Ep37:追跡
とりあえず月3本というノルマは達成できました。がんばった。
でも、今回のはかなり難産で、予定してたより話も進まずgdgdに…。
ハル君無双にはならずじまいorz
次には話がまとまる…はずですけど。
いまいち最近調子が上がらないです。んやー。
ニコル先輩がさらわれた時間は正確にわかっている。
13時10分。少なくとも、その前後。
そのときアゼリア先輩はニコル先輩の魔力反応が急激に弱まるのを感じたという。
その後、完璧に反応は消失。
恐らくは、いつかクロアが飲まされたような薬品を飲まされたか、同様の効果をもたらす何か細工をされたか。
いずれにせよ、他者の力が働いていることに違いは無い。
「ヴォルジンはアルノードの起源だが、その性質はだいぶ違う。
アルノードは魔法を手段として使う。ヴォルジンは、魔法で生きる」
隣を駆けるアゼリア先輩が、わずかに息を切らしながら俺に情報を伝える。
「私たちの父はヴォルジンの血筋の人間だったから、知っている。ヴォルジンでは、魔法が全てだ」
「全て、ですか」
「あぁ、全てだ」
はっきりと。
アゼリア先輩は言い切った。
「ヴォルジンの人間は額に墨を入れる。その文様によって位が分かるが…今はいいだろう。
重要なのは」
「重要なのは、額に刺青があるってことですね」
仮説でしかない。
『ヴォルジンの動きが怪しい』
そういった大尉の言葉と、アゼリア先輩の勘。それと、ソフィア皇女近辺でのあわただしい動き。
今俺たちがすがっている唯一の指針は、それらの曖昧なものだけを頼りに導き出した、「ニコル先輩はヴォルジンの人間に攫われた」という仮説だけ。
はっきりいって信頼するに値しない。
だけど、俺が信じるのは、可能性じゃない。
「貴女を信じます、先輩。ヴォルジンの人間を探しましょう。恐らく、複数で動いているはずです」
「あぁ。金色の稲穂に目をつけたとなれば、個人単位の仕業ではない。………」
「…?先輩?」
ふと隣を視線をやると、先輩もまた俺を見ていた。
鳶色の瞳には、燃え滾る炎が見えた。
数分前の彼女とは違う。
怯え、惑い、恐怖して震えていた彼女とは違う。
今のアゼリア先輩は、完全に、
「アルエルド…いや、ハル」
「はい」
「背中は預ける。敵は見つけ次第、ヤレ。…いいな?」
ニコリと微笑むアゼリア先輩。
彼女は完全に、憤怒していた。
軍都・エイファン。
治安だけは良い、逆に言えば堅苦しいだけの街。
その分、悪事を働いた土地勘の無い人間が行く場所など限られている。
「…っつてもなぁ、んなすぐに見つかるわけねぇし…」
俺たちは、中央公園から割りと離れた場所まで来ていた。
普段から人気の少ないところではあるが、今はみんな祭りに行っていて人気はまったくといっていいほど無い。
「時間的にこれ以上離れた場所に行くとは考えにくい。チッ、せめてニコの魔力が感知できればな…」
そういうとアゼリア先輩はきょろきょろと辺りを見渡す。
「感じませんか?」
「あぁ。位置が遠すぎるのか、やはり魔力を抑えられているのか…。どちらにせよ、ニコの居場所は分からない」
「そうですか…」
思わずため息が漏れる。
一番手っ取り早いのは、アゼリア先輩がニコル先輩の魔力を感知して位置特定することだが…。
(そう簡単じゃないとは思ってたけど、予想以上に難しいな)
もし俺たちの予想が当たっているのなら、相手は攫った人間も含めてある程度大きな人数で動いているはずだ。
それならばいる可能性のある場所なんて絞られてくるものなのに…。
「っあぁ、クソ!」
イライラして頭を掻き毟る。
その時。
「イヤァ!!」
叫び声が聞こえた。
高い少女の声。
それに続いて聞こえたのは、低く野太い男の声だった。
「テメェ、このクソガキ…!騒ぐな、つってんだろうが!!」
場所は遠くない。
「先輩!」
「分かってる。行こう」
声を頼りに走り、角をひとつ曲がると叫び声の主はそこに居た。
予想したとおりそこにいたのは二人の男女。
男のほうは黒いローブを纏い、目深にフードをかぶっていて額は見えない。
男に腕をつかまれている少女のほうには見覚えがあった。
名前を叫ぶ。
「エリザっ!!」
びくりと体を震わせたのは、男のほうだった。
「ちくしょう…!もうばれたのか!!」
そういって男は懐から一本の杖を取り出した。
「魔宝石…あの男、魔道師か」
アゼリア先輩は男の持つ杖の杖頭についている石をみて忌々しげに呟いた。
―――魔宝石。
陣を刻まれた武器と同じく、魔力を流し込むことで魔法と同等の働きをする。
利点としては、詠唱の破棄と魔力のコストダウン、だろうか。
でも、これで分かった。
「杖は確かに優れた魔道具ですが、それはあくまで盾となる前衛の数があってのことです。魔道師単独の場合に使うものじゃない。恐らく、杖なしでは魔法執行すらおぼつかない三流魔道師でしょう」
「だろうな」
アゼリア先輩はそういうと、おもむろに腕まくりをする。
「涙はあいにく持ち合わせていないが…ハッ、徒手空手でも負ける気がしないな」
「あ、じゃあ俺は援護ってことで。ちょっと試してみたいこともあるし」
「試してみたいこと?」
「はい。まぁとりあえず、目と耳、ふさいどいてくださいね」
「何を…」
「いきますよー」
両手を前に突き出す。
そして目を閉じてイメージする。
炸裂する閃光。
轟く爆音。
そのイメージを、言葉にのせる。
〔弾けろ〕
「……下種が」
どさりと重いものが崩れ落ちる音がして、気がつくとひれ伏す男の背をアゼリア先輩が踏みつけていた。
「…あれ?」
「何をしてるハル。始末、終わったぞ」
「あ、すいません。一瞬気失ってました」
「は?」
「耳、ふさぐの忘れてて」
自分の魔法を自分で食らってちゃ仕方が無い。
「…お前というやつは…」
あきれたようにため息をつくアゼリア先輩。
「いつのまにか強力な撹乱魔法を身につけたかと思えば、間の抜けたところは相変わらずか」
「あ、あははは…」
それに苦笑いを返しながら、男から少し離れた場所で倒れる少女に近寄る。
「エリザ、おい、エリザ」
名前を呼びながら軽く頬をたたくが、目を覚ます気配は無い。
「…あれ、これってもしかしてまずい感じですか?」
助け出すつもりが重傷を負わせちゃいました、なんて笑い話にもならない。
「いや、大丈夫だろう。呼吸もちゃんとしているし…脈は?」
「…大丈夫です。正常です」
「それじゃあ大丈夫だろう。というよりは、私としてはニコの所在が聞けなくてこまっているんだが…」
「あ、それなら平気です」
とりあえずエリザは大丈夫だということなので、抱いて木陰に運んでから、アゼリア先輩が踏みつけている男の意識確認に戻る。
「おい、起きろ」
今度はやさしく頬をたたく、なんてまねはしない。
思い切り髪をつかむ。
ついでに額に刺青があるのも確認。少なくともこの祭りに過激なヴォルジンの人間が紛れ込んでいることは分かった。
「う…」
意識はかろうじてありそうだ。
「はい。大丈夫ですね。意識さえあれば、どうにでもなりますから。こいつならアジトの場所くらいしってるだろうし」
「拷問でもする気か?」
アゼリア先輩のその質問に、「まさか」と答える。
「そんな技、俺は知りませんよ。…ただ、ちょっとだけ試したいこと、あるんで」
「またか」
「はい、またです」
とはいっても、さっきのものよりも威力の程度が保障できないので、今まで一度も使ったことはないのだけれど。
「敵にならいくらでも非情になれますよ」
とりあえず男の襟首をつかんで別の場所に連れて行くことにする。
「どのくらいの範囲のどの程度の被害がでるか分からないんで、少しはなれたところに行きますね。その間はエリザの看病、よろしくおねがいします」
「あぁ、分かった。…だが」
「はい?」
振り返ると、心配そうな顔した先輩が居た。
「あまり無理は、するなよ?」
…少し、驚いた。
先輩が俺の心配をするなんて初めてだったから。
だけど。だから、うれしかった。
「はい、大丈夫ですよ」
大丈夫じゃなくなるのはたぶん、相手だから。
…とは、さすがに言わなかったが。
「先輩、アジトの場所、分かりました。すぐに向かいま…あれ?」
情報を引き出すのに数分。
帰ってきたら、エリザが目を覚ましていた。
急いで駆け寄る。
「大丈夫か?すまなかった、俺が少し乱暴な方法取ったから」
謝ると、「いいの」とエリザは首を横に振る。
「少しびっくりしただけだし、今はぜんぜん大丈夫だから」
「本当に?」
「…ちょっと、耳鳴りがするけど」
「…だよな」
ため息を吐く。
新しく覚えた大尉秘伝の「俺式魔術詠唱法」…なかなか厄介だ。
使用魔力量は予想範囲内だった。普通の閃光魔法よりはいくらか喰うが、俺としては問題ない。
ただ、威力の調整が難しい。どうしても大味なものになってしまう。
あの魔法、味方がいる状況で使う場合は前もって打ち合わせが必要か。
「大体の話はすでに聞いた。やはり、ヴォルジンの人間の犯行のようだ」
「私、アジトの場所は分からないの。お姉ちゃんがアジトに行く途中で逃がしてくれたから。…ごめんなさい」
エリザはそういうと、申し訳なさそうに顔をうつむける。
「それこそ謝ることじゃない。無事でいてくれただけで十分だ」
頭をなでて微笑みかける。
「…お兄ちゃん。うん、ありがと」
エリザもそれを受けて、弱弱しいながらも微笑んでくれた。
今の今まで怖い目にあっていたのだ。こうして泣きもせずキチンと話をしているだけでも賞賛物だ。
人見知りの激しい子だと思っていたけど、本当は芯の強い、いい子なんだな。
「それで、アジトの場所が分かったと言ったな」
「あ、はい。ここからそんなに離れてない廃屋で…」
一通り、あの男から引き出した位置や人数構成などの情報をアゼリア先輩に伝える。
「それで、アゼリア先輩。無理は承知でお願いします」
「ん?」
「エリザをつれて、軍にこのことを伝えてきてください」
「何?」
俺の言葉を聴いた瞬間、スッとアゼリア先輩の目つきが鋭くなる。
「お前、何を言っているか分かっているんだろうな。今攫われているのは誰だ?」
「分かりません。数は不特定です。ニコル先輩はもちろん、金色の稲穂を含めた他の魔力保持者にも手を出している可能性があります」
「そうだ。ニコが攫われている。なのに私に子供の世話をしろとでもいうつもりか?」
「先輩、分からないんですか?これはもうニコル先輩だけの問題じゃありません。今言ったように、思った以上に被害が大きい可能性がある。具体的な情報もつかみました。さすがに軍も動くでしょう」
「他の人間など関係ない!!ニコが攫われた!!私が助けないで、誰が助けるんだ!!!」
振り上げられた先輩の拳が思い切り木の幹に叩き付けられる。
破裂するような破壊音があたりに響いた。
…マジ切れした先輩とか正直、すっげー怖いけど。
退くわけには行かない。
「俺が助けます」
「一人でか?自惚れるのも対外にしろ!!お前一人で何ができる!」
「できる限りのことを。貴女だけじゃない、俺だってニコル先輩を救いたいと思っている。だけど、救うべき人はもうニコル先輩だけじゃない。先輩だって、分かってるはずです」
「…っ」
アゼリア先輩は黙り込む。
いくら、どれだけ苛烈な怒りを纏っていても。どれだけ非道ぶったとしても。
他の全てを切って捨てられるだけの非情さはこの人には無い。
「……だが、私はニコを…」
「単純に戦力差を考えてください。アジトに向かえば確実に対複数戦になります。魔法を使えない先輩では、非常時撤退すら心もとない。俺が、向かうべきなんです」
「…………」
「…先輩」
うつむく先輩に言う。
「もう一度言います。俺を、信じてください。信じろといった以上、俺は貴女の覚悟を背負う。貴女の覚悟と同じように、何があったって守ります。約束です」
先輩は顔を上げない。
悔しそうに肩を振るわせるだけ。
そしてそのまま、先輩は言った。
「誓え」
「はい」
「必ずニコを救い出せ」
「はい」
「傷ひとつつけるな」
「はい」
「お前もだ」
「はい?」
「お前も、必ず無事でいろ。私が戻るまで」
「……はい」
そして先輩は顔を上げた。
「泣かないでくださいよ。別に死に行くわけじゃあるまいし」
「泣いてるわけがあるかこの阿呆が!いいな、私は五分で帰ってくるからな!!」
先輩はそういうとエリザの手をつかんで歩いていく。
「え、ちょ、五分とか単純計算でも片道二分半?無理に決まって…」
「口を開く暇があったら歩け!大体な、はじめてあった人間に対してあの態度は何だ?少しは相手が傷つくかも、とか考えろ!!教育のなってない子供はこれだから…」
「な、なによそれ!助けてくれたのは感謝してるけど、そこまで言われる筋合いないし!本当にニコルお姉ちゃんと血つながってるの?信じらんない!それに、そっちだってやたら雰囲気鋭くってあんなんじゃ私じゃなくても怖がるっつーの!!」
「ひ、人が気にしていることをずけずけと!敵だったら首掻っ切ってるところだぞ!?」
「やってみなさいよ!」
…などと、口げんかをしながらものすごい勢いで遠ざかっていく。
アゼリア先輩、あれで雰囲気怖いっていうの気にしてたんだな…。
だったら人に武器投げるのやめればいいのに。あ、もしかしてあれって男限定?
「…だけどまぁ、とりあえず騙しとおせた、か」
肺の底に溜まっていた空気を不安と共に吐き出す。
「実は俺が大尉とは別の新しい詠唱法をこっそり試したいが為にアゼリア先輩を遠ざけた、なんてばれたら殺されるし」
だけどそれが今回の場合一番有力な手段だと、さっきの尋問で分かったのだ。
大尉風に言うならば、「ハル式詠唱法」とでも言えばいいだろうか。
呼び名などどうでもいいが、拷問魔法のひとつも知らない俺が三流とはいえ訓練された魔道師から情報を引き出せたのだ。
威力としては、申し分ないだろう。
「なんにせよ、大尉から習った奴よりしっくりくるし…あれがあれば、まぁ15人くらいどうにかなるだろ」
唯一ネックだったのは、アゼリア先輩の存在だった。
敵はともかく、味方がいる前ではあの詠唱法は使えない。
「俺が異世界人ってのがばれるからなぁ。…いっそのことばらしちゃいたい」
そうすれば、なんかいつも嘘ついてるのような背徳感もなくなるだろうに。
…とか言ってても仕方ないんだけど。
「行くか」
ぐっと背伸びをして、歩き出す。
目的地はそう遠くない。
アゼリア先輩曰く、五分で戻ってくるそうだし。
「三分で終わらせてやる」
今の俺には、それが可能だ。