Ep10:妹様
生徒会長によるビックリ入学式の後。
ニヤニヤ笑うククリを伴い、俺は自分のクラスへとやってきた。
「お前、いい加減に笑うのやめろよ」
「笑ってないっス。地顔っス」
それが地顔なら確実に変態だ。
「ったく…」
今日は朝からろくなことがない。
朝はククリ起こすのに一苦労だし、朝食のときは隣でずっとククリがソーセージ狙ってくるし、入学式では訳わかんらん強制イベント発生するし、隣でずっとククリが笑ってくるし…。
「…4分の3、お前が関わってるってどういうことだ」
「ふぇ?」
とぼけた顔で俺を見上げるククリ。
「なんでもない。ほら、教室入るぞ」
目の前にある教室のプレートを見る。7組…うん、あってるな。
俺はドアの取っ手に手をかけ、横にスライドさせる。
「あ、ちょっと待っ…!」
ガラリ、と思ったより大きな音をたてた所為か、すでに教室にいたクラスメートが談笑をやめてこっちを見る。
「わちゃ〜…どうしてそんなに無防備にあけるっスか…。もうちょっと警戒したほうがいいっス」
「は?なんでだ?」
あきれたような顔をするククリに尋ねると、
「あ、さっきの人だ」
教室のどこからかそんな声が上がった。
「さっきの…?」
そこでハッと気づく。
(さっきのって、入学式のか!!)
そりゃ、あんだけライトアップされれば顔も割れるか。
(うぁ、ハズイ!死ぬ!!なんで入学早々こんなに目立ってるんだ俺!!!)
何もしてないのに、早速クラスから浮いてしまった。
みんな、近くのやつらとゴソゴソ小声で話し始める。目線はばっちり俺に残したまま。
「く、ククリぃ…」
「大丈夫っス。俺はハルの味方っス。どんなにハルがクラスから浮いたって、どんと受け止めてやるっス!!」
「く、ククリ…」
クラスから浮くのを前提に話を進めないでほしい。俺だって馴染みたい。
「と、とりあえず、どっか座るか」
「そっスね。今日はとりあえず出席番号順っぽいス…、お、案外近いっス」
「お前何番だっけ?」
「16っス」
確か俺は、12番だったか。
席は6人1列だから…確かに、列をはさんではす向かいにククリが来ることになる。
教室の壁にかかった時計をみると、そろそろ先生が来るであろう時間に差し掛かっていた。
「それじゃ、またあとで」
「わかったっス」
そして俺たちはお互いの席へと座ることにした。
「…おっそいな…」
もうすぐ来るだろう。そう思っていた先生は、なかなか姿を現さなかった。
「暇だし…視線はうざいし…孤独だし……」
横目であたりの様子をうかがう。
あぁーまだ俺のこと見てるよー。
俺そんな面白くないって。つまらない男ですって。見てたって君たちが得することなんて…。
(あ)
ある可能性が頭をよぎる。
(コンタクト、外れてないよな?)
ガイからもらった特注の魔力でできたカラコン。あまりにフィット感がよくて、つけているのかいないのかわからない。
昨日もらったときからつけっぱなしで、朝顔洗った時にはちゃんとついてたけど…。
「おい、ククリ、ククリ!」
鏡を持っていないか聞こうと声をかけるが、隣の男子と話しているククリは気づく様子がなさそうだ。
ていうか、男が普通鏡持ち歩かないか。
「…あの、ちょっといいかな?」
仕方ないので、前に座っている藍色の髪の少女に声をかける。
「ふやぁ!」
「っ!?」
俺が声をかけたとたん、その少女は弾けるように身を翻す。
「あ、お、驚かせ、ちゃった?」
「ぃ、いえぇ!?」
否定なのか疑問なのかわかんない。
が、とりあえずこの子が異常に俺に対しておびえているのはわかる。
(…手まで震わせて…俺、そんなに怖いか?)
確かに俺の三白眼はあまり柄が良いとは言い切れないが、そんなに怖がられるほどのものでもないと思うのだが…。
「驚かせたなら、その、ごめん。ちょっと聞きたいことがあって」
「きき、聞きたいことですかっ?!!」
「う、うん。あの、鏡…持ってたりするかな?」
「か、かが、鏡…も、もも、持ってます、けど」
少女は細かく震える両手を胸の前で握って、目をきょどきょどと動かしながら答える。
…な、なんだか、すごい悪いことしてる気分だな。
「あの、それじゃあ、いやじゃなければ、その、一瞬貸してもらいたいんだけど…」
「えっ?!」
「あ、ホントに嫌じゃなければ、だから、断ってもらって全然かまわないんだけど!!」
「あああ、あの、その、どうぞ!!」
あわてて少女がカバンの中から手鏡を出す。
可愛らしいデザインのそれを受け取り、「ありがとう」と言ってから覗き込む。
(…うん。別に、目に異常はないな)
ちゃんと両目ともコンタクトは付いている。
この様子なら、寝たり走ったり程度の日常生活での動きくらいじゃ取れないと判断していいだろう。
「うん、ありがとう」
「いえ、そんな、ぜぜ、ぜんぜん!こちらこそ!!」
「…?」
こちらこそ、って何だ。
よくわからないまま、少女に手鏡を返す。
「ホントに助かったよ。俺は…まぁ、知ってるかもしれないけど、ハル=アルエルドっていいます。よかったら君の名前も教えてもらえるかな?」
「な、名前ですか?!…あ、あの……アルセリス=…リーンと、いい………ます…」
「そっか。リーンさん………ん?」
「う…」
リーン?
どっかで聞いた気がするきけど…。
「んん?」
「うぅ………」
なぜか気まずそうに顔をうつむけるリーンさん。
「…ねぇ、俺らって、どっかであったことあるっけ?」
「あの、その……」
「あ、俺が思い出せないだけだったらごめんね?でも、俺同年代の子と会う機会なんてなかったはずなんだけど…」
「そうじゃなくて………」
「うーん…でも、どこかで聞き覚えが………」
うつむける彼女を覗き込み、顔をみるが、わからない。
「ねぇ、リーンさん」
思い出せそうもないので、観念して声をかける。
その瞬間。
「ごめんなさいぃぃぃぃぃーーーーーーーー!!!!!!」
リーンさんが、爆発するように叫び声をあげた。
「うわっ!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!本当に、未来永劫世界の果てまでごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
勢いよく立ちあがったリーンさんは、その勢いのままべったりと見事な土下座を俺にかます。
…って。
「ど、土下座ぁっ!?」
人生初の生土下座だ。
「え、ちょ、リーンさん!?ど、土下座とか、え、何で!?」
「ごめんなさぃぃぃ!本当に、本当に、ごめんなさぃぃぃぃ!!!!」
「いやいやいや!謝るのとかいいから!ていうかなんで謝られてんの俺!?は?!!と、とりあえず頭をあげよう!というか土下座をやめよう俺のために!!俺の精神衛生上よろしくない!!!」
しゃがみ込み、俺に土下座し続けるリーンさんの腕を掴んで立ち上がらせようとするが、
「いえいえいえ!私には貴方に頭を下げなければならない理由があるんです!!謝らせてください!!それこそ私の精神衛生上よろしくないんで!!!」
と、かたくなに頭を上げない。
「いや、それ迷惑!!今俺が周りからどんな目で見られてるか知らないでしょ!?」
それは冷たく暗く、いたぁーい視線が注がれているんだよぉー。
そりゃそうだ。こんな美少女に土下座させてるんだから。とは思うが、実際浴びると、とんでもなくキツイ。
ていうか、ククリ。
テメェ笑い転げていられるのも今のうちと思え。部屋に帰ったらガイ直伝の拷問技で地獄の底まで反省させてやる。
「というより、本当になんで謝ってるの、リーンさん?!」
「それは、それはぁ……」
リーンさんが、顔を上げる。
その藍色の瞳には涙が滲み、眉は八の字になって、本当に今にも泣き出しそうなくらい申し訳ない顔をしていて。
(あ、)
今まさに、ぽろりと一粒の涙がほおを伝って床に落ちた。
リーンさんはそれを隠すようにまた顔をうつむけて、
「うちの姉が大変失礼をいたしましたぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」
…と、叫んだ。
(……姉?)
姉って、誰だ?
(…ん?)
そこでふと、思い出す。
『−−生徒会長である私、アルフィリア=リーンが代わってご挨拶させていただきます――』
『アルフィリア=リーンが――』
「リーン?」
目の前で頭を下げている少女をみる。
「……妹?」
アルセリス=リーン。
エイファン學園生徒会会長。その人の、妹様が、ここにいた。