Ep36:失踪
先日、ユニークアクセス数が5万件突破しました!
本当にありがとうございます。
それに最近は一日のアクセス数ものびて来て、うれしいこと続きです。
この前はユニークアクセスが1000人超えていて、びっくりしました。
うわー…って感じでした。チキンなんです。
そして今回は話がちょっとシリアスです。
次回はハルくん無双だよ!
「寒いですね」
「…」
「ソフィア様は本当にいらっしゃるんですかね?」
「…」
「…アゼリア先輩のばーk「内蔵えぐり出されたいんだな?」すいませんでした」
話を聞いているなら聞いているで、返事の一つでもしたら良いと思う。
ニコル先輩が少女とどこかに行ってから早二十分。
アゼリア先輩の我慢の限界がくるのも、そう遠くない未来だろう。
「っあー…さみぃー…。ていうか、何が遅いってニコル先輩の帰りもですけど、イベント始まるのも遅くないですか?これ、13時開演ですよね?」
「どっかにはそう書いてあったな」
「じゃあ、もう10分遅れか」
近くにある時計塔を見て時間を確認する。針は確かに13時10分を指していた。
コッチの世界はアッチの世界ほど時間にカツカツしていないが、それでも皇女様がいらっしゃるってときまでルーズにするとは思えない。
「遅れるとか、そういうアナウンスくらい入っても良さそうなものなんですけど、ねぇ?」
「…」
「…ですよね」
一応隣の人に話を振ってみたが、案の定反応はない。
(ま、分かってたけどな)
それでも完全無視ってのは、結構きつい。
この人、傍にニコル先輩いないと面白いくらいに不機嫌になるんだもんなぁ。
「…全く。いつになったら幼なじみに会えるのや、らぁっ!!??」
突然、隣に座るアゼリア先輩が勢い良く立ち上がる。
「え、な、どうかしたんですか?」
尋ねるが、返事は無い。
先輩はただ驚いたような、苦しむような表情でどこかをみつめるだけ。
視線の先は、ソフィア様がくるであろう観覧席。
「アレって、軍人だよな…?」
今まで人の陰一つ見当たらなかったのに、観覧席の周囲で急に人の動きが激しくなっている。
あちこちを軍人らしき人間がバタバタと駆け回る。
「まさか…」
アゼリア先輩の口から小さな囁きが漏れた、そのとき。
ある軍人の指示が聞こえた。
「さっさと皇女様を安全な場所へ退避させろ!奴らの狙いは皇女様だ!!!」
「っ…!」
「あ、アゼリア先輩!?」
弾けるように駆け出すアゼリア先輩。
慌てて俺も腰を上げて、後を追う。
「アゼリア先輩!」
人ごみを器用にくぐり抜けていく先輩を見失わないよう注意しながら、その背を追いかける。
そして中央ステージの広場を抜けて、人ごみも薄くなった頃。
かがみ込む先輩の姿を見つけた。
「ッハァ、ハァ…。先輩、一体急にどうしたんですか?」
「…」
返事は無い。
「先輩?」
仕方ないので傍へと近づき、同じようにかがみ込む。
「………それ、」
先輩は何かをその手に持っていた。
見覚えがある。
つい最近見た物だ。
ある少女が頬を赤らめながら、うれしそうに俺に見せて来た物だ。
「アル、エルド…」
震える声で呼ばれる。
アゼリア先輩は、不安に瞳を振るわせて、血の気の失った唇で俺にささやく。
「ニコが、攫われた」
先輩の手に握りしめられたカチューシャが、あまりの力にキシリと悲鳴を上げた。
「…え?」
「攫われた…ニコが、攫われたんだ!!」
そういって、アゼリア先輩は立ち上がる。
「助けなきゃ、私が、助けなきゃ!!」
俺はとりあえず今にも駆け出しそうな先輩の腕を掴んで、引き止める。
「ちょ、待ってください先輩!何があったか説明してください!!」
「そんな暇など無い!ニコを、私がニコを守らないと!」
「守るって何から!?攫われたって誰にですか、どうしてですか!!」
「うるさいうるさいうるさい、黙れ!!私が、私が……!!」
先輩は、完全に混乱していた。
だから俺は小さく舌打ちをして、
「ごめんなさい」
と謝ってから、腕を振り下ろす。
乾いた音が冬の空気には良く響いた。
「いっ…!」
とりあえず、ではあるが。
先輩の暴走は、とりあえず、収まった。
「…突然ぶって、ごめんなさい。だけどこうでもしないと先輩は止まらなかった。動揺したままじゃ、解決できる物だって出来なくなる」
「………あぁ、そうだな。すまなかった」
「いえ。それで、何があったか説明してもらえますか?」
「…分かった。だが、その前に一つだけ約束しろ」
「何ですか?」
アゼリア先輩が、その鳶色の瞳で俺を見つめる。
透き通った眼。
一つだけ抱いた信念に揺らがない眼。
だけど、寂しい眼。
誰にも頼らない———頼れない、孤独な眼。
「コレから話すことは、私とニコの最大の弱点といっても過言ではない。共に暮らせば自ずと気づいていただろうが、それでもコレを私自身の口から話すことと、ソレとでは雲泥の差がある」
「…先輩たちの、弱点」
「そうだ。普通の軍人としてではない。魔法を執行して戦う、魔導師としては、決定的な物だ。だから、頼む」
「他言はするな、ですか?」
「…あぁ」
そう言って先輩は、苦々しい顔でうつむく。
「調子のいいことを言っていると分かっている。私はお前に今までひどいことをして来た。ここに来て急に私の利だけ飲めなどと、なにを甘いことをと自分でも思っている。だが、コレだけはどうしても飲んでもらわないとならない。コレは、私だけの問題ではなく…」
俺はその顔を思いっきり両側から手で挟み込み、無理矢理持ち上げて視線を合わせる。
「あ、アルエルド?!」
「…先輩。いい加減、俺を信じてください」
「…え?」
「そりゃ、先輩の男嫌いには何か理由があることくらい分かってます。それが相当根が深いってことも。だから、男としてじゃなく、俺を、信じてください。俺はニコル先輩を傷つけない。貴女のこともだ。…まだ知り合ってからそれほど長くもないけど、貴女が俺に何か大切な物を託すというのなら…」
息を吸い、吐き、また吸って。そして言う。
「貴女はもう、俺の大事な人だ。絶対に守ってみせる」
これは、俺の覚悟だ。
二人並んで、道の脇に置いてあるベンチに座る。
ぽつりぽつりと先輩は語り始めた。
「私は、魔法が使えない」
「…は?」
しょっぱなから意味が分からなかった。
「意味が分からない、とでも言いたげな顔だな。まぁ、そうだとは思うが」
アゼリア先輩はそう言って、苦笑する。
「正確には、私にはほとんど魔力が無いんだ。ほんの少しならあるにはあるが、低級魔法すら執行できない、微々たる量だ」
「え、でも先輩、俺との模擬戦でいつも魔法使ってたじゃないですか」
「そうだ。だから、私は魔力が無いだけで、魔法を使うことはできる。その意味が分かるか?」
「それは…」
普通に考えるのなら、薬品魔法か陣式魔法が妥当な線だ。
わずかでも魔力があるのなら、それを少しずつ込めれば魔法効果をもった薬品を作ることが可能だし、魔法文字さえ書ければ陣を敷くことは出来る。
だが、そのどちらも今回の場合はあり得ない。
俺との模擬戦で先輩は薬品を飲んでも振りかけてもいなかったし、ましてや陣を敷いている時間などありえなかった。
「涙に陣をしこんでる、って訳でもないですよね。それだったら付属魔法の説明はつくけど、強化魔法の理由になり得ない」
だとするならば。
残る方法は、一つくらいしか無い。
「…外から、魔力を調達する…?」
魔法は、魔力と想いがあれば成る。
ほとんどの人間は、魔力が無いから魔法が使えない。
だけどその魔力を外から調達する手段と、それを使いこなす才能があれば、一般人でも魔法は使える。
「その通りだ」
アゼリア先輩が頷いた。
「私は、ニコから魔力を借りて、魔法執行している」
「ニコル先輩から?」
…そういえば、俺とアゼリア先輩の模擬戦のときには必ずニコル先輩が傍に居た。
居たが、絶対に戦わなかった。
その理由が、これ、なのだろうか。
「私自身は魔力が殆どない。だが、体には魔力を流すラインがあるし、その出力も高い。…ニコは、逆なんだ」
「逆って言うと…魔力はあるけど、魔法が使えない?」
先輩は再度、頷いた。
「ニコは、大体”二人分”の魔力を持っている。だが、私と違って体にラインがない。私としかつながっていないんだ。だから、私を介してでなければ、外に魔力を出せない」
「二人分、ですか。…先輩の分も請け負っている、ってことなんですかね」
「さぁな。それはどうか分からないが、どちらにせよ、私たちは二人で居なければ何の役にも立たない。私はニコがいなければ魔法が使えないし、ニコも私がいなければただの魔力保持者でしかない」
つまり、宝の持ち腐れ。
運転手の居ない、ガソリン満タンの車みたいなものだ。
「…さっき、ニコル先輩がいなくなったのにすぐ気づいたのは、その、ラインとかいうヤツのおかげですか?」
「あぁ。私たちはお互いに、どの程度の距離に相手が居るのかを感じることができる。だが、一定距離以上離れるとそれも分からなくなる。その一定距離が、私たちが離れていて魔法執行できる距離でもある」
アゼリア先輩はそう言って、おもむろにベンチから立ち上がった。
「大尉が言っていた。今日は、どうもヴォルジン側の動きが怪しい、と。軍の方が皇女様の護衛を強化した理由はソレらしい。が…」
ぎゅぅ、と手を握りしめる先輩。
その手は寒さに赤くなっていて、見ていて痛々しいほど堅く握られている。
「私には分かる。昔にもこういうことがあった。ニコが持っている魔力とやらは、どうにも魅惑的な物らしいからな。…ヴォルジンのような魔法の道化には、さぞ美しくみえるだろう…!」
そう疑っているときに見つけたのが、道ばたに落ちているニコル先輩のお気に入りのカチューシャ、か。
『攫われた』と判断するには、十分だろう。
俺も立ち上がる。
「攫われた、ってのも、あながち間違いじゃないかもしれませんね」
「何?」
「さっきの魔法ビックリショー…まだ、始まってないみたいです。開演時間はとっくに過ぎてるのに。…金色の稲穂に、何かあったのかも」
「あ…!」
何かに気づいたように、アゼリア先輩は眼を大きく開く。
「魔力保持者で、攫いやすいのを探してるていうなら…あのちびっ子軍団は、狙い目ですよね」
「ニコは、あの女の子と一緒に…!」
「っていうのも、考えられますね」
あぁ、考えれば考えるほどに憂鬱だ。
深いため息が漏れる。
「そうと分かれば、早く軍に、いや、大尉に伝えて助けてもらわないと!」
「軍は、駄目です。おそらく当てに成りません」
「な!?どうして!!」
「ソフィア様がいるからです。どこにか、は知りませんが、ここらへんのどっかにはいる」
「……そう、か」
悔しそうな顔をする先輩。
「皇女様の安全確保が、第一、か」
「はい。だから、きっと駄目でしょう。大尉に会おうとしてもすぐには無理です。指導舎の存在、および役割については軍内部でもあまり知られていないことだろうし」
俺らと大尉の関係について話しても、まともに取り合ってくれる可能性はあまり無い。
せめて、俺らが正式に軍のどっかに籍を置いてたら話は違ったのだが…。
「軍に取って、金色の稲穂とニコル先輩は、ゴミなんです。皇女様と比べて、ソレ以外はゴミ。自分に取ってはどんなに、命より大事でも、他人に取ってはソレがゴミ、なんていうことは普通にある」
兄貴が良く行っていた言葉。
「だから、俺らが行きましょう」
「え?」
「俺らで、助けましょう。大丈夫です。そう遠くには行っていないはずです、まだ」
「え、でも、私はニコがいないと魔法が使えないし、相手だって武装しているはずだろう?」
不安げな目で俺を見下ろしてくるアゼリア先輩。
…見下ろされてる、ってのが、またなんとも情けないが。
いつか絶対に抜かしてやると心に決めながら、言う。
「だから、言いましたよね?貴女が俺に大事な物を託すと言うなら、貴女はもう俺の大事な人だ、って」
「う、あ、ん、まぁ…い、ったな……」
「他人に取ってはゴミみたいな存在でも、貴女やニコル先輩は、もう俺に取って大事なものなんです。だから、俺が戦います。俺が助けます。絶対に」
俺は、アッチの世界で、大切な物を何一つ守れなかった。
大切だって分かってなのに、何も出来なかった。
だから誓った。
俺は絶対、大切な物を、守り通す。
「だが、まだ魔力覚醒して間もないお前だけでは」
「大丈夫です。そのために…ってわけでもないですけど、この一週間特訓しましたから、俺」
「…そういえば、なにかやってたな…」
「はい。だから大丈夫ですよ。絶対」
だから
「さぁ、行きましょうか?」
————あ、雪だ。
誰かがそう言ったのを聞いて空を見上げれば、確かに僅かながらも白雪がちらちらと舞い始めていた。