Ep8:入寮
なかなか話が進まなくて申し訳ないです。
次回は何人か新キャラが出てくる予定です。お楽しみ(?)に!
三体のガルーが引く馬車の中。心地よい揺れにうとうとしていたところ、ガイの声が聞こえた。
「起きろ、ハル」
「んー?」
目をこすり、ガイを見る。
「着いたぞ。ここが軍人養成機関、国立エイファン第弐學園だ」
扉についた小窓のカーテンを勢いよくあける。
「うわぁ〜!」
左隣に座っていたクロアが俺を押しのけ、身を乗り出すように窓の外を見る。
「おっきー!」
クロアのいう通り、そこにある建造物はあり得ないほど大きかった。
まず、これからくぐろうという門自体、馬鹿みたいにでかい。
そこからのびる長ーい道路。その先にあるのは校舎なのだろうが…うん。アッチの世界の学校と比べない方がいいな。
ガイのうちも相当でかいと思ってたけど、やっぱり国の力たる軍の未来を形作る機関ともなれば、その規模も計り知れない。
「厳しい試験さえ乗り越えれば一般人からの入学も許可されているとはいえ、ここに入れるのは未来の指導者となることを想定されている者だけだ。自ずと軍関係者の関係者の割合が高くなるし、ここに入るのは一種のステータスだからな。貴族連中が家柄に箔を付けるために子供を入学させることも少なくない」
一息にそう言うと、ガイは小さくため息をついた。
「…じゃあ、それで軍人や貴族が張り合って、学校に寄付し合ってこんなでかい学校になってる…とか?」
だからガイはそんな嫌そうな顔でそのことを語っているのだろうか。
もしそうなら、確かにガイが嫌いそうなことではあるが…。
「いや、さすがにそれはないさ。腐っても国立だ、国から金はいくらでも出る。ただ、どうしても其れなりの外面になるというだけの話だ。それに、この大きさだって必要最低限…とは言わないが、八学年・総生徒数5000人を超えるのだから、この程度の箱は必要だろう」
「5、5000人!?」
ということは、1学年500人以上いることになる。…アッチの高校とは大違いだ。
「入学希望者はその10倍は居るだろうな」
驚く俺をよそに、ガイは悠然と髭をなでながらこともなげに言う。
「10倍!!?」
「あぁ。まぁ、世界最大の大陸である中央大陸をおさめるアルノード帝国の中で、たった一つの国立軍人育成機関だ。他のまがいものとは格式も、規模もレベルも何もかもが違う。国中から入りたいと希望するヤツがわんさかでるに決まっている」
「そ、そりゃそうか…」
にしても、ここ5年間引きこもり続けた俺には話の規模がでかすぎて着いていけない。
あぁ、また不安になってきた…。
「ねぇねぇ見てよハル!すっごい沢山ガルーが居るわ!!」
「え?」
左で呼ぶクロアを見る。
クロア側の扉の小窓から見えたのは、おびただしい数の馬車とガルー。
「うわ、気持ち悪」
「ね。こんなにいっぱい、人がくるのね…」
「あぁ」
「なんだか楽しみ!」
そういって、クロアが満面の笑顔を浮かべる。
「…お前は、すごいな。度胸が」
「なにいってるのよ、私はいつだってパーフェクトにすごいのよ?」
クスクス笑うクロア。
それにつられて俺も思わず微笑む。
「…そうだ、な。楽しみだな」
「うん!」
そんなこんなで数分後(いや、門に入ってからマジで数分かかったから驚きだ。馬車なのに)、新しい我が家の前へと降り立った。
「お、なんか人だかりがあるな」
まず最初に目に入ったのはおびただしい人の山。
掲示板らしきものがあるから、それ目当てだろう。
「なんか書いてあるよな…なんだろ?」
「『配属クラス及び寮の掲示』だって」
その言葉にぎょっとしてクロアを見る。
「お前あれが読めるのか!?」
そうだとしたらマサイ族並だ。
「…?読めるよ?だってアイ=サイ使ってるし」
「うぅ?」
よく見ると確かにクロアの瞳は淡く青の光をまとっていた。遠視の魔法の特徴だ。
ほっと胸をなで下ろす。
「なんだよ、驚かせるな。ウッカリ俺の幼なじみはマサイの戦士なのかと信じるところだった」
「マサイの戦士?」
「あー、なんでもない。コッチの話」
ともあれ、安心した。
「ハル、ちょっとこい」
そんなとき、ガイが手に何かを持って馬車の中から手招きしてきた。
「え?」
「パパと話?だったら私、先にクラス探しとくわね」
「あぁ、よろしく」
感謝の気持ちを込めてクロアに微笑みかけ、頭を一撫でしてからガイの下に駆け寄る。
「なんか用?」
「この女たらしめ」
「はぁ?!」
なんか急に悪口言われた。
「と、まぁそれが本題ではないんだが」
「当たり前だ!それが用ならいくらガイでも殴ってる!!」
「ほぉ…大人しく殴られてやると思うのか?」
「………思わない」
なんだかんだいって、この人の遺伝子は確実にクロアに受け継がれている。
妙にぼけてるし、意地っ張りだし負けず嫌い。
容姿は母親譲りらしいが、クロアの銀色はガイの色だ。
「それで、なんなの?」
半ばあきらめのため息を吐きながら尋ねる。
「あぁ、そうだった。これをお前に渡そうと思ってな」
ガイが手に持ったビンを俺に手渡す。
「なにこれ?」
「知り合いの高名な魔法使いに作ってもらった」
のぞき込むと、中に入った液体の中に何か薄く小さいものが入っているのが分かった。
しかし、知り合いの魔法使いって響き。なんかすごいな。
「高度な魔法を使って魔力を結晶化したものだ。まだ試験段階の技術だから、世には出ていないが」
「なんなのこれ」
「お前の目に入れろ。魔力で出来ているから汚れもしないし、痛くもない」
「は?」
驚いてガイの目を見る。
ガイはいたってまじめな顔だった。
「な、なんでそんなことを…」
「忘れたのか?お前の瞳が何なのか」
「あ…」
目元に手をやる。
俺の目は、朱い。
アッチの世界ではいないこともなかったけど、コッチでは異端。
死者しか持ちえない色だからだ。
「そっか…忘れてた。クロアとかメイカさんとか、家のみんなは何も言わなかったから」
「あいつ等はみんなお前を受け入れている。だから瞳が朱かろうと青かろうと気にしない。だが、世間は違う。世間ではお前の瞳は、不気味に見えるだろう」
「そりゃ、そうだね」
死者の色をまとった生者がうろついているのを見て気持ち悪くないわけがない。
ゾンビみたいなものだ。
「しかしそれをはめれば、それがお前の瞳の色を髪と同じにしてくれる。だが、強い魔力や衝撃が加わると壊れてしまうらしい」
そこでいったん区切り、ガイは苦笑を浮かべる。
「ま、アイツが魔力こめたんだ。変な奴だが魔法使いとしては一流だ。強い魔力とはいっても、クロアの十八番10発まとめて喰らいでもしない限り平気だろう」
「それ、俺が先に死ぬ……」
まぁ、早い話がアッチでいう痛くなくて洗わなくて良い永久コンタクト、と言ったところか。
さっそくつけてみることにする。
「どう?」
「あぁ。見慣れないが、お前の髪と同じ綺麗な黒だ。似合ってるぞ」
「そう?髪も瞳も黒いんじゃ、まるでカラスみたいだね」
そういってハハハと笑い声をあげる。
「お、それともう一つ」
「え?まだ何かあるの?」
「あぁ。お前の名字についてだ」
「あ…」
これに関してもスッカリ忘れていた。
「さすがにな。ランバルディアと名乗るわけにもいかないからな。…私としては、お前にこの名字をやりたいんだが」
「いいって、それしたらガイたちに迷惑かかるし」
「…お前が婿に来てくれたら万事解決なんだがな」
「?」
「いや、なんでもない」
ガイはため息を吐きながら、「女たらし」と言った時と同じ目をしていた。なんだっていうんだ。
「それで、だ。お前の名字だか…」
「うん」
「これからはハル……ハル=アルエルドと、名乗りなさい」
「アルエルド?」
「あぁ…」
「どういう意味?ランバルディアなら、獅子の牙でしょ?」
「意味は…特にない。私が考えたものだ」
「あ、そうなんだ」
アルエルド、アルエルドと口の中で何度かつぶやく。
「…うん、分かった。俺はこれからハル=アルエルドだ!」
ハル=アルエルド。
新しい名前。
なんだか、やっとコッチの世界の人間になれたようで、嬉しい。
「ハル…あの、な…」
「うん?」
そんな風に喜ぶ俺を見て、ガイが何か言おうと口を開いた。
正にその時。
「いやぁぁぁぁぁーーーーっっ!!!」
聞き慣れた声の甲高い叫びが辺りに響いた。
「クロア!?」
慌てて掲示板の方を見ると、その本人がものすごい形相で髪とスカートを翻してこっちに走ってきているところだった。
「パパ、パパ、パパぁっ!!!」
叫ぶクロアの顔はまるで般若のようだ。そういえば、優奈がマジ切れしたときもこんな顔してたな…。
「どうしたクロア、そう何度も呼ばれると照れるじゃないか」
「どうしたもこうしたも、どういうことですか!!?」
クロアがガイにつかみかからんばかりの勢いで(いや、つかみかかってるか、もう)まくし立てる。
「男女別のことか?さすがに寮が男女別なのは私にも覆せないぞ。そろそろハル離れしなさい」
「男女別なんて当たり前です!…そ、そりゃ、ちょっと寂しいかな、とは思うけど…じゃなくて!科が二つもあるなんて私聞いてません!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着けよクロア、何を言ってるんだ?」
状況は分からないが、とりあえず二人の間に入って仲裁する。
「科が二つあるって何のことだ?クラスが離れたってことか?それくらいしかたないだろ…」
なんてったて一学年500人以上いるんだから、同じ可能性の方が薄い。
「クラスもだけど、そもそも科が違うの!寮も違うの!!」
クロアが涙目で俺を睨むように見上げてくる。
「ここには、魔法を使えるもののための魔法科と、普通科がある。無論クロアは魔法科で、お前は普通科ということになる」
観念したようにガイが説明を始める。
「魔法科は一学年につき一クラス。人数は毎年20人前後だな。そして普通科が毎年クラス替えがあるのと違って魔法科は固定、寮も自動的に魔法科の生徒のみで第伍寮をつくるから、まぁ科が違った時点で同じクラスにも寮にもなれないということだ」
「そうです、全く持ってその通り!それに、魔法科は普通科とカリキュラムが違うから授業も被らないし、先生も違うし、クラスは一つだけポツンと別の棟!!『まるで陸の孤島だよ…』ってさっき誰かが噂してましたっ!!!」
「ハハハ、言い得て妙だな」
「笑い事じゃありません!!」
ほぼ半泣きのクロアが叫びながらガイの胸を叩く。
「どういうことですか!返してください、私とハルの薔薇色スクールライフっ!!」
「は?」
「同じクラスになって周りの子に噂されちゃったり、放課後夕日の差し込む教室で…とか、いろいろ空想していた時間も返してくださいぃ…」
そしてクロアはつかんでいたガイの襟元を離し、がっくりと膝をついてうなだれる。
(いや、それ妄想っていうんだと思う…)
とてもじゃないが今の彼女にはいえないけど。
「く、クロア、大丈夫だって。俺、ちゃんとお前に会いにいくから」
しゃがみ込み、うなだれるクロアの手を握る。
「そんなこと言ったって………」
「時間があったら昼飯とか一緒に食べよう。休みの日は遊べばいいし、どっちにしろ同じ学校にいるんだからあえなくなるわけじゃない」
「……それも、そうね…」
少し持ち直したのか、クロアの表情が明るくなってくる。
「それに、ほら、」
最後の一押し、と口を開く。
「き「離れた場所と時間が二人の愛を深めるぞ!」……は?」
振り返る。
「な!」
キラリと白い歯を光らせるガイがいた。
「な、な…」
「…それ、いい……」
「はぁ!?」
また振り返る。
「それ凄く萌えます、パパ!」
キラキラした笑顔を浮かべるクロアがいた。
(こ、この似た者親子め…!)
二人は手に手を取り、晴れやかな笑顔で微笑み合っていた。
「そうだわ、そう言う考え方もあるんですね、パパ!」
「そうだとも娘よ!いつも一緒に居るばかりが愛ではない、ときには離れることでお互いの大事さが身に染みるものだ!!」
「私の魔法が恋しくなったり?」
「なったりするさ!」
「きゃぁー!それ凄い良い!!」
「いや、ないから!!」
必死で否定するが、もはやクロアの耳には入っていない。
「パパ、私さっそく魔法科の寮に行ってきます!」
クロアの使用人が彼女の荷物を運び始める。
「あぁ。生易しい学校ではないが、身になることは多いはずだ。頑張れよ」
「はい!」
抱きしめ合う父と娘。
あぁ…ここだけみたら、美しい光景なのに…。
二人の胸の内で渦巻く黒いものを知っているから、泣きたくなる。
「それじゃ、ハル」
「あ、あぁ…」
満面の笑みでクロアが振り返る。
「お互い、頑張ろうね!」
「うん…」
手を差し出すクロア。俺はそれを握り、握手する。
「うん!」
「ははは…」
…でもまぁ、クロアの元気が出たから、良しとするか…。
「あ、それとね」
「うん?」
クロアがニコリと微笑んで、言った。
「浮気したら殺すから」
あれ?そもそも俺たちって、付き合ってましたっけ?
なんて、怖くて言えるはずもなかった。