Ep39:救出
メリークリスマス(イブ)。
なにがめでたいんだこの野郎という気分でEp39です。
やっと双子編のきりがつきました。
次にアナザーが一話入ってからまた新展開、の予定ですが、たぶん次は年明けだと思います。
意図せずしてなんだかタイムリーなお話になったリターンですが、来年もよろしくしていただけるとうれしいです!
ノイズのような音を立てて耳の内側で血が流れる。
過剰な速度で早鐘のごとく打ち付ける鼓動が苦しくて、胸を押さえた。
「…ハぁッ!」
その瞬間息ができた。
その瞬間まで息が止まっていたことにも気づかなかった。
そうしてようやく貧血のときのように砂嵐が舞っていた視界が回復する。
今回使った魔法は強制魔法、厳密には強力な撹乱魔法だが…覚悟していたとはいえ、予想以上の代償だった。
対象が複数だったのもあるだろうが、一発で一気に半分以上の魔力を喰われた。
それに意識を完全に持っていかれる。
たかが数秒のロスとはいえ、戦場ならば命取りだ。
なにより体への負担が大きすぎる。
(乱発はもちろん、そう易々とは使えないな…)
乾ききった唇を舐める。
不幸中の幸いは威力のほどが確証できたことだろうか。
俺の首を取らんと迫ってきていた男たちは今、まるで糸の切れた操り人形のようにだらりと地面に倒れこんでいる。
動きがあるとすれば、時々あえぐような声をもらすくらい。
…一人を除いて、だが。
「…クク、ククク…!」
狭い廊下の先。何人もの倒れ伏す男たちの向こう側で、蛇のような眼をした男が笑う。
男は俺と同じように胸に手を当てながら、わずかに息を切らしながら俺の目を見て言う。
「本当にっ…素晴らしい…!今の魔法言語は何だっ!?初めて聞いた、全く感嘆する威力だよ!!相殺するだけで殆どの魔力を使い果たしてしまった!この私がだ!!」
埃っぽい空気が男の大声でびりびりと震える。
枯れきったような雰囲気を纏う男。
なのに、離れた俺にまで纏わりつくような狂気だけがやけに生々しい。
「お前に言ったところで分かりやしねぇよ。…誰に言ったって、分かるわけが無い」
俺がさっき唱えた言葉は、この世界の誰にも分からない。
誰にも伝わらない。
だけど、どんな言葉よりも俺の想いを伝えられる言葉。
かつて俺が生まれた、嫌いだけど、辛いけど、やっぱり大切で忘れられない世界の言葉。
「もうすぐ軍が来る」
震える足を前に進める。
男もそれに合わせるように一歩退く。
「逃げるにせよ、戦うにせよ、お前らはもう手詰まりだ」
一歩、一歩と近づくごとに男も合わせて遠ざかる。
二人の足が歩を進めるごとに足元の汚い床板が軋み声を上げた。
「降参しろ…ていうか、ニコル先輩返せ」
それで許してやる、なんて言うつもりは無いが、何が何でもぶっとばすというつもりでもなくなる。
だからこそ、ニコル先輩の返還。
それが最大の譲歩だと思うのだ。
「…君にとって大切なものは何だ?君の言う、我々が攫った魔力保持者か?それとも己の命か?」
「あ?何急に頭沸いたこと言ってんだよボケ。んなのテメェに言うか」
「頭が沸いた、か。ククク、そうだな、否定はしないよ。私は狂人だ。だからこそ、君に興味がわく」
「…何、言ってんだよ」
「簡単なことだよ」
男はそういいながら、懐から肘から先ほどの長さの捻じれた杖を取り出す。
杖は、魔力の扱いが下手な魔道師が使う補助道具だ。およそあの男に必要のあるものだとは思えない。
だが、それでもこの期に及んであの男が手にしたのだ。
何かある。
腰を落とし、臨戦態勢をとる。
「君にはね」
しゃがれた声で男が言う。
「“個”が見えないんだ。己への執着、といってもいいかもしらん」
「ふざけたこと言うな。俺はいつだって俺のためだけに動いてる」
「自分のため?自分をすがってきた誰かのため、じゃないのか?」
「その誰かが俺の大切な人なんだ、その人を救うために動くことの何が間違いだ!!」
「間違いじゃないさ。私みたいな狂人にだって、それは美徳だと感じる」
だけど、と、そのしゃがれ声は続けた。
「それのどこに、君の存在があるんだね?」
「――――――…え?」
自分でも驚くような、薄い小さな声。
男はニヤリと口角を上げる。
「ハルくんっ!!」
そんな二人の空気を引き裂くように、高い澄んだ声が廊下に響く。
「お別れの時間のようだ。少年…いや、ハル君。そこらへんに転がっている部下はそちらの軍に差し上げるとしよう。なに、気にしなくて良いさ。そいつらは巫女姫様の尊きお考えの本質など、何も知りはしないのだから」
「お、おい、待てよ…」
「それじゃあ、これにて」
「待てって!!」
駆け出して手を伸ばす。
だがもう遅かった。
男が手に持った杖を床に打ちつけた瞬間、杖頭の宝石が強い輝きを放ち、そのまぶしさに思わず眼を閉じてしまった。
そして次に目を開けたときには、既にそこに男の姿は無かった。
「ハルくん、大丈夫っ!?」
呆然と立ち尽くす俺に駆け寄ってきたのは、まさに捜し求めていた人、その人だった。
「ニコル、先輩…」
ニコル先輩は見た感じどこを怪我している様子も無く、多少疲弊している以外はいたって健康そうだ。
思わず安堵のため息を漏らす。
「ていうか、そっちこそ大丈夫ですか?思った以上に元気そうですけど」
「うーん…まぁ、魔力抑えられてるのはすっごい気持ち悪いんだけど…それ以外は特に。無傷で攫うのが目的だったみたいだし」
「他の子は…」
「ん。私と一緒に居た子達はとりあえず大丈夫みたいだけど、それが全員かは分からない、かな」
そういって先輩は悲しげな顔をして唇をかむ。
しかし軽く頭を振ると「でも、すこしでも助けられて良かった」といってすぐにニコリと笑みを浮かべる。
(この期に及んで笑みを浮かべるのか、この人は)
少しあきれる。
これが女の強さ、なのだろうか。
「1、2、3…うわ、8人も倒したの?」
「だまし討ちみたいなもんですけど。…って、忘れてた!まだ何人か残って…」
「あ、それはもう倒しといた」
「…え?」
ニコル先輩を見る。
…あれ、なんか、うっすらと額の辺りに赤いものが…。
「先輩、血が」
「え?…あぁ、返り血かなぁ?」
「かえり、ち」
「うん。…ってそうだ。はやく捕まってる子達の縄も解いてあげないと…」
といって、先輩は踵を返して今来た道を戻っていく。
…通りすがら倒れ伏す男たちを踏みつけながら。
その姿を見てひくりと頬が引きつる。
「そ、そういえば先輩、どうやって縄から抜け出して…」
「んと、たぶんハルくんの仕業なんだろうけど、外からすごい爆発音が聞こえてね。それで部屋に居た大半の人があのリーダー格の人に連れられて出て行ったから、「あ、チャーンス」って思って、こう、ぶちっと」
「ぶち?」
それはまさか、縄を引きちぎったということだろうか。
…いやいや、まさか。
そんな。
…。
「部屋に残った人間は」
「3人だったかなぁ。とりあえず行動不能にはしておいたけど」
「行動不能って」
それはどういうことですか?と聞く前に、俺たちは先輩が元閉じ込められていた部屋にたどり着く。
ひょいと覗き込むと、部屋の隅で少年少女がどこか一点を顔面蒼白で見つめている。
何がそんなに怖いのだろうか。
敵はもう先輩が掃討したというし…。
目線を彼らが見ている方向へ向ける。
「うっ!?」
見上げると薄汚れた天井。
廃屋の、虫の巣が縦横に張り巡らされた天井の梁。
その梁が、ぎしり、ぎしりと音を立てている。
「こ、れは…?」
「なかなか大きな虫だね。とても保護する気になる面構えじゃないけど」
「虫、ていうか」
それはまさに宙吊りの人間。
亀甲縛りとでも言うのだろうか。その状態で、梁から逆さづりにされている人間が3人。
「ふふふ。なかなかいい眺めだね」
「…あの、先輩」
「ん?」
「これは、先輩が…?」
「…」
ニコル先輩は答えない。
何も言わずに、俺の目を見て口元だけで微笑む。
じっと微笑む。
そして口を開いた。
「ハルくん」
「は、はい!?」
「私ね、実は魔法が使えないんだけど」
「し、知ってます。聞きました」
「そう?…うん、だから、魔道師としては三流どころか圏外なんだけどね」
軽く添えるように、ニコル先輩のこぶしが俺の胸にぶつけられる。
痛くない。すこしも痛くない。
だけど、何だろう。
マジ切れしたときのクロアを修羅としよう。
ならば、今感じてる圧力は、魔王と称するのがふさわしい。
そのくらいの圧力を今俺は感じている。
「私ね、」
先輩は花のような笑顔を浮かべて、言った。
「肉弾戦はすっごく強いのよ?」
ぶらりと天井からぶら下がる虫たちがわずかに唸る。
攫われ縛られている子供たちは涙ひとつこぼさない。
階下が騒がしくなってきた。
(軍の人がこれみつけたら、どういう反応するんだろうな…)
「なんだこれぇぇぇ!???」
こういう反応だった。
「ちょ、え?!なにこれ!?俺、武装グループがいるってアゼリアに言われてここにつれてこられたんだけど?!!」
亀甲縛りの宙吊り人間と俺を見比べながら叫んでいるのは、金色が目に痛い我らがゴーフィン大尉。
俺を見て、宙吊り男たちをみて、叫んで、とまぁ忙しそうだ。
んー。金髪といいこのテンションといい、どこかの誰かを思い出すなぁ…。
「言っておきますけど、俺じゃないですから」
「そりゃ分かってるけどよ。ニコルだろ、これ?」
「あれ、よく分かりましたね?」
というと、大尉はすっと遠くを見つめる。
何かに思いをはせるようなその目は焦点が定まっていない。
どこか辛そうにすら見える。
「…アイツは、ギャップの塊だ。美少女かと思えば余計なもんついてるし、非力かと思えば鉄器折り曲げるし、純情一途かと思えば蝋燭垂らすような野郎だよ…」
「…あぁー…」
過去に何をされたかは、聞かないほうがよさそうだ。
きっとこの変態大尉なりに思い出したくない過去とやらもあるだろう。
ニコル先輩は一応治療という目的で軍に保護されていったが、その必要は恐らく無いだろうと思う。
「「はぁ…」」
大尉と二人、重いため息をつく。
「…そういえばよ」
「はい?」
「ここ来る途中の廊下で魔方陣見たけど…」
「あ、あれはさっき話した、敵の逃走用の奴です」
「だよな。お前じゃねえよな。んな小器用な真似教えてねぇし、お前にできるわけないし」
失敬な。
なんか舐められている気がする。
「確かにあれは俺じゃないですけど、俺だってやる気になれば」
「魔法文字ってのはなぁ、強行突入するために正面玄関吹き飛ばすような魔力調整下手な奴にできるような作業じゃねぇんだよバァカ。もっと繊細なんだよ」
「ぐっ…」
この人、嫌なところをついてくる。
俺だって、あれはやりすぎたとちょっと反省している。
血の気が頭に上っていたにせよ、あれは非効率極まりないし、なんかもう、反抗期に壁殴りつけて穴あけてしまうような居たたまれなさがある。
「それに、あれはアルノードで使われてる魔法文字とは違ってた。お前の話からしても、陣の形からしても転移魔法には違いないだろうけど…」
去り際にあの蛇野郎が残していった、置き土産。
男が魔法を発動した瞬間は何も見えなかったが、あのあと男が杖をたたきつけたところを見てみたら、木製の床にくっきりと魔方陣が焼きついていた。
三重になった円の中に複雑な魔法文字で書かれている、ということくらいしかあいにく俺にはわからなかったが、どこかでみたことがあるような気もした。
(ガイの書斎で読んだ本の中に書いてあったかな…)
思い出そうとしてみるが、いまいちピンとこない。
それは大尉も同じなのか、釈然としない顔だ。
「ヴォルジンも変わった、っつーことなのかもな」
「…?なにが、ですか?」
尋ねると、大尉はのどの奥で唸り声をあげながら首をかしげる。
「昔、俺もヴォルジンの転移魔法の陣式見たことがあるんだよ。そのときのヤツとも今回のは違ってた。そりゃ、陣敷く奴によって変わるのは当たり前だが…転移魔法を魔宝石に仕込めるような高位の魔道師がそうそう湧いて出てくる訳がねぇんだよな……」
そして大尉は再度大きなため息をついてから、俺の肩をたたいてからすれ違うように部屋を出て行く。
背中越しに、
「今日はとりあえず寮に三人で帰れ。ニコルも怪我してねぇし、アゼリアはそのニコルにくっついてびゃーびゃー泣いてるだけだから、つれてけ」
「びゃーびゃー…」
「びゃーびゃー」
びゃーびゃー、泣いているらしい。
まぁ、自分の命よりも大切っぽいニコル先輩が攫われたんだから、不安だったろうしなぁ。
…泣いてる先輩…か。
「ハル。おまえ、今すっげぇー嫌な顔してんぞ」
「会長と話しているときの大尉には負けますよ」
と。
なんだかんだといろいろあったが、どうにかこうにかやっと今、三人で寮に帰れることとなった。
途中、その場の指揮をとっているお偉いさんに事情説明とやらで捕まりかけたが大尉がうやむやにしてくれた。
正直ありがたかった。
あの人が佐官以上だったらアルエルドの件でめんどくさいことになるかもしれないし、どちらにせよ俺みたいな子供一人で八人の魔道師の端くれをどうやって倒したかでめんどくさいことになっていただろうし。
さすがにまだ2年生にもなっていないガキが倒せる人数じゃないことくらいは把握している。
せめてこの実力が違和感無いくらいの年になるまでは、今後はすこしおとなしくしていよう。
事件発生がお昼過ぎのことだったが、俺たちが帰るころにはすっかり夜になっていた。
「寒い」
「だからって俺に当たらないでくださいよ!」
帰り道の道中、右隣から突然ローキックが入る。
本気じゃないみたいだからぜんぜん痛くないけれど。
「あれ?アゼリアとハルくん、なんだか仲良しになった?」
「今の見てどうしてそうなるんですか?」
嫌よ嫌よも好きのうち、なんて俺は認めない。
愛情は素直に表現するべきなのだ。
ツンデレなんて実際身近にいてもいい迷惑だ。…いや、本当に。
「だって、アゼリア前までは自分からハルくんにちょっかい出すなんてことなかったもん。なのに今は、かまってかまってー、って感じ。ふふふ」
「な、何を馬鹿なことを!ニコ、お前まだ薬が抜けてないんじゃないのか!?」
カッとアゼリア先輩の顔が赤くなった。
…なんかいいなぁ。すごく暖かそうだ。触りたい。
触らないけど。
触ったりなんかしたら、刺し殺されそうだ。
「私はただ、約束どおりニコを救い出してきたことを鑑みて、少しハルを認めてやったというだけのことで」
「ほら、いつの間にか名前呼びになってるし。…ふーん、そっかそっかー」
にやにやと笑うニコル先輩。
うーん…天然で可愛らしいイメージだったんだけどなぁ、先輩。…男だけど。
ちょっと、今日はイメージブレイクなのかもしれない。
「な、なんだその笑みは!?薄気味悪い笑みを浮かべるな!!」
アゼリア先輩もちょっと身を引いて警戒する。
「あ、しっつれー。アゼリア失礼だよ」
「失礼もクソもあるか!」
「だから、女の子がクソとか言わないの!」
だったら女の子が亀甲縛りとかも駄目だと思う。
「…雪、やまないですね」
しかしこれ以上この話題を続けても仕方ないので、話を変えることにする。
いつの時代どこだって、当たり障りない話題といえば天気の話題だ。
「雪はね、ユーナ様の使いだって言われてるんだよ。だから、女神聖祭の日は大体雪が降るんだって」
「へー」
空を見上げる。
すっかりと日が暮れて暗くなった空からは、無限とも思える白い欠片が今なお降り続いている。
「……さむっ!」
「だねー」
「…くしゅっ」
思わず隣を見る。
「な、なんだ!なんだその目は!!」
アゼリア先輩が俺をにらみつけてきた。
「いやいや、何でも……予想外に可愛いくしゃみだなーと思っただけでぇっ!!?」
にらむだけでは飽き足らず、こぶしが飛んできた。
「あ、ちょっとアゼリア。勝手に魔力使わないでよぉ」
しかも強化までかけていた。
間一髪でよけていなかったら鼻が少し曲がっていたかもしれない。
「………」
しかし当の本人は不気味な沈黙を保っている。
「アゼリア先輩?」
「…………か」
「蚊?」
そういえば、コッチの世界で蚊とか見たこと無いなぁ。
いるのかなぁ…いないとすれば、ずいぶんと快適な世界なことで…。
「私にむかって」
「アゼリア先輩にむかって?」
「可愛いとか言うなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」
「え、だからそういう恥じらいが可愛いっでぶるぁッ!!」
「あ、だから魔力無駄遣いしないでよー」
そんなこんなで。
今日も今日とて、なんとか無事に乗り越えられたのだった。まる。
ということで。
〔〕で囲っているのは大尉の俺式詠唱法、つまり公用語での詠唱であり、『』で囲っているのは日本語での詠唱ということになります。
本文だけでは分かりづらかったかもしれないのでここで補足。
あとがきで補足とか、駄文でさーせんです。