真夏の陽炎
鼓膜が破裂しそうなほど騒々しいセミの音を聞きながら、気だるい足取りで古びた木造の小さな駅舎へと向かう。改札を抜けホームに誰もいないことを確認すると、日陰に設置された背もたれが少し反り返ったベンチに深く腰かけた。ほとんど中身のない革製の鞄を自分の足元に置くと、手でひたいの汗を拭う。延々と続く線路から立ち昇る陽炎を目の当たりにして、深い溜め息がこぼれた。
どうしてせっかくの夏休みだというのに、中盤であるこの日に限ってわざわざ学校に行かなくてはいけないのか。成績向上のための補習とはいえ、こうも暑苦しくては勉強に身が入らないのは当然だろう。それに今日は最高気温を三十五度超す猛暑日だと、気象予報士が話していたのを先ほど聞いたばかりである。暑いから休みではないのか、と心の中で愚痴りながら重いまぶたを伏せた。
駅前の木々で大合唱しているセミたちの声に耳を傾けていると、ふいにどこからか別の音が聞こえてきた。
「――ねぇ、君。もし世界が明日、終焉を迎えるとしたらどうする?」
それは、透き通るような女の人の声だった。
バッと目を開き、その人声が聞こえたであろう向かい側のホームをちらりと見やる。ジリジリとした灼熱の太陽のもと、日向にあるベンチに平然と座り込みこちらを見つめるひとりの女性がいた。
息を呑むほど美しい容姿をしている彼女に、つい目を奪われてしまいそうになる。山村であるこの田舎で、市松人形を彷彿とさせる端正な顔立ちの美女など、そうめったに会える存在ではないのだ。腰辺りまで伸ばされた真っ直ぐな髪と地元で見かけない古風なセーラー服は、純白の肌によく映える見事な漆黒だった。大人びた妖艶な雰囲気をもつ彼女は高校生くらいか、蠱惑的な笑みを浮かべている。
いつまで経っても誰も彼女の問いかけに答える様子がなく違和感を覚えた。相手に何かあったのかと辺りを見回してみるが、狭いホームにはまだ俺たちふたりしか来ていない。この状況に、もしかしてと思い彼女のほうを見てみると、案の定バッチリと目が合ってしまいとっさに視線をそらした。
間違いなく俺に話していたのだと気がつき、意を決して自分のほうから声をかけてみる。
「……俺、ですか?」
「あぁ、そうだよ。君は、私たち以外の誰かがこの場にいるように見えるのかい?」
好奇の眼差しを向けてくる彼女に、何か勘違いされているのではないかと慌てて言い直す。
「い、いえ、俺らだけです。え、えっと……」
まさか見知らぬ女子高校生に話しかけられていたとは思いもよらず、妙に緊張してしまう。どんな内容の質問だったか記憶を辿らせ、初対面の相手に聞く第一声がそれかと困惑しつつも無難な返答を導き出した。世界の終焉など家族や友達でさえ話題に上らないため、どう会話を広げればいいのかわからない。
「俺は、今までできなかったことをしたいです」
「へぇ。たとえば?」
電車に乗っていろんな景色を見に行く。そう言おうとした直前、言い間違いに気がついてその言葉を呑み込んだ。できなかったのではなく、しなかっただけではないのか。話してしまった事実は変えられないと別の返答を思案してみるが、娯楽や惰眠など普段でもできる過ごし方しか思い付かない。初対面の女性に堕落した願望を安易に話せるわけがないと、口を噤んだ。
返事に言い淀んでいると、痺れを切らした彼女が先に口を開く。
「好きな子に告白とか、かな?」
「ち、違いますよ!」
動揺してしまう俺に、彼女は嘘だとでも言いたげなにんまりとした笑顔を向けてくる。明らかにからかっていると知れる表情で「まぁ、そういうことにしておいてあげるよ」と言い、さらに口角を上げた。顔と言動が合っていないのは確実に気のせいではないはずだ。
「それで君は、最期に何をするつもりなんだい?」
「俺は……」
「結論が見つからないという事実は、実際にはやらないという意味合いだよ?」
彼女は視線を陽炎で揺らめく線路へ向けると、淡々と語り出した。
「今までできなかったことをしたいと思うのは君に限った話しじゃない。現状に不満をもつ者はみんなそうさ。だがたとえ地球最後に普段食べないごちそうを欲しても、どうせ店は開いてないし、結局はいつもの食事かそれ以下の食料が手に入らない状況になる。日頃からやらない人間は、世界が終わろうとやらないと私は思うけどね」
「言われてみればそうですね……」
テレビ番組で芸能人がその話題を話しているのを見た記憶があるが、あれは世界が通常運行している前提での会話であり、それが人類の滅亡ともなればまた話しは違ってくる。
自らの死を目前に仕事や学校に行く人など、よほど好きではない限りほとんどいないだろう。労働も勉強も未来があると信じているからこそ継続していられるのだ。みんな終わりくらい自分の幸せだけを考えて過ごしたいはずで、他人に構う余裕はほぼなくなる。まず明日死ぬとわかっていて、最後の晩餐など言っていられない気もするが。
「そういうお姉さんはどうするんですか?」
「私かい?」
自信が質問されるとは想定もしていなかったのか、少し驚いた表情を見せると顎に人差し指を当て考え始めた。それでも俺より早く答えが返ってくる。
「自分がいちばん好きな場所で、のんびりと明日の予定を立てる」
ありきたりな返答に拍子抜けした。彼女なら最後まで抗って世界を救うなど、大それた目標でも言い出しそうな雰囲気だったのだ。
予定を立てるとは、生き延びるための策を講ずるということか、それともただのんびり過ごしたいだけなのかよくわからない。何もないこの田舎ではできる範囲も限られてくるため、最善の選択肢であるとは思うのだが、なぜか腑に落ちなかった。
「あの。なんでこんな質問を俺に?」
「べつに深い意味はないよ。ただ君がそこにいたから聞いただけだ」
「そ、そうですか……」
つまりこの人は話し相手が欲しくて、早く駅に着いた俺に狙いを定めたわけだ。なりゆきで話しかけられても、どう対応すればいいか困る。
追いつけていけない思考に小さく溜め息を吐き、目の前の彼女を盗み見た。誰とでも気兼ねなく話せる印象であり、見知らぬ相手に怖気づいて口を開かない性格にも見えない。何より自由奔放で不思議な雰囲気をもつ彼女に、誰も自ら声をかけるなどしないだろう。
「変わり者って言われませんか?」
思わず本音を口走ってしまい慌てるが、それも彼女の笑顔を前に冷静さを取り戻す。彼女は先ほどの表情とは打って変わり、無邪気な子供のように目を大きく輝かせると意気揚々と話し始めた。
「よくわかったね。私はこの村でいちばん変人と噂されている高校生なんだ。まぁ、私からしてみれば理解できない者たちのほうがおかしいのだけれど。凡人から昇格したのならそれは喜ばしいし、天才とはみな異端である者たちが進歩して――」
それは降格の間違いだ。
田舎すぎて若者の人口が極端に少ないこの山村に住んでいる俺でさえ、彼女のような人間を知らない。変わっている人が名誉であると主張する言い方に、哀れんだ眼差しで語り続ける彼女を見つめた。
疑いもなく彼女は奇人だ。黙っていればクラスのマドンナ、いや、学園のアイドルになれた美貌にもったいなさすぎると感じてしまう。神様から美を授かった対価として代償を負わされたのだろう。異性にはモテるが、蓋を開けてみれば違っていたとか言われそうだ。まず彼女が自らの恋愛事に興味を示すとは想像しにくい。
「――つまり、私にとって変人は褒め言葉だな」
「汚名の間違いじゃないですか?」
変わり者自慢に毒を含んだ言葉を返した。おかしいと言われて普通はいい気はしないが、嬉しいと語る彼女を見て、やはり変わっていると痛感する。
ひたいからまた汗がにじみ出て、早めに駅に着いてしまったことを改めて後悔した。近くに最近できたというコンビニで時間を潰すのもよかったかもしれない。日陰でこんなに暑苦しいとなれば彼女がいる日向はそれ以上だ。いまだ炎天下に熱せられたベンチに平然と腰かけている彼女が誰に対してか、張り合っている可能性も考慮してみる。
熱中症で倒れてしまうと、少しでも涼しい日陰に促がすため口を開いた。
「あの。そこ、暑くないですか? 日陰に行ったほうがいいですよ?」
「べつに私はこの場でも構わないが」
「熱中症で倒れますよ」
「心配は無用だよ。私の体は自分がいちばんよく知ってるし、この程度の暑さじゃ私は倒れない」
いったい彼女は何と戦おうとしているのか。暑さ自慢など今どき誰も褒めない。
まるで暑さを感じていないと言わんばかりに答える彼女に疑いの眼差しを向ける。どこに座ろうが本人の自由だが、目の前で危ない橋を渡ろうとする人を放っておくことはできない。俺しかいない状況ならなおさらだ。結果はどうあれ促がしておくだけでも効果はあるだろう。
「何かあっても知りませんよ」
「あぁ、わかってる」
これ以上言っても聞く耳をもたないと息を吐くと同時に、なぜか心配している自分に驚いた。どんな相手でも一度交流をもてば知人になるのだと気づかされる。いつの間にか彼女とも普通に会話をして、無視できない存在にまでなっていたらしい。
「さっきの世界終焉説ですけど、自殺とか安楽死したい人が増えるかもしれませんね」
明日死ぬとは限らないが、少しでも苦痛を味わない死を選ぼうとする人たちもなかにはいるはずだ。人類がみな同じ結末を迎えようとしても、迫りくる死が確定した場合、人は正気を保っていられるのか。それ以前に滅亡への予兆などない気もするが。
つまりは、もし世界が明日終わるならという仮定の話しで、その願望を叶えるのは不可能に近い。いつだって人間は死と隣り合わせのなか生きているが、死ぬ気で毎日を過ごしている人などほとんどいないのだから。
「その意見は安易すぎるね。まぁ、世の中いろんな人間がいるし、そういう選択肢があっても私はいいと思う。だが人類は望みを捨て切れない生き物で、世界が終わるとわかっていて呑気にかまけている奴はほとんどいない。明日死ぬわけないと、人は生きていく。最後まで抗った先がたとえ絶望でも、人は希望を探すものだよ」
そんな彼女の話しを聞いて、ある人物が脳裏によみがえった。数多くの名言の中で記憶が鮮明に残っているドイツの神学者、マルティン・ルターの言葉。彼についてはあまりよく知らないが、たしか多くの作品があり、特に『死は人生の終末ではなく、生涯の完成である』という内容には、子供ながらに死への捉え方が変わったほどだ。
「名言とかで知られるルターもそれに似た言葉を残しているのを知っていますか?」
「もちろん。私は彼の大ファンだよ。君もそういうのに興味があるのかい?」
「えぇ、それなりには……」
自ら文学に興味があったわけではない。絵本にかわり名言が数多く書かれた語録を楽しそうに話す曾祖母の影響で、一時期目を向けていただけだ。
仕事が多忙な両親にかわって祖父母が面倒を見てくれていたが、曾祖母がいたから寂しいと思う日はなく、逆に彼女の話しを聞きに通う日々が幼少期の楽しみだった。ルターに限らず多くの偉人の言葉に心動かされたが、小学生のとき唐突に曾祖母がいなくなり時間とともに文学への興味が薄れていった。
ルターに似ているとわかったのは、終戦記念日である今日、曾祖母の墓参りを断わり母親と大喧嘩して家を飛び出してきたからである。本来なら自由参加の補習も行く予定はなく家でひとり過ごすはずだったが、今年はなぜか気合いの入った母親に強制的に連れていかれそうになり、居心地が悪くて登校する羽目になったのだ。授業があると嘘を吐かなければ母親は納得しなかっただろう。
毎年この時期に、母親との関係が悪くなるのは自分のせいだとわかっている。いまだ天真爛漫であった曾祖母の訃報を受け入れられず、一度も墓参りに行けていないのだ。あの場所に行くという事実は、彼女の死を認めたということになる。
家族が俺に曾祖母の件で嘘を吐いているとは思わない。それでもまだどこかで生きており、昔のように忽然と姿を現すのではないかと期待してしまうのだ。
「生命の中で人類だけが独自の言葉を話すが、人の心を揺り動かす名言は特に素晴らしい。文学は無限大で飽きないし、人間の歴史で幾度かの時代が変わっても心に響く言の葉は人類の宝であり――」
文学の世界はすごいと熱弁する彼女を見て、本当に好きなのだとわかった。偉人たちも心に響くとかそんな意図は毛頭もなく淡々と言ったと思うが、ここにその発言に対して熱狂するファンがひとり。彼女は俺が出会ってきた誰よりも文学が大好きなのだろう。
熱中できる分野があって羨ましい。俺には時間を忘れてのめり込むほど何かに夢中になった経験がないのだ。
「それだけ好きなら、やっぱり将来は文学に関する仕事に就こうと思ってるんですか?」
「いや、就かないけど」
断言され驚いた。彼女のような愛好家なら覿面な職種だ。なぜそれを自ら手放そうとするのか。
「名言や格言が好きなのはあくまで趣味の範囲なんだ。自分より詳しい人間が世の中に大勢いるなかで、本当に文学に携わるひとにぎりになりたいか想像したら、娯楽だからこそ好きなんだと気づいた」
「なら、どういう職種を希望しているんですか? 将来の夢は?」
「私は、お料理上手なお嫁さんを目指している最中だよ」
「そ、そうですか……」
意外すぎる返答に冗談を言われているのだと苦笑を浮かべておく。今どき高校生にもなって将来の夢がお嫁さん志望など笑えない。ひと昔前の女性や、未来に無頓着な園児が言ったのであればまだ可愛いで済んでいたのだが。でも彼女のような美女なら、変人ではあるが多くの異性が詰めかけそうで、お嫁さん志望もあながち間違いではないかもしれない。
すでに未来の旦那がいたりするのではと考えていると、彼女から言葉が返ってきた。
「そういう君は将来何をしたいんだい?」
何気ない質問に目を見張り心臓が一瞬止まるのではないかと錯覚するほど酷く動揺した。鼓動が早くなり、ひたいに浮かぶ汗も冷や汗へと変わる。いちばん聞かれたくなかった事柄であると同時に言いにくい質問に困り沈黙が続いた。なぜこんな人によっては嫌な話題を自ら振ってしまったのか。
セミの音だけが辺りに木霊し静寂を掻き消してくれているため、不思議と気まずい雰囲気ではなかったが、俺のほうはどこかぎこちない息苦しさを感じていた。適当に返してもよかったが、勘の良さそうな彼女が相手では会話の流れからして後々厄介だ。どうせ二度と会う機会はないのだから話してみてもいいかもしれないと、暑さで気が触れたのか、素直に口を開いてみることにした。
「……まだ、決まってません」
ルターの名言にある、ひとつの嘘を七つの嘘で隠し通すのは自分には無理そうだ。
「来年中学を卒業するんですが、まだ志望校も行きたい就職先もあいまいで。自分が何をしたいかわからないままなんです」
中学三年である今、直面している最大の悩みが進路だ。義務教育が終わるのを期に本格的に将来について取り組まなければならない時期に入ったが、いまだやりたいことが見つからずにいる。表向きは地元の高校に進学するとなっているが、実際はまわりに合わせて決めた進路で、本当にこれで良かったのかと悩む日々が続いていた。
なんのために進学するのか、夢も目標も何もない自分は、中卒でも構わないのではないか。そんな後悔が頭をよぎるが、高校までは出たほうがいいというまわりの意見も納得できるため、自分の中で矛盾が生じているのだ。
家族や友達にも相談できずにいた。
最初は高校などどこも同じで時間が経てばこの悩みも解決すると思っていたが、日を追うごとに不安は増すいっぽうで、勉強に逃げる日々が続いていたのである。
「俺に決断力があれば良かったんですけどね」
曾祖母の件もあれから数年経つが何も状況は変わっておらず、現実から目を逸らし続けているままだ。いつまでも子供の頃の記憶に縋り付いて逃げるわけにもいかない。ずっとわかってはいたが勇気が出なかった。なぜあれほど会いたかった人に会うのがこんなにも怖いのだろう。今の自分ならその意味もきちんと理解できる。
俺は、無限にあると勘違いしている時間に甘えていたのだ。
お嫁さんが夢だという彼女も、未来への行き先が決まっているだけ羨ましい。どれだけ年を重ねても目標であることには変わりないのだと思い知った。ひとつでも馬鹿にしていい夢などなかったのだ。気がつけば俺も誰だかわからない世間とやらに囚われていたのだと実感した。
「もし世界が明日、終焉を迎えるとしたら人は後悔するかもしれない。でも同時に人類は、本当の意味で時間の大切さに気づかされる」
呟くように口を開いた彼女を見つめる。
ずっと将来について悩んでいるばかりで行動に移さないのは時間の無駄だと、そう言われている気がした。夢は早く見つかればいいという問題ではなく、やりたいことがないのなら流れに身を任せるしかない。それに、いつかできた目標のために勉強するのは悪いことではないのだ。
「君は先を見据えるより、今、何がしたいか探すことが最優先だね。気を抜きすぎるのはあまり感心しないが、いろんな経験をして自分自身と向き合えば自ずと答えは出てくるさ。大事なのは明日ではなく今日何をやるかだよ。この場にいる君も子供の頃不安だった未来の自分なんだから」
彼女に言われて何がしたいか思い浮かべてみた。だけどそれを実行すれば、同年代たちに置いていかれるかもしれない未知の恐怖がつきまとう。自分が本当は何を求めているのかさえ、期限という忙しない世間の決めたルールが頭をよぎり、自らの意思がわからなくなる。
「俺には行動力も決断力もなければ、人を惹き付ける力もありません。そんな俺でも、人生の中でやりたいことが見つかるでしょうか?」
電車の走行音が聞こえ、彼女はベンチから立ち上がると線路の手前にある黄色い線の内側まできた。
生暖かい風がホームに吹き込み長い黒髪が揺れる。きっと彼女は次の電車に乗るのだ。あまり話せなかったが、久々に別れが名残惜しいほど有意義な時間だった。あと少しだけでも話していたいと切望するが、電車はすぐそこまできている。
「大丈夫。君の人生はもう始まっているんだ。なあに、失敗したらまた最初から始めればいい。のんびり考え、ゆっくり悩みなさい」
ひまわりのような暖かい笑顔を見て、目を大きく見開いた。
ホームに入ってきた電車が俺たちの間を遮り停車する。とっさに立ち上がり彼女の姿を手当たり次第探してみるが、一向に見当たる気配がなく呆然とその場に立ち尽くした。いつからか人もまばらに増えており、心地いいセミの音と人々の笑い声が辺りに響き渡る。それだけ会話に夢中になっていたのかと不思議な感覚に襲われると同時に、あの笑顔を思い出して笑みが零れた。
今、自分が何をしなければならないのかわかったのだ。
青い空に浮かぶ大きな雲を背に、あるひとつの決心が俺の中で固まる。
ベンチの近くに転がっていた自分の鞄を引っ掴むと、駅舎を飛び出し来た道へと向かって駆け出した。揺らめく陽炎が連れてきてくれた、ひと夏の思い出を胸に刻み込んで。