Ep1:日常
「行ってきます」
台所に立つ母親に声をかけてから家を出る。
ジリジリと照りつける太陽は今日も健在で、背中からじわりと汗がにじむのを感じる。
あぁ、今日も何も変わらない。いつも通り。
つまらない1日が、始まった。
自転車で走り始めてから10分ほど。
辺りにもチラホラ同じ制服を着たヤツらが現れ始め、みんな煩わしそうにシャツの袖を捲ったり汗を拭ったりしていた。
「よっす」背後から聞こえた声に振り向くと、俺と同じように自転車に跨った茶髪の男がいた。
「坂本か、おはよう」
「はよー。京本は今日も一段とアンニュイだなー」
俺が挨拶をすると坂本はいつもみたいにヘラヘラ笑いながら俺にそういった。
「お前、アンニュイの意味分かっていってんのか?」
「んー、いまいち?」
「ハハッ」
ぶりっこするように小首を傾げる坂本を見て、思わず笑ってしまう。
「あ、ウケた!」
「お前マジでキモい!!」
「なにぃ!?」
そんな風にふざけながら校門を通りすぎ、駐輪場で自転車を降りる。
「一時間目て数学?」
「物理じゃない?」
「うぎゃ、最低…」
坂本がうなるように声を上げて空を仰いだ。
「あー早く舞ちゃんの現国になんねーかなー」
俺も真似て空を見上げる。
真っ青な夏空。友達との楽しい会話。刺激は薄いけど、それなりに居心地の良いクラス。
(…でも)
ぼっかりと中央にあいた穴を、俺は見逃せない。そんな俺を、ギラリと輝く太陽が照りつける。
(……………あー……)
「京本ー?いくぞー」
いつまでも空を見上げている俺にしびれを切らして、少し離れた位置にいる坂本が声を上げる。
「今行く」
坂本のそばへ行くと、ワックスで固めた茶髪をいじりながら
「何考えてたん?」と尋ねられた。
「…別に、大したことじゃない。つまんねーこと」
「は?お前いつもつまんねーじゃん」
「うるせーよ!!」
否定しながら心の中で頷く。
そうだ。俺はつまらない人間。だから俺の世界もつまらない。
(そんな世界に太陽が墜ちて焼き尽きてしまえばいいのに)
「で、結局なに考えてたん?」
「だから、本当につまらないこと」
俺は笑いながら坂本に言った。