#5この終結は始まり
第一部はこれで終了になります。第二部は眼帯少女が頑張ってくれると思います。
古い木の扉が開く音がし、一人、又一人と人間が出てくる、出て来ては塔の上を目指して歩いて行く。
「みんな…!」
アリーナは押さえた口からくぐもった声で上って行く集団を見送った。しばらくすると、扉から人間ならざるものがゆっくりと目を爛々と輝かせ出て来る。
髪は燃える様な赤。瞳の色は銀色で月の光を反射し毒々しい輝きを放っていた。
こちらに気付く様子はなく部屋の中の何かの数を確認し頷くと扉を閉めて階段を上ろうとした。
「…俺が囮になる。二人はあの部屋の中を確認してくれ。」
そういうと階段の下からゆっくりとアベルが歩き出した。
石畳にアベルの靴底が詩を歌うように響き渡る。踊り場の上にあるステンドグラスから月光が漏れ、アベルの姿を神々しく映し出した。
「何者だ?」
人ならざるそれはテノールの聞き取りやすい声で、アベルの姿に話しかけた。
「人ならざるものが、ここで何をしている?ここはニコラス家のものだぞ?」
「貴様。普通の人間ではないな?オレの姿を見ても驚きもしない…。」
「さっきの人間を解放してくれれば用はそれだけなのだが?」
アベルはその人ならざるものの質問に答えるつもりは毛頭ないらしく、自分の用件のみを並べた。
「ふん。面白い。」
そういうとソレは長い上着の裾を翻してアベルに近づいた。
アベルは常人ではあり得ないスピードで剣を鞘から出し、ソレの前に突き出した。剣は結晶の魔力が炎を讃えている。
「貴様?」
驚いたのか一歩引いてアベルの剣の切っ先を眺めた。
「貴様。オレがヴァンパイアだと知っていてここへ来たのか?」
「用があるのはお前にじゃない。捉えられている人間だ。」
相変わらず、無機質に質問には答えずに自分の仕事の内容を並べる。
ヴァンパイアのソレはステッキを振りかざしアベルへ向けた。
「アベル伏せろ!」
ファルクの怒号の向こう側でアリーナが部屋へ走るのが視界を横切った。
轟音と共にファルクの銃口から放たれた炎がソレを包む。
「何!」
炎に驚いて一瞬身じろいだが、向き直した瞬間アベルの剣の切っ先が頬をかすめた。
逆光でよく見えていなかったが、ソレの顔にはヴァンパイア特有の文様が右頬に浮き出ていた。
「ちっ。その部屋のソレを見た所で使い道なんぞわかるまい?」
そういうと長く続く螺旋階段の真ん中をもの凄い脚力で飛び上がった。
残されたアベルの心に昔の記憶が蘇る。あの文様、あの目の色…髪の色…。
眉間の皺を深くして、顔をしかめるアベルにファルクが言葉を紡ぐ。
「どうした?具合でも良くないのか?」
「…洒落のつもりか?」
場の空気を和ませるためだとは思うが、的外れである。
「なに?コレ!」
部屋の中からアリーナの叫ぶ声が聞こえた。
二人は彼女の背中越しに部屋の中へ視線を落す。部屋の中には沢山の砂時計そして、砂の落ちる先には様々な色の鈍い光を放つ石。アベルはその鈍い輝きに見覚えがあった。
「…人間の魂…?」
ボソッと呟いたつもりがかなり大声で喋っていたようである。
「ソレは本当か?アベル?」
「…昔、ソレと似たものを目にした事がある。エンヴィルに聞いた話だと。抜け殻になった人間にヴァンパイアの魂を吹き込むことができるらしい。抜いた人間の魂は魔力の糧にする。」
「この砂は?」
「コレが落ちきると魂が完全に抜けちまうとか、ヴァンパイアの魂が完全に入っちまうとかそんなんじゃネェのか?」
「いずれにせよ、穏やかではないな。」
「どうしたら?カインが、皆が…!」
冷静さを失ったアリーナが泣き叫ぶ。
「アリーナ落ちつくんだ、ここにある砂時計はみんな落ちきってない。恐らく、魂を抜かれたのはついさっきという所だろう。ここの砂時計を壊して、魂を皆に戻せば、恐らく元に戻る。ただ時間がない。」
「アベル…。」
ファルクがアベルの名前を静かに呼ぶとアベルがファルクの方を振り向き言葉を繋げた。
「アイツは俺が何とかする。二人でさっき階段を上って行ったやつらの後をつけて魂を元に戻してやってくれないか?」
「でも、アベル一人で!」
「俺は大丈夫だ。ファルク頼んだぞ。」
「おう。」
去り際にアベルの方をポンと叩くとアリーナの側に寄った。
二人にはコレだけで十分だった。
…無理すんなよ…
…わかっている。…
アベルは塔を上へ上へ上って行く、尋常ではないスピードで階段を駆け上って行く。
塔の中間辺りに、強度を保つ為に王座の様な部屋が設けられている。これはこの辺りの高い塔にはよくある設計方式であるが、大概は十字架や、月桂樹などか飾られ、魔除けとしての意味をなしている。
この塔の王座の間には大きな窓があり、月と同じくらいの高さで光が煌々としていた。
「?」
アベルは光の先に小さな影があることに気がついた。
「子供?こんな所に?」
そういうと、階段を曲がり部屋の中に入って行った。
中にいたのは長い金髪を讃え碧眼に月を映し出している少女の姿だった。彼女は何も話さず、じっとアベルの顔を見ていた。
「どうしたんだ?こんな所で…?」
アベルが声をかけた瞬間彼女の前髪で隠れていた右目が見開かれ、金色の瞳孔の薄い瞳が現れた。
見開かれた瞬間目に見えない力でアベルは壁際に吹き飛ばされ打ち付けられてしまった。
「何!!」
アベルの動揺した目はウロウロと部屋の中で何かを探していた。玉座の向こう側からソレが姿を現した。
「驚いたろう?」
クスクス、気に触る様な笑いを浮かべながら、ヴァンパイアのソレがアベルの前に現れた。
壁にぶつかったときに口の内側を切ったのか、鮮血が滴る。
じっと少女とソレを見据えたアベルの横にヴァンパイアのソレは瞬間移動して来て、アベルの口元の血を人差し指でとり指をぺろっと舐めてみせた。
「ふん。どう強がったって、人間のハンターは所詮人間。魔法族だって同じ事だ。」
アベルが腕でソレを振り払ったが、また瞬間移動をし、少女の所へ戻った。
「付いて来な。今日は満月だ。」
少女の肩を抱いて王座の窓を開けると尋常ではない脚力で外へ飛び出して行った。
アベルは自分の剣を握り直し、階段を駆け上がった。
塔の屋上にはソレの姿はなく、ニコラス家の家紋を象った石碑がたたずんでいた。
「遅いな。人間!」
アベルが振り向いたときにはアベルの首元に、長い爪が突きつけられ、浅い傷が出来ていた。
アベルが後ろに下がると、息を抜くように口笛を吹いた。
「よけたか。まぁ人間にしちゃよくやる…。」
そういうとアベルの顔をまじまじと覗き込んで何かに気がついた。
「貴様。見覚えがあるな。」
「?…」
その言葉にアベルの疑問が切れていたひもが一本につながった。あの日、あのとき、自分の幼なじみの魂を持って逃げたヴァンパイア。
そうだ、コイツはあのときの…。
アベルの中に自分に対する怒りと、彼女に対する悲しみが沸々と沸き上がってきた。
「うああああ!」
そのときにはもう、剣を振りかざしていた。怒りと悲しみで前が見えないというのはこういう事なのか?
いつもの冷静さを取り戻す余裕等アベルにはなくなっていた。
「まさか、相棒の手で殺すなんてこっちは考えていなかったからさ。持って行った彼女の魂が崩れた時は驚いたよ。あっぱれ」
ニタニタ笑いながらアベルの攻撃をかわすなか、嫌みな物言いが続く。
「そんな乱れきった感情で、俺は切れないよ?」
アベルの後ろに回ると鋭い爪を突き立てた。
鋭い金属音が当たりに響く、アベルのものでもヴァンパイアのソレが立てた音でもなく。アベルがふっと振り返ると優しい笑いでこちらに立っている。
「しっかりしてください。そんなんじゃ、亡くなった彼女に合わせる顔がないですよ?」
エンヴィルが晃々と紫の髪の毛に魔力を讃え立っている。
「何もんだ?あんた?」
「センパイに向かってソレはないでしょう?ロイ…ロイ・アトキンス!」
ソレの名前を呟きながら、していた眼鏡を丁寧に取り外し胸の中へしまった。
エンヴィルの右頬にヴァンパイアの文様が色濃く現れ、瞳は爛々と満月を讃える。
ロイと呼ばれたソレはエンヴィルの真の姿を拝んだ瞬間に身じろいだ、何か強大なものを目にした小動物のように。
右手を器用にくるくると回し魔力を固まりにしてロイへ投げつけた。
ロイの肩をかすめ、バランスを崩した瞬間にアベルが剣を突き立てた。
「ぐ…」
苦しげな表情を浮かべ一歩後ろへ下がる。そして、怒りとも焦燥とも言える様な表所で、アベルではなくエンヴィルを見上げる。
「アンタ!なぜ人間に加担する?」
エンヴィルはふわっと笑うと一言だけ答えた。
「あなたの様なヴァンパイアが好きではないからでしょうかね?仲間として。」
冷たい笑いに変わると次の攻撃を繰り出そうとしていた。
「あんまりオレに近づくとあぶないぜ。この子に入ってる魂は悪魔の王サタンのものだからな!」
ロイの言葉が辺りを凍り付かせた。クラウディアの時とは比べ物にならない邪悪なものが彼女の中に入り込んでいる。
「あなたは、ヴァンパイアだけではなく他の種族にまで同じ様な過ちを犯させるつもりですか?」
「人聞きが悪い。教えて上げたんですよ?センパイ?」
そういうとジャケットの内側から、チェーンにつながれた砂時計を取り出した。
「あと半分。落ちきったら彼女はサタンになれる…魔界の王様!」
けらけらと耳障りな笑いを振りまきながらロイが喋りかけた。
「お前のおべんちゃらは聞き飽きた。」
アベルが怒りに任せて剣を振り上げる、ロイは紙一重でよける。突き刺すように剣の雨を降らせるアベル。ロイはステッキで器用に払いのけながら、砂時計をしまった。
ロイがアベルを突き刺そうとした瞬間、少女の目がカッと見開いた。
「何!」
少女の右目が見つめていたのは、アベルではなくロイ。見えない力に吹きとばされ、石碑に打ち付けられた。
木々のしなる様な強力な風が吹いてアベルの髪をかき混ぜた。
「クラウディア?」
アベルの内ポケットから、リンに渡された紐がおちた。紐は生き物のようにロイの方へ移動し、もの凄い早さでロイを縛り上げて宙へ浮かせた。
「! Gleiphënir???」
ロイは今の瞬間に起こった事に目を疑った。自分が魂を奪った少女が攻撃した事、アベルがこの紐を持っていた事。
「これは、高等な魔法師にしか作れない!一体。」
「高等な魔法師さんが、いるってことでしょうね?」
エンヴィルの不適な笑いに舌打ちをすると、少女を見上げた。
「知らないようだから、教えておいてやる。魂を抜かれても、完全に支配されるまでは意思は残るのだ。」
「何?」
「俺の相棒はこの世の行く末と、自分の魂の使われる末路を案じて俺に自分を殺せと言った。そんな彼女の意思をお前は踏みにじろうとした!」
アベルは剣を真上に振り上げた。ロイは舌打して紐の中から瞬間移動して満月を讃える夜空へと舞い上がった。
「今日の所はこのまま引き下がる。しかし、魂はオレが預かる。半年後には新しい魔王が誕生する…。」
ロイはそう言い残すと夜空の星の間に残像を残しながら消えた。
「アベル…。」
エンヴィルの問いかけに動けずにいるアベル。
自分はまた同じ事をしてしまった…何も昔と変わらない…俺はこの子ののど笛に剣をさすのか?
深く考え込んでしまったアベルの洋服の裾を少女が引く。
「?」
左の深い緑色の瞳が何かを語っている。
アベルが握っていた剣にそっと手をかける。切っ先を自分の方へ向けにこりと笑う。
「!」
瞬時に何も考えず、考える暇などなかったのだろう。アベルは少女の肩を抱いたきつく抱きしめてから、震える声を押しやって紡いだ言葉が出た。
「俺が必ず取り戻す。それまで待ってくれないか?」
少女はアベルの温かい背中に手をはわせてポンポンと叩いた。
全ては片付いたように思われた。塔に捕われていた人間は一人一人、魂を元に戻し、アリーナの弟も元気になった。
アリーナの両親はアベルに対しても頭を下げ、今までの無礼に付いても詫びた。アベルは大した事はしていない。とだけ告げその場を後にした。
後になってファルクがフォローするのが大変だったとか…
「いらっしゃい…。あなたか。その子は?」
今日は店頭にオーナー夫婦が出ていたが、ハント帰りのリンが店にいた。
アベルは事の状況をリンに事細かに説明した。
「わかった。最高の法術で抑制しよう。絶対に外してはならないぞ?」
リンは少女のエメラルドグリーンの瞳を覗き込む。彼女は深く頷き、リンとともに店の奥へ消えた。
アベルは夕方に迎えにくると言い残し店の涼しいベルの音を立てた。
白いかすみ草の花束。アベルは小さな墓の前に立っている。
「クラウディア…俺は過ちを犯したのだろうか?」
いくら問えど出ない答えを彼女の眠る墓石に問う。
強い風が木々の間を通り抜けアベルの頬を優しくなでる。
…大丈夫…
「彼女を君の名前で呼ぼうと思う…彼女が助かったら俺は自分を許せるのだろうか?」
日の少し傾いた昼下がり、アベルは彼女の小さな墓石の前で肩を震わせている。
…全ては始まったばかりだから、アベル?
色々突っ込みたいところは満載ですが、楽しんでいただけたでしょうか?伏線は色々引いてあるので、第2b部以降一つずつ拾っていきたいと思います。




