第10話 オーシャンの過去
逃げようとするオーシャンを、俺はとっさの判断で押さえ込んだ。
しばらくは抵抗されたが、俺の力の方が強いと理解すると、彼女が大人しくなる。
空賊らしいが、騙し討ちなどせずに、ちゃんと話し合うそうだ。
「分かったよ!
そろそろ私もフリーの空賊であることに限界を感じ始めていたところだ。
スカイとの運搬作業でそれを感じ始めていた。
仲間と一緒に作業するのは楽しいよ……」
トラッシュは、オーシャンの経歴に興味を持っていた。
いくら『雲』地区でガムシャラに生き抜いて来たと言っても、彼女の知識は並大抵ではない。
「オーシャンさん、ただの空賊ではありませんよね?
血液検査のセットまで持っている事と言い、1人で『雲』地区を知る尽くしていたネットワークと言い、1人でできるレベルではありません。
どこかに仲間がいるか、誰かに教えてもらわない限りは不可能なレベルです!
どうやって、そこまでの知識を得て来たのでしょうか?」
オーシャンは、自分の経歴を黙っているつもりだった様だが、諦めた様に話し始めた。
抵抗する意思がなさそうなので、食事のテーブルについてゆっくりと話し始める。
「ふー、私もトラッシュと同じ管理する大きな家柄の出なんだよ。
この星では、お父さんは医者として生活して、かなりの権力と富と地位を与えられていた。
だが、運悪く重力が徐々に逆転し始め、家や車などの高級品を全て失った。
それでも、他人を生かす事に全力して、多くの人々を助けていたさ。
私と母親も看護師として一緒に働いていたが、ビルの落下という事故によって2人とも虚空へ消えて行ったよ。
私だけは、不安定な足場だという事で来させられなかったが、本当は一緒に行って仕事していたかった……。
私1人が残った後は惨めなもんさ。
最低限の検査はできるが、医学の知識は父には遠く及ばず、母親の様な献身的に仕える精神も無い。
それでも、この『雲』地区の場所だけは明確に覚えていたから1人で生活する事はできていた。
それでも、両親の様な人を助ける立派な仕事は不可能だった。
ただ、自分の欲しい物を奪っては生活する日々だ。
命を繋ぐため、来る日も来る日も他人の物を盗んで食っていた。
次第に、他の空賊も現れる様になり、戦闘機などを配備するようになっていった。
戦闘機が欲しくてね、空賊をピッタリマークして、奴らの隙をついて盗んだんだ!
戦闘機が手に入った私は、各地で宝石などの盗みを働いた。
裏ルートで宝石を売っていたら、いつの間にか正規の仕事も入るようになっていたよ。
荷物の運搬やらの仕事もしつつ、宝石を奪っていたって感じだ。
それで、知識や情報が豊富なのさ。
これで満足かい?
さあ、独房でも農場でも連れて行きな!」
オーシャンは、諦めたようにそう言った。
トラッシュは、手錠の鍵を開けて、オーシャンから手錠を外す。
オーシャンも驚いて、トラッシュを見つめていた。
「いえ、オーシャンという名前から、権力者に近い人物である事は予想できました。
私の王宮には、医学書も置いてあります。
オーシャンさんには、医者として生活して頂きたいと感じました。
医者がいれば、生存率や出生率は急激に伸びますからね。
基礎が分かっているあなたなら、いずれは理解できるでしょう。
しかし、何の罰も無いというのもおかしい話です。
そこで、オーシャンさんには、総監督とお見合いしてもらいます!
2人が結婚すれば、優秀な家系が存続しますからね。
ついでに戦闘機の操縦技術もあるし、救急隊員として期待できますわ!」
「ふん、良いのかい?
私は逃げるかもしれないよ?」
「ふふ、その為に、郵便配達員の総監督を連れて来たんです。
恋人いない歴20数年の童貞男性を舐めないでください。
ピッタリとあなたの事をマークして来ますし、『雲』地区の住所もバッチリ記憶しています。
あなたがどこに逃げようと、すぐさま追い付いて喰らい付く事が可能です。
本当はそこまでしたくありませんが、あなたが逃げるというなら彼をけしかけます!」
「私がゾックっと背筋に汗をかいたのは久々だよ!
あんた、良い度胸してるじゃない!
どうやら、あんたとは良いパートナーになれそうだ」
「うふふ、私は腐っても女の子ですよ。
あなたのパートナーは、総監督でお願いしますね!
まあ、気に入らないなら他の男性を紹介しますけど……」
「いや、良いよ。
あんたが紹介してくれる男なら、とりあえず興味は持てる。
しばらく調査して、やっぱり嫌なら他を探すさ!
私もあんたと同じさ!
この星を良くするなら協力は惜しまないよ!
昔は自分に何ができるか分からなかったけど、あんたらと一緒ならそれがハッキリと解りそうだ!」
オーシャンがそう言うと、俺の上司の総監督が彼女に握手をする。
どうやら彼自身は、オーシャンを物凄く気に入っているらしい。
俺に女の子を見付けたら紹介するように言っていたくらいだ。
「はあ、はあ、はあ、はあ、お願いします!」
彼の興奮する表情と、汗ビッショリの手で握られて、オーシャンは無表情になった。
あからさまに警戒し始め、彼の手を振り解く。
とりあえず距離を取って話し始めた。
「あー、嫌いというわけではないけど、女性と話す時はある程度の距離を取ってくださいね。
これは、最低限度の男性のマナーですよ!」
「ああ、すいません!
実は、王族以外で女性を見るのは初めてなので、凄く緊張して……。
なんとか気に入られるように頑張ります!
どんどん至らない点を教えてください!」
「まあ、そんなに気張らずに……。
自然体で接してください。
とりあえず、私を男性だと思って……。
相手が男性ならば、むやみにボディータッチはしないはずですよね?
そういう関係から始めましょう!」
「はい!」
どうやら、オーシャンと総監督は友達関係になったようだ。
ここから徐々に関係を深めていく事だろう。
俺は、さすがに少し寂しく思っていた。
少なからず、俺もオーシャンを女性として見ていたのだ。
「あっ、スカイ!
そういえば、こういう手紙がお前宛に届いたぞ!
早めに中を確認してくれ!」
「ありがとうございます!」
総監督は、俺と目が合うと、思い出したように謎の手紙を差し出した。
どうやら昼ごろに届けられた手紙らしい。
相手が相手だけに、彼も自らの足を用いて運んで来たようだ。
宛先を確認すると、今朝会ったアビス姫だった。
♡のシールで止められており、俺に好意を寄せている感じを匂わせていた。
俺は、トラッシュの方を向いて反応を見る。
彼女は、この手紙の主が誰なのか知らないのか、俺と目が合うなり首を傾げていた。
とりあえず気分的に、トラッシュには宛名を見られないようにこっそりと内容を確認する事にした。
アビス姫の手紙には、このように書かれていた。
どうやら数日後にパーティーを開くらしい。
俺への招待状も兼ねているようだった。
「拝啓 愛しのスカイ様へ
今週の休日に、私は簡単なパーティーを開催致します!
社会人となったスカイ様と私の成人祝いだと思ってください。
特別なサプライズも用意しております。
どうか、ご参加ください。
もしも参加なさらない場合は、郵便配達員を辞めていただく事になり得ます。
良く考えてご欠席くださいませ♡
あなたのアビスより」
俺は、手紙を読んで固まる。
確実に、パーティーに出席しなければ、王女権限でクビにされるのだ。
強引なお姫様だとは思っていたが、勝手すぎると思っていた。




