Ep12:友敵
サブタイトルは「ライバル」と呼んでください。
漢字二字で統一しようとした過去の自分が憎いです。
まだ殆どの生徒が寝ているであろう時刻、寮の中庭で模造刀を振るう。
「256、257、258…っ!」
この地域の長い夏はまだ終わりそうにもなく、暑く湿った空気は重くからだに纏わりついた。
「ククリ、ククリ、起きろ!」
汗を流した後、未だに寝ているククリを起こす。
家に居たときはメイカさんかクロアに起こされていた俺だというのに、学校に来てからはすっかり逆の立場だ。
(コッチの方が平和でいいけど)
「う、うぅ…?」
ククリが薄目をあけ、俺を見る。
「おはよう、朝だぞ」
「…あ、あれ?」
「どうした?」
豆喰らったガルーみたいな顔して。
「俺、寝てたっスか?」
体を起こしながらククリが尋ねてくる。
「おぉ、そりゃもうグッスリと」
「俺昨日、部屋に帰ってきて、荷物整理してて、ハルがなんか潰れたガルーみたいな不細工な顔で帰ってきて、」
「無礼な奴だな」
友達になんてこと言うんだ。
「そのあと、夕飯たべたんスよね?」
「あぁ。昨日はカイナ魚のフェアリーフ香り付け蒸しがうまかったな」
「そうっス。それで俺はハルからデザートを盗み取って」
「あ、忘れてた!!」
「部屋帰ってきて、荷物の片付けの続きして……」
「お前、今日は絶対何もやらないからな!」
「…ハル」
「なんだ!!」
ククリが俺の顔を見る。
「そのあと、何があったっスか?なんかとてつもなく恐ろしい目にあった気がするんスけど…」
「……」
…まぁ、マジ切れしたクロアの笑顔は半泣きものだからな。
だか都合よく昨晩のクロアに襲撃を受けた記憶はとんでいるようだ。
ここは幼なじみとして、クロアの名誉を守らなければ。
「あのな、ククリ。あれ、天井の電気壊れてるだろ?」
「あ、ホントっス」
「あれな、お前が壊したんだ」
「ふぇ?」
キョトンとするククリ。
当たり前だな。嘘だし。
「昨日お前は片づけを終えた後、何が楽しいのか二段ベッドの上で飛び跳ね始めた」
「そ、そんなことしないっス!!」
「してたんだから仕方ない。それからお前はあるときバランスを崩し…」
「崩し!?」
「電球に頭から突っ込んで気絶」
「嘘っス!!!???」
ホントはクロアが魔法でぶち壊したんだけど。
「きっとその衝撃で記憶が飛んだんだなぁ…」
ホントはクロアの魔法でやられた所為だけど。
ポン、とククリの肩に手をおき、
「ククリ」
「な、なんスか?」
満面の笑みで言う。
「今日の夕飯のデザートで許してやる」
「………わ、分かったっス………」
うなだれるククリ。
(ミッション・コンプリート…!)
クロアの名誉も守れたし俺の仕返しも出来た。
うん。今日は良い日になりそうだ。
朝のHRの時間、いつも通り遅刻してきた我らが担任、サリナ先生が言った。
「今日の六時限目のLHRで委員決めするからなー」
委員。
保険委員だとか、風紀委員だとか、学級委員だか、そういうの。
「ま、それまでに各々候補あげておくようになー」
教室にきて三分。五分遅刻してきた先生はあっと言う間に教室から出て行った。
適当すぎる…。
「ハルー」
左斜め前の席からククリがコッチへきた。
「ハル、何入るっスか?」
「俺は…」
アッチの世界居たときはなるべく楽しようと思って保険委員とか美化委員とか図書委員をやっていた。
でも俺はコッチに来てから変わると決めた。
まずは、こういう小さなことからだ。
「そうだな…」
どうせならやりがいがあるヤツ、目に見えて結果がでるやつがいい。
「あの、ハルくん」
「ん?」
アリスが振り返って俺らの会話に混ざる。
「武闘祭委員、一緒にやりませんか?」
「武闘祭って確か…あれだよな、寮同士でやる武術大会だよな?」
アッチの世界で言う体育祭だ。
「はい。私、やりたいんですけど、あれって男女一人ずつクラスで出すらしくて……それなら、ハルくんがいいなって」
「え…」
はにかむアリス。
あれ、そういうこと?
フラグ立てちゃった俺?
「あ、アリ
「なんかハルくんって、幸薄そうなところに親近感感じるの」…ですよねー」
昨日に引き続き、切なすぎるぜ俺。
「ま、まぁ、構わないよ。特にやりたいのも無いし」
「本当ですか!」
喜ぶアリス。
選ばれた理由はなんであれ、頼りにされたのだから断れない。
「てことだから、俺は武闘祭委員に…なんだその顔は」
ククリに視線を戻すとえらい顔していた。
「…ハルってやっぱ、女た、らぁぁぁーーっっっ!!??」
「お?」
「あ、倒れた」
何を言おうとしたのか知らないが(いや、大体は分かるけど、ムカツクから聞かない)、言葉の途中で突然背中から床に倒れこむククリ。
「…で、えぇっと……」
その後ろから現れたのは、知らない男子。派手な赤髪が目に痛い。
「僕の名前はリオール=ヴォルガノ!まぁ、知っているとは思うが」
「いや、悪いけど知らない」
自慢じゃないが名前と顔を覚えるのは苦手だ。ましてや一言も話したことのないようなヤツ、覚えて置けるようなキャパシティはない。
「なっ…」
しかし、そのことがいたく気に障ったのか、ヴォルガノとやらは不機嫌そうに顔をゆがめる。
「入学式で新入生代表で挨拶しただろう!?」
「あー…悪い。俺、ちょっとそれどころじゃなかったから」
さらし者の刑受けた直後で、人様の話なんか右から左だった。あのあとの記憶は正直薄い。
「だ、だが、ヴォルガノ大佐くらい知っているだろう!?」
「…すまない」
「なにぃっ!?」
オーバーなリアクションで驚くヴォルガノ。いちいちうるさいな、コイツ。
「あ…えっと、海戦部隊の、ヴォルガノ大佐の息子さん…ですか?」
俺の後ろからアリスが顔を出す。
「知り合いか?」
尋ねると「ちょっと、パーティーで」と僅かに嫌そうな顔をしながらアリスが言う。
(苦手なんだな)
まぁ、気の弱いアリスがいかにも苦手そうなタイプだが。
「おぉ!君はアルセリス=リーン!」
「は、はい、お久しぶり…です」
ヴォルガノの大声におびえたように俺の後ろに隠れるアリス。
「私、苦手なんです」と俺にだけ聞えるようにささやく。やっぱりな。
「やっと話がわかる人が出たな!この男も、其処に倒れている男も、いかにも教養のなさそうな顔をしていて困っていたんだよ!!」
あ、そういえばククリのこと忘れてた。
「ククリ、生きてるか?」
「…生きてるっスけど……腹で茶が湧けそうっス……」
床に伏せたままのククリが言う。相当怒りをためていらっしゃる様子だ。
「あーえっと、ヴォルガノ…くん?用事があるみたいだけど、その前にとりあえずククリに謝ってもらえ
「だってどう考えても父上を知らないなんておかしいだろう?軍学校生徒として常識だ。『緋色の鮫』と名高いかのヴォルガノ大佐だぞ?」…こんにゃろ…」
お前の父親がどんだけ偉いか知らんが、とにかく俺は今、腹が立っている。
(ていうかガイの方が全然偉いし!!)
言わないけど、言いたい。けど言わない。
子供同士の喧嘩で親の名前出すほど、ガキじゃないし。
「…ヴォルガノ」
もう「くん」なんてつけてやらない。
「そうだ、それとリーンくんに話があって「ヴォルガノ!」…なんだ、不躾なヤツだな」
じろりとその釣り目で俺を睨みつけるヴォルガノ。
「それはお前だ。ククリのことはっ倒してまで言いたかった用件て、なんなんだよ」
俺がそう言うと、「おっと忘れていた」とオーバーリアクション気味に指を鳴らすヴォルガノ。
あぁ、いちいち腹が立つ。
「そうだ、君に言いたいことがあったんだ」
「だからさっさと言えっつーの」
「君」
「だぁっ!いちいち指差すな!!」
「なぜ君が生徒会に参加できて、僕ができないのか説明してもらおう」
「…は?」
ぽかんと口を開ける。
振り返ると、アリスも目を瞬かせて驚き顔だ。
「そりゃ…アレだよ。お前だって入学式のこっぱずかしいアレは、見てただろ」
「アレが理由か?だとしたらお笑い種だな」
「なに…?」
俺がアレでどれだけ恥をかいたか、知らないくせに。
「僕は今朝、生徒会長の…そう、リーンくんの姉上にあってきた」
「朝から?」
「朝1だ」
(うざっ!)
「そして君が昨日正式に生徒会に入ったのを聞いた。それが今年唯一の加入だということもな」
「…まぁ、な」
可愛がったら面白そうだから、などという理由だといったらどう思うんだろう、コイツ…。
「無論、君程度が入れるのなら、僕にも入る権利があると主張したんだが…」
「だが?」
もう「程度」とかそう言う単語には突っ込まないことにする。突っ込んでたら血管がすごい勢いで切れていく気がするから。
「……まぁ、断られたわけだ」
「なんて?」
「き、君には関係のないことだ!!」
突然、顔を真っ赤にして怒鳴るヴォルガノ。
(「きっと、『アンタ、可愛くないから嫌。それに煩いしウザイ。キャラかぶってんのよ、眼鏡と』とか言われたんですよ」)
後ろでぼそりとアリスがつぶやく。
一部分からない単語もあったが、あぁ確かに言いそうだな、と思わせる説得力がアリスの疲れた声色にはあった。
「…まぁ、いいや。それで、結局用件はなに?」
「君は風情のない男だな。用件、用件と。本当に教養の欠片もない」
「…それは、どうも、すいませんでしたねぇ……」
なぐりたい あぁなぐりたい なぐりたい(5 7 5)
「まぁいい。それで、だ。とにかく僕は生徒会には入れないらしい。だが、君に僕が劣っているとは到底断じて決して思えない。だから、君に勝負を申し込もうと思う」
「勝負?」
なんだかめんどくさいことになってきた。
「なんだかめんどくさいことになってきましたね」
「そっスね。だけどハルがかわいそうなことになるのは面白いから良いっス」
「そうなの?」
「そうっス」
「ふーん…」
後ろで復活したククリとアリスが不穏な会話をしている。
また、拷問技をかけられたいのだろうか…。
「で、勝負って?」
「まぁ、僕なりにいろいろ考えた。きっと君のことだ、君もクラスのリーダーたる学級委員の座を狙っていることと思う」
「………え、いやいやいや!」
君のことだとか、学級委員狙っているだろうとか、俺の何を知っているというのだろうか。
俺は君の事、何も知りませんけど。
「俺、アリスと一緒に武闘祭実行委員やるから、別に…」
「明日、体力測定があるだろう」
「聞けよ!」
「その成績で、どちらが学級委員になるか、決めようじゃないか」
「だから俺は」
「いいか!僕は同じ相手に二度は負けない!!覚悟しておけ!!!」
そしてそのままヴォルガノは背を向けて去っていく。
「いや、ちょっと待て、俺は…むぐ!」
突然、背後から誰かに口をふさがれる。
「むむむ!!(ククリ!!)」
振り返らなくたって、誰かくらい分かる。
「いやいやいや、止めちゃダメっス。すごい面白そうなのに、こんなの逃す手はないっス」
「で、でも、ハルくんが学級委員になっちゃったら…」
「二個やればいいっス。なんでも頑張るっていきまいてたんだから、ソレくらいできるっス。
だめだったら俺が付き合うっス」
「そっか。なら大丈夫ですね」
「……っだいじょうぶなわけあるかぁっ!!」
ククリの手を振り払い、振り返る。
案の定ニヤニヤしたククリが其処にいた。
「あぁ、ハル…!」
「なんだこの馬鹿野郎!!!」
にこりと微笑むククリ。
黙って笑えば可愛い顔してるのに、出会ってから今までまともな笑顔を見たことほとんどない気がする。
「俺、ハルと友達になれて本当によかったっス!」
「あ、それ私も思ってました!」
アリスも挙手する。
「何で…?」
「こんなに愉快な友達、そうそういないっス!!!」
「こんなに幸薄が共感できる人、そうそういないです!!!」
「…そっか」
「「うん!!」」
「………うん」
優奈へ。元気にしていますか?
なんだか、俺、すごく疲れたよ―――――。