Ep25:覚醒
お久しぶりすぎて忘れられてないか心配です。
早く試験が終わることを願うだけです。
出来なんて知りません。
――――ついに。ついに、きた。
第四学年Cブロック、準決勝。
ここまで勝ち進めたのは、入学してから四年間で初めてだ。
そしてこの試合に勝って、決勝でも勝てれば…三年越しの恋が、叶う。
相手から視線を外して彼女の姿を探す。
すぐに見つかった。
敵の向こう側、四寮の応援席で、彼女は指を組んで俺を見ていた。
目が合う。
それだけで心臓が飛び跳ねて、うれしくて、幸せになる。
『武闘祭で優勝できたら、君に伝えたいことがある』
そう伝えたのが、三年前。
優勝する気満々でいた俺が、自分がいかに井の中の蛙であったかを思い知らされたのも三年前。
(ようやく…ようやく、ここまできた)
正直、いつ彼女に愛想をつかされるかと冷や冷やしながら過ごした三年間。
やっとここまでこぎつけた。
今年は優勝できる自信がある。
しなければならないとも思う。
(でも、今年もしできなくても…伝えても、いいかな?)
なんて言う弱気は一蹴。
相手を睨みつける。
今年こそは勝つ。勝つ。勝つ!
「よっしゃぁぁぁ!!!」
頬を叩いて気合を入れる。
そこにちょうど審判から試合開始のコールがかかった。
俺は一歩、前に踏み出す。
そこでクォーツ=メルディアの意識はプツリと切れた。
彼はそのことに気付いていない。その間すら与えられなかった。
しかし彼が意識を失ったことに気付いているものも、また少ない。
相手選手も審判も、観戦者の多くも同時に気を失ったからだ。
混乱の声が体育館に上がるが、その声も少ない。
「見つけた!」
そんな中、藍色の髪の少女が叫んだ。
「アリア、誘導しなさい。すぐに向かう」
それに答えるように、妙齢の女性が低い声で指示を出す。
「まったく、どこの馬鹿か知らないけど、わざわざ阻害魔法陣まで用意するとはね。おかげでウチのクラスの大馬鹿が何処にいるかもわかりゃしないっつーの!」
苛立った声で女性が言う。
それに並んで歩く少女も眉間にしわを寄せて、
「でもさっきの魔力波で確かに感知できました。…けど、正直、マズイですよねぇ…」
あたりを見渡せば、正に死屍累々。
この第壱総合体育館に収まっていた約7割は意識を失っている様子だ。
「今更被害確認したところで遅い!間に合わない!ていうか私の責任じゃないし!!
アンタ、あの馬鹿にちゃんと『何かあったら先生に言え』って言ったんだよね!?」
「言いましたよ!先生とアタシにちゃんと伝えるようにって!!」
「じゃあ伝えなかったあの馬鹿が悪い!以上!!」
そういって、女性は肩を怒らせたままズンズンと先へ先へと歩いていく。
「あ、先生、そっちじゃありません。位置的に恐らく旧倉庫…」
「え?あ、分かってる!」
「分かってないから間違えてるんじゃ」
「そ、それよりも!!」
追求を断ち切るように女性が振り返り、少女を見つめる。
「魔力探知じゃ、アンタの右に出るものは居ない。その点じゃ、私は全然才能ないし。
けど、それでもさっきのははっきりと分かった。あの魔力爆発は尋常じゃない。
今すぐ私たちは、アイツのもとに行かなくちゃならない。
……そうでしょう?」
その問いに、少女は黙って頷いた。
「…いくわよ」
それを見届けてから、女性はまた歩き出す。
少女はその後ろを歩きながら、つぶやいた。
「―――あの馬鹿…!」
見つけ次第ぶん殴ってやる。少女はそう決意した。
目を開く。
気付くと、俺を包んでいた魔方陣は消えていた。
代わりに起こったのは、台風のような暴風。
まるで俺だけは台風の目に居るかのように静かなのに、旧倉庫内は一瞬で酷い有様だ。
「きゃぁっ!!」
「クロア…!」
旧倉庫内を吹き荒れる風に耐え切れず、クロアが倒れこむ。
すぐに助けるため駆けつけようとするが、アイツの声で足を止めた。
「んだよコレぇっっ?!」
ヴェイダムが叫んでいた。
声を混乱で震わせながら、必死の形相で支柱につかまって叫んでいた。
目をつぶって大声を上げるその様は、恐怖に対して必死で抗っているようにも見えた。
「ありえねぇ、ありえねぇありえねぇありえねぇ!!!
拷問用の魔法陣だぞ?!抜け出せるわけねぇ!!ありえねぇ!!!!」
「あ、兄貴ぃ…」
そして、叫ぶヴェイダムの足元には弟が縋りつくように這いつくばっている。
「イーグ!?」
「兄貴、あにき、頭が…痛い……気持ち悪い…!!」
「イーグ、おい、イーグ!!!」
ヴェイダムが弟の方を揺さぶるが、もう返事はない。
気を失ったようだ。
「……どう、したんだ、ソイツ」
気にかける必要はないと知りつつも、思わず声をかけてしまう。
今の俺は何か可笑しい。
妙に頭がぼんやりしている。
こんなやつら放っておいて、すぐにクロアのところへ行けばいいのに。
「どうしただって!?ざけんじゃねぇよ!!!お前が、お前がそんな馬鹿みたいな量の魔力垂れ流すからだろうが!!!畜生、俺も脚が、うごかねぇ…!」
「魔力…?」
「クソ、クソ、クソッ!!!何が魔法が使えない、だ!!こんな魔力爆発、聞いたことねぇ…!」
魔力爆発。
聞いたこともない。
そもそも、俺に魔力があるなんて、コッチこそびっくりだ。
―――だけど、コレで納得もいく。
いま、体の中からあふれ出してくるような力。
周囲を吹き荒れているのは、魔力爆発とやらによる俺の魔力なのだろう。
「………ハハッ」
つまり、俺の魔力がアイツの魔方陣を掻き消した訳だ。
「ざまぁねぇな、ヴェイダム」
「んだと…?!」
「あの魔方陣、お前の最後の切り札だったわけだろ?
すごかったよ、確かに。すっげー、痛かった。
…けど、最終的には、俺の勝ち。だろ?」
そういって、ヴェイダムに近づく。
もう恐れることはない。
アイツは俺に負けた。俺は勝った。
アイツは俺の大切な物を傷つけようとした。俺はソレを許さない。
「………は…?」
ポツリと。
ヴェイダムが、つぶやいた。
「お前、その『瞳』…………なんだよ…」
「目?」
その言葉に思わず足を止める。
「朱、い…?」
ハッと気付いて目に手をやる。
―――ガイから貰った、魔性コンタクト。
『それがお前の瞳の色を髪と同じにしてくれる』
『強い魔力や衝撃が加わると壊れてしまうらしい』
『ま、アイツが魔力こめたんだ。強い魔力とはいっても、クロアの十八番10発まとめて喰らいでもしない限り平気だろう』
コレが壊れるだなんて、考えもしなかった。
クロアの魔法弾10発分を越える魔力を浴びることすら考えられなかったから。
だけど、きっと。
ヴェイダムの魔方陣の魔力と、俺から溢れるこの魔力の総量が、コンタクトのキャパシティを超えた。
俺の朱い瞳を、ヴェイダムに、見られた。
「―――――――化け物」
ヴェイダムのその一言が聞えるか、聞えないか。
俺はヴェイダムに向かって拳を振りあげていた。
「ハル、やめてぇっ!!!」
クロアの叫び声が、聞えた気がした。
「そこまでよ」
ハルが拳を振り下ろそうとしたその瞬間、誰かの声が凛と旧倉庫に響いた。
「クオ=ジェイド!!」
それとは別の女性の声が、衝撃魔法のスキルを唱えた。
発動座標は、ハルとヴェイダムの間。
白い光が衝撃波となって、二人を引き裂くように爆発した。
「うわっ!」
「グッ!!」
ハルとヴェイダムは衝撃で吹き飛ばされ、床に倒れこむ。
「ち、くしょう…!」
それでもなおハルは立ち上がろうとするが、結局そのまま力尽きて意識を失った。
「は、る…!」
ガタガタ震えて言うことを聞かない脚を無理やり立たせて、ハルの傍へと駆けつける。
「ハル、ハル、ハルぅ!!」
ぎゅっとハルを抱きしめて、顔を覗き込む。
ハルの顔色は真っ青で、唇は完全に色を失っていた。
それに、遠くから見たときは分からなかったけど、全身あちらこちらに切り傷がある。
その出血量も馬鹿にならないように見えた。
だけど、それよりなにより問題なのは――――――。
「すぐにその馬鹿から離れなさい、ランバルディアさん」
声をかけられて、顔を上げる。
「…サリナ、先生」
「今の貴女は魔力耐性が著しく低下している。それ以上、その馬鹿みたいな顔して馬鹿みたいな量の魔力垂れ流す馬鹿の傍にいれば、ろくでもないことになる」
「………」
そんなこと、分かってる。
正直今だって相当キツイ。
気持ち悪いし、頭痛いし、体が逃げろ、逃げろって言ってるのがすごくよくわかる。
(でもダメ)
さらにきつく、ハルを抱きしめる。
何のためにサリナ先生がここにいるかは知らない。
(想像はつくけど)
ハルがいまどうなっちゃってるのかも分からない。
(想像はつくけど)
だけど、何がどうなっても、私の大事で大切で…大好きな幼馴染を、ぽいと放り出す選択肢なんて、私にはないのだ。
絶対に。
「お断り、します」
震える声で、サリナ先生に言った。
「先生、ギーグ=ウェイダムと、弟イーグ=ウェイダムの保護、完了しました」
そこに、二人目の女性が声をかけてきた。
「容態は」
「他の人と同じです。魔力酔い。ただ、かなり至近距離からなんで症状は重いようですけど、魔力耐性は他の生徒より高いから大丈夫じゃないですか?っていうか、正直うちの大事な黒猫ちゃんに手出した時点で治療する気がゼロ、っていうか」
「じゃあ放っておこ」
「はーい」
あっさりと話がまとまってしまった。
「…え?それって生徒会長としていいの!?」
「えー?だって普通どうでもいい、むしろ嫌いな他人と大事な後輩だったら、後者選ぶでしょう?」
「そ、そうだけど」
すこしだけ(本当に少しだけど)ヴェイダムが哀れになった。
「で、まぁ…とりあえずさ、黒猫ちゃん渡してくれる?」
そして、二人目の女性―――もとい、我らが生徒会長アルフィリア=リーンはニコリと笑って私にいった。
「無理です」
しかし私がそう答えた瞬間、笑顔が引きつった。
ビキっていう効果音が聞えそうなくらい、見事な引きつりっぷりだ。
「…いや、だからね?無理とかそう言うのじゃなくて、このままだと貴女もやばいのって分かるでしょう?」
「分かりません」
「………そーいう頑固なとこ、アリスとよく似てるわぁ、貴女…」
「どうも。父譲りなんです」
「へー…」
「はい」
「「………」」
そしてにらみ合い。
(あー…でも、正直なぁ…)
もう、にらみ合う体力も無い。
目の前チカチカしてるし、いく吐くかもわからない状況だ。
「……ていうか、アレ?」
そこでふと気付いた。
「ちょっと、淫乱会長」
「その不名誉なあだ名がアタシのものだとして返事するけど、何かしら?」
「何で貴女、魔法使えるの?普通科でしょ?」
さっき、会長は衝撃魔法を使っていた。
それだけじゃない。
今ハルから漏れている尋常じゃない量の魔力。
魔法が使えない一般人なら確実に魔力酔い―――つまり、魔力抵抗を薬物で強制的に下げられた今の私のようになる。
だけど、目の前の会長とサリナ先生はけろっとした顔をしている。
「…まぁ、色々とあるんだけど、とりあえず言えるのは」
会長が複雑そうな顔で口を開いたその時、
「特殊なんだよ、この子達は」
サリナ先生がそう言葉を挟んだ。
「アリアも、アルエルドも、他の生徒会メンバーも。
貴女たち魔法科の生徒とは違う。けど、特別なんだよ」
「…だから?」
「そう、だから」
ハルの顔を見る。
今は伏せられたまぶたで隠されたハルの朱い瞳。
これも『特別』だから、なのだろうか。
「ランバルディアさん。もう、いいでしょ」
「え…?」
サリナ先生が私の目を見つめながら、言う。
「私たちは貴女がアルエルドを守る理由も、気持ちも理解している。
その上で彼の身柄を預かるといっているの。
それが彼にとっても、貴女にとってもベストだから」
「…貴女たちが、ハルを裏切らないって、どうして言い切れるんですか!?」
「そうだね。私たちを信用しろ、なんて言えないね」
「えー?アタシは信用に値する人間だと思うんですけど」
どこが、と心の中でつぶやく。
「どこがだ」
サリナ先生もつっこむ。
いや、貴女もそうとうな人だとハルから伺ってますけど?
「とりあえず、私たちは信用しなくていい。信用するのは、これから貴女とアルエルドに事情説明と今後の方針を説明する人間でいい」
「え?先生、この子にも説明するんですか?」
「さすがにね。ここまで見て、私たちのことまで知られたんじゃ、知らぬ存ぜぬじゃ通せないだろうし」
「……ですね」
そういって、会長は頬に手を当ててため息を吐いた。
「しょうがない、か。…てことで、ほら、黒猫ちゃん渡して?」
が、すぐに笑顔になって私に両手を差し出す。
「えー…」
その笑顔に嫌な予感がして、ハルをかばうようにぎゅっと抱きしめる。
…苦しそうな声が聞こえたけど、気のせいだろう。
「渡しなさい」
「……はい…」
でも、このままあがいても仕方ないので渡すことにした。
悔しいけど、確かに私は限界だから。
「はぁい、確かにお預かりしまーす♪」
…あぁ、私は絶対に絶対に渡しちゃいけないひとに渡しちゃいけない人を渡してしまったのではないだろうか。
「ちょ、やっぱ返し―――」
て、と言おうとした瞬間、意識が暗闇に沈んでいくのを感じた。
(あー、無茶しすぎたぁ…)
思えば今日は、試合したりさらわれたり薬のまされたり殴られたりなじられたり、色々とハードな日だった。
倒れても仕方ないか、と思いつつも、
(ハルが、ハルの貞操が……!)
もし、今日ハルの貞操が奪われた日になったとしたら、私は一生この日の自分を許さないだろう。
そう思いつつ、私は意識を失った。