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―承―

「えっ。これだけですか?」

「先週まで来てた君の生徒の親御さんから、塾を替えるとの連絡があってね。その損失分を差し引いた」

「待ってくださいよ。そんなこと、規約にありませんでしたよ?」

「嫌なら、自己都合で勝手に辞めるが良い。仕事を探してる人間は、ごまんといるんだ。君の代わりなんて、いくらでも居る」


 そう言うと、下膨れで頭頂がバーコードになっている中年の男は、吸いかけの煙草を灰皿に押し付け、ギシッと嫌な音を立てて背もたれとアームレストが付いた椅子から立ち上がり、男の肩を軽く叩いてその場をあとにした。

 あとに残った男は、ギリッと歯ぎしりが聞こえそうなほど強く上下の歯を噛みしめると、薄っぺらな給料袋をクシャッといわせて拳を握り、肩をわなわなと震わせた。


  *


 アパートに帰った彼は、栄養ドリンクと冷却シートで無理矢理眠気を覚まし、六畳一間の和室で明日の準備に取りかかっていた。

 時刻は、とっくに日付変更線をまたいでいる。


「暇無し、金無し、女無し。給料は、講義時間分だけ。成績ノルマあり。講義に使う教材は自前で用意し、週末の社員研修や親睦会に参加しないと面倒な生徒を回される。そこへきて、生徒が辞めたら減額ときた。やってられないよ、まったく!」


 半ば自棄を起こしつつ、男が勢いよくパソコンのエンターキーを押すと、ガッガッガッとプリンターが動き出し、エー四サイズのコピー用紙に授業プリントを印刷していく。

 二枚三枚と調子よく排紙したところで、プリンターは停止し、黄色の三角印と感嘆符で不調を訴える。

 

「ゲッ、インク切れかよ。この前、新しくしたばっかだから、まだイケると思ったのに。替えなんて、ねぇよ。あぁ、ついてないな~」


 ランプが点滅してるプリンターの電源を切ると、男はパソコンのディスプレイも閉じ、そのまま仰向けに大の字で寝っ転がる。

  

「やっと正社員になれたっていうのになぁ。不況が憎いよ」


 男は、そのうち瞼が重くなっていき、ウトウトと微睡みだすと、部屋の明かりを点けたまま眠ってしまった。

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