Another Ep6:対面
なんだか少しずつ暖かくなってきましたね。乾です。
今回はいつもと趣向を変えて、アナザーエピソードから話を切り出してみることにしてみました。
お久しぶりのクロアちゃんの出番です。待ってましたメインヒロイン。
…はい。一応、メインヒロイン、なんだ。
ニコルとかアゼリアとかに食われ気味だけど、一応、メインヒロインなんだ。
たぶんここから怒涛の巻き返しがあると思うので乞うご期待です。
「それでは、失礼いたします」
軽く頭を下げ、その場を立ち去る。もちろん去り際のさりげない笑顔は忘れずに。
「またお会いしましょうねクロアさん!」
名残惜しそうに聞こえてくるその声に気づいてはいたが、雑音にまぎれて気づかないふりをした。
もうあんなお坊ちゃまの相手はごめんだ。
誰が名前で呼ぶのを許可した。偶然装って私の手に触ってるんじゃないわよ。ちらちらと目線が胸元にいってるの気づいてるのよ。
とか、怒鳴りつけてやりたいことは山ほどある。
けど言えない。
だってここは家じゃないから。学校でもない。
限られた者しか招待されていない皇女様のお誕生日のパーティーだ。
さっきまで一緒にいたアホ面のお坊ちゃまだって、それこそ本当に「お坊ちゃま」だから、粗相は許されない。
相手が私を気に入っているのが丸分かりだから余計気を使った。
あまり耐久性の高くない笑顔の仮面がはがれる前に離脱することが出来て本当に良かったと思う。
「…にしても、パパどこにいったのかしら…」
立ち止まり辺りを見渡す。
しかし、視界に入るのは広大な空間にひしめき、絶えず動く人、人、人。
とてもじゃないがすぐに探し人が見つかる様子ではない。
「まったく、必要なときに限ってそばにいないんだから」
思わず愚痴をこぼす。
そしてそのとき、改めて今の状況が実に珍しい事態だということに気づく。
さすがに皇族のパーティーに呼ばれたのは今回が初めてだけど、こういう席自体はそう珍しいことでもない。
だから一応私もそれなりの場数は踏んでいるけれど、どんなときでも近くにはパパがいた。
まるで「うちの娘にいやらしい視線のひとつでも向けてみろ。地獄を見せてやる」とでも言わんばかりの視線で私の周りから男共を蹴散らしてくれた。
しかし今日はパーティー会場についてしばらくすると、「少し話をしなければいけない方がいるから、しばらく一人で待っていなさい。万が一危ないことがあったら衛兵を呼べばいい」とだけ言ってパパはいそいそとどこかへ行ってしまった。
こういう席だ。
軍の偉い方や、有力者も多くいるだろうし、私は何の疑いもなく素直に頷いた。
だけどそう考えれば今までのパーティーだって同じことが言えるだろうし、なんにしてもパパが私を一人にするということ自体あまり考えられないことだ。
控えめに言っても溺愛されている、という自覚くらいは私にもある。
「…珍しいこともあるのね」
そろそろ独り立ちしろ、ということを暗に示唆されているのかもしれない。
言われてみれば私だってもう15になった。
多少気が早いかもしれないけど、結婚とかそういうことだって割りと現実的な話になる。
私の場合は少なくとも學園を卒業するまではそんなことを心配する必要は無いと思うけれど。
「ま、いっか。厄介な奴に捕まらないうちにさっさとどっかに引っ込んどこっと」
しかし何にせよ、独り立ち云々はひとまず置いておいて、だ。
目下私の最重要案件は、如何に効率よく料理を確保しつつ壁の花でい続けるかである。
行儀が悪く無いように、ドレスに皺が付かないように気をつけながら、奥まったところにある椅子に腰を下ろした。
「ふぅ…」
思わずため息が出る。
華やかなパーティーは決して嫌いではない。雰囲気を楽しむだけ、綺麗なドレスを着る事を楽しむだけなら、これほど適した場もないだろう。
だけどそこには必ず人付き合いというオマケが付いてきてしまう。
あの後も結局、顔も名前もおぼろげにしか記憶に無かったどこかのお坊ちゃまに捕まってしまい、逃げ出すのに苦労した。
「クロアさん」
と呼ばれたのならまだ無視も出来る。
けれど、「ランバルディアさん」と呼ばれてしまったらアウトだ。
私がクロア=キキ=ランバルディアだと認識されてしまっている以上、その人を私はランバルディア家の息女として相手にしなければいけない。
…本当に、今日はパパが傍にいないから疲れてしまった。
パパはいつになったら帰ってくるんだろうか。
待っていなさい、といった以上、私が先に帰るわけにもいかないし…。
そんなことをつらつらと考えていたら、ホールから音楽が聞こえてきた。
ドラマティックで甘い音の響き…まさに、カップルのための舞踊曲だ。
少し離れたホールに目をやれば、少し照れ笑いで女性に手を差し出す男性の姿が目に入った。
おそらくダンスに誘っているのだろう。
(うらやましい)
その光景に純粋にそう思った。
決して彼に誘って欲しいわけではない。
私はただ、私の想い人に、同じようにダンスに誘って欲しいだけ。
「ハルと最後に会ったの、いつだったかしら」
最後に手紙が来たのは半月前。
直接会ったのは…二年は下らないんじゃないだろうか。それくらい前だ。
「ハァァァ…」
ここにきたときよりもより深く、重いため息をつく。
そしてちらりと視界に入った自分のシルバーブロンドの髪を一房つまみ上げる。
ハルと離れ離れになってから伸ばし続けている私の髪。
一種の願掛けみたいな意味でもあるし、ハルの好みに合わせているという意味でもある。
(ハルは巨乳好きのロングへアー好きだからね)
…今はシャンパンゴールドのカクテルドレスに包まれた自分の胸を見下ろして、見なかったことにした。
ほら、髪はいつだってのびるけど、胸は成長する時期ってのがあるから。それがまだ来てないってだけのことだから。うん。そうそう。
「…それまでには、ハル、帰ってくるのかな」
髪の伸びた私。胸の大きくなった私。成長して綺麗になった私。
そんな変化を、いつになったらハルに見せてあげられるのかな。
「会いたいなぁ」
想いを口にすると、胸がぎゅっと狭くなる。
なんだか目元が熱くなってきて鼻までツンとしてきた。
「あー疲れましたわ!」
「本当に、今日のパーティーは豪勢ですわね」
しかし2人組みの女性が向かいの席にやってきたのに気づいて、あわてて顔を伏せる。
女が一人、ひっそりと休憩所で泣いている。
なんて、そんなのどうみたって哀れすぎる。見られたくない。
「そういえばカリーさん、噂の方はご覧になって?」
「いいえ、ちょうど私が伺ったときにはもうどちらかに行ってしまわれた後で、お会いできませんでしたわ」
でも、女性二人組みも独り身のさびしい女なんぞに興味は無いのか、「噂の方」の話で持ちきりだ。
私から見て右側に座る、金髪を派手に結い上げた女性が興奮に頬をばら色に染めながら口を開く。
「それがね、驚かないで頂戴。わたくし……その方と先ほどダンスをご一緒したのよ!」
「えぇぇ!?」
ダンスを踊った、ということは男の人なのかな。
「そ、それでどんな方でしたの?もう今日はパーティーが始まってからずっとキャロルさんもコレットさんもその方の話ばかりなさって、気になって仕方ないのです」
「と………っても、素敵な方でしたわ!わたくし、皇太子様のお姿はまだ直接拝見したことはないですけど、あの方が皇族の方だと言われてもなんの不思議も無いほど高貴な方で、立ち振る舞いからお話の仕方に至るまでとても魅力的で…ダンスもとてもお上手でしたのよ」
そういって金髪の女性は恍惚の極み、といった表情でほぅとため息をついた。
私のため息とは違って、ずいぶんと満ち足りたようなため息だ。ちょっと妬ましい。
「うらやましいですわぁ…。私も一度でいいからその方のお姿を拝見してみたいです。お名前はなんというのかしら?」
妬ましいのはカリーと呼ばれた女性も同じなのか、少し不服そうな顔をしながらそう尋ねた。
「それがね、何度お尋ねしても、『名乗るほどの者ではありません』とか、『また次に会うことがありましたらお教えしましょう』とか仰ってはぐらかすだけで、結局教えていただけませんでしたわ」
「まぁ、そうですの。少し残念ですわね…」
「えぇ、本当に。…あぁ、まだあの方の煌くような黒髪と宵闇色の瞳が忘れられませんわ…」
…………ん?
(黒い髪に、黒い瞳?)
……まぁ、珍しいには、珍しい。
私の知り合いには一人しかいない。
だけど、そんなはずがない。
私がさっき思い浮かべていた想い人が、あの方であるはずがない。
だって、彼は私の家族だけど、ランバルディアではない。
貴族じゃないんだ。
こんなところに彼が来れるはずがない。
黒髪に黒い瞳は確かに珍しいけど、だからといって、ハルであるはずが……。
「失礼。…あぁ、ここにいたのか、クロア」
「ぱ、…っと、お父様」
そこに現れたのは、長らく姿を現さなかった我が父であった。
「お話はもう終わったんですか?」
「いや、これからだ」
「…はい?」
「ついて来なさい」
そういうパパに手を引かれて、私は立ち上がりそのまま歩き始めた。
「どこに行くの?」
「人に会ってもらう」
「人…?そんな話、私聞いてないけど」
「会えば分かる」
パパはそれだけ言うと、私の手をつかんだままズンズンと歩き続ける。
その様子はいつもよりどこか横暴で、暴力的で、少し変だ。
「パパ…?」
見上げたパパの顔はわずかにこわばっている。
そして視線の先を辿っていくと、その先の人垣の中には2人の男性がいた。
そのうちの一人がこっちを見た。
「おや、お出ましのようだよ、エリオット」
声をかけたのは、パパよりいくらか年上の男性。
がっしりとした肩や胸板から軍人であることはすぐに分かった。
「…ようやく、ですね」
声をかけられてこっちに振り返ったのは、きつい眼差しをした青年。
上から下へと、私を嘗め回すように見てくる目つきが気に食わない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、青年は私と目が合うとにこりと微笑んだ。
「はじめまして、クロアさん。僕の名前はエリオット=ブル=ヴォートン。…貴女の、婚約者となる者です」
「………………はぁ?」
なーにいってんだこいつ。
悩んだ末に婚約者はそこそこイケメンということにしました。クロア的にはハル>>>>(超えられない壁)>>>>婚約者、という感じですが。