冒険者というお仕事。
小隊長だった男爵様に誘われ、兵役満了後に十年ほど彼の故郷で衛士を務めた。
兵役時の階級故か衛士ではなく軍曹と呼ばれることの多い職場だったが、振り返ってみるまでもなく恵まれた環境と言えた。
「騎士としての雇用の話もあったと思うのですが、何故ここで冒険者組合に?」
「娘婿としてやってきた次期領主候補と合わなくてね。庶民上がりの衛士は全員解雇されたんだよ」
曰く、経費削減。
人件費の圧縮で男爵領の建て直しを図ると自信満々に語っていた男は、不死王戦役時に矢玉の代金を値切り倒して差額を懐に入れていた奴だ。質の悪い矢や焙烙玉は義勇兵や徴兵部隊に配備され、そこでも人件費削減の効果を発揮していたと聞く。
横領が発覚して捕まったはずだが、名を変え家名を変えて生き残ることに成功したのだろう。
そんな奴を娘婿に迎え入れた男爵様の心情を察することは出来ないが、職を辞す際に戦場で使用されていた歩兵剣を下賜された。
「あの‘味方殺し'パルソナが生きていたんですか、御愁傷さまです」
「どう転んでも男爵領に先は無いのが確定したから、冒険者として人生やり直すことにした」
「いえいえ、重要な情報ありがとうございます」
冒険者登録を行ったところ、衛士としての経歴を評価されてなのか新人研修は大幅に短縮された。
研修を終えて正式な冒険者資格を得た自分が男爵領を出ていった後、件の娘婿殿が亡くなったことがひっそりと公表された。地方視察中に賊の襲撃を受けたらしく出来の悪い矢が急所を避けるようにして何十本と突き刺さっていたそうだ。
賊が捕まったかどうかは、一介の冒険者が知るところではない。
◇◇◇
冒険者家業とは言うものの、人には得手不得手があるもので。
たとえば薬草採取。
薬師という立派な国家資格が成立するほどの業界から冒険者に委託されているが、当然ながら請け負う側にも生薬に関する最低限の知識が求められる。多くの場合は薬草採取に出かける薬師の護衛という形で依頼が来るのだが、薬師を兼業する冒険者目当てに委託する事例もある。
たかがと薬草採取を軽んじている者もいるが、万病を癒し身体欠損さえ再生してしまう霊木素材のような代物があるのだから、専門とする採集家は相当の報酬を稼ぎ出している。それでも剣を振り回している冒険者の方が偉いという風潮はなかなか改められないようで、痛い目を見る若手は後を絶たないというのが組合職員の定番の愚痴だ。
あるいは食用鳥獣の狩猟。
浄化魔術を使用できれば話は別だが、剣で切り裂き槍で突き刺した部位というのは基本的に食用には不適とされる。
野犬を真っ二つにしたり小鬼の腹をぶち抜いた刃を消毒どころか洗浄もせずに使い回している冒険者が狩ってきた猪など、肉一片ですら口にしたら食中毒になるのは必至である。というか兵役時代、それで死にかけた。今でも許さない。
逆に腕の良い猟師が確保した禽獣は、体毛や爪から内臓の分泌液に至るまで一切無駄なく金銭で取り引きされる。特に野牛の仔が持つ胃の分泌物はチーズ作りに欠かせないもので、これを安定して確保できる猟師や冒険者は牧畜の盛んな地域では専属に近い形で長期契約を結ぶこともあるという。
「つまり万能選手型の冒険者というのは、あくまで理想です。教本には『あるべき姿』として描かれていますが、実在しないものと思ってください」
勤め先だった男爵領を離れ、南の方へと移動しての割と気楽な一人旅。
野草を摘んだり獣を狩ったりと、旅の大半を野宿しながら日持ちする物を背嚢へと放り込んでいた。そこそこ大きな規模の冒険者組合がある街にたどり着いたので小銭稼ぎにでもとブツを取り出したら、受付の職員が半ば呆れながら口にしたのが先の言葉である。
「各種薬草、毛皮、仔牛の胃、熊胆それからこれは龍涎香の欠片?」
「浜辺に迷い鯨が揚がっててね、解体を手伝ってたら腸の中に入っていた。元は大きかったが山分けしたので、俺の取り分はこの程度」
コルクで栓をして蝋で封をしたガラス瓶、赤子の握り拳程度の大きさのそれを魔法の灯りで透かし見ながら職員がほへぇと抜けた表情で相槌を打つ。
「……いずれも二級品かそれ以上です。残念ながら特級とは呼べませんが、丁寧に処理してあるので減額なし、物によっては色を付けて引き取りたいのですが」
「が?」
「たとえば龍涎香などは南方港湾都市の商家に持ち込めば、冒険者組合の三倍程度の値を付けて引き取ってくれると思います。そちらの方がシャンティス様の利益になります」
誠実さ以外に取り柄がなさそうな眼鏡の男性職員が申し訳なさそうに告げる。壁に貼ってある素材価格表と手元の見積額を比べてみると、この職員が裁量の範疇で最も高い値を付けてくれているのは理解できる。
「特定分野で超一流の仕事をする専門家は得難い才能ですが、広い分野で二級以上の仕事をこなす総合職冒険者は決して彼らに劣る存在ではありません。評価していただける場所があるなら、そこを目指すことを組合としても推奨いたします」
己が新兵相手に幾度も垂れていた訓示と変わらぬ言葉を口にする職員の姿に、シャンティスは改めて自分が駆け出しとして励まされている境遇の面白さを実感した。この街で活動する冒険者たちの数が他所よりも多い理由についても。
「しかし等級が低い冒険者が商家に持ち込んでも、ぞんざいに扱われて買い叩かれるのが目に見えているんだが?」
「とんでもない」大袈裟に頭を振る職員「確かに、冒険者を賎業と蔑む者もいます。廃嫡の手段として冒険者登録が用いられているように、貴族社会は冒険者という仕組みを彼らの社会制度の外側にあると定めています。でも認定冒険者の識字率十割というのは他のどの業種でも達成できていない事なんですよ」
意外かもしれませんけど冒険者って世間では知識階層扱いされているのです、と続く。なるほど大陸共通語の読み書きは、初心者講習の必須項目だ。そして多くの冒険者は出身地の方言や古語、場合によっては異種族言語を習得している。これが遺跡探索の専門家ともなれば学舎の堅物達ですら無視できないほどの扱いを受けると言われている。
「シャンティス様の場合、大陸共通語の読み書きという申請になっておりますけどね。前職の関係上、公的書類等で用いられている特殊な言い回しとか法律用語、場合によっては古語についても対応されていると聞いています」
「そりゃまあ、一応は兵士長だったからなあ。帝都の役人さんに報告書を提出することもあったし」
貴族文化の面倒臭さを従軍時にイヤというほど経験していたシャンティスの作る書類は簡潔かつ手直しする箇所が極めて少ないという事で、実は帝都行政府官吏たちの評価が高かった。これも彼の知らぬところではあったが、男爵領を辞したのが判明した直後に行政府で直接雇用できないものかと連名での談判状が人事部に届いたほどである。
「組合で行った研修記録でも、その辺りは裏付けできております。荒事に飽いたら是非とも組合事務への就職をと、研修所で言われておりませんでしたか」
「社交辞令という奴では」
「私共もこうして現物を見るまでは回状の内容は大袈裟に過ぎると考えていました」
その言葉と共に差し出された見積書の額に、シャンティスは声こそ出さないものの片方の眉を数度動かす程度には驚いた。
「……王国だったら綺麗どころの姐ちゃんを身請け出来そうだな」
「南方港湾都市は王国租界が有名ですよね」
帝国では奴隷売買を認めてはいないが、所持そのものは特殊な雇用形態という形で黙認されている。そして王国では伝統的に奴隷売買は合法であり、南方港湾都市は一時期王国領だったこともあって現在でも王国租界が存在する。都市の一割ほどを占める石塀囲みの商業地区は、表向きは王国法に則った健全な商売しか認められていない。
「紹介状とか発行しましょうか」
「幌付き馬車を作ってくれる工房を」
たとえ黙認されていようとも中年冒険者が奴隷の女性を連れまわすなど信用に直結する大問題である。
少なくともシャンティスという男は兵役時代にそういう教育を受けていたし、領軍兵士長としてもその認識が誤っていると指摘されることはなかった。冒険者の半数近くは女性であるし、種族によって奴隷に対する認識も大きく異なるのだ。
帝国の冒険者では多数派となる獣人族などは一夫多妻制の氏族も多い一方で、異性を奴隷として連れ歩くような男に対しては露骨に悪感情を抱く。獣人族の冒険者が王国で活動しない理由の大半がそれという与太話もあるが、王国側に然程伝手のないシャンティスでは確かめようがない。
◇◇◇
常設の市場が建つのは、ある程度の人口規模が必要だ。
需要と供給の問題もあるが、規模の小さい都市というのは人口だけでなく余剰の土地も不足しがちだ。だから都市郊外、すぐ隣接する形で天幕を並べ幌馬車を店舗代わりにした仮設の市場が不定期に開催される。馬車一台でおっぱじめるのは少数派で、大抵は十台前後の馬車を軸とした隊商を組んで市を成す。
売られるものは、千差万別。
商業ギルド管轄のまっとうな隊商であれば生活必需品を軸に医薬品が中心となるが、用心棒を兼ねた香具師が芸を披露したり出処不明の怪しげな発掘品もどきを露天に並べたりもする。臨時の隊商護衛として雇われた冒険者が、旅の途中で卵より孵化してしまった竜脚鳥の雛を持て余し里親を探す場面も風物詩の一つである。
「旦那、騎獣なら驢馬よりも竜脚鳥だろ。速いし荒地にも強い、餌もその辺の雑草で充分だ。長い旅にも耐えてくれるし、雛から上手く育てたら騎乗戦闘も容易。年喰った兎馬よりも冒険者にふさわしい乗り物だぞ」
「悪いが駆け出しの頃からの相棒なんだ」
「お、おう。すまなんだ」
記憶に間違いがなければ十五年ほど一緒にいる雌驢馬の背を軽く叩きながら、シャンティスは露天主を退けた。旅慣れしているとは言いがたい、随分と疲れた様子の若者だ。シャンティスよりも一回りは年下に見えるが、冒険者としては先輩だろう。それでも先方が下手に出ているのは、シャンティスの実年齢と特徴的な髪型──毛毬のようなアフロヘアに気圧されているからだ。
「それで、何が要るんだい。驢馬だって餌は竜脚鳥と大差無いだろう? それとも鞍の具合が悪いとか?」
「あー、いや。ウロコ、余ってないか」
雑多に並ぶ品を見渡しつつ、シャンティスは若手の問いに答えた。
「鱗?」
「竜種が望ましいけど、魚竜の鱗でも。ああ、竜脚鳥の卵の殻でも大丈夫かな多分」
生薬の見本として置かれていた灰青色の大きな卵。竜脚鳥のそれの破片を驢馬に近付けると、幾度か匂いを嗅いだ後にパクリと齧りついた。そのままもっしゃもしゃと咀嚼して飲み込むと、並べてあった他の卵の殻を食べようとする。
「へ?」
「おお、ウロコより食い付きが良い。値札通りの額を払うから全部くれ」
「なんで驢馬がそんなもの喰うんだよ!」
若手が切れ気味に悲鳴を上げるがシャンティスは不思議そうな顔で卵の殻を驢馬の与え続けている。
「こいつ割と食い意地が張ってるからな。たまに厩舎を抜け出して雑麦酒を飲ませろって夜中に押し掛けてくるし」
「いやいやいや。馬や驢馬が酒を飲むものかよ、鱗や卵の殻を食うなんて聞いたこともない!」
『ヒホッ』
「お、おい。こいつ今ゲップ混じりに火を噴きやがったぞ!」
「なんだ知らんのか。牛馬の類は胃袋に可燃性の瓦斯を溜め込むんだぞ。それにこいつは毛が長いから乾燥すると静電気が火花が散って、吐き出した瓦斯が時々燃えるんだよ」
『ヒホッ』
怯える若手に呆れた様子で説明するシャンティス、その横でニヤリと笑う驢馬。
「ぜってえ普通の驢馬じゃねえよ、それ」
「個性の範疇だろう、多分」
厩舎に侵入した馬泥棒が麻痺した状態で発見されたこともあったが、シャンティス自身が被害を受けた記憶はない。兵役時代の同僚や部隊長達に比べれば人畜無害の優等生である雌驢馬は、衛士時代も一番の相棒として活躍してくれた。衛士出身とはいえシャンティスが一人旅を安全に続けられるのも、この頼もしい相棒が一緒だったからだ。冬の一番寒い時期になると厩舎を抜け出してシャンティスの部屋に転がり込む悪癖もあったが、兵役時代もそうやって幾度も夜を過ごしていたので面倒に思うこともなかった。
もちろん、帝国にて飼育されている驢馬にそのような食性も特技も存在しない。
野生種においても同様である。
それに関してシャンティスも兵役時代に部隊所属の女性魔術師より警告じみた心配をされていたのだが、陣地の天幕内で女子力をかなぐり捨てて酒盛りする上官達よりは物事の道理を余程わきまえている雌驢馬を信用することの方が建設的であるという結論を出していた。
◇◇◇
街の外に建った臨時市場の端。
街道に接した草原の一角に、常人の倍ほどの身の丈ある石人形がいた。金属光沢を持たないため傍目には石でしかないが、岩石を加工したものと特殊な陶器を積層して作った外骨格を全身に貼り付けた人形の兵士だ。
人造巨兵。
不死王と名乗る亡者の軍勢との戦役末期、巨獣種の骨格より生み出された巨大亡者を迎撃すべく大陸の外より提供された技術の結晶。戦後に帝国と賢人同盟が見様見真似で製造したものは制御面の限界で有人搭乗式となったが、戦役に投入された人造巨兵は自律活動する無人兵器だった。
「戦後に建造されたものは全て帝都守備隊に配属されたはず。それに、この大狒狒みたいな姿は」
旅に必要な物資を補充したので幌馬車を作ってくれる工房を訪ねようと市場を抜けたシャンティスが見たのは、彼と驢馬が兵役時に同僚だったものとよく似た石人形。街の人や隊商から聞くに数年ほど前から彫像のように突っ立っており、ここ半年は屋外活動する冒険者たちの目印にもなっているとか。
雨ざらしとなり体表の何割かは苔に覆われているが、シャンティスはその姿を覚えていた。
「……レオーネ准尉?」
【──やあ軍曹殿、奇遇ですね。こんなところで遭遇するとは】
石人形の両目が輝くと、姿勢を正して帝国陸軍式の敬礼をしながら朗らかな声で返答する。
シャンティスの背後、隊商の人間や客たちが悲鳴を上げている。無理もないが、シャンティスもまた石人形に噛みつかんとする雌驢馬を抑え込むのに必死であった。
「奇遇で、ありますか」
【肯定。軍曹殿と帝都の外で再会できる可能性は、絶望的な戦場で愛を誓った運命の男女が終戦後に結ばれる確率に等しいと計算します。帝都で流行していた恋愛劇ならば燃え上がるような交尾の夜を迎えた後に永遠の愛を誓う事でしょう】
『ヒホーッ!』
その辺に生えていた野草の花を一輪摘まみ、石人形はシャンティスの前に差し出す。即座に雌驢馬がこれを奪うように齧り取り、ついでに後ろ脚で石人形の手を蹴り上げる。思わず軍人時代の口調に戻りかけていたシャンティスは一体と一頭の険悪な空気に反応できずにいる。
『ヒホッ!』
【相変わらずの粘着質ですね雌豚。奇蹄類の分際で生物としての位階を大幅に上げて我が前に立ち塞がるとは、傲慢不遜にも程がある。貴様は片田舎のファミリー牧場でヤギと間違われてチビッ子どもに「ままー、この子ちっともミルクでないにょー☆」と延々搾乳される運命がお似合いだ】
『ヒーホッ!』
炎の息を吐き雷を全方位より放出しながら三次元の空間軌道で跳躍する雌驢馬に、体表装甲を黄金色に発光させ派手な紋様を展開させる石人形。空気を引き裂く音に、様子を窺っていた隊商連中はいよいよ仮設市場を半ば放置する形で逃走しかけ、
「第七独立遊撃中隊クラッシャー」
高速の抜き打ちで放たれた巨大な冷凍マグロが、空中衝突寸前だった雌驢馬と石人形を地面へと叩き落とした。
◇◇◇
「馬鹿共が申し訳ない」
結局のところ。
冒険者組合で得たあぶく銭の大半は隊商への弁償で消えた。残りは冒険者組合へと渡り、石人形に関する諸手続きと口裏合わせに費やされることになった。
「兵役時代の上官、ですか」
「ああ。誤解しがちだけど自動人形に分類される。帝国陸軍にも登録情報が残っているはずだから照会してくれると有難い」
【レオーネ=ダイン特務准尉。退役軍人に支給される年金が貯まっているはずなので全額冒険者組合の口座に移行手続きをお願いします】
冷凍マグロに強打された痕跡など微塵も残っていない石人形が、両目をチカチカと点灯させて冒険者組合の若手職員に迫る。他の職員は応援どころか近くに寄ってもこない。
「それでレオーネ准尉……様の今後の予定は」
【うむ。自動人形が冒険者活動するには所有者証明が必要と聞いています。よって我が身を軍曹殿の肉便器として日々の劣情を受け止める大役を担うことにしましょう】
『ヒーホーッ!』
【ふぬうううううう、超覚醒戦闘母岩で構成されたギャラクシー装甲が奇蹄類の消化液まみれに!】
今度は冒険者組合の若手職員も巻き込んで喧嘩を始めようとした一体と一頭を前に、シャンティスは溜め息を吐くと今度は片手に一尾ずつの冷凍ヒラマサを握りしめて大きく振りかぶるのだった。
<特にオチもなく終わる>
世の中には「無名だけど面白い作品」「有名で面白い作品」というのが様々なジャンルに存在していると思います。
「他の人は理解してくれないけど自分にはすごく面白い作品」なんてのも存在していると思います。
皆さんが、そんな素敵な作品たちに出会えますように。