Ep40:結婚
大変遅くなりました。でもやっとプライベートが落ち着いたので、これからはもう少し早く更新できそうです。
今回はまた新展開、ということで、「またかよ」とかいう指摘を受けそうですが、また時間が進みます。ごめんなさい。というか、これでやっと私が書きたかった年代になったというか…。今年の4月でリターンも一周年を迎えますが、ここからが本番っぽいのでがんばっていきます。よろしくです。
――――― 駆ける。駆ける。駆ける。
地を這うように。地を抉るように。地を跳ねるように。
細い三日月が真上にある。
しかしそのか細い光は生い茂る木々に遮られて俺の足元までは照らしてくれず、2、3m先も見えない有様だ。
だが、それでも惑わない。
一切ひるむことなく、俺はさらに跳躍する。
<目標対象確認。三時方向に2人。1人は…魔道師ね。これでラストよ、気をつけて>
頭に響く声にしたがって進行方向を変える。
このエコーのかかったような声にもずいぶんとなれたものだと思う。
初めて聞いたときには体がむずがゆくなるような、誰かに脳みそかき回されてるみたいな違和感を覚えたものだが、今では勝手に体が反応する。
<接触まであと20>
カウントが始まった。
同時に自分の中で魔力を回転させる。
今回の作戦の対象は全部で12人。そのうち10人は既に捕獲済み。
それ自体は特段苦労もしなかった。
だが、何が大変だったって、そいつらを分散させて尚且つ少数ずつ相手側にばれないように捕まえるのが大変だった。ていうか面倒だった。
(大体俺の魔法はこういう風な密偵向きじゃないって何度も言ってるのに、ったく…)
とはいっても、現在総構成員が10人弱でそのうち魔法執行が可能な戦闘員は実質俺だけという出来て3年、稼動暦1年の弱小課なのだから、仕方ないっちゃあ仕方ないが。
(この作戦終わったら絶対戦闘員の増加願いだそ…)
このままじゃ俺は死んでしまう。
殉職じゃなくて過労死。二度目の人生そんな終わり方はまっぴらごめんだ。
<15・14…ちょっと、ちゃんと聞いてるのクロネコちゃん?>
(いえっさー。聞いてますよ、少佐)
声には出さず返事をする。この行動も最初はなれなかったなぁ…。
<まじめにやりなさいよ。窮鼠猫をかむっていうでしょ?>
(…なるほど、うまいこと言いますね)
<でしょ?>
すると、わずかな視界の先にぼんやりと人影が見えた。
2人の男。背格好から間違いなく作戦対象のラスト2人。
もうこそこそ隠れてやる必要は無い。
魔力を抑える必要も無い。
「悪いな」
せめてもの慰めにと一声かけてから、大量の魔力を右腕に送り込む。
敵が気づいて振り返る。
魔道師のほうは詠唱に入ったようだが………あまりに遅い。
<3・2・1………接触>
〔雨氷柱〕
数多の氷塊が弾丸のように宙から放たれる。
それこそまさに銃撃のような音を立てて。この世界には無い銃弾を模したかのように氷塊は弾丸となり2人の人間の四肢を打ち貫く。
「グァァァアアアアアァァアアーーーー!!!!!」
「イギャァァァッ!!!」
叫び声が夜の闇を切り裂き、数秒後、また同じ静けさを取り戻す。
そのことに確かな手ごたえを感じながら、敵対象に近づいた。
(会長、じゃなくて少佐。敵の制圧確認しました。捕獲班、お願いします)
俺の問いかけに天の声はすぐに応える。
<生きてるの?>
(なるべく殺さず捕らえろっていったの少佐じゃないですか。手足はつぶしましたけど、生きてますよ)
<…相変わらず仕事早くて面白くない…>
(………)
ほめられこそすれ、どうして俺は文句を言われているんだ。
<ま、いいわ。お仕事ご苦労様。帰ってきていいわよ>
(……え?いや、あの、迎えの足とか、)
<そこから7時の方角にまっすぐ来れば作戦本部よ>
(車的なものは)
<以上。通信終了!>
そして通信はきられた。一方的に。無理やり。
「………」
振り返る。
真っ暗闇。しかもさっきとちがって通信の声は無い。
……風も吹いてきた。
夏に近くなってきたとはいえ、夜は冷える。しかもここは森の中。
「………あれ、なんだろこれ。目から汗が……」
それは涙というのだと、本物の天の声が聞こえてきた気がした。
俺が指導舎に入ってから早くも3年以上の月日が経った。
あっという間だった。いろいろあった。
まずは、ニコル先輩の誘拐事件の後。
俺の知らないところでソフィア様の護衛任務で大活躍を果たしたらしいレオン大尉は、なんと少佐に昇級することになった。世も末だ。
あの人の魔法の実力は俺も認めるが、佐官ともなれば人格も加味したほうがいいと俺は思う。
まぁ、なんにせよあの人は少佐となり、「アルエルド」のことを知るところとなった。
『どうりでアホみたいな魔力持ってるわけだよ。このチート野郎が』
とは、少佐昇進祝いの席で賜ったお言葉だ。とりあえず殴っておいた。殴り返されたけど。
そして次に、会長と副会長の卒業。
俺は知らないが、どうも会長の卒業式の時には生徒会主導でド派手な卒業パーティーをやったらしい。
聞いたところによると、ダンスやら花火やら喧嘩やら酒やらメイドやら執事やら猫耳やら短パンやら女王様やら……途中からいかがわしいもの(というか大半がいかがわしいもの)だが、とにかくそういうもので盛り上がったらしい。
まぁ、派手好きで人格形成に少々難がある人だが、人気があったことに違いは無い。
『やめてください!姉様、せめて短パンか猫耳かどちらかにしてくださいっ!!』
…なんていう風にアリスが嘆く声が聞こえてきそうだが、まぁ、どうにかなったと信じている。
ちなみに副会長の卒業は実に平凡、簡素に行われたらしい。いいことだ。
そして2人は卒業と同時に軍に所属。
前々から行っていたように会長は魔法戦闘特別対策部という部署のトップ・リーン少佐として新設された部署を率いることになった。
副会長はそこの作戦立案・運営担当。いわゆるブレーンだ。
しかしそんな新参者が作ったような部署に大量の人が配置されるはずもなく、設立されてから3年たった今でも常に10人いくかいかないかの人数で稼動している弱小部である。
そして俺はそこのエース…といえば聞こえがいいが、たった一人の実稼動員といっても過言ではない。
なにせ「魔法戦闘」特別対策部だ。魔法に関する案件がまわされるのは必然。
だが魔導軍人の数は多くない。そしてその大半がエリート。
あっちの世界の公務員でいえば、キャリア組。
最初からある程度の地位を確保されて軍に入るやつらなのだ。
「魔法戦闘特別対策部に行きたいです!絶対100%あそこがいいです!」ぐらいの要望を出願してくれないかぎり、うちみたいなところには回ってこない。
つまり、いまだ正式に軍に席も無い俺が、「魔力の扱いを学ぶには実践が一番!」とかいうレオン少佐のわけの分からない持論によって唯一の戦闘員ということになっているのだ。
他は事務・雑務あるいは現場での戦闘行為以外を担当する一般軍人。
俺だっていちおう魔導軍人なのだが、どうやらアルエルドであるという点でこういう扱いになっているらしい。
簡単に言えば、常に保護監視下に置いておきたいと。そういうこと。
監視するのは会長…じゃなくて、アリア少佐。
そういう意味もあって特例的にあの若さで少佐の地位をもらえたというんだから、アルエルド恐るべし、である。
そして最後が、現在の生徒会長について。
『生徒会長は魔力覚醒しているものに限定する』という決まりにならって、現在の生徒会長も魔力覚醒している人物。
つまり、今俺の目の前でお茶を飲んでいる人。
「…はぁ。お前の煎れたお茶を飲むのも久しぶりだな」
「どうですか?ここに少佐と養護員さんだけになってから暇だったんでかなりお茶のブレンドとかに関しては勉強したんですけど」
「あぁ。上出来だ」
アゼリア先輩はそういってかすかに微笑んだ。
先輩とであってからすでに3年以上経っているが、その間に先輩はますますきれいになった。
出会った当初より棘がなくなったから、だろうか。
昔のように時や場所を選ばす武器を投擲してくることも減ったし、罵詈雑言をいただく機会もなかなか少なくなってきた。
…それはそれで惜しかったな、とか、ぜんぜん思ってない。うん。ぜんぜん思ってない。
「今日はニコル先輩は?」
「ん?あぁ、まぁな。長期休みとはいっても、生徒会は忙しい。むしろ休みだからこそ、というべきか。学年をまたぐときにはいろいろと変化があるからな。会長・副会長ともども抜けてきたら大変なことになる」
「あーそうですね。そういえば學園のほうじゃ進級の季節でしたね」
2年前、アゼリア先輩とニコル先輩は2人同時に指導舎を卒業した。
それと同時にアリア少佐が卒業した次の学年から生徒会長を務めている。
つまり、今指導舎では俺一人。
俺VS変態少佐の一騎打ちだ。たまに死にたくなる。
こんな生活をしていると、時間間隔が多少おかしくなるのも仕方の無いことだ。
「そういえば、オリビア先輩とかエミリ先輩はどうしてますか?元気ですか?」
「あぁ。ファミールは元気だよ。相変わらずどっかずれてるが。シャーローンは…あぁ、そうか。ハルは知らないのか」
「え?」
「彼女は魔力覚醒したんだ」
「え!?」
思わず椅子から立ち上がる。
オリビア先輩が、覚醒した?
「それじゃあ先輩は!」
「ここにはこないぞ」
「…こないの?」
「あぁ、こない」
こない、らしい。
テンションがた落ちだ。椅子に座りなおす。
「…どうしてこないんですか」
「よくは知らないが、特殊な事情があるらしい。ここではないどこかで訓練を受けるとしか聞かされてないしな。まぁ、彼女は一般からの入学だし、そこらへんがかかわっているのかもしれないが」
アゼリア先輩はそういうとお茶を一口すする。
「…ん、おいしい」
……本当に、落ち着きがでたなぁ…。
であったばかりの、言葉をかければ武器が飛んできたころが嘘みたいだ。
「それで今日の本題だが」
先輩の手からカップがソーサーに戻される。
それをみて姿勢を正す。
「はい」
「ハル。君に、學園に戻ってほしいと思っている」
「…學園に?」
「レオン少佐からの許可も得ている。それに、そろそろここで魔力の扱いについて学ぶだけの日々も潮時だろう。アリア少佐もここより學園にいてくれたほうが任務に招集かけやすいと喜んでいる」
「う、うーん…だけど、學園に戻るとなると、普通科に再編入ってことになるんですよね?」
「まぁ、そうだな」
それを聞いて少し悩む。
いずれ戻る気ではいた。だが、俺としてはもう少し魔法について学んでいたい。
普通科に戻ってしまったら俺は一般生徒扱い。そうなると魔法執行することさえできなくなってしまう。
「………」
「悩むか?」
「………」
「ここで一人、おっさんと向き合う日々を続けたいのか?」
「う……」
「あっちに戻れば女の子がたくさんいるぞ?」
「………!」
「ていうか私がいるぞ?ずっとそばにいるぞ?」
「え、な!?」
「それでも悩むか?」
…それ、考えてなかった。
そうだ。魔法云々だけじゃなくて、女の子だよ。そうだよ。女の子だよ!
さっき自分でも考えてたじゃないか。
おっさんとタイマン、2人きり、死にそうだ。って。
養護員さんがいるとはいえ、二年前からほぼおっさんと2人きりだ。
それの何が楽しい?
「青春を無為に過ごすのか?」
おっさんとふたりで?
「お前の帰りを待っているやつがたくさんいるぞ?」
可愛い女の子が?
「それにお前には大事な幼馴染がいるそうだな?」
幼馴染…?
「クロア?クロアが、どうかしましたか?」
「…幼馴染には食いつくのか。私がそばにいるといっても大した反応もしなかったくせに」
アゼリア先輩はぶつぶつ言いながら一つの封筒を差し出す。
「アリア少佐から、お前がもし學園に帰るのを渋るようならこれを渡せといわれてきた。……なんだなんだ、私では不満だというのか………」
以前のような不穏な空気をアゼリア先輩から感じながら、恐る恐る封筒を受け取り中身を取り出す。
入っていたのは一枚の紙。
そこに書かれていたのは簡潔な文章。
『クロアちゃん結婚しちゃうかもしれないよ\(^o^)/』
「なんじゃこりゃぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁあああーーーーー!???????」