第11話 アビス姫のパーティー
俺は、アビス姫のパーティーへの招待状を受け取って、パーティーへ行く準備をする。
トラッシュや総監督に頼み込み、正装を借りる事にした。
すると、総監督もパーティーに参加するらしい。
トラッシュもパーティーが開催される事を知っており、俺の相談に乗ってくれた。
彼女自身は、パーティーに招かれてはいないと言う。
「私とアビスの関係は思わしくありません。
ですから、私はパーティーに参加しないでしょう。
ただし、オーシャンさんは招かれるかもしれません。
総監督やスカイが気に入った女性です。
彼女自身も自分以外の女の子は、滅多に知り合えませんから……。
我儘な姉ですが、仲良くしてあげてください!」
俺は、トラッシュにそう頼まれてやる気になった。
たとえ悪女だろうが、根暗なひきこもりだろうが、好きな子の為には仲良くしたい。
2人が仲良くなる架け橋となるのなら、俺は努力を惜しむような事はしない。
「分かった!
俺は、アビス姫と仲良くなるぜ!
そして、俺とトラッシュの結婚を認めてもらう!」
「う、それは無理です……。
スカイには、お姉様と一緒に結婚してもらい、子供を作って欲しいです。
そして、私はその子を抱ければ満足ですから……」
「いや、俺が好きなのはトラッシュだ!
アビス姫には悪いが、そこだけは絶対に変える気はないぜ!」
「そう、ですか……」
トラッシュは、少し不安げな表情をしていた。
ゆっくりと自分の衣装室に入って行き、俺に正装のスーツを渡す。
灰色のスーツに、白色のワイシャツだった。
そして、アクセントに黒い蝶ネクタイが付いている。
これで、パーティーへ行く準備は整った。
しばらくすると、俺達は就寝する時間となる。
俺と総監督は、遅い時間という事で帰って行った。
「もう寝る時間ですが、一向にマウンテン(ヤマネコ)がウンチをする気配はありませんね。
今日中には、宝石を取り出せないかもしれません」
トラッシュがヤマネコの頭を撫でながらそう言う。
その言葉に、オーシャンは動揺する。
彼女は、今日寝る場所さえもないのだ。
「そんな、じゃあ、どうすれば……」
「今日は、オーシャンさんは私と一緒に寝てください!
そうすれば、明日の朝には宝石を返せるかもしれません」
「まさか、トラッシュはレズ?
スカイに気に入られても素っ気ない態度を見せるのは、本当は女の子が好きなんじゃ……」
「ち、違います!
ほら、お姉様からパーティーの招待状が来るかもしれませんし、その場合のドレスアップも必要だと思うんです!
本当に、それだけですよ!
私は、スカイの事が好きです……。
でも、スカイを幸せにする事はできないと思っているだけです……」
「ふーん、あんたとアビス姫の体が逆だった方が良いとさえ思うよ!
スカイとトラッシュはお似合いだし、2人が相思相愛なら、アビス姫が邪魔者だよね」
「そうですね……。
スカイが郵便配達員でなければ、お姉様と結婚する可能性さえありませんでしたが、スカイが頑張って郵便配達員になったからこそ、恋人同士にもなれるようになったのです。
本来ならば、私など必要なかったのかもしれませんね。
スカイならば、お姉様と一緒に幸せになる事ができます!
それが私の願いの全てです……」
「確かに、もう1人のあなただものね。
スカイと姉を結婚させたいのは理解できるよ。
でも、スカイの気持ちも考えてあげたらどうだい?
スカイは、トラッシュという女の子を幸せにしたいと考えているんだ。
不幸な生まれで自暴自棄になっているのかもしれないが、あんたも幸せになる権利を持っているんだよ」
「それは、分かっています。
たとえ生まれながらに体が完全ではないとしても、トラッシュは幸せに生きる権利を持っています!」
「なら、アビス姫なんか無視して、トラッシュが幸せになれば良いんだよ!
自分に正直に生きなよ!
子供が産めなくても、方法はまだまだあるんだからさ!」
オーシャンはそう言って、トラッシュが用意した浴室へ入って行く。
体を洗って、風呂に入るつもりのようだ。
水は大切に使わなければならないが、王宮ならば地下水からのお風呂が楽しめるのだ。
彼女は、トラッシュからそれを聞いて、喜びながら浴室へ向かう。
タオルや着替えは、トラッシュが用意しているようだ。
「ふん、何にも知らないくせに……」
オーシャンが食堂にいなくなってから、トラッシュがポツリと呟いた。
彼女1人しかいないが、そこにはアビス姫と瓜二つの鋭い顔をした少女の姿があった。
自分の胸を押さえて、オッパイが無い事を確認しているようだった。
トラッシュといえども、オーシャンの豊満な体つきに嫉妬しているのかもしれない。
その鋭い顔を見せた後は、トラッシュに変化はなかった。
オーシャンとも仲良く接して、夜は気持ち良く眠れるように彼女をもてなしていた。
トラッシュは、彼女を自分と同じ部屋に招き入れて、二段ベッドの上と下で寝るようにさせていた。
トラッシュが上の段を使い、オーシャンが下の段を使う。
久し振りのベッドの感触に、オーシャンは感動して目を潤ませていた。
『雲』地区では、ベッドで普通に眠れる状況は少ないようだ。
ベッドに入って、2人で話し始めていた。
「うおおお、『雲』地区では、強盗やら窃盗が多発していて、まともに睡眠なんて取れないのが日常なんだよ。
みんな、毛布にくるまって、警戒しながら眠るんだ!」
「なるほど、それで郵便配達員も夜には『島(二スィ)』に帰って来るんですね。
どんな郵便配達員も、眠る時は絶対にここへ帰って来るので不思議に思っていたのですが……」
「ふふ、夜に安心して眠れるだけでも、『島(二スィ)』の人々は恵まれている方だよ!
体が不自由でも、こうした生活を送らせてくれているアビス姫は凄いんじゃないのかい?」
「ええ、自分が言うのもなんですが、お姉様は凄いのです!
もちろん、敵も多いですがね……」
「ふーん、権力者っていうのは、意外と生活し難いのかね?
『雲』地区でも、アビス姫に関する嫌な情報が流れていたよ。
空賊団のリーダーが和解する為に、婚約を条件に伺ったところ、こっ酷く追い返されたらしい。
それ以降、空賊団では、アビス姫を捕らえようとする動きが出ているらしい。
トラッシュと見た目が瓜二つなら、空賊団のリーダーは彼女に惚れたのかもね。
問題は、そいつが危険な人物だという事だ。
目的の為なら、手段は選ばないという奴らしい。
あんたも気を付けた方が良いと思うよ!」
「ふふ、忠告ありがとうございます!
でも、お姉様も自分の目的の為なら手段は選びません。
要注意人物なのは、彼女も同じなんですよ!」
「まあ、どこにも変な奴らはいるか……」
こうして、トラッシュとオーシャンは数日間一緒に寝泊まりして、ヤマネコから宝石を取り出したり、アビス姫のパーティーに行く準備などをしていた。
俺はといえば、普通に郵便配達をして、徐々にだが仕事を覚えていった。
オーシャンの『雲』地区を移動する情報などを頼りにした結果、大した問題にも巻き込まれずに日々を過ごしていた。
そうして、アビス姫のパーティー当日になっていた。




