―転―
その夜、男は夢を見た。
夢には、一人の女が出てきた。といっても、色っぽい話ではない。
黒髪ボブで、平均平凡な容姿の、リクルートスーツに身を包んだ女だ。
「あなた、このままじゃ駄目になるわよ?」
「わかってる。けど、生まれつき視力に問題があるから、運転免許は取れない。両親は居ないから、身元保証が必要な仕事はできない。ないない尽くしで、出来る仕事は限られてる」
「公的扶助は?」
「この歳で生活保護を受けるのは気が引けるし、申請方法もよく分からないし、第一、平日に窓口で長時間並ぶ暇もないから」
「そっか。根っこは素直で真面目なのに、愛に恵まれなくて、すっかりひねくれちゃったのね。可哀想」
「うるさいな。自分より重いハンディキャップを持ちながら、懸命に働いてる人間だっているんだ。それに比べたら、いくらかマシなほうだよ」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。いずれにせよ、このままじゃ駄目よ」
「自分の駄目さくらい、痛いほど実感してる。それとも何か? 救世主を信じろとでも言うのかい?」
「そういうわけでもないけど、似たようなものかしら。まぁ、気休め代わりに受け取ってよ」
そういうと、女は男の手にタバコの箱のようなものを渡した。
「これは?」
「狡猾な人間がその煙草を吸うと、強欲さを打ち消して罪悪感を増幅させる効果があるの」
「そんな虫のいい話があるかよ」
「試すだけなら、タダよ。日頃のお詫びとでも称して、善意を搾取して扱き使う悪党を懲らしめてやりなさい。それだけのことをしても良いくらいのことを、あなたはその男からされてきてるわ。それじゃあ、もう夜が明けるから、これで失礼するわ」
女は、ゆらゆらと煙のように輪郭がぼやけていき、周囲の闇の中へと消えていった。




