(挿話)ゴロムト大公国の顛末
すっかり主人公不在です。
ゴロムト大公国の大公オルモック・ガジニ・カザストラによる圧政は今も尚続いていた。
放蕩を続ける大公に業を煮やした見識ある者たちは、寄り集まって臨時政府をつくり、なんとか庶民の暮らしを良くしようと施行するのだが、実行権がないことから全て白紙へと追いやられていた。
最高権力者の大公があのザマではどうにもならない。大公が邪魔だと思った者は容赦なく謀にかけて排除され、その舎弟気取りの魔人たちもやりたい放題である。
諫める者などもういない。大公に最も近いとされていたイーガン・デタイユ・カザストラが亡命してから、大公をどうにかしようと気概を見せる者たちは目に見えて減っていた。
誰もが諦め、絶望の淵に立たされている。それが現ゴロムト大公国の内情である。
そんなゴロムトの街にディムナたちは戻っていた。
過去に暮らしていた屋敷は健在で、この地で活動するための拠点として残してある。屋敷はイーガンの施した結界と封印とで厳重に守ってあるから、さすがの大公オルモックも手が出せないでいるようだ。
イーガンは防護魔術のエキスパートだ。護りに関しては一定の評価がある男で、オルモックはそのことでもコンプレックスを抱えており、兎角なにかにつけてイーガンと対立したがる。
対立の果てが国民をも巻き込んだ陰謀策謀の嵐なのだが、そのような私情を知る者は本人たち以外に知る者はいないだろう。
誰もいないはずの屋敷。その地下には今、十人程の人々が集まっていた。
屋敷の持ち主であるイーガン、それから鬼神とディムナ。クールは死んだことになっているのでここにはいない。メイニルの傍にいる。
他の人々はディムナにとったら面識がある人もいればそうでもない人もいて、名前さえ知らぬ者もいる。
先ずは自己紹介から始まった。一番身分の高い者から順に挨拶である。
「レイヴンの子スパイニ・カザストラです。イーガン殿に救っていただいたこの命、如何様にもお使いくださいませ」
見た目こそ優男だが大層しっかりした発言をした彼は、先代大公と先代大公妃の忘れ形見である。
血筋からいったら彼が大公位の正統なる第一後継者なのだが、現大公オルモックによって当時幼かった彼は幽閉されていた。
それを救い出し、然るべき教育を与え、ここまで育てたのがイーガンだ。
「志を同じくした同士も連れて参りました」
彼のイーガンに向ける尊敬と感謝の念は留まるところを知らぬようで、共に連れて来た者たちは全員が側近であり忠臣である。
順に紹介し合って握手をする。ここにいる者たちで、これから大公おわすヴェンプロッセ宮殿に乗り込むのだ。
機運が高まる中、朗らかに今回の作戦を口に出したのは鬼神だった。
「俺が行って大公豚野郎をとっちめてくっから、その間にアネッサを救い出せよ」
なんともお気楽な作戦であるが、実はそれが至極無難な作戦であることは、この場にいる誰もが思ったことだ。
なにせ鬼神の力は巨大なものだ。計り知れない。だったらその超絶的なパワーで一気に解決を願って何が悪いかというところである。
ただし、中心のテーブルの上に置いてある作戦実行用の宮殿見取り図や、これまでの情報を記した紙は全部意味のないものになってしまうが……。
「ジジイ、豚は屠れないんだぞ。分かっているのか」
マイウェイな鬼神に釘を刺したのは孫であり曾孫であるディムナだ。
鬼神に口を利けるなんてすごいなと、作戦会議に集まった人々の熱き眼差しまで集めてしまう。
「分かってんよ。動けない程度に関節外しときゃいいんだろ」
「義父上、他にも子飼いが何匹かいるのであまり油断はできません」
とイーガンが忠告するも、
「おお。そいつらもまとめてブっ飛ばしとくわ」
笑顔でのたまう鬼神。この鬼神には何言っても無駄だなという空気が漂ったが作戦はそのまま、ただし臨機応変にということで実行された。
─────ヴェンプロッセ宮殿に革命の狼煙が上がる。
実際は、合図の為の狼煙ではなく鬼神が暴れて何処か爆破した際に発生した煙だが。煙は煙である。
イーガンは大公オルモックを追い詰めた。
「イーガン………………くっ、殺せ」
「殺さんよ。お前にとどめを刺すのは心臓に埋め込んだ魔導具だ。そうだろう?」
まさかとは思っていたが否定もしきれず、きっと己の心臓に対の魔導具を隠し持っているはずだと結論付けた為に、イーガンは大公に鎌をかける。
大公はそれには答えず、ただ呻いて「くそっ、くそがああ」とイーガンを詰るだけだ。地に伏し、鬼神の宣言通りに手足の関節を外されてしまった大公には、現状、まともに動かせるものが口しかなかった。
「オルモック……」
イーガンは、これまで妻を、娘を、娘婿を、自分の大事な家族を苦しめ続けた男を冷たい目で見下ろす。
と、そこへ、ディムナの転移魔術で連れられ助け出されたアネッサがやってきた。
彼女もまた冷たい眼差しで大公に近づきながら言う。
「愚かね。ディムナから聞いたわ。メイニルの心臓を握ってた血の絆は外したって」
「なんだと? 外せるわけがない。外したとしたらこの俺も死んでいるはずだっ」
大公のその台詞が血の絆の在りかを示す。やはり己の心臓に隠し持っていたのだ。
「これが何か分かるか豚大公」
鬼神がどこからともなく取り出して見せたのは不死鳥の卵殻だ。中には呪いの魔導具が封印されている。
「それ、は……まさか!」
「まさかの血の絆だ。外してこん中に封印したぜ。これでもう人質の意味はなくなったな」
「くっ……そったれええええ……!!!!」
吠えるほどの絶叫。下品な言葉しか吐けないのだろうか。悔しがる大公を見るのは溜飲が下がるところだが、こうなってしまえばただただ憐れな男である。
大人しく卵殻に封印してどこかへ隠しておけばよかったのに、つまらぬ猜疑心と対抗心から自滅の道を選んだのだ。
「おっとお。お前ら、それ以上オルモック様を傷つけんじゃねえぜえ」
大公のピンチに颯爽と現れたのは子飼いのオズワルドだった。
大公の傍に侍っていたやつらは鬼神たちが現れた時に全員逃げたが、このオズワルドや他にも何人かの子飼いがいるらしく、廊下から武装した魔人たちが現れた。
「てめえら全員、返り討ちにしてやらあ!」
魔人たちは息巻いて扉付近にいたスパイニ・カザストラへと襲い掛かった。
血気盛んで頭悪そうな連中の割に、真っ先に正統後継者を狙ったのは誰かの指示だろうか。
「させませんぞ!」と、スパイニの臣下たちが応戦する。
彼らは武装もしているし、こうなることは十分に想定済みだったとみえ、技のキレもいい。立て続けにやって来る魔人たちと斬り結ぶ。応戦どころか切り崩し、倒してしまう者もいた。
だが、善戦虚しくオズワルドの一蹴りでスパイニの側近の一人が「ぐわッ」と、切り裂かれてしまう。
「何をちんたらやってやがんだよお」
オズワルドは大気を切り裂き、まるでかまいたちのような疾風を斬撃に変える風迅を放ち、次々と人体を割いて回った。
「ぐううッ」
「なんだあれは……」
おおよそ普通の人間にはできない技を食らった者は驚きのまま膝をつく。
信じられない化け物を見る目で彼らはオズワルドを畏怖し、このままではスパイニも……というところで、彼を護る結界が何重にも現れた。
「ちっ。優秀な護り手がいるってオルモック様が言ってたなあ」
オズワルドが睨む先にはイーガンがいる。彼の特化魔術は防護であり、結界を駆使して反撃もする。よって、結界に当たった風迅は、細い針金の如く鋭い刃に変化して打ち返された。
「ぎぎゃあああッ!」
「ガアアアアアッ」
魔人たちが叫び声と血を出してのた打ち回る。
打ち返された刃は皮膚に食い込み、一筋縄では取れないような仕組みになっているようで、想像以上に痛いのだ。へたに刃を抜こうとすると更に深く食い込むというオマケつきである。
イーガンらしい、一分の隙もない仕様になっている。
「立ち去りなさい。今ならまだ許してあげよう」
イーガンのその言葉に、攻撃を食らった魔人たちの中には心折れたものもいるだろう。だがオズワルドは違う。確かに当たったと思われた反撃の刃は、彼の皮膚のどこにも傷をつけてなどいない。強靭な肉体を持つ魔獣族とのハーフだから、このような小手先の技は効かないのだ。
「グックックッ。ひ弱な人間がア、なあーに言ってやがる」
犬歯を剥き出しにして笑うオズワルドは、何度か風迅の蹴りを放ちスパイニを再び狙った。結界が張られているというのに何度も攻撃を繰り返し、気づけば結界に揺らぎを生じさせていた。
そしてその揺らぎからヒビが入り、遂には結界を割ってしまう。
「死ねやあ!」
オズワルドの直情的な拳がスパイニを襲った。けれどもその拳はスパイニに届く前、大きな力によって弾かれる。
「ああん?」
弾かれた拳はあらぬ方向に。手首が曲がっていた。刃さえ通さぬ皮膚。増して鉄より硬いと評されるオズワルドの骨を曲げたのだ。
一体誰が? と見やった先、スパイニの前にはディムナが悠然と立っていた。
「どっかで会った小僧だな」
「覚えてるのか。ケモノのくせに記憶力があるんだな」
二人は以前、地下迷宮の大公廟で対峙したことがある。
その時は廟の中に魔力封じの仕掛けがあった為にディムナはサッサと逃げ出したのだが、オズワルドはしつこく"風迅"を放った。そのことを思い出したのである。
「逃げ出した臆病もんが、随分な真似しやがるじゃねえか」
「あの時は残念だった。お前の首を刎ねれなくて」
そう言ってディムナは瞬間的に音もなく空間をずらした。
ずれた間にあったもの、たとえば魔人の腕などが「ッあ゛アーッッ」切断されて血飛沫を上げる。
「おいおい。物騒な技を使うじゃねえか」
「次はお前の首だから」
ディムナは事もなげに言い放ち、やはり次の瞬間にはオズワルドの首を狙った。だけれど駿足を誇る魔獣族のハーフは、それを躱す。
本来なら到底躱せるものではないが、動物的な直感とディムナが首を狙うと宣言したことにより、気構えができて躱しやすかったらしい。空間がずれる箇所を見極めた上での偉業でもある。
「甘えな」
「──っ」
オズワルドの腕が伸び、その手先の爪まで伸びてディムナを襲う。
爪の斬撃は何度もディムナを狙うが、そのことごとくを彼は避けた。
「──逃げてばかりか」
「そっちこそ────」
ディムナはオズワルドの爪から逃れ続けるが、オズワルドもディムナが放つ必中なはずの空間のずれを物ともせず躱し続けている。
お互いが、空間を割く攻撃が得意でスピード勝負なところもある。
一見、互角のようにも思えるが、体力のある魔獣族のハーフと人間のディムナとでは、勝負が長引けばタフな方が勝つと誰もが予想できるだろう。
「息が上がってきたぜえ──おらっ!」
「────ッ、うッ」
爪の斬撃に加えて脚をしならせ風迅が走ると、二連撃で別方向から攻撃が飛んできて避け難くなった。
実際に避け損ねて右腕に一筋、左脚にも一筋とディムナの体に傷が入る。
ディムナだって無防備だったわけではない。最低限の防御魔法は使っている。それでもオズワルドの斬撃は強烈に皮膚を割く。武器を使っているわけでもないのに斬撃を飛ばし、爪で空間を切り裂く、荒々しくも超人的な攻撃だ。
それら猛攻撃を出来るだけ避けながらの合間にディムナも攻撃を仕掛け、それと同時にオズワルドの背後にある空間を消していく。
「────んんん?」
オズワルドの背中が壁についた。背後の空間がどんどん消されたことにより、実質、オズワルドの体は後退していたのである。
押されているように見せかけて、実はディムナの方が押していていたという事実。
気づけば壁際に追い詰められたのはオズワルドの方になった。
背中が何かにくっついたことが不思議で後ろを振り向こうとしたのか、オズワルドに一瞬の隙ができた。そこを狙って空間をずらす。
「ンぎぃ……ッッ」
オズワルドの顔面が縦に、ちょうど鼻を通って真っ直ぐに斬り傷が入った。躱しきれなかった衝撃が顔面を傷つけたのだ。
ボタボタと血が垂れ落ちるさまが、まるで鼻血のようだが違う。鼻どころか額から唇、顎にかけての顔面縦割りである。
傷に気を取られたオズワルドの攻撃が止まったその時、ディムナは空間を消しつつ圧縮もしていたその全てを、オズワルドに向けて解き放った。
空気砲と呼べばいいのだろうか。最初にオズワルドの手首を曲げたのもこの技である。ぎゅっと詰まった空気が解放された衝撃は、身長二メートル越えのオズワルドの巨躯をも吹き飛ばし、背後の壁に激突させた。
ゴガンッッッッバキ……ビキ……ビキビキビキッ……!! 壁に巨大な蜘蛛の巣のようなヒビ割れが広がり、その衝撃の凄さを見せつける。
「ぐあ……オズワルドが……っ!」
「ヒイ! 勝てるわけねえこんなの」
魔人たちはボス的存在であったオズワルドの負けっぷりを見て逃げ腰になる。
実際、床を這って逃げ出す者もいた。イーガンは追わなかったが、無言で部屋の開いた扉のところに結界を張るという意地悪を敢行した。誰も逃がさぬように。
オズワルドが倒れ、大公も観念したのかイーガンを罵らなくなった。
魔人たちもまとめて捕らえて地下迷宮の監獄行きだ。全員、裁判まで出てくることはないだろう。
「イーガン……」
「アネッサ……」
ひしっと抱き合う老夫婦二人。アネッサはエルフだから若々しいが、人間のイーガンは随分と年を重ねてしまった。18年も離れ離れだったのにその愛は変わらぬようで、一頻り抱擁した後は寝室に引っ込んだ。
鬼神は怪我を負ったスパイニの側近たちを転移でゴロムトの病院まで運んだ。
突然の鬼神訪問で医療関係者各位が大いに驚いたが、そこはスパイニの臣下たちがフォローした。
スパイニ・カザストラはこの後、正式に大公位へ就き、荒れた国を立て直すことに尽力を注いだ。彼は末永く人民のために徳政を行ったという。
こうしてゴロムトの闇は晴れたのである────。




