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リターン  作者: 乾 澪
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Another Ep5:巫女

あけましておめでとうございます。乾です。2010年ですか。早いですね。ミレニアム生まれがもう10歳です。…年はとりたくないものです。 ということで、久しぶりにアナザー編。これなしでも話はわかるようにするつもりですが、読んだほうがわかりやすいっていうか、おもしろいと思います。新キャラ2名登場です。

 歩いていると耳につくのはいつも以上に騒がしい人の声。

何か催し物ものでもあったかと考えはじめると、大通りの入り口に差し掛かったあたりで多くの出店が目に付いた。

「なるほど。青空市か」

今回の作戦で長らくこの国から離れていた所為か、季節感が多少ずれているようだ。

アルノードはここより寒かった。確か、雪も降っていた。

雪はいい。

どんな汚いものでも、雪が被されば純白になる。

途中、通りかかった出店であるものが目に付く。

「これはアロームか?」

手に取ると、赤く甘いその果実はずしりと重い。

「そうだよ、この時期にゃ珍しいだろ?」

「あぁ、そうだな」

アロームは本来、夏から秋にかけて採れるものだ。

ヴォルジンの首都であるここ、ファラオンが中央大陸よりも温暖な地域とはいえ、この時期には不釣合いだ。

「だけど味は保証するよ。どうだい一個?」

「ふむ…」

二、三度手の中で軽く放ってからうなづく。

「1つもらおう」

「あいよ。5キルだね。……あっ」

そのとき、店主の女がわずかに息を呑んだ。

(刻印が見えたか)

だとすれば気づいただろう。

私が、自分が気軽に声をかけていい位の人間で無いことに。

「あ、そ、その、申し訳ございません!知らなかったとはいえ不躾なお言葉を…!も、もちろんお代金は!!」

顔を真っ青にする女。

下らない。

実に下らない。

何を恐れているのか。

何故なんの疑問も抱かずに服従するのか。

それだから貴様たちは愚かだと言うのに。

「構わん」

これ以上は時間の無駄と判断して、1枚の貨幣を置いて立ち去る。

(これが、この国の現状か)

人ごみを歩きながらあたりを見渡す。

商売をする者。

談笑する者。

誰かを待つ者。

空を見る者。

日常がここにある。

ただ停滞して、どこにも進むことなく一歩一歩滅び行こうとする日常が。

それに気づきすらしない愚か者たちが。


それを私は変える。

あの方の下で。あの方の力となり。

この国を、変える。







カツン、カツン。

一歩踏み出すたびに冷たい音が反響する薄暗い廊下を歩き続けると、突き当たりには厳重な武装をまとった男が二人。

足音で私が来ることに気づいていたのだろう。

私の姿が見えるや否や、男たちは軍靴を打ち鳴らして敬礼する。

「リンクォーツ卿!お待ちしておりました!!」

「巫女姫様は」

「はっ!確かにこちらに!!」

「ご苦労」

そして二人の男が、金属製の観音開きの扉を押し開ける。

重く鈍い音は廊下に響き渡り、開いた扉の向こうからは思わず目を閉じてしまうほどの明かりが差し込んできた。

私が扉の中に入ると、扉はすぐに閉じられた。

その音が止むと、かすかに小鳥のさえずる声が聞こえてくる。

その方向へと足を伸ばす。

今さっきまでいた冷たい空間ではない。

大きく天井を開け放たれたこの部屋には目いっぱいの陽光が注ぎ込み、花々が咲き、鳥がさえずる。

まるで極楽を体現したような空間だ。

そしてその中心には、一人の女性が居た。

周りに数人のメイドを従えて、白いドレスを纏ってゆったりと座り茶を飲むその人こそ、目的の人物。

「巫女姫様」

私が呼んだその時、わずかに風が吹き、その風に豊かな黒髪をなびかせながら、彼女は振り返った。

「…なにかしら」

無機質な視線が私の体を貫く。

その目を見ればわかる。

私がどれだけの忠誠をこの方に誓おうが、どれだけの危険をこの方の為に行おうが、どれだけの言葉をこの方にかけようが、この方にとってはそのどれもが意味の無いもの。

この方にとって、私は私でしかない。

彼女の中でそれ以上の意味は無いのだろう。

(それでいいのだ)

そうだ。それでいい。

この方と私は同じ世界の人間ではない。

同じ視線で物事を見れるわけが無い。

だからこそ、私には見えない未来をこの方は見て、その未来へと私たちをいざなってくれる。

だから、これでいい。

「ジン=バルーザ=リンクォーツ、先日任務より帰還いたしました。本日はそのご報告に」

「任務…?」

「非公式の戦闘員を率いて、アルノード帝国へ」

「あぁ…そういえば、そのために彼に頼まれて魔刻印したっけ」

巫女姫様はそう言うと、体半分こっちへ向けていたのを戻し、テーブルにおいていたカップを手に取った。

「じゃあ、一応聞いておいたほうがいいのかしら。成果は?」

「第2、および第4班が全滅。他行方不明の者が5名。おそらくアルノード軍に捕らえられたものと思われます」

「…聞こえなかったのかしら」

ゆっくりとカップを口元へと寄せるその仕草は優美でありながら、ありふれたものであり、

「私が聞いたのは成果よ。被害状況なんて、どうでもいいわ」

だからこそその言葉は真に迫っている。

一人の少女から放たれたものとは思えないほどの威圧感に、思わずつばを飲み込む。

「…失礼、しました」

「別に。どうでもいいもの、貴方の報告もね。…ハァ。聞く気、なくなっちゃった。もう下がっていいわ。詳しいことは彼に伝えて」

「ハッ」

こちらに背中を向けたままの巫女姫様に一礼し、一歩下がる。

鳥がさえずり、花々が咲き、光が差し込むこの庭で、最高級の茶をのみながら微笑みひとつ浮かべぬこの少女。

まるで人形だ。

彼女の言う「彼」が無くては私たちの言葉はろくにこの方には届かない。

と、そのとき、ふと思い出す。

黒髪の少年。

強い魔力に聡明な頭脳。

瞳の奥には背筋が震えるような熱い意思を感じるのに、その実どこか虚ろだった。

「巫女姫様。報告し忘れた大事なことが一点ございました」

「だから、これ以上聞く気はないって…」

「『神依り(かみより)』と思わしき少年をひとり、確認しました」

ぴくり、と巫女姫様の肩が動く。

「…作戦対象の事前調査には、そのような報告は無かったわ」

「作戦対象ではありません。イレギュラーです。…それに、神依りというには多少、魔力不足な感は否めませんでした。しかし、他に気になる点が」

「気になる点?」

巫女姫様はそういうと、再度振り返る。

珍しいことだ。

この方が一度興味を失ったら、それはほとんど無いものと同じ。

二度とその視線が向くことすらない。

それだけ、この方にとって「神依り」の存在は特別なのだろう。

(それとわかってこのことを口にする私は、とんだ卑怯者だな)

そう考えた時、黒髪の少年が言った「蛇野郎」という言葉を不意に思い出す。

…言いえて妙だ。

「彼の魔力は膨大なものでしたが、巫女姫様のような真の神依りには到底及ばないものでした。しかし、私は彼の唱えた不可解な魔法言語が気にかかるのです。暗号化したにしては詠唱が短すぎましたし、それに…」

「御託はいいわ。要点を述べなさい」

凛とした声が私の言葉をさえぎった。

そして私はその言葉に習って、要点だけを述べる。

「彼の魔法言語は、巫女姫様とレイル様のお言葉に、非常によく似ていたように思えたのです」




数秒の後、ひゅうと息を吸って、巫女姫様は言った。

「年は」

「大人びて見えましたが、おそらく10か11歳ごろかと」

「容姿に特徴は」

「新月の夜の如く、澄んだ黒髪でございました。瞳の色も黒でしたが、アルノードに生まれた神依りであれば偽装の可能性もあります」

「…名前は、聞いた?」

「ハッ。ハル、と呼ばれておりました」

私がそういった瞬間、ガタリと大きな音を立てて巫女姫様は立ち上がった。

そしてその勢いのまま、私の襟首をつかむ。

「ハル?その子の名前はハルっていうの?」

「は、はい。確かにハルと」

「…顔を。顔を、よく思い出しなさい」

「はっ?」

「早く!!」

叫ぶ巫女姫様の形相は、すさまじい。

焦燥。期待。疑念。幸福。悲哀。

すべて入り混じったような、わけのわからない顔だ。

それと同じく、私もわけのわからないまま先日の少年の顔を脳裏に思い浮かべる。

「………」

「巫女姫様?」

巫女姫様はそのまま目をつぶって黙り込んでしまった。

そのとき、背後から重い扉が開く音が聞こえた。

この部屋に入ることが出来るのは限られた人間のみ。

確信とともに私は振り返る。

「やぁ、ジンじゃないか。任務から帰ってきていたんだね。ご苦労だった」

そこにいたのは、やわらかく笑みを浮かべる、一見ただの好青年。

しかしその額に刻まれた刻印がそれを否定する。

彼こそまさしく我が国の若き宰相にして、私のもう一人の主。

「レイル様!」

半ば巫女姫様の手を振りほどくように身を翻し、すぐさま膝をついて頭をたれる。

巫女姫様が我等の心臓であるのならば、宰相様は我等の頭だ。

どちらもいなくては我々手足は動かない。

「顔を上げてくれ、ジン。君は僕の右腕なんだから、そんなにかしこまらないでほしいといつもいっているだろう?」

「ハッ」

「っていっても、君がそう簡単に言うこと聞いてくれるなんて思って無いけどね。…で、ひさしぶりに会ったお姫様はどうしたのかな?ずいぶんと静かだけど」

「それが…」

「ねぇ」

今まで黙り込んでいた巫女姫様が口を開いた。

巫女姫様がレイル様のそばへと歩み寄る。

「ん?なんか面白いことでもあった?」

いつものように笑みを浮かべるレイル様に向かって、いつもとまるで違う満面の笑みを浮かべた巫女姫様が言った。

「見つけた」

その言葉で一瞬にしてレイル様の笑みが消える。

「……アイツを?」

「そう。見つけたの!」

「間違いないの?」

「間違いない、間違えない!間違えるはずが無い!!いつだって、どこだって、どんな姿になってたって私にはわかる。間違いなく、あれは陽雪(はるゆき)だった!!!」

「…………」

黙り込むレイル様。

「見つけたの!とうとう、とうとう陽雪を、見つけたのよ!!」

高らかに響く巫女姫様の声。




「もうすぐ、もうすぐ会えるわ、陽雪っ!!!」




巫女姫様の(あか)い瞳が、妖しくゆらりと空を見上げた。


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