Ep14:新入
生徒会に入ってから長いこと放置していましたが、ようやく顔合わせです。
キャラがそれぞれ立つ前に色々出てきてしまいましたが、コレくらいでしばらくは落ち着く…かな?
――学校が楽しい。
俺はコッチの世界の、エイファン學園に来て初めてそう感じた。
アッチでは学校がどうとかじゃなくて、毎日が苦痛だったから。
友達と呼べる存在もいたが、誰も俺の心のうちなんてしらなかったし、浮かべている笑顔が本物であるかも気にしていなかっただろう。
家に帰れば、永遠に帰らない兄貴を母さんが待っていて。
どうしようもない現実を前に、何も出来ない自分が日に日に嫌いになっていって。
だから、学校が楽しい、だなんて思う暇がなかったけど。
エイファン學園に来てから、自室ではククリと喧嘩したり、教室では偉そうに命令してくるリオールと喧嘩したり、何気ないアリスの一言に落ち込んだり色々あるが、その「色々」が楽しいのだと、分かるようになった。
リオールとの勝負から一週間。
最初は色々と身辺が派手な俺を伺うような視線が絶えなかったが、一週間も経つとみんな次第に興味が薄れ、俺もようやくクラスに馴染めるようになった。
今は六時限目の武術訓練が終わったばかり。
男子更衣室のドアを開けると、「おつかれー」やら「ハル、ありがとな!」などと声をかけられ、それに適当に返事を返す。
「くっ…なぜ、君のように教養の欠片もない男にこう何度も負けるんだ…!」
隣で着替えながらブツブツ文句を言っているリオール。
さっきの感謝と、リオールの不機嫌な理由は同じ。
俺とリオールの賭け試合の結果、だ。
「いつまでもブツブツ言うなよ。こないだはお前が勝っただろ?」
「だが今日ので12戦4勝7敗1引き分けだ、完全に負け越している!」
「悔しいなら勝てよ、俺が悪いわけじゃない」
「…ふんっ!」
そっぽを向き着替え始めるリオール。
大人ぶった態度を取るが、コイツもまだまだ子どもだな。
「リオはまだいいっス!俺なんか全敗っスよ!?納得いかないっス!!」
リオールとは逆隣でククリが騒ぐ。
「お前の場合もう言うことがない。そもそも二刀使いでリーチの短い俺に対して、射程の長い槍のお前が近接戦闘挑んでくる時点で問題外」
体育着のハーフパンツを脱ぎ、制服のズボンを履く。
「君と僕を一緒にするな、君の場合は完全に否は君にある」
リオールも自分の着替えを進めながら、ククリに一瞥もくれることなく切り捨てる。
「うなっ!?」
「それに、お前は一番大切なものを忘れているよ」
「な、なんスか?」
ちらりとリオールを見る。
リオールも俺を見ていた。
アイコンタクトでタイミングを合わせ、二人同時に言葉を発する。
「「そもそも、根本的にお前(君)弱すぎ」」
ピタリとククリの動きが止まる。
かと思えば、小刻みにプルプルと震え始める。
「う…」
「う?」
うつむくククリを覗き込むと、涙目で俺を見上げ、
「うにゃぁぁぁぁーーーーーーーー!!!っスぅぅぅーーーー!!!!」
そして謎の言葉を叫んで更衣室から飛び出していった。
「…なんなんだ、アイツ」
「さぁ。余りの現実の重さに耐え切れなくなっただけじゃないのか」
「なるほど」
納得したところで、着替えを再開する。
さっさと着替えて部屋に帰らないと、俺の私物にククリが何をしでかすか分かったものじゃない。
こないなククリを起こさないで朝食を食べに行ったら、私服を全部裏返しにされていた。
よくもまぁ、あんな地味で手間のかかる悪戯をするもんだとヘッドロックをかけながら思った。
「おい、僕は委員の集まりがあるから、もう行くぞ」
ネクタイを閉め終わったリオールが、荷物を肩に担ぎながら俺に言う。
「ん?おぉ」
シャツを脱ぎながら返事をする。
「結構、忙しいんだな、学級委員」
「まぁな。1年だけで20組あるんだ、相互連絡を密に行うにこしたことはないさ」
「そっか。他の委員ってどんな感じなんだ?」
「あぁ、それが委員長のマルデラ先輩がすばらしい方でな、君たちと一緒に居て忘れかけていた上品な会話を提供してくださるんだ」
「…喧嘩売ってるなら買うぞ?」
「別にそんなつもりはない。あ、それと、エリオット君がなかなか優秀でな」
「エリオットさん?あぁ、そっか。女子の学級委員って、エリオットさんか」
頭の中で、柔らかいパーマのかかったほんわか金髪少女を思い浮かべる。
我の強いリオールによくあわせてくれている、心が中央大陸並みに広いよく出来た娘さんだ。
「彼女とならまぁ、うまくやれそうだ」
「そうだな。エリオットさんが見事なまでに大人だからな。もう俺はエリオットさんに頭が上がらないよ」
「…どういう意味だ?」
「別に?俺はお前が恐ろしいまでに子どもだなんて思って……ん?」
「おい、それは思っているといっているようなものだろう!なんだ、君こそ喧嘩を売っているつもりなのか!?」
「ちょっと待て」
噛み付いてくるリオールを手で制して、耳を澄ます。
ドアの向こう側…廊下のほうから、何か騒がしい女子の声が聞こえる。
「…アリスの声が聞こえないか?」
「リーンの?別に聞えな…いや、聞えるな。珍しく大声張り上げてる」
「だよな」
聞えてくる女子の声は、間違いなくアリスの声だ。
『止まって下さい!』だの、『お願いですから!あぁ、胃がぁ…!!』だの。
…どっかで聞いたことのある台詞だなぁ。
「…ん?リーンだけじゃない、エリオット君の声も聞こえるな」
「え?」
「ほら、今『困りますぅ、ヴォルガノくんに怒られちゃいますぅ!』って叫んだの…僕に怒られる?」
「あぁ、たしかにエリオットさんの声……二人で何してるんだ?」
二人のクラスメートの声は徐々に近づいてきている。
男子更衣室の先には特にコレといった施設はないはずだが。
「あの二人、仲良かったっけ?」
「さぁ…そんなイメージは特になかったが」
「だよなぁ…」
とりあえず着替えを済まそうと、脱ぎ途中の体操着をおき、シャツを手に取る。
「じゃあどうしてこんなところまで二人で――」
『姉様、止まって下さい!』『リーン先輩、お願いしますぅ!!』
すぐ外で、声が聞こえた。
「………あね、様?」
「って、まさか」
リオールがそうつぶやいた、そのとき。
「はぁーい♪お久しぶりね黒猫ちゃ――――」
二人の少女を腰にぶら下げた女性が男子更衣室の扉を開けた。
無論、俺は半裸状態のまま。
「え、きゃぁっ!」
アリスが顔を赤らめて小さく叫ぶ。
「あ、ヴォルガノくん!ごめんなさいぃ!!」
リオールを見つけたエリオットさんが涙目で謝る。
そして笑顔で扉を開けた女性―――会長は、数瞬の間をあけて、叫ぶ。
「きゃぁぁぁーーー!!」
「いや、違っ、これは!」
慌ててシャツを羽織るが、時既に遅し。
「黒猫ちゃんの生着替えぇぇぇーーーーーーーー♪」
それこそ猫のような俊敏さで飛び掛ってくる会長。
「り、りお、「すまない」…」
助けを求めて縋った友は、ノータイムでソレを断り安全圏へ。
そして俺は潔く……
「っていやだぁぁぁぁーーー!!」
「おおおおおおお持ち帰りぃぃぃぃぃーーーーーー!!!!」
どこかで聞いたような台詞を会長が叫んだ。
「はい、てことで、この子がみんなの新しいお友達の黒猫ちゃんこと、ハル=アルエルドくんでーす♪」
「しくしくしく…」
生徒会本部。長机を取り囲む椅子のうち、会長の隣の席に座りながら涙に暮れる。
あぁ、俺もうお婿にいけない…。
「…なんか、彼、ないてるけど…」
会長の向かい側に座る眼鏡の先輩が顔を引きつらせながら言う。
「うれし涙よ♪」
んなわけあるか。
「そんなわけないですよ…あぁ、きっと会長に酷い目に合わされたんだ…」
俺に同調するように、眼鏡の先輩の隣(俺から向かって右隣)に座っているオレンジの髪をサイドでまとめた猫目の少女が哀れんだ目で俺を見る。
「しかも黒猫ちゃんって…すごく、親近感」
「エミリ先輩、いつもあんな感じです」
「だからか!」
そのサイドテールの少女に、眼鏡の先輩の左隣に座る黒髪の(俺以外に始めてみたかも)おかっぱ少女が手に持った文庫本のページをめくりながら突っ込みを入れる。
…なんだか、個性あふれる面子ですね。
「これが、我が生徒会のメンバーね。あと二人ほど居るんだけど…ま、ちょっと諸事情によりしばらくお休みしてるの」
隣を見ると、会長が俺を見て微笑んでいた。
「どう?こんな感じで私の目標とは程遠い、女の割合が高くてかなり残念な感じだけど」
「ちょ、会長が無理やり引き込んだくせに!!」
「……いつだってやめてやりますけど、こんなところ……」
「アリア…お前、相変わらず横暴だな…」
他のメンバーが口々に文句を言う。
「…なんだか、とりあえず、仲はいいんですかね?」
尋ねると、会長が自信満々に胸を張って言う。
「あったりまえよ!なんてったってアタシが会長ですからね♪」
「だからどうにもまとまりに欠けるんだけど…そろそろ、自己紹介していい?」
眼鏡の人が会長に尋ねる。
「…アタシに意見するなんて、100年早いと思うんだけど、マルデラ副会長?」
「ごめんなさい」
会長の一睨みで謝ってしまった。
「…えっと」
「あ、ん、ゴホン」
俺の視線に気付いて、ちょっと恥ずかしそうに咳払いをする。
「俺の名前はライナス=マルデラ。8年で、第四寮の寮長をやっている。生徒会副会長。よろしく」
「あ、よろしくお願いします」
机越しに差し出された手を握り返す。
「じゃあ次、ファミール」
「はい!」
眼鏡の人…改め、マルデラ副会長に声をかけられて、右隣の少女が元気に立ち上がる。
「私の名前はエミリ=ファミール!3年16組で、マルデラ先輩と同じ第四寮ね!!まぁ、気軽にファミール先輩って呼んでもいい
「なにを偉そうに、エミリ先輩の癖に……」……うん、エミリ、でいいわ…」
途中まで意気揚々と自己紹介していた彼女だったが、おかっぱ少女の鋭い一言に、一気にテンションを落として、おとなしく席に座る。
なんつうか、すごい力関係が分かりやすいなぁ、この人たち。
おかっぱ少女を見ると、目が合った。
「………オリビア=シャーローン。2年。よろしく」
それだけ言うと、また文庫本に視線を戻す。
「それで、君の自己紹介をしてもらってもいいかな?」
「あ、はい!」
マルデラ先輩に促され、自己紹介をする。
「この度、新しく生徒会に入部することとなりました、ハル=アルエルドです。
1年7組、16番。第弐寮所属です。よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「うん、よろしく。いやぁ、男一人って肩身狭かったから、よかったよぉ」
「あら、ニコル君がいるじゃない?」
「………あれは、いいんだ」
「でもホント、会長の入学式の挨拶見たときは絶対新入生入ってくれないだろうなぁ、って覚悟してたから、うれしいよ!」
「…あれで入るんだから、そうとう変わり者…」
「あ、あははは」
思わず苦笑いを浮かべる。
自分だってそう思う。あんな変な挨拶されて、大人しく入ってやろうなんて思うヤツはそうそういないだろう。
「まぁ、なんていうのか…やれることは全部やろうって、決めてるんで」
なんせ二回目の学生生活だ。
後悔とか反省とか、もう既に済ませているのだ。
「あら、いい心がけ。…んー、やっぱり苛めたくなる顔してるなぁ♪」
「え゛、ちょ、会長?」
「なぁに?」
隣から俺に向かって身を乗り出してくる会長。
「あの、ほっぺ撫で回すの、やめてもらえません?」
「会長権限でお断りでーす♪」
「…あ、あの、マルデラ先輩!?」
「お、おぅ!」
言いたいことが分かったのか、先輩が立ち上がり会長を指差して叫ぶ。
「あああああああ、アリア!い、今すぐ俺の可愛い後輩に対するセクシュアルハラスメント行為をやめなさい!!」
(おぉ!男気!!)
「るっさいわよライナス、黙って座ってうつむいてなさい」
「い、いや、今日ばっかりは俺だって…」
「エミリ?」
「はいぃ!?」
会長が笑顔でファミール先輩を見る。
「やること、わかってるわね?」
「え、えぅぅ…」
涙目の先輩。
「ふぁ、ファミール先輩!?」
「は、ハル君…あのね、そのね…?」
「エミリ、押さえて」
「は、はぃぃ!!ハル君ごめんねぇ!!!」
「あ、ちょ、ファミール!やめ、俺は可愛い後輩の貞操の危機を…!!」
ファミール先輩がマルデラ先輩を後ろから羽交い絞めにする。
念のため、シャーローン先輩を見る。
「…」
うん。さっきと変わらない体勢で本を読んでいる。
助けてくれる気配は皆無だ。
「っと。邪魔者の排除は終了。それじゃ、はじめようか?」
「か、会議をですか!?」
「うぅん、違うわよ」
くすりと、会長が笑って俺の鼻先を人差し指でつつく。
「し・ん・ぼ・く・か・い!」
「あ、あはははは…」
「うふふふふふ♪」
どんな風にどんな親睦を深めるのかなんて、俺には分からなかった。