第3話 王族の姫君
俺は、ゴーグルを頭に乗せて飛行機の操縦をする。
離陸の準備が整い、飛行機は一気に加速し始めた。
この飛行機は高性能であり、2種類の離陸方法が可能なのだ。
1つは、普通の飛行機のように滑走路を走行して、翼の揚力によって離陸する方法。
もう1つは、ヘリコプターのように滑走路が無くても離陸できる方法だ。
元々は、軍の運搬機のようであり、様々な状況に対応できるらしい。
「まずは、安全な『島(二スィ)』を回って、このヤマネコを置いてくるか。
こんな猛獣じゃあ、逃げ出したら命取りになる可能性もあるしな……。
その後、危険な『雲』地帯を回ってみるか。
どこに着陸できる地点があるのか、確認しておくのが先決だからな。
空賊が多発するという地点は、避けて通ろう。
今日は、初日だから危険な行動は無しだ!」
俺は、任務を終えたら、トラッシュの所へ行こうと考えていた。
いくら子供ができないからだといっても、方法次第では子供を授かる方法もある。
費用は高いらしいが、受精した卵子を彼女の体内に入れる方法があるらしい。
人工授精とはいえ、子供を授かる事ができるそうだ。
トラッシュが俺に空を飛ぶ仕事を与えてくれたように、俺も彼女にできる事はなんでもしてあげたかった。
「これが、恋というものなのかな?
最近は、トラッシュの顔も見ていないが、彼女の喜ぶ顔が見てみたい。
あいつは、金もないから方法がないと思っているようだが、航空機乗りなら金額的には可能なはずだ。
この星の人口自体が少ない以上、女の子に会える可能性も低い。
トラッシュも、貴重な女の子なんだ。
大切にしてあげないと……。
いつか、あのフードを取って、花嫁衣装を着せてあげたい!」
俺はそう考えていると、最初の荷物を渡す家に辿り着いた。
家というには大きい宮殿のような屋敷だった。
さすがに、山猫を養えるだけあって、敷地は見た事もないほど広い。
「これ、王族の屋敷だよな。
となると、トラッシュ以来の女の子に会えるかもしれない。
ちょっと緊張して来たな……」
俺は、玄関前に不時着し、人が出てくるのを待つ。
女の子が出て来ると良いなという期待を抱きつつ、門が開くのを待った。
すると、自動で門が開閉し、俺が入れるようにしてくれた。
「すいません、荷物を運んで下さっても良いですか?」
インターホンの所から、トラッシュのような高くて綺麗な声が聞こえて来た。
どうやら、女の子らしい。
俺は、思わず緊張して答える。
「ふぁい、すぐにお伺いいたします!」
俺は、慎重に山猫のケースを運んで来る。
迂闊に手を出せば、指が喰い千切られるほど力が強いそうだ。
爪は切ってあるようだが、力が強いので危険である。
俺は、山猫が暴れないようにケースごと移動させる。
山猫の手が出ない場所を持ち、ゆっくりと運ぶ。
玄関を入り、リビングまで行くと、姫様が姿を現した。
「トラッシュ?」
「あ?」
俺は思わず、トラッシュの名前を口ずさんでしまった。
今、リビングに立っている女性は、かつて見た女の子らしいトラッシュと似ていた。
大きく成長したら、こんな感じになるのかと思うほどに酷似している。
姫様の容姿は、黒髪のショートカットに、鋭い目がキラリと光っていた。
その下は、胸を強調しているようなピンクのドレス姿だ。
普段着のようだが、気品に溢れており、仕草一つが美しい。
手袋をしていて、肌は綺麗な白色だった。
「トラッシュって、あの農場で働いていた奴隷の事かしら?
まあ、一応、双子の妹だから似てても問題ないけど、あっちは子供を産むことのできない出来損ないよ。
私は、正真正銘の女の子で、オッパイもDカップはあるし、子供を産む事も可能なの。
あんなゴミと一緒にされては困るわね。
普段は、私と顔を合わせないように、農場で働かせているの。
あの子のことを知っているという事は、あなたはスカイとかいう子かしら?
あの子と一緒に買い物に行った時に、そのゴーグルを買ったのを覚えているわ。
ふーん、飛行機乗りになったなら、私も恋人候補になるのかしらね?
どう、私と結婚して、多くの優秀な人材を生み出してみない?」
「いえ、結構です!
それより、トラッシュは元気ですか?
最近は、あまり元気がないみたいで……」
「ふん、すこぶる元気よ!
死んでくれた方が、私としては嬉しいんだけどね。
一卵性双生児のくせに、女の子としては終わっているもの。
あのトラッシュっていう名前は、私が付けたの。
意味は、ゴミという意味よ。
子供の産めない女の子なんて、この星では存在する意味がないわ!」
「あんた……、いえ、そんな酷い事を仰らないでください。
双子の姉なのでしょう?
もっと大切に扱ってあげてはどうですか?
それに、トラッシュでも子供を宿す方法はあるのでしょう?
多少手間はかかりますが、絶対に子供ができないというわけではありませんよ!」
「うるさいわね!
じゃあ、あなたは私とトラッシュ、どっちと結婚したいかしら?
私は、このままあなたと交われば、元気な子供を産むことができるわ。
それに、オッパイは触り心地の良いDカップよ。
権力や名声を差し引いても、男達がこぞって求婚に来るわ。
それにひきかえ、トラッシュは、子供が産めるかも絶望的だし、女の子としての機能はほとんど死滅しているのよ。
さらに、男性ホルモンの影響が強すぎて、体つきも女の子じゃないのよ。
どうせ、ここ最近は、トラッシュの顔も体もマトモに見ていないでしょう?
フード付きの服を被って、顔も体も隠しているからね。
私とは、勝負以前の問題なのよ?」
「くっう……、あなた、酷い人ですね」
「ふーん、多少優しい事を言って、励ましてあげろとでも言うわけ?
どうせ、世間の扱いは変わらないのよ?
下手に励ますより、現実を叩きつけてあげる方が親切じゃなくて?
特に、あなたのような男なんて、口では優しい事を言うけど、結局は美女や可愛い女の子に惹かれて行くのよ?
今のトラッシュを見たら、見方も変わるんじゃないのかしら?」
「く、これは、あなたのお届けした山猫ですよ?
どうぞ、受け取ってください!」
「もう要らないわ!
どうせ、トラッシュにプレゼントする気だったもの。
子供の産めない彼女に、動物で気を紛らわそうとしただけよ。
どうせなら、あなたがトラッシュにプレゼントしてあげたら?
今のトラッシュを見たら、幻滅する事でしょうけどね。
私の美しさを理解したら、また来なさい。
婚約者候補に加えてあげても良くてよ!」
「くう、では、彼女にお届けいたします」
「おっと、受け取りのサインとお金を渡さないとね。
クレームをかけられても困るし……。
ちょっと、こっちへいらっしゃい!」
俺は、手招きする彼女の方へ、しぶしぶ近付く。
これも仕事だからと、紙とペンを用意していた。
彼女はお金を渡し、受け取りのサインを済ませる。
「ふう、ありがとうございます」
「ふーん、なかなか良い男の子じゃない?
気に入ったわ!」
彼女は、顔を上げた俺にキスして来た。
唇が軽く当たり、良い匂いが口の中に広がっていた。
俺は、しばらく何が起こったか分からなかったが、数秒して理解した。
「何、するんですか?」
「ふふ、女の子とのキスですよ。
私の名前は、アビスよ。
将来は、この星を支配する女王様なの。
私は本気ですからね。
飛行機乗りである以上、王族との結婚もありですからね。
他の婚約者は、全て破棄させてもらうわ!」
「俺は、あなたになんて惚れませんよ!」
「あら、良いのかしら?
私に逆らったら、絶望をプレゼントしてあげるわよ?
私は、この星のお姫様だもの。
どんな非人道的な事も行えるのよ?
賢い頭脳の片隅に覚えておきなさい!
次は、あなたから求婚して来る事を願うわ、スカイ♡」
「はあ、では、失礼します!」
俺は、山猫を連れて飛行船へ戻る。
トラッシュの姉に出会ったのは嬉しい事だったが、その姉はとんでもないような人物だった。
それでも、アビス姫と俺のイメージの中のトラッシュが重なる。
不本意だったが、キスした余韻が残っていた。
あれが、正真正銘の女の子とのファーストキスなのだ。
「くう、あれが女の子なのか、気持ち良かった……。
帰りに、トラッシュへ、この山猫をプレゼントしないと……。
トラッシュも見た目はあのくらい可愛いと良いんだけど……」
俺は、トラッシュの今の姿を知ろうと考えていた。
アビス姫と双子らしいから、きっと可愛いはずなのだ。
俺は、淡い期待を抱いて、残りの荷物をお届けする。
数時間で、安全な『島(二スィ)』の周辺は配り終えた。
これから、危険と呼ばれる『雲』地区を回るのだ。
一回も行った事のない場所だが、どのような場所なのだろうか?