Ep23:約束
今回からクロア編です。初回から分かりやすいくらいクロア出ずっぱりです。
正ヒロインの意地を見せてもらいたいものですね。
…がんばります。
夢を見た。
俺はコッチに来たころのような年頃で、兄貴と手を繋いで歩いている風景が見えた。
覚えている。
この世界を橙で染めるような夕日。ばあちゃんの家から帰る途中に二人でよく見た。
『陽雪』
兄貴はいつも、優しく淡く、包むように微笑み俺の名を呼んだ。
傍目から見ても俺はずいぶんと可愛がられていたようだった。
だから、というわけでもないが、俺は兄貴が大好きだった。
一回り以上年の離れた兄貴は俺にとって、俺だけのヒーロー。
何でも出来た。
勉強も、運動も。女の子にだってよくもてていた。
母さんはそんな兄貴を愛していた。父さんはそんな兄貴を誇りに思っていた。
兄貴の周りの人間は、みんなみんな兄貴に魅かれていたのだ。
『陽雪』
兄貴はよく俺にいった。
『大事なものは、きちんと自分で守らなきゃいけない』
『自分にとって大事なものでも、他人にとっては屑かもしれない』
『だから、大事なものは自分で守らなきゃいけない』
『壊されないように、奪われないように』
『大事なものこそ、あっと言う間に目の前から消えうせる』
『守らないといけない。自分で。自分の手で』
幼い俺は、その言葉に何か意味があることは分かっていながら、それが何なのかは分からなかった。
ただ、そうつぶやく兄貴の瞳は、何時も何かを俺に訴えていた。
(なぁ、兄貴…)
今思い返せば、貴方が浮かべていた笑顔はどれも嘘だった。
それは、貴方が何かを大事なものを失ったからなのだろうか。
だとしたら、それは何だったのだろう。
誰が、何を、いつ、どうやって、貴方から奪ったのだろう。
『陽雪―――』
夢の中の兄貴が何か言った。
その声で、眼が覚めた。
「……………んー」
寝癖のついた頭を右手でかき回しながら、鏡を覗き込む。
ぐっと体を乗り出すと鏡の向こうの自分も近づいてきて、同じように俺の眼を見つめ返す。
「……なんか、変」
間近でみても、俺の眼には何の異変も無かった。
充血もしていないし黄疸の兆候もない。
ただ…そう。コンタクトをしたことのある人間(なんて、この世界にはほぼ居ないだろうが)なら分かるだろうが、あの特有のゴロゴロ感が、この間の戦闘から収まらないのだ。
今までこんなことは無かった。
ガイから授けられたこの特製カラコンは何がすごいって、その洗わなくていい永久性だ。
だから俺は一度だって入学してからコレを外したことはないし、乾燥して痛いーだなんてことはまったく無かった。
つまり導き出される結論は、
(……故障?)
ということになりそうだ。
思わずため息が漏れる。
入学したときはずっと先だと思っていた武闘祭も、気付けばもう目の前まで迫ってきている。
そしてそれが終われば前期終了。ひとまず家に帰れるだろうから、その時にでもガイに相談すればいいんだろうが…。
我慢できないわけではない。が、不快なことこの上ない。
「…」
イライラした気分のまま洗面所を出て、着替えを済ます。
そして胸の奥深くまで息を吸い込み、
「とっとと起きろこのアホンダラァァァァァ!!!」
叫びと共に、体重を乗せたエルボードロップに色々な鬱憤をこめて、よだれをたらして眠るククリの腹へと放った。
「―――では、これで今日の会議は終わりです。各自、渡された書類に目を通しておいて下さい」
委員長の言葉で、今日の武闘祭委員会は締めくくられた。
小さなため息をつき、グッと体を伸ばす。
「ん〜…」
すると隣に座っていたアリスがクスクス笑いながら、
「お疲れさまです、ハルくん」といった。
「ん、アリスもおつかれ。…あー、でも最近マジで忙しいな」
「仕方ないですよ。武闘祭も来週に迫ってますし、学校の規模が規模ですから。まだまだ詰めたり無いくらいじゃないですか?」
「まぁなぁ…」
ここのところ放課後は毎日委員会が開かれているが、仕事は山ほど残っている。
1年の俺らですらこの忙しさなのだから、最上級生のそれなど考えるのも億劫だ。
「ハルくん、生徒会のほうは大丈夫なんですか?」
「あぁ、武闘祭終わるまではコッチ優先しろって会長が。…終わったあとが怖いんだけどな…」
アリスと二人、寮へと廊下を歩きながら考える。
武闘祭が終わったら、半月もしないうちに前期が終わり、長期休暇に入る。
つまりそれまでに前期分と、後期に入ってすぐの仕事もある程度さばかなければならないわけで。
『…………恨む』
数日前、ククリと話していたオリビア先輩の恐ろしい目つきを思い出して身震いをする。
恨まれたって困るんだけどなぁ…しかし、少しはあの二人も仲良くなったみたいで喜ばしいことだ。
今後も俺は親友の恋路を生暖かい目で眺めておくこととしよう。
「あれ?クロアちゃん?」
と、思考にふけっていたところをアリスの声で現実世界に戻される。
第弐寮の入り口前に一人、ぽつねんと立つ少女の姿。
その周りにはいつ話しかけようか、誰が話しかけようかと牽制しあう男子の垣根が出来つつあった。
邪魔なので掻き分ける。
「あ、ハル…………と、アリス」
俺を見つけてパッと表情輝かせるクロア。…が、隣にアリスがいるのに気付いて苦々しい顔をする。
仲良くしろよ、まったく。
「今の間は何ですか、今の間は!」
アリスも不満げな声を上げる。
「別に他意はないって。少し……うん」
「うんって何ですか!?」
なんか今日はアリスが突っ込み頑張ってくれて助かるなぁ。とか思いながらも、このままじゃ話しが進まなそうなので口を挟むことにする。
「それで、俺になんか用か?お前からわざわざ会いに来るなんてめずらしい…」
「ん?え、と…うん。そうねー、珍しいかも」
「あぁ。……」
「………」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
「…………ん?用はないのか?」
「え、や、あるわよ!あるある!!すっごいある!!」
それなら早く言えばいいのに。
「やー…だからね?…そうだ!私、この間優勝したじゃない?豊農祭で!」
「ん?あぁ、そうだな」
「それでね、ここのところ二人っきりって無かったから、お祝いでどっか遊びにいかないかなぁー…って、ね?」
「二人で?」
「あ、お金は大丈夫よ!賞金で割りと貰ったから」
にっこりと八重歯を覗かせながら笑うクロア。
ランバルディア家はいわゆる金持ちだが、だからといってガイは子どもに金を自由に使わせるほど甘くは無いのだ。
学校に入ってから暮らしに困らない程度の小遣い以外の支給は無いので、確かに俺も自由に使える金が無いのは確かな話。
…が、今回の問題は其処ではないのだ。
「あー…行きたい、けど」
「え?」
「俺、武闘祭終わるまで割りと忙しくてさ」
「…あ、そう、だよね」
それをきいて、クロアがシュンとうつむいてしまう。
「だったら俺と行きませんかランバルディアさん!」
「いやいや、此処は俺が年上の懐深さで受け止めてあげるよ!」
「…というわけで僕がお供いたしましょう!!」
交渉が決裂したのを聞きつけて周りのハイエナが騒ぎ出す。
その中には先輩もいるわけだが…。
ゆっくりとそいつらと眼を合わせ、
(だ ま っ て ろ)
視線で脅す。
「「「ごめんなさい」」」
うん、分かればよろしい。幼馴染を護るためなら先輩とて相手にします。
「でもさ、武闘祭終われば大丈夫だから…そうだな、来週の休みにでも外出許可もらおうか?」
「え、本当?だ、だって忙しいんでしょう?疲れてるでしょう?」
「大丈夫だって。どうせ俺大した仕事しないし」
むしろ怖いのは休日返上での生徒会をサボらなければならないことだ。
『ん?休みたいの?いいわよー。今後の貴方の対応を一切アタシに任せるっていうならねー♪』
……………お、おおおお幼馴染のためなら会長に脅されるのも我慢します。しますとも。
「…いいの?」
心配そうに俺をクロアが見あげてくる。
…あー。本当に、弱弱しい犬っぽいクロアを見るたびに思うが、いつもこうだったらどれだけ俺の精神にいいか。
癒されるし、怪我は減るし。アリスだってそのほうがいいだろう。
(ま、ありえないけどな)
そう思い、苦笑しながらクロアの頭を撫でる。
「あぁ、構わないよ」
「あ、ありがとう!」
クロアは本当に嬉しそうに微笑んだ。
そうして、クロアと武闘祭が終わったら遊びに行くことが決定した。
クロアはぶんぶんと手を大きく振りながら魔法科へと帰っていく。
「クロアちゃん、元気になったみたいですね」
「うぉっ!?アリス?!!」
突然、となりにアリスが湧いて出てきた。
「いつのまに隣に…」
「ずっといましたけど?」
「本当に?なんか、今日はクロアいるのに喧嘩しないから、てっきり帰ったものかと思ってた」
「私だって空気くらい読めますよ!落ち込んで慰めにもらいに来てる女の子の邪魔なんて、できるわけないです」
「ていうか、クロアが元気になったって?アイツ、落ち込んでたかな?」
「え?だってクロアちゃん、あそこでハルくん待ってる間、ちょっと元気なさそうでしたよ?」
「そうだったか?」
「はい」
「…うーん…」
俺は気付かなかったが…こういうのは得てして女のほうが鋭いものだ。
それにアッチにいた頃から優奈には「女心が分かってない!」と評判だった俺だ。
アリスが言うのが正しいのだろう。
「でもまぁ、元気になったわけだし」
「まぁ、そうですね。私としてはすっごく不満なんですけどねー」
「…?なにが?」
「そういうところがです!」
そういってプイっと顔を背けてさっさと寮に帰っていくアリス。
「ん?」
…なんなんだ一体。ていうかそんな急いで帰るなら待ってないで帰ってればよかったのに。
(女心は難しいなぁ…)
つくづくそう感じながら、俺も部屋に帰ることにする。
「あ、ハル。オリビア先輩が『来週委員会サボったら殺す』って言ってたっス!!」
俺、来週死にます。