表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/58

合理を以て神威に刃向かう

 ずしん、と足元に振動が響く。

 最初は地震かと誰もが思ったが、それがいつまでたっても終わることなく。一定の間隔でもって響き続けることに疑問を抱いた。

 その時、一人が見上げた。

 びゅるんっ、と赤黒い何かが蛇のようになぎ払われ……防具を纏った人体が切断される。

 一人が、仲間の死に悲鳴をあげようとして、頭上から振り落とされた大質量に骨肉を叩き潰され、平たく潰れた血肉の塊となって絶命する。


「ひ」

「感動するがいい、恐れおののくがいい。これぞ我が神威の影」


 誰かが。引きつった声をあげた。

 その巨大な質量はいつの間にか陣地の近くまで接近していた。これほどまで巨大な物体が接近するまでなぜ気付けなかったのか? 疑問は……巨人を構成する物体が何であるか理解したため氷解した。


 まるで人間の死体を泥粘土の代わりに人形を形作ったかのような、五メートル近くの『屍の巨人』。

 足を、肩を構成する部分のあちこちに、人間の胴が、足が埋まっている。こいつは、今しがた、すぐそこで一つに結合して誕生したのだ。

 頭部らしいものは存在しない。胸部には白い牙のようなものが突き出ていて、口蓋めいた赤い肉が覗いている。

 だが、その牙らしきものが幾つもの人間の肋骨を集めたものだと気付くと、あちこちから呻き声があがる。


 見れば『屍の巨人』の腕に携える鞭のようなものは、最初細かな歯を刻みつけた糸鋸のようなものだと誰かは思った。

 だがそれが人間の背骨を束ねた残虐な骨鞭であると気付き、兵達が仰け反る。

 

 その握りこぶしのような巨大な球体が何であるか、最初だれも気付けなかった。

 だがそれが人間の頭蓋骨を集めた髑髏の鉄球であると気付き、兵達が震えて下がった。


 人間を材料に組み立て、その遺骨を武器として扱う巨人。

 あまりに冒涜的な異形の姿に恐怖が伝播する。

 人間を死してなお酷使する邪神が振るう、闇黒の威光に対して人々が膝を突いた。

 圧倒的な力を前に頭を垂れ、どうか何もしてくれるなと嵐を過ぎ去るだけの姿。絶対的な存在を前に許しを請うだけの人間に、アンダルム男爵の姿を借りたものは哄笑を挙げた。


「は、はは   はははは    はははは」

「ははははははははははははははは」


 絶望するがいい、苦しみおののくがいい、貴様らにできるのは闘死か自害の差しかない。

 酷使者の前にひれ伏せばいい――そう思ったアンダルム男爵は、自分の笑い声に被せてくる呵呵大笑に訝しげな視線を向けた。


 

 黄金の女が、強力神の加護を受けたあの女は――恐怖に凍りつき、動けないでいる人間の陣地の中で一人、さも楽しげな様子で笑っていた。

 哄笑のたびに口蓋から黄金の炎を吹き上げ、敵を見据える眼は愉快げに細まった。

 

 なぜだ。

 なぜ笑える。

 この時邪神と人間達はローズメイの笑い声を受け、考えたことが一致した。

 屍の巨人を前に彼女はさも愉快げに笑い続ける。


 ローズメイは乱心した訳ではなかった。

 彼女はこの数ヶ月、剣を持ち、新たに戦う理由を得たかのように思っていたが……かつて愛した王子に裏切られ、追放され新たな人生を始めた今でも……どこかで華々しく討ち死にをするのなら、それが人々の為になるのならば命を惜しむ気もなかったのだ。

 シディアと出会ったあの山奥の村で、龍と戦うのであれば人生の幕引きの戦いに相応しいと微笑んだのと同じように。



 ここで闇黒の神威と戦い死ぬのであれば、それはそれで、おれという物語の終止符に相応しい。 



「なぜだ。なぜ笑える……何がおかしい。我に討ち果たされしものは死しても終わらぬ永遠の労苦に苛まれ、最後には魂を磨耗して滅ぶ。

 死さえも終わりでない我を前に、どうして待っていたかのように微笑むことができるのだ」


 ローズメイは微笑んだ。

 永遠の労苦とやらを恐れる心がないわけではない。しかし自分や人々の尊厳を貶めんとする邪悪な侵略者を相手取り戦う生き方を続けてきた。相手が邪神であろうとも、いまさら生き方を変えることもできるはずがない。

 永遠の労苦に苛まれ、魂が磨り減り消滅する最後であろうと、おれはやったのだぞ、と褒めてやることができる。

 

 武と意地を以って剣を構え、号令する。


「南蛮に象兵あり。足は四つ、耳は団扇のごとく大きく、一対の牙在り。

 身の丈は城門に比肩し、一度の突撃にて千の精兵が組む方陣をも蹂躙する威力を持つ! ……眼前の敵はそれと同じ!

 威力は絶大だが、図体の大きい敵は総じて鈍重! もっとも恐れるべきはあの巨体を持って陣地を破壊されることと知れ! 陣地に接近されるまでに撃退できれば問題はない!」


 その巨体。その怪異さに恐れをなしていた兵達の心に疑問が湧く。

 彼女のその物言い。まるでこの世には同様に対抗不能の兵科があり、人間はそれらに抗する手段を確立しているようではないか。


「シーラ!」

「ぐるるっ」


 ローズメイの下知に従い狼龍シーラが擦り寄ってくる。傍にいた兵から愛用の戦斧を受け取り肩に担いで叫んだ。


「あの巨躯をあのような足で支えられるはずがなく、何らかの力によってその無理を押し通している。

 ならば狙うは敵の足、関節、膝! 巨躯を支える不可思議な『力』であっても支えきれぬほどに破壊すれば侵攻は止まる! 一瞬足りとて足を止めず常に移動し続けろ!」


 そうしてローズメイは叫ぶ。


「動きを止めれば、朝まで生き残れば――我々の勝利だ!!」

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ……こいつ……と邪神が瞠目の声をあげる。

 心を打ち砕くおぞましく奇怪で不気味で、人の力では絶対に抗し得ない『屍の巨人』を前にしながらも、黄金の女は『合理』を以って兵の士気を取り戻してみせた。

 口蓋より火を吹く『龍の住む』英雄英傑の相。

 

「ただの人間では、ないか」


 シーラに跨り戦斧を振り上げるローズメイ。その背後に家来衆が、セルディオが騎馬にまたがり疾走する。

 恐怖に打ち勝ち、破滅に抗うための戦を先導する先頭の彼女を前に、アンダルム男爵の姿をした邪神は忌々しげに顔を顰める。

 だが、まだだ。

 如何に士気を挙げようとも自分は神。人間に抗しうることもできない。自分を滅ぼす事など不可能。ここで負けようともそれがなんだ。現世への更なる侵攻の機会を待ってもいい。ここでさらなる力を発揮して踏み潰すこともできる。

 多少人間が足掻こうと、大勢は揺るがない。

 

 その慢心ゆえに――陣地奥で覚悟を決めたメリダ老が、人生最大にして人生最後の大秘術を始めたことにはまだ気付いていなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 再開されているのを発見し、最初から読み直しててようやく最新話に追いつきました。 途中、幾人かの死に様に幾度か号泣し。そして今の場面が夜明けを迎えたらにきっとまた涙するんだろうという予感を抱え…
[一言] 信じる者は掬われる。足を。
[一言] 邪神ェ…そうして慢心してるから足元をすくわれるんだよ…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ