破格
ちょっとあれこれ立て込み、忙しくて本日は少ないめです。
執筆速度上げたいー。
バディス村はそれほど豊かではないが、それでも村人たち全員が食うに困らない程度の収穫は取れる有り触れた村だった。
ローズメイ一行は、村が見えてくると一端小休止する。
まずローズメイはシディアと共に狼龍シーラから下馬すると、彼女に言った。
「シーラ。とりあえずお前は外で適当に遊んでおけ。
獲物を取りたいなら好きに狩るがいい。ただし子供と孕んだ牝は殺さぬこと。よいな?」
「ぐるるぅっ」
狼龍シーラはローズメイの言葉に頷くような仕草を見せると、そのまま突風めいた勢いでその場から立ち去る。
バディス村の人からすれば、シーラは彼らが生贄を捧げたつもりである龍種だ。顔を合わせると、相手を恐怖させてしまうだろう。
「お前達は……三名ほど付いて来い。ほかは外で待て」
「へい」
ローズメイに心服する男達のうち、比較的顔が優しく見える連中を三名ほど引き連れていく。
辺境の村とはいえ、人数はおおよそ30か40ほどであろう。そこに、9人とはいえ剣を吊り下げた暴力の気配を漂わせる悪相の男達を引き連れて現れれば、やはりこれも恐怖をもたらすだろう。
「それでは、参ろう」
「はい。ご案内します」
シディアが前に進み出て、村の中央を進んでいく。
外周には獣害を恐れて木製の柵が設けられ、中央の広場に隣接する形で少し大きな家が見える。……そろそろ夜も深けている時刻だが、室内からは明かりが灯り中からはどこか陰々滅々とした雰囲気が漂っていた。
すすり泣くような声。悲しげな溜息を聞けば、生贄に捧げられたシディアはこの村では愛されて育ってきたのだろう。
ローズメイは、ゆくぞ、と後ろを振り返り、そのまま扉をノックする。
中から、怯えたような気配と声が返ってきた。
『……ッ……夜半遅くにどなたか。こんな夜更けに家を訪ねる非礼な方には扉は開かれておりません。帰られよ!』
「仰せごもっとも。されど生贄に捧げられた娘、シディアを奴隷に落とそうとする卑劣な企みを砕いて参った。
まず彼女のみお送りする』
シディア、と目で合図すれば、こくりと頷き前に進み出る。
「村長様ですね、あたしですっ、シディアです! 危ないところをこの女性のお方に助けてもらったんです」
『……シディア?! ああ、そうかっ!』
村長らしき声には大きな安堵が含まれている。
悪漢達の証言が正しければ、シディアを奴隷として生贄に捧げる今回の悪事には村長も関わっているはずだ。しかしローズメイは、村長の声には純粋にシディアの無事を喜ぶ素直な安堵があると感じた。
シディアはそのまま、少しだけ開け放たれた扉の隙間から室内へと入っていく。
聞こえる声は安堵と喜び。危険極まる凶獣を鎮めるためと涙を呑んで捧げた生贄の娘が、無事傷一つ無く帰ってきた様子に、安心する声が響く。
ローズメイと手下たちはしばし安心と歓喜の声を聞きながら夜空の月を愛でていたが……しばらくの後、扉がゆっくりと開く。
『……何もない寂れた寒村でありますが、恩人相手なら喜んで扉を開きましょう。ありがとうございます』
「礼には及ばぬ」
ローズメイはそう頷き、開かれた扉から中に足を踏み入れた。
バディス村の村長は小心者で臆病だったが、悪辣さとは無縁の穏やかな人物だった。
シディアを生贄に捧げることを神父に強要され、罪悪感と後悔ではらわたが捩れるほどに苦悩もした。罪の意識で夜の眠りも浅く、目元には濃い隈ができてしまうほど。村人からはシディアを生贄に捧げねばならない事に苦悩しているのだと同情されもした。
違うのだ。まるで違う。
村長が苦しんでいるのは、村の子供の一員として育ててきたシディアを、本来なら順法精神の手本となるべき貴族の無法の犠牲にせねばならない、この世の理不尽が悔しくて腹が立って仕方がなかったのだ。
口止め料として支払われた金を受け取りはした。抗っても殺されるだけで終わるだろうから。
だからせめて、これはシディアが残してくれた大切な形見の金と思い、栄養不足で冬を越せない体の弱い子供に腹いっぱい食わせてやるための力として蓄えておくことにしたのだった。
ああ。けれども腹が立つ。小心で臆病だからこそ、心の中でため込んだ憤懣は人一倍であった。
若い頃は相応に苦労したし、一度か二度ほど領主様に兵役を任じられ従軍した経験もある。剣はまだ家の物置にしまっていた。
あの卑劣な『神父』。領主の子供という立場を利用して、シディアの死を悲しむふりをするあの下種野郎。自己愛のケダモノめ。はらわたで煮え滾る憤怒のまま斬り殺してやろうか……一時の自暴自棄のまま奴を殺す自分を想像して我が身の非力を嘆く村長。
けれど――。
「失礼する」
「お、おおおおぉぉぉ……?!」
その驚愕の声は果たして村人の誰のものだったか。
あるいはシディアの事を嘆き悲しんで村長の家に集っていた村人全員の驚愕だったかもしれない。
人間あまりにも美しいものを目にすると、釘付けになる。目を背ける事さえ思い浮かばない。
「め、女神様!」
村長は膝を突いた。伏し拝んだ。
人ならざる絶世の美に対して、彼はきっと――この女性は神が遣わした正義の天秤を司る法の執行者なのだとさえ思った。
領主の無法を歯噛みし、正しいことを成せない自分の代わりに正義を代行し、そしてシディアを救ってくれた人なのだとさえ考える。
「あいにくとそんなに大層なものではない。通りすがりだ」
ローズメイは膝を突いた村長を止めるように手で制し、そのまま室内へと入っていく。
そこから数名……男達が三名ほど続いて入るのだが……村長は再び仰天した。
「あっ、お……お前たちはっ?!」
彼らの顔には見覚えがあった。シディアを誘拐するために領主が派遣したならず者たち。
村長は、これはどういう事なのかと混乱する。彼女がシディアを助けてくださったのは間違いない。だがそれならなぜ……このような悪漢無頼の徒を、女神さまは手下のように侍らせているのか?
村長の驚きの意味を理解したのか、男達は照れ臭そうに顔を見合わせて笑う。
「いや、安心してくれよ村長さんよ」
「俺たちゃ頭を黄金の姐さんに斬られたが、その強さとお人柄に惚れ込んだ」
「今では姐さんの手下だ。あんたたちにゃ何もしねぇよ」
ば、ばかな、という言葉を村長は呑み込んで、驚愕で目を見開く。
一度従軍した経験のある村長は、目の前の絶世の美女が今まで見たこともない超戦士と理解できた。
この黄金の女神の並みならぬ風格を見れば、悪漢どもの頭目であった男などひとたまりもなく殺されただろう。
そこまではわかる。
……頭を殺された手下たちが頭目を殺された復讐に戦い挑み討ち果たされたならわかる。
この黄金の女相手では到底かなわぬと参を乱して逃げる事も大いに納得できる。
だが……頭目を殺した犯人に、明らかに自ら望んでその配下となる――そんな事態は、村長の想像を絶していた。
仲間を殺された復讐に走らせるのではなく、自ら臣従したくなるほどの風格。思わず頭を垂れ、足に口づけをしたくなるこの衝動は――目の前の彼女が、王威と呼ぶより他ない何かを有しているからか。
「こやつ等が何か不始末をしようとしたなら責任を持って殺そう。
……はじめまして、村長殿。おれはローズメイという」
絶世の美女は礼儀正しく頭を下げ、村長も慌てた様子でこちらこそ、と頭を下げ返す。
彼に分かるのはただ一つだけ。
この女神は想像を絶する、破格の大人物であるという事だけだ。