Ep34:俺式
双子編とかいっといて今回双子は出てきません。これぽっちも。
レオン大尉大活躍の回です。あと、地味に新キャラ登場。
次回からはまた新展開の予定です。
今、俺の前の間には三つの人型の的がある。
それぞれ左斜め前、正面、右斜め前から無言で俺をにらみつけてくる。
「今日の課題は、三つの的の頭部のみを炎系魔法で焼き払うこと。首から下のどっかが焼けたりしたらアウト、はずしてもアウト」
背後にいる大尉が俺に今日の課題について説明する。
「わかってますよ、そのくらい。…何度この課題やってると思ってるんですか?」
「あーそうだな。もう考えるのが馬鹿らしくなるくらいやってるな。…ったく、さっさとクリアしてくれよな…」
そういって大尉が俺の後ろでため息をつく。
「…」
正直、カチンときた。
「…やってやるよ…」
俺だって、今日まで遊んできたわけじゃない。
アゼリア先輩との死に物狂いの模擬戦でそれなりに魔法とだって触れ合ってきた。
いつまでもいつまでも、ひとつの課題に手間取っているわけには行かない。
的を指差す。
熟練した魔道師なら炎球を浮遊させることができるが、まだ俺にはそんな芸当はできないので、指差すことによって的に照準を絞る。
狙うのは頭部だけ。それ以外はアウト。
(今日こそはクリアしてやる…!)
気合をこめて、スキルを唱える。
「クオ=フレア!!」
「だから、ど・う・し・て!低級魔法で!演習場が焼け野原になって!!大気にもれるほどの魔力量を使うんだ!!!」
今、目の前には焼け野原。
人型の的?
さぁ、あの焼け野原のどっかで墨になってんじゃないかな。
「何度も言ってんだろ!?スキルは外殻なんだ!!そこに馬鹿みたいな量の魔力量注ぎやがって。そんなことする馬鹿がどこにいるんだ!!」
「ここにいますけど」
「あぁそうだったなこの糞馬鹿野郎!!!」
正座する俺の脳天向かって大尉の拳が突き刺さる。
「…………~~~~~っ!!」
この人本当にいやだ。
無意識に拳に強化かけるとか、本当にありえない。
「大体低級魔法やるのに、大気に溢れるほどの魔力量注ぎ込む必要があるか!?俺は魔力感知とかはからっきしだが、ここまでだだ漏れになればさすがに分かるわ!!!」
「…俺だって、そのくらい分かってます…いってぇ……」
頭をさすりながら反論する。
俺だって、魔法の失敗について何も考えてなかったわけじゃない。
失敗の理由は魔力の過剰供給。
例えるなら、水風船だ。
水風船を蛇口に噛ませて、想いっきり蛇口をひねったままにすれば、水風船はすぐに割れる。
ソレと同じだ。
魔力を注ぎ込みすぎて、魔法が暴走した。
「分かってんならコントロールしろよ」
「できないから失敗してるんです!」
お前こそ分かれよ、と思わず言いそうに成る。
「…んー、まぁな。お前の資料みたけど、確かにお前の魔力量は異常と言っても差し支えない量だったしな。コントロールが難しいのは、まぁ、分かるよ」
「資料?」
「お前が入ってくるとき、それまで適宜検査してアリアが調べてたヤツだよ。アリアは魔力感知が得意だからな」
「あぁ…。だから、割と頻繁に抱きついて来てたんですね」
魔力感知とは、おおざっぱに言えば人の魔力を感知する能力のことだ。
人の魔力には個性がある。そこからその人の所在地が分かることもあるし、残存魔力量を感じることもできる。
ただ、距離には制限がある。近ければ近いほど良いらしいから、会長は俺に抱きついて調べていたんだろう。
高位の魔導師ならかなり離れていてもできるらしいが。
「…おい」
「はい?」
なんてことを考えていたら、大尉に声をかけられたので頭を上げる。
「お前、今、アリアに頻繁に、抱きつかれてたって、言ったか?」
「……あ」
忘れてた。
この人、会長に惚れてるんだった。
「………」
無言で右拳を握りしめる大尉。
俺も足を崩して、中腰になる。
そして、
〔堅くなれ〕
とつぶやく。
その瞬間、ピリっと空気に魔力が走ったのが分かった。
つまり、魔法が発動した証。
—————駆け出す。
「っぶっ殺おおおおぉぉぉぉすっっっ!!!!」
「俺悪くないっつーのおおおおぉぉぉぉぉーー!!!!」
「ぶるぁぁぁぁぁぁぁーー!!!」
「獣かよ?!ていうか、スキル使わない魔法とか反則だろチクショーーー!!!!」
そう。
殴られたり、蹴られたり、切られたり、魔法失敗したりするのが日常茶飯事になりつつあるなかで、ずっと疑問だったことが一つある。
大尉の魔法は、変だ。
「まぁ、簡単に言うとだ」
血の気の収まった大尉が口を開く。
あの後、獣と化した大尉の鉄拳から逃れることはできず、俺は脳天から大出血と相成り、それをみて落ち着いた大尉に養護室まで引きづられて来た。
そして今、目の前に椅子に座る大尉と話しながら、同時進行で後ろに立つ養護員さん(年齢不詳/美人/言葉を発したのをみたことがない)に治癒魔法をかけてもらっている、というわけだ。
ちなみに俺や大尉やアゼリア先輩が物を壊したとき(ニコル先輩が何かを壊すことは滅多に無い)にも、この人がたいていの物なら直してしまう。
どうやら「何かを直す/治すこと」に特化した人らしい。
おそらく俺が焼け野原にしたあの演習場も、明日にはこの人が直しているだろう。
「簡単に言うとって、何がですか」
大尉に尋ねる。
「魔法がだ。魔法って言うのは、本来なら魔力と「何かを起こそう」っていう意思があれば出来るものなんだよ」
「…そんなの、聞いたことありません」
「ま、そうだろな。あくまでも理論上の話だ。そんなのめちゃくちゃ原始的な方法で、非効率どころか自殺行為みたいなもんだからな」
「…あぁ。なるほど。過剰に魔力を使う、ってことですか」
俺がそう言うと、大尉が「そのとおり」といって口角をあげる。
…元から悪人面だから、ニヤリ、っていう擬音がよく似合うな。
「魔法と言う超常現象を起こすにあたって、魔力と意思だけで済ませる、なんて無茶するにはソレ相応の代価がいる。この場合は大量の魔力ってことになる。おそらく、低級魔法レベルを起こそうとするだけで上級魔法並みにコストがかかるだろうな」
「それは…」
それは、まさしく自殺行為だ。
低級魔法ならともかく、上級魔法乱発できる人間なんて、はたして魔導師のうち何割いるだろうか。
低級魔法は数撃ってあたればいいかもしれないが、上級魔法はそうはいかない。
それを低級魔法のように使えば、あるのは死のみ、といったところか。
「そう。だから、スキルがある。スキルは外殻だ。この世に超常現象を起こすための外枠。そこに魔力を注ぎ込むことによって魔法を起こすわけだが…まぁ、公式、って言い換えても良いかもしれないな」
「公式…ですか」
つまり、スキルとは数学の公式と同じ。
数学の公式が答えを出すための雑多な計算を省くための物ならば、スキルは過剰な魔力を省くための魔法の公式。
「で、ここからが本題な訳だが」
「はい」
「…俺よ、どうしてもその公式の意味が分からなかったんだ」
「…はい?」
「だってよ、古代語って意味分かんなくね?」
「はぁ、まぁ」
俺にしてみれば、ドイツ語で書いてるものを英語に直してからさらに日本語にして理解しているような物だ。
はっきりいってチンプンカンプン。
「その言葉の意味も分からないで、想いが乗せられるのかって話だよ。つまりは」
「想いを乗せる…」
「魔法ってのは、想いだ。さっきも言った通り「何かを起こそう」って意思と魔力があれば理論上は魔法ってのは成り立つ。逆に言えば、想いがなきゃできないんだ」
だから、といって大尉は椅子から立ち上がる。
そして自分の金髪を一本引き抜き、
〔堅くなれ〕
とつぶやいた。
すると一瞬にしてその髪の毛はピンと伸び、まるで一本の針のように堅くなった。
「…だから、俺は公式を捨てた。自分の想いがそのまま伝わるように、な」
これが、大尉のおかしな魔法の正体だった。
ただ単純な、力技。
「でもそれって、結局魔力は沢山使うわけですよね?」
「まぁな。何にも言わないよりはマシだろうが、俺の魔法はさっきいった原始的なやり方を少し改良したにすぎない。使う魔力量に見合った威力にはなるけど、前提条件として普通のヤツより魔力量の多い人間ってのがつくからな。大体のヤツはおとなしくスキルを唱えるよ」
その言葉で、ここに入ったときの会長の言葉を思い出す。
『あの人、あぁみえてもそれなりにすごい人なのよ?魔法技術界に衝撃を走らせる新詠唱法編み出したのもレオン君だし』
『…ごくごく一部の人間にしか使えないらしいけど』
そりゃそうだ、と思う。
魔力を持っている人間ですら少数派なのに、そのなかで特に魔力量が多くないと使えないのだ。
普及する当ての無い詠唱法だ。
大尉は髪を投げ捨て、椅子に座り直す。
「でも、だからこそと、俺様はさっき思いついた」
そしてにんまりと笑みを浮かべながら、俺の両肩に手を置いた。
なんだこれ、気持ち悪い。
「お前は圧倒的に魔力のコントロールが下手だ。というよりは、低級魔法なんてお前に取っては爪の先くらいの量でしかないから、操るのが難しいんだろう」
「だから…」
「そう。だから、喰わせちまえば良いんだ。どうせ余ってるんだ、ちょっとくらいコストがかかる詠唱法だからって問題は無い」
「…え?」
「俺式詠唱法はお前にこそふさわしい!なんてったって、普通にスキルとなえるよりもよっぽど速いし、威力も増す。ちょっと使用魔力量が桁違いなだけで!」
でも、俺はその魔力量を持て余しているわけで。
…それって。
「それってすっごいおいしくないですか?!」
「そう思うだろう我が弟子よ!!」
興奮した大尉が椅子から立ち上がる。
「はい!」
俺もソレに習って立ち上がる。
「………」
「って、うわ」
が、誰かに上から頭を押さえつけられてすぐに逆戻り。
振り返ると、養護員さんが「まだ治療終わってないでしょ?暴れないの」とでも言いたげな顔で俺を見ていた。
「…ごめんなさい」
美人の悲しげな顔って、核よりも強いんじゃなかろうか。
思わず謝ってしまった。
「それじゃあ今度からは俺式詠唱法で訓練するか」
「はい。今すぐ始めますか?」
「んー…いや、やめておこう。そんなことしたら「けが人にむち打つような真似するなんて、どういう人格してるんですか」みたいなこと言いそうなお前の後ろのヤツに俺が殺されちまう」
「あ、あははは…」
無論、大尉が適うわけも無く。
あのアゼリア先輩ですら終始押され気味だったのを見たことがある。
無言なのに。
…あれ?なにげに養護員さんが指導舎最強なんじゃないのか?
「それじゃあ、明日から始めるからな。…んー!俺様の詠唱法教えるのなんて初めてだからな、結構わくわくするな!!」
「よろしくお願いします」
「あぁ。それじゃあ、俺はコレからアゼリアたちの様子見てくるから、適当に休んどけ」
「はい」
「一応、一週間後までには形になるようにするからな」
「…一週間後?」
はて。
来週、なにか予定でもあっただろうか…。
「あれ?言ってなかったか?」
不思議そうな顔をする俺に、大尉が言う。
「来週は女神聖祭だろう?その祭りで俺様にも軍の仕事が入ったから、お前らもついでにつれてって里帰りでもさせてやろうかと思ってるんだが」
「………え?」
「ん?」
「女神聖祭っ?!!」
まだ先まだ先と思っていた正月が、早くも来週に迫って来ていたようです。