クロアにこの場から離れてもらわなければ安心して拳一つ振えやしない。
「で、でも…」
「いいから!行けって!!」
なんでもいいからここから遠くへ。
傷一つ負わなくていい安全なところへ。
早く、早く。
「……ねぇ、ハル君。そんなにそのお人形さんが大切?さっき君が言ったとおり、僕の狙いは君だけさ。つまり、僕と君だけの話。そんなにその女に構う必要、無いんじゃない?」
こいつの目の届かないところへ、早く。
「黙れ。あと言っておくが、それ以上クロアに一歩でも近づいてみろ。お前がどこの貴族の息子だろうが、クロアの婚約者であろうが容赦なく潰すぞ」
腰を低くし構える。
いつでも襲いかかれるように。
俊敏に。獣の如く。
獰猛に。獣の如く。
(守るんだ)
守らなきゃならない。
(守れなかったんだから)
一度守り損ねたんだから。
今度こそは、俺が。
「…ずいぶん大切なんだね、その女が」
ぽつりと、ヴォートンは至極つまらなそうな顔をして言った。
じとりと重たい目で俺を責める様な目つき。
不満だとその目が言う。
「今しているの僕と君の話だろう。どうしてその女のことばかり構うんだい」
「…は?」
「言っただろう?君のことを殺したいほど疎ましく思っている人間もいれば、愛で撫で回したいと思っている人間もいるんだよ。うちの父親は前者の側の人間だけど、僕は後者だ。今回の件に関しては利害が一致しているから協力してくれたみたいだけど」
「どうして、今まで一度も会ったこともない俺をそんな風に思えるんだ」
「どうして?実に簡単な疑問だね。だって君は実に美しい」
美しいものは好きだ、とヴォートンは言う。
…同じようなことを、どこぞの異国の蛇野郎にも言われたような気がする。
そしてヴォートンは「だけど」と続けて、その視線を俺の後ろにいるクロアに向ける。
鉛みたいな視線。
重たくて、冷たくて、ねとりとへばりつく。
「そいつは汚い。女は汚い。媚びて泣いて擦り寄って、貴方が好きよと言って人の心を堕落させる。………なのに、どうしてそんな女を君は守るんだい?」
その疑問に、一呼吸入れてから答える。
「大切だからだ」
俺がそういった瞬間。
ヴォートンの目がぎりりと鋭く尖り、同時に肌に突き刺すような魔力が開放された。
「なら壊してやるよ!お前が大切だって言うその女も、お前も、全部全部全部!!壊して、壊して、壊して!屈服させて、僕と同じ目にあわせて、僕のモノにしてやるよ!!!!」
――――飛び出す。
俺が先か、奴が先か。それすら分からない。
来ると分かったから飛び出した。
そして予想通り奴は雷が如き速さで一直線にクロアへと襲い掛かろうとした。
感知魔法は苦手なので分からないが、恐らく強化魔法をかけている。
さっきやって見せたクロアを真似た魔力弾。
予備動作無しに執行された強化魔法。
どちらもシステムが原始的で短縮化が容易な類の魔法だとしても、その錬度が高い。
(間違いなく強い)
俺が今まで相手にしてきたヴォルジンの出来損ない魔導師や、魔導師を擁したそこらへんのギャンググループなんて目じゃないくらいに。
コイツはちゃんとした「魔導師」だ。
「っざけんな!!!」
だからと言って好き勝手になんてさせない。
俺も全身に強化魔法をかけ、クロアとヴォートンを結ぶ直線に体を割り込ませる。
会場に入るときには厳重な身体検査を受ける。
俺も無手だが、相手も同じはずだ。
体格差はほぼ無い。
条件が同じなら、勝つ。
否、勝たなければいけない。
ガツンと脳が揺れるような衝撃を浴びながらも、体重を掛けた相手の右拳を正面から受け止める。
「ハルッ!?」
クロアの叫びが聞こえる。
「行けッッ!!!」
これ以上の言葉を返す余裕は無い。
苛立ちと、願いとをこめて叫ぶ。
「頼むから、行ってくれ!!!!」
俺はお前を守らなきゃいけないんだから。
(だけど十分に守りきれるほど強いわけではないんだから)
だから、だから。
目線だけはヴォートンに向けたまま叫ぶ。
「行けって!!!!!」
しかしその叫びは、ヴォートンの冷たい囁きが打ち消してしまった。
「無理だよ」
俺にしか聞こえないような、小さな声。
「あぁ!?」
「人気が無い、薄暗い。…それだけで、君をここまでおびき出した訳じゃない」
俺に向かって全力で押し込んでくる拳は止めぬまま、口角だけ引き上げてにやりと笑う。
「ここはね、この城の中でも特に魔的防御が薄い場所なんだ。さすがの僕でも完璧な陣を敷かれてる城内に陣を上書きするようなことはできないけど、この場所の、ほんの一角にならね。…できるんだよ?」
そしてその口が、高速で言葉をつむぐ。
「〔閉ざせ 閉ざせ 閉ざせ 閉ざせ〕……ガーム=ディア=オルトロス=クヴァッチ―――〔全てを拒絶せよ〕」
「魔法詠唱…!?」
瞬間。
場が魔力で満たされる。
「ッッ!!!」
一瞬息が詰まるほどの魔力密度。
力を込めてヴォートンを押しやり、距離を開けてから辺りを見渡して、すぐに状況を把握する。
ヴォートンを睨み付ける。
「テメェ…!」
この場には完全に、陣が完成されていた。
半径3メートルから5メートルくらいの小規模な魔方陣ではあるが、あんな数秒の詠唱で敷ける代物ではない。
下準備をしていたに違いない。
コイツはそれほどの手間を掛けてまで、俺を捕まえに来ている。
「逃がさないよ。君も、その女も」
――――だが。
「…クロア」
「うん、分かってる」
魔力にも流れがある。空気と同じで、それは大気の流れであちらへこちらへと移ろう。
その流れで分かる。
この陣には不自然な穴がある。
ある一角がぽっかりと――――それも都合よく、クロアから最も近い位置に―――穴が空いている。
もしこれが俺を捕獲するための籠なのだとしたら、お粗末と言わざるを得ない。
「……確かに。ミスがあるのは認めるよ。どうしてかな……どこから鼠が紛れ込んだかな」
ヴォートンが頭を掻きながら、面白くないと言った表情を浮かべてため息をつく。
「逃げろ」
だが安心は出来ない。
コイツの実力なら、この綻びを修正するのも難しいことではないはずだ。
この陣が完成してしまえばそれこそ俺は、コイツを打倒することでしかクロアを守りきれない。
それじゃ駄目だ。
俺が負けても、俺がどうにかなっても、クロアが助かる方法を取らなければいけない。
だから一刻も早く。
あの穴があるうちに、クロアを逃がさないと――――。
「走れッ!」
その言葉と同時にクロアが駆け出す音がする。
そしてまた同時にヴォートンも俺に向かって―――正確にはその後ろにいるクロアに向かって―――駆け出す。
「逃がさないって言ってんだろ」
「俺もやらせねぇって言ってんだろ!!」
息を吸い、言葉を放つ。
「〔火球〕!!」
俺の魔法の中で最も短時間で放てる、小さな火の玉を打ち出すだけの低級魔法を少佐から習った詠唱法で唱える。
スキルで低級火炎魔法を唱えるよりも威力はあるが、それもたかが知れている。
今大切なのはアイツの足止めをすること。
威力は度外視。とにかく数を当てる。
数十と同じ物を周囲にフロートさせ、一斉射出。
「小賢しいッッ!!!」
しかし、というか、案の定と言うか。
強化魔法をかけたヴォートンはかすり傷一つ追わず、右腕の一払いでその全てを跳ね除ける。
「なんだその子供だましはっ!?君にはそんな物は似合わないよ!!あぁ、あぁ、それもこれも全てその女の所為じゃないか!!!!!忌々しい、忌々しい、忌々しい!!!!!」
駄々をこねるように頭を振り、頭を抱え込んでしゃがみ込むヴォートン。
肩越しに後ろを振り返ると、クロアはもう少しで魔方陣の穴へ到着する所だった。
安堵の溜め息を漏らす。
「………………=ジュダ」
そのとき。
するりと、耳に滑り込む声。
顔を元に戻すと、頭を抱え込んだままのヴォートンが、わずかに微笑んだように見えた。
そして、その頭上には、目も見張るような大きさの氷塊。
バキリ、バキリと今尚その体積を増しながら周囲に冷たい靄を振りまくそれは、正しく殺傷だけを目的としたような刺を全身に纏っていた。
「逃げるなら逃げなよ。僕は君さえ手に入ればいい―――――」
放たれる。
あれが当たればどうなる?
死ぬか?
否、強化魔法を掛けているから即死には至らない。
あれはあくまでも刺々しいだけの、ただの氷塊だ。死にはしない。
だけど俺が怪我をしたら、次アイツが狙うのはクロアだ。
もうクロアを追いかけるのを諦めた風なことを言っているが、それのどこに信頼が置ける?
守らないといけない。
せめてクロアがガイの下に逃げ込むまでは、俺がその背を守らないといけない。
(守らないと)
「う、あぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
叫ぶ。
そして吠える。
「『燃えろ』おおぉぉぉぉぉッッ!!!!」
ただの言葉を叩きつける。
そしてその言葉に呼応するように、視界一面に紅蓮の炎が巻き上がる。
さっき放った火球とは比べ物にならない規模の炎。
悪なる物を燃やし尽くさんと、己に仇なす全てを打ち払わんと猛る。
「アアァァァァァアアァァ!!!!」
熱い。あつい。アツイ。
だけど退けない。
俺は、守らないといけない。
「アアアァァァァァァ…!!!!!」
――――そして、炎が静まる。
そこには一滴の水すら残されていない。
「…………っハ、ァ」
ひゅぅと息を吸う。
熱された空気がわずかに気道を焼いていく。
そしてヴォートンを見る。
ヴォートンは未だ頭を抱えてしゃがみ込んだままだった。
……勝った。
守りきれた。
クロアの駆ける音は大分遠くになった。
この調子なら逃げ切れるはずだ。
俺は、今度こそ、守りきれたんだ。
振り返る。
「―――――なぁーんてね」
「……え?」
見えたのは、クロアの真後ろに形成された小さな魔法弾。
小さな、小さな、四つの弾。
一つは右腕を。
一つは左腕を。
一つは右脚を。
一つは左脚を。
「本当に便利だね、この技。少し燃費悪いけど、詠唱無しであの威力だ……不意打ちには、もってこいだよね」
今にも射貫かんと、蠢く光球。
「やっ…!」
走り出す。
今からじゃ間に合わない。
魔力を脚力強化に全て回したクロアとの距離はずいぶんと離れてしまった。
追いつけない。
止められない。
俺にあれを止める術は無い。
「逃げるなら逃げればって?嘘に決まってる。壊すって、言っただろ」
(また俺は、守れない……?)
「やめろおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!」
伸ばした腕は空を掴んだ。