Ep26:悪夢
最初から割りと下品な話ですが、まぁ、このくらいなら笑って許してくれると嬉しいです。
一応ちょこっとパロネタ入ってるんですけど、今回の葉わかる人少ないでしょうねぇ…。
ふわりと意識が上昇する。
思考には未だ眠気がまとわり付いていてまどろんだままだが、蝉が煩く鳴いているのは分かる。
「う、ん…」
今日は何曜日だったか、学校はあったか、とか考えながら寝返りを打とうとする。
が、体にまとわりつく誰かの腕が、ソレを邪魔する。
「………中学入ったらおにぃのベッドには入らないって言ったろぉ………」
寝ぼけ眼で振り返ると、やはりそこには俺の背中にしがみつく妹の姿が。
「だって雷が」
「昨日は快晴」
「お父さんが私のことを」
「お前、父さんを性犯罪者にしたいのか」
「おにぃがお腹出して寝てるから」
「それが何!?」
あぁ、突っ込みを入れたら目が覚めた。
そのまま妹を引き剥がす。
「やん」
「やん、じゃない、このアホ」
しかし、本当に朝から奇襲をかけるのは止めて欲しい。
男の朝には色々と事情があるのだ。
それは別にいやらしい理由からではなく、生理的現象として致し方ないのだ。
本当に。
「ほら、おにぃも着替えるからさっさと自分の部屋帰れ」
「じゃあ、おにぃの処理をしてから私も…」
「処理とか言うなぁっ!!」
俺が叫んだとき、ドアが開いた。
「おはよう陽雪、もう起きてるー?」
…あぁ、この家の防犯システムってどうなってるんだろう。
俺、部屋の鍵増やそうかな。
「…おはよう、優奈」
ただ今絶賛勘違いシチュエーションですけどね。
分かってるけどね、君のこの後の対応は。
「――――――――」
まず絶句。
そして、「このヘンタイ」とか、「死んでしまえこのシスコン」とか言われるんだろう。
優奈が口を大きく開く。
「なんで?私が起こすっていったでしょぉー?!」
「……あれ?」
予想してた答えと違う。
「だって昨日雷が怖くってぇー」
未だ俺に抱きついたままの妹が優奈に言う。
「昨日の夜は快晴でした!」
それに俺と同じ突込みを返す優奈。
「お父さんが私のこといやらしい目で見てきてぇー」
「おじさんそんな人じゃないから!」
「おにぃがかわいい寝顔でお腹丸出しで寝てるからぁー」
「あ、それはしょうがないかも」
いやいやいや、最後の可笑しいだろ。おかしいだろ?
「なんなんだよ、この状況…」
第一、今まで優奈俺のこと起こしにきたこととかないだろう?
朝なんて確実に俺より弱いんだから。
同い年で異性の幼馴染ってだけで貴重なのに、朝起こしに来るとか、そんなベタベタ展開ありえない。
「………ていうか、待てよ」
そもそも俺、妹いたか?
「え、どうしたの、おにぃ?」
妹が俺の顔を覗き込む。
…あぁ、確かに、俺の妹だとはおもうんだけど……妹?
(いやいやいや、いないいないいない)
いるはずがない。
たしかに優奈という幼馴染はいたが、俺をおにぃとよぶ妹はいない。
いたのは兄貴。敬愛する兄貴。朝、確信犯的に俺の寝込みを襲ったりしない兄貴。
「いや、えっと……」
なんと言おうか迷っていたその時、また扉が開いた。
「ハル!朝ごはんが出来たってメイカが……」
「…クロア?」
入ってきたのはクロアだった。俺の…幼馴染。
…うん?え、あれ?
「優奈?」
「なに?」
「…クロア?」
「なによ?」
「………」
―――――あぁ、そっか、これ夢か…。
確信したとき、誰かに肩をたたかれて振り返る。
「ハル」
「あ、ガイ」
今更誰が出てきたって驚きやしないさ。だって夢だもの。
「お前は悪い子だな」
「へ?」
「こんなに女の子をはべらせて」
「いや、だから、これ夢だし。ていうか俺、ロリコン?仮想の妹とか、マジでヤバイかも」
「あぁ、そうだな。お前はとんだヘンタイ野郎だ」
「…うん、さすがにそこまで言われるとへこむかも…」
「……ハル」
「ん、なに?」
「お前は、元気だなぁ」
何故か、ガイの手がすっとある部分へと伸びてきた。
「……いやいやいや。あの、この小説そういうのじゃないですから!」
「分かってるさ。あぁ、わかってる。私に任せろ」
任せない任せたくない任せられない!!
「さぁ、行こう!見果てぬ楽園へ!!」
「いぃぃぃーーーーーやぁぁぁぁーーーーーーーだあぁぁぁぁーーーーーー…………
…………ぁぁぁぁぁああああーーーーーーーー!!!!」
飛び起きる。
「うわっ!」
慌てて声のするほうを向くと、そこには驚き顔の会長が椅子に座っていた。
「……ぃ、ちょう?」
「びっ、くりしたぁ…起きたの、ね?」
「あ、はぁ…まぁ…そうみたいです」
あたりを見渡すと、見慣れた保健室であることが分かった。
レーナ先生はいないようだ。
「…クロア、は、無事ですか?」
「無事よ。今はちょっと出てるけど、すぐに戻るわ」
そう言って会長は手に持った本を置き、俺の傍へと寄ってきた。
そっと、俺の額に手を当てる。
「ずいぶんと悪い夢を見たのね…汗が酷い」
「まぁ、そうですね。これ以上ないってくらいの悪夢でしたけど」
途中まではまぁ、なんかハーレムっぽかったのになぁ。
「きっと体がつかれきってるからね。だるくない?」
「え?」
そういわれて初めて気付いた。
「……すっげー、だるい」
そのままボスン、とベッドに倒れこむ。
なんかもう二度と起き上がれないくらい、疲れてる気がする。
「仕方ないわ。あんなことがあった後だし。本当はすぐにでも寝かせてあげたいんだけどね、すこし話をしないといけないから」
「いえ。いいんです」
自分が、恐らく魔法っぽいものを使ったのはうっすら覚えている。
詳しい状況は全然わかんないけど、その力であの状況をどうにかしたことも。
「…俺、結構どえらいこと、しちゃいました?」
「うーん、そうね。多分、黒猫ちゃんが思っている以上に、ね」
「そ、うですか」
これは何か、色々と覚悟しないといけないのかもしれない。
その時、部屋にノック音が響いた。
「アリア、お二人をお連れしたんだけど」
サリナ先生の声だ。
…どうして、ウチのダメ担任がこんなシリアスな声をだしているのだろうか。
「あ、はい!」
会長が返事をすると、すぐに扉が開いた。
「ハル!目が覚めたのね!!」
最初に入ってきたのはクロアだった。
その灰色の瞳に涙をためて、俺の下へと駆け寄ってくる。
「クロア!」
俺も上体を起こして彼女を抱きしめようと腕を伸ばした。
瞬間、二人目の存在に気付く。
「―――――久しぶりだな、ハル」
ニコリと笑う、懐かしい顔。
「ぎゃぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!!!」
その顔を見て思わず叫んでしまったことは、もう致し方のないことだったのだ。
「いや、その、なんていうか、色々と事情があったんです。そりゃ全面的に俺に非があるんだけど、顔を見たとたん絶叫したのにはやむを得ない事情があったんです。だから…」
「だから?」
青筋立てたガイの顔をチラリと見上げて、
「ごめんなさい」
ベッドの上で土下座する。
そのまま数秒じっとしていると、呆れたような諦めたようなため息が上から聞えてきた。
「…まぁ、しょうがない、ということにするが。私だってなぁ、久しぶりにお前に会ったら喜んでもらえるんだろうなぁ、とか、どんなリアクションしてくれるのかなぁ、とか、色々と期待してたりなんだったりでなぁ……」
そういいながらガイは、ブツブツと口の中で不平不満をごねる。
そうだね。
まさか会って早々、絶叫されるだなんて、考えもしないよね。
「本当にごめんなさい」
「いや、いいんだ。なにか事情があったのだろう」
そのガイの言葉で、ようやく本題に入ることができそうだ。
「…それで、どうしてガイは今日ここに?」
「あぁ、それはだな」
ガイが壁にもたれて立つサリナ先生に視線を移す。
すると今度はサリナ先生が俺の隣に座るクロアを見て、
「ランバルディアさん。貴女が意識を失う前、貴女とアルエルドに事情説明する人間がいるって、いったよね?」
「あ、はい」
クロアが頷く。どうやらそうらしい。
「そして私とアリアを信頼しなくてもいい。その人間なら信頼できるから、ともいった」
「はい」
「そういうことよ」
「…はい?」
言い終わったサリナ先生と目が合った。
(分かるでしょう?)、といっている瞳だ。
「…ガイ、が、その人ってことですか?」
俺がそう言うと、
「ビンゴ!」
サリナ先生が指をパチンと鳴らす。
……そのリアクションは、少々古めかしいのではないでしょうか。
なんていわないよ。うん。
ある一定の年齢層の女性にソレを言うのは死を意味すると、俺はこの保健室でよくよく学んでいるのだ。
「アルエルドの魔法使用について、今後の方針、以下諸々すべてのことを私は理解しているけれど、それを説明するのはここまでのお膳立てをすべてこなしてくださったランバルディア中将が一番適任だと判断して、ご連絡差し上げました。っていっても、中将自身、ずいぶんと前からアルエルドの魔力覚醒については予見してらっしゃったみたいだけど」
っていうことは、つまりだ。
つまり、ガイは、俺に魔法の才能があることを、前から知っていた。と。
(…だろうなぁ)
と、心の中で頷く。
俺がどんなに懇願しても、ガイは俺に魔法を教えてはくれなかった。
才能がないのなら、一度教えてみればいいことだ。
そうすれば、すぐに才能の無さを痛感して、俺はそれ以上何も言わなくなる。
あるかないか分からないにしろ、一度やってみないことには分からないのだからあそこまで拒否する理由も見当たらない。
つまり、ガイは前々から俺に魔法の才能が有るのを知っていた。
そしてソレが下手をすれば、今回のような惨事を引き起こすことも。
今回、俺の魔力爆発とやらがどの程度の被害をもたらしたかは分からないけれど。
あっちこっちグチャグチャに散らかされた保健室に、不在の主。
恐らくは、此処に収まらない程度の人数に、何らかの被害が出た。と、予想することができる。
(………下手すりゃ、退学、かな)
それは嫌だな、と思いつつ会長をみる。
そんな俺に視線に気付いたのか、会長も俺を見つめ、そしてにっこりと笑った。
まるで「大丈夫よ」とでも言うかのように。
「と、言うわけで。私とアリアは席はずしとくから。家族三人水入らずで、家族会議開いてください。しばらくしたらまた戻ってくるから。…アルエルド」
「あ、はい?」
会長から視線を外して、サリナ先生を見る。
「ファイトファイト!先生はお前のような馬鹿な生徒を全力で応援しているぞ!!」
…なにやら暑苦しくて胡散臭い応援を賜った。
「…はぁ」
「それじゃあな!」
そして先生はさわやかに保健室を出て行った。
「それじゃあアタシも…って、忘れてた」
椅子から立ち上がった会長が、一度ドアへ向かってから、俺のほうへときびすを返してきた。
「あれ?なにか用ですか会長」
「うん、ちょっとねー。やり忘れてたこと思い出したから」
「はぁ」
「うん」
そして会長はおもむろに右手を振り上げ、
「よいしょー」
「ぶげらっ!!!」
掛け声にそぐわない、強烈なビンタを俺の左頬に振り下ろした。
俺はそのまま右隣に座るクロアの膝に倒れこむように崩れ落ちた。
「はははははハルぅ!?え、な、えぇ?!」
クロア、絶賛混乱中。
俺も絶賛混乱中。
なんで俺、叩かれてんの?
「あーすっきりしたー。黒猫ちゃんたら、アタシとの約束やぶるんだもん」
「や、やくそく…?」
あ、なんか星が瞬いてる。
左頬も痛いんだろうけど、よくわかんない。とりあえず熱い。
「なんかあったら真っ先にアタシ…か、サリナ先生に言うこと。これ、約束したよね?」
「………あー、あぁ、えぇ、した…かも?」
「男たるもの、一度約束したらキチンと守らないと、ね?」
「だ、だって、今回なにかあったのって、クロアだし…」
「ヴェイダムの目的は貴方にあること、分かってたでしょう?」
「…」
それは、まぁ、分かってましたけどね?
幼馴染が現在進行形で拉致監禁されてたら、そんな約束思い出せないって。
「だから、黒猫ちゃんがアタシに叩かれるのは、仕方の無いことなんです」
「…なんですか?」
「そうなんです♪」
♪、とか語尾につけて可愛くウィンクされても、納得いかない。
「…そうなの?」
クロアを見あげて尋ねれば、
「女の子との約束は絶対遵守。これ、正論よね?」
とのご意見を賜った。
あぁ、そうだった。
何時の時代も女は男の敵で、女の味方なのだ。
「それじゃあスッキリしたことだし。小難しい話はそちらに任せるわ」
そして会長は本当にスッキリした顔つきで保健室を後にした。
それを見送った後、今の今までただ立ち尽くすだけだったガイが口を開いた。
「ハル」
「なに」
「まぁ、あれだ」
「だからなに」
「相変わらずの女難っぷり、父さんは安心したぞ」
「うるせぇぇぇぇぇ!!!」
叫ぶ俺の頭を、クロアが「よしよし」といいながら撫でてくれたが、自分もその女難の一因だとは露ほどもおもっていないようだった。