Ep43:前菜
たい………っへん!遅くなってごめんなさいでした!!
言い訳云々については活動報告のほうでしていますので、寛大な読者様は読んでくださるといいかもしれません。
今回はクロアちゃんがちょぉっとカッコいい事言う回にしたくて色々試行錯誤してみました。したんだよ?
好きな人の前ではデレデレだけど、実はプライド高くて負けず嫌いで強い女の子っていいよね!
歯の浮くような甘い台詞。それにそっと添える微かな笑み。
「名乗るほどの者ではありません」
こんな台詞を、まさか本気で吐く日が来るとはあっちの世界にいるときは考えもしなかった。
しかし今になってみれば分かる、この言葉の真実。
「そんなことを仰らずに、どうか…」
「私のような者の名を知ってどうなさいます?いくら望んだとて、私はもう二度と貴女には会えないでしょうに」
―――俺の名前をどうしてお前に教えなきゃいけないんだよ。頼むからもう二度と会いたくないから逃がしてください
「いいえ、この出会いはきっとなにかの運命!…お願いです、せめて夢の中でお呼びするお名前だけでも知りたいのです」
「……もし、私たちの出会いが女神が描いた運命ならば、貴女がそれを信じるというのならば。…私の名は、次にお会いしたときにお教えしましょう」
―――あーはいはい分かった分かった。名前教えるよ。もし次会えたらね。会うこともないとおもうけどもし万が一会ったとしたらねwww
「………分かりました。そのときをまた、お待ちしております。我が黒の君」
「運命の導くがままに」
―――永遠にさようなら。
「ハル様モテモテじゃなないですかwww」
命からがら逃げ出してきた俺を出迎えたのは嫌らしい笑みを浮かべるメイカさんだった。
ざっくりと肩の開いた赤いドレスは赤みがかった彼女の茶髪と白い肌によく映え、普段とは違い綺麗に髪を結い上げて化粧も完璧に施したメイカさんはとても美しい。
…が、片手に果実酒がなみなみと注がれたグラス、もう片手に主に肉を積み上げた皿を持った女に声をかける男は、まずこの会場にはいないだろう。
「ずいぶんと弾けてますね。そんなに俺は酒の肴にいいですか」
「えぇ、それはもう。五歩歩けば違う女性に声をかけられて戸惑うハル様を見るのも相当に面白いですが、個人的にはその気だるそうにタキシードを着る仏頂面の美少年っていう構図が好きですっていうか美味しいですねー♪オールバック最高です♪」
メイカさんは右手にもったグラスを口につけ、ぐいとあおる。
確かに今日のこれは仕事じゃないから飲むなとは言わないが、あれは飲みすぎじゃなかろうか…。
俺は今でもかつても酒に飲める年齢ではない(こっちの法律では年齢での飲酒制限は厳格には無かった気がするが、さすがに公の場で学生が飲むことはない)ので分からないが、グラスいっぱいを一気にあけるのはそんなにたやすいことではないと思う。
「…で?」
「はい?」
「もう十分美味しい酒とつまみは食べましたね?」
「まぁ、それなりに」
「それじゃあそろそろクロアを探すの付き合ってくれますね?」
「……あぁ」
…え?今この人、「あぁ」って言った?なにか納得した?
いそいそと近くのテーブルに皿とグラスを置くメイカさん。
「あはは、ちょっと本題忘れかけてました」
「馬鹿ですか貴女は」
酔っ払いの言うことだからあまり本気で取ってはいけないことくらい分かるが…。
(あぁ、頭が痛い…)
今日はただでさえわけの分からないくらい女に声かけられてげんなりしてるというのだから、これ以上変なことで俺の頭を悩ませないで欲しい。
「はい」
そんなことを考えつつ、メイカさんに腕を突き出す。
「…なんですかこの腕は」
それにメイカさんはきょとんと首を傾げる。
……べ、べつにこのドレスって上から見ると胸の谷間が結構見えるなぁとか、ちょっと顔赤らめて首傾げるとか超絶かわいいんですけどとか思ってないから!
身長伸びるとこういういいこともあるんだね!とか思ってないから!!
「エスコートしますから。っていうか、誰か女連れてる振りしないとまともに人探しなんて出来る状況じゃないっぽいんで」
「あ、そういうことですか。ひゅーひゅー、この女ったらしー♪」
「やかましいですよ酔っ払い」
そしてするりとメイカさんの腕が俺の右腕に絡みつく。
「あんまり寄りかからないでくださいよ、重いから」
「…胸があたって恥ずかしいだけですよね?」
「うるさい!」
なんだこの痴女。突っ込みが的を射過ぎていて嫌になる。
これ以上この人と話していても俺の益となることはなさそうなので、クロアを探すためにとりあえずダンスホールに出ることにする。
いまならメイカさんも連れていることだし、変に声をかけられることもないだろう。
「でも、不思議なんですよね」
「何がですか?」
適当に周りから不審に思われない程度に辺りを見渡す。
探すのはシルバーブロンドの少女。
この国は金髪が多いけれど、クロアのブロンドは色味が違うから見つけやすいだろう。
「何だって皆俺なんかに声かけるんですかね?身元の知れない、名前をも明かさない、ただの若造に」
「名前なんか必要ないからですよ」
「え?」
メイカさんを見る。
メイカさんは俺に腕を絡めて少し甘えるように寄りかかりながら、俺と同じく誰かを探すように遠い目線のまま話を続けた。
「ハル様に声をかけてきた女性は皆、一人でした。父親や母親を連れずに、ただ少しだけ自由な自分の時間を享受していた。…そう、ほんの少しだけの、自由な時間。
その時間を楽しむのに相手の名前は必要ない。どうせ実りの無い出会いだから。ただ、自分の胸を満たす物をくれる人でありさえすればいい。
その人を選ぶときの基準がきっと、彼女たちにとっては顔だとか声だとか、もしかしたら物珍しさだったのかもしれません」
そして「ハル様の黒髪は目立ちますから」とメイカさんは付け加えた。
「……そんなもん、ですか」
「はい。特にこの場に来ている方々はそうでしょうね。ご自分の意思で結婚や婚約が成立する子なんて、男女問わずあまりいないはずです。……私は、お嬢様にはその少数になって欲しい、んですけどね」
小さくもれるため息。
それは俺のもらした物だったのか、それともメイカさんの口から出た物だったのか。
「…なんていうか、こんなとこまで来ておいてなんですけど、正直俺に何が出来るんだろうって気になってきました」
「じゃあ帰るんですか?」
ちらりと俺を見上げる視線。
それを見つめ返して、鼻で笑う。
「冗談。……生き足掻くって、決めてるんですよ。俺は」
前回の人生、諦めて諦めて諦めた末に何も得られなかったから。
大切な物がなんなのか、今はもう分かっている。
「大事な物は自分で守る。だからどっちにせよ、俺はクロアに会うまで帰れません」
「相手の婚約者を認めるにせよ認めないにせよ?」
「ですね」
…認めなかったらどうする、って話は、また後の話だ。
とにもかくにもクロアに会わないことには話が進まない。
「行きましょう」
そして俺はメイカさんと共に歩き出す。
「…そういえばイルレオさんは?会場はいる前に合流したのに…」
「ハル様がいない間に衛兵に引き渡しました」
「え?」
「不審者入り込んでますよーって」
「……」
確かにいくら正装をしてもあの人の変人オーラはまったく消えていなかった。
そして目的の人物を見つけたのはそれから十分ほど後のことだった。
「ハル様、ハル様」
最初に見つけたのはメイカさん。
ぐいぐいと腕が引かれる方向に目をやると、人ごみの向こうに一瞬だけ、見知ったシルバーブロンドの女性と見知らぬ男の二人組みが見えた。
「お嬢様です」
「間違いないですか?」
「はい」
俺の目を見てメイカさんは自信ありげに頷いた。
(…しかしなぁ)
その返事に安心感を覚えながらも、同じくはっきりと確信できない自分をふがいなく思う。
クロアと会わなくなって、一年強…いや、二年は経つのだろうか。
だからといって幼馴染を見分けられない言い訳にはならないが、正直ちょっと迷った。
あの女性は確かにクロアなのか?…そんな疑問が頭をよぎった。
入学したころには確かに「少女」だったクロア。
でも、さっき見えたのは「女性」と呼んでも差し支えない後姿だった。
ドレスを着ている所為かもしれない。髪が伸びた所為かもしれない。
と考えてから自分を省みる。
指導舎にいる間に背は伸びた。昔は見上げていたメイカさんを追い越すほどに。
声変わりした。まだ下がりきってはいないが、多少は大人びた声になっただろう。
だけど、俺は本当にクロア同様成長できているのだろうか?
―――少し前から危惧していた。
俺は変われていないのではないだろうか、とか。実はアッチいるころから何も成長していないんじゃないか、とか。
「ほら、なにボケっとしてるんですかハル様。あの二人どこかいくみたいです。追いかけないと!」
メイカさんが俺と腕を組んだまま歩き始めるので、仕方なく俺も歩く。
「………」
俺の腕を引いて力強く歩くメイカさん。
少し遠くにいる、知らないうちにずいぶんと綺麗になってしまった幼馴染。
(………女って、すごいな)
少し目を放している間にあっという間に変わってしまう。
俺を置いていってしまう。
(俺も変わらなきゃ、いけないよな)
しかしどうやって?なにを?どんなふうに?
「ハル様、ちょっとちゃんと歩いてください!」
「ごめんなさい」
…少なくとも。その疑問について答えを出すのは今ではなさそうだ。
尾行開始から早五分。くらい。
話しつつどこかへと向かう二人をメイカさんとつけていたら、気づいたら広々とした中庭に出ていた。
空には白く輝く三日月がぽっかりと浮かび雲ひとつなく、ざぁ、と音を立てて並び植えられた木々を揺らす生ぬるい風が俺の肌を舐めるように吹き抜ける。
そしてターゲットたる二人は狙っているかのようにどんどん明かりの無いほうへ、人気の無いほうへと向かっている。
…………。
「あの野郎少しでもクロアにいかがわしい事したらぶっ殺す」
「あの方が少しでもお嬢様にいかがわしい事をなさったらぶった切ります」
「え?」
「はい?」
首を傾げるメイカさん。
…具体的に「ナニを?」とかは聞かないほうがいいだろう。俺の精神のために。
「…あ、立ち止まりましたね。もう少し近くに寄らないと会話が聞こえません」
ちょうどよくメイカさんのほうから話をそらしてくれた。
クロア達の方をみると、確かに二人は少しはなれたところで向き合って立ち止まっていた。
「じゃあ気をつけつつ、最適な潜伏ポイントを探りましょう」
「了解です」
そしてメイカさんと俺は今まで隠れていた植垣から中腰のままこっそりと歩き出す。
見つからないように、気取られないように動くのは結構難しい。
しかもここがダンスホールのように渋谷のスクランブル交差点の如く喧しい場所ならともかく、それとは真反対の静かで枝でも踏めばそれだけで位置がばれてしまうような状況だ。
そんな風にささいな物音にも気をつけつつ行動するのは思いのほか時間がかかり、二人の会話が聞き取れるくらいの距離まで接近するころには二人の会話がすっかり進んでしまった後だった。
―――せめてあと一分早く辿り付けていたら。
そんな風に俺が後悔したのは、
バチリ
と火花が爆ぜる様な音と、
「それ以上の発言は我がランバルディア家への侮辱と受け止めます」
冷たく凍りつくような声色で放たれたクロアの言葉を聞いたからだった。
髪を揺らす風は温かいのに、背筋には冷たいものがつぅと落ちる。
(一体何があったんですか!?)
小声で近くに潜むメイカさんに尋ねたが、メイカさんも眉をひそめて首を横に振るばかり。
事情は知らないらしい。
(なんでクロアぶち切れてるんだよ!?あの男、曲がりなりにも婚約者だろう?!!)
それが何を意味するか。
俺でさえ分かることがクロアに分からないわけがない。
この婚約に政略的な意味合いが大きいのは明白だ。
その相手に、こともあろうか敵対宣言?おまけに魔力弾?
もう冗談で済まされるレベルじゃない。
「おかしなことを言うなぁ、クロアさんは。侮辱だなんてとんでもない―――――ただの真実でしょう?」
またバチリと魔力が爆ぜる音がした。
クロアの魔法は既に顕現している。魔法の才能のない一般人にだってその脅威は肌から伝わるはずだ。
なのに、その男は薄ら笑いを浮かべながら、なおもそう言い募った。
「僕と貴女の婚約の話は僕の父が持ちかけた話のようですが、それにほいほい乗って来たのは他でもない貴女のお父上です」
「…私は今日この日まで貴方との婚約のお話は知りませんでした。けれど、これが政略的な色合いの強い…いえ、政略的な意味しか持たないものであることは分かっています。しかしそれでも、」
「貴女のお父上は己の保身の為に貴女を売ったんです。ですから『お可哀想に』と言っただけですよ?」
あ
と。
俺が叫びだす前に、クロアの腕からはすでに魔力弾が放たれていた。
「お前に可哀想だとか言われる筋合いはこれっぽっちもない。訂正しろ。私とお前の婚約は政略的なものであっても、それは決してお父様個人の保身のためのものではない。私達の婚約が国の益となると判断したから、平穏の糧と考えたからだ!!」
クロアは息を吸い、
「それを、己の保身の為と蔑むことなど、侮辱以外何物でもない!今すぐ、訂正しろ!!!!」
空気を震わせるように、叫んだ。
「……あっぶないなぁ…。スキルも唱えないでただの魔力をぶつけてくるなんて。とんだ野蛮人だな」
しかしそんな叫びもただ煩わしいだけの蚊の羽音でも言うかのような態度で、砂煙の晴れた向こうから男は現れた。
男は服についた埃を払いながら言った。
「国の益?平穏の糧?道化を気取るにしても下手糞すぎる。貴女の父親は、自分が持つ部隊の強化・増員、それ以外にも自分を取り巻く環境の向上のための権力と資金を見返りに要求してきたんですよ?
それがお国の為、ですか。それならそこらへんの靴磨きですらこの国の英雄ですね」
「お父様が権力などを欲するはずがない!」
「それが己の手から零れ落ちそうにもなれば人は興味のなかった物でもしがみつきたくなるものです。白獅子護衛軍、でしたか。過去の大戦で多くの功績を打ち立ててきたみたいですけど、さて、そんなものがいつまでも続くものですかね?」
「そ、そんな…」
「詳しいことは僕も知りませんが。…こうして、僕と貴女の婚約が成立しようとしていることこそ、確固たる証拠なのではないですか?」
「そんな、はずが…」
がくりと前に折れるクロアの首。
うなだれるクロアの表情は長い前髪に覆われ、ここからではよく見えない。
(……ガイが、己の保身のためにクロアを売った…?)
そんなことがありえるのか?
そんな自問に
―――ありえない。
ノータイムで答えを出す。
もし、アイツの言うとおりガイアス率いる白獅子護衛軍が落ち目にあるのだとしても、ガイはそれを人に頼ってどうこうしようとする人間ではない。
その原因が己にあるのならば、己の保身ではなく己を切り捨ててでも軍の、ひいては国のためになる行動をとるはずだ。
(アイツの言うことは嘘だ)
でなければ一滴の真実だけ織り交ぜた虚実。
「……もし、お前の言うとおりだったとしても」
クロアが顔を上げる。その目に迷いは無い。
「例え、獅子の牙が既に折れているのだとしても。お前らのような猿の手を借りることなど生涯無いと知れ!!!!」
クロアの咆哮は、夜の闇を引き裂いて空に響いた。
そしてあたりに音が広がりきった後、少しの間をあけて、しん、と静けさを取り戻す。
二人は少しの間をあけたまま動かない。
数秒後。
聞こえてきたのは舌打ちだった。
「グダグダと下らねぇことを…耳障りなんだよ、女のヒステリーって」
ハァァァ、と重い溜め息。
肺腑の底から吐き出したようなそれは、こっちが陰鬱とするような嫌なもので。
「いくらお前みたいなガキが言い募ろうと、お前の父親がお前を売ったことに変わりはない。それに、お前一個勘違いしてるよ」
「勘違い…?」
「これは言うなって言われてたけど…大体さ、お前一人と、父親の保身って釣り合ってると思いますかー?」
「え?」
「釣り合うわけないだろ。お前なんて価値っていえばそのお人形さんみたいな見た目と、魔力くらいなものだろ?一人の魔道師で百の兵には勝てても、万の軍には勝てない。それがどうしてお前みたいな奴と引き換えに、万の軍をお前の父親に与えてやらなきゃいけない?」
「そ、それは、裏でお父様を支配するためじゃ…」
「お生憎様、うちの父親は見た目と違って悪巧みだけは得意でね。指先一つで首釣る狗なら既に間に合ってるんだよ」
「じゃあ、じゃあ私は何だって言うのよ!?」
男は笑った。
にやりと笑った。
そして言った。
クロアを指差しながら言った。
「オマケだよ。メインディッシュの前のオードブル、主賓を出迎える為の前座。お前がいれば必ず付いて来るすっげー奴が……いるだろ?」
指先から放たれた光球。
貫いたのはクロア――――――ではなく、俺が隠れていた植垣。
「くッ!!」
転がり出た先で出迎えてきたのは、
「ハルっ!?」
驚いたクロアの声と、
「…はじめまして、こんばんは。待っていたんだよ、主賓が来るのを」
薄気味悪く微笑む奴だった。