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8.帰還、呼び出し、沈鬱

めちゃくちゃ遅れましたが、なんとか書き上がりました。

 

 エルシィをからかって遊んでいると、門を閉め終わったグリントが近づいてくる。

 無事にキースと合流することが叶い、ふさふさの尻尾をちぎれんばかりに振っているエルシィを見て、その精悍な顔つきが綻ぶ。

 グリントの後ろにはリッツもついてきており、綻んだ顔に影が差しているグリントに対して、彼は仕事から解放された喜びを噛み締めているように見える。



「すまない、待たせたな」

「いや、エルシィで遊んでたし問題ないさ。そっちはお務めご苦労様ですって所か」

「遊ばないでください!」



 街の平和を守るため、不審な者を瀬戸際で食い止めることが仕事のグリントたちは、王都のように栄えている街程ではないが、それなりに仕事が多い。

 今日も日が落ちて門を閉めるまでの、長時間に渡る労働が終わったばかりだ。キースはリッツの表情にこそ疑問は抱かなかったが、グリントの表情には、当然疑問が沸いた。



「………グリント、何かあったのか? 顔色が悪いぞ?」



 必死に抗議してくるエルシィを片手で押さえ、キースがそう言うと、グリントは乱雑に頭を掻き毟った。



「あー……、キース。今日はなんだかんだと無事にお前が帰ってきて良かったと思う。だけどよ、オーガが現れたとなっちゃあギルドの方には報告せざるを得ないだろ?」



 そこまで言ってグリントはキースを覗き込むように見てくる。

 そして、肩に手を置いてくる。



「まさか、お前……」



 わなわなと震える唇。

 哀愁さえ漂わせるような顔つきのグリントに、キースは全てを悟った。



「すまん、ギルドマスターがお前をお呼びだ」

「くそったれ!」

「えっ、わっ、きゃあああ!」



 それを聞いた瞬間、キースはエルシィを小脇に抱えて猛然と走り出すのだった。






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈






 ギルドマスター。つまり冒険者ギルドを運営し、冒険者たちの管轄を任されている者だ。

 そしてキースの拠点となる街、ビリジオンではまことしやかに囁かれている噂がある。



 ────ビリジオンのギルマスはイカれてる。



 何故そんな風に言われるようになったのか、それはギルドマスターの数々の気が触れてるとしか思えない行動が理由だ。

 ギルド内で喧嘩が起これば仲裁もせずに参戦し、犯罪が起これば渦中の者を殴りに行く。緊急を要する魔物の討伐なんてあった日には、我先にと突撃していく。

 そんなことをしていれば、当然周りから奇異の視線を送られるだろう。それを受けてヘラヘラとしているのだから、尚更イカれているのだ。



 そんなギルドマスターから直々の呼び出しとあれば、どんな無茶な要求をされるかわからない。最悪、来るのが遅いだなんだと難癖をつけて面倒事を押し付けられる可能性もある。



「くっ、そ! 面倒事は本当に勘弁してくれよ……!」

「わぅ、ひゃっ……おろ、下ろして……!」

「あぁ!? 俺が抱えた方が速いだろ!」



 わーわーと喚く少女を小脇に抱え、キースはひた走る。全ては面倒事の回避のためであり、さっさと報告だけして帰りたいのだ。

 そうして走ること15分、息も絶え絶えになりながら2人は冒険者ギルドへとたどり着いた。



 喉はカラカラ、足はクタクタ。これからギルドマスターに対面すると考えると心もヘトヘトと言ったところか。

 エルシィを下ろし、軽く服の皺を伸ばしておく。必要ないかもしれないが、こうすることで難癖を回避したという話を聞いた気がした。

 キースに倣ってエルシィが髪の毛を手で軽く整えるのを見てから、ギルド内へと足を踏み入れる。



 そこはいつも通りのギルドで、隣接された酒場で冒険者たちが騒がしくも、楽しげに酒を酌み交わす姿が良く見える。

 忙しそうに丸テーブルの間を動き回る給仕の女性たちは皆、揃いの制服を着ている。黒のワンピースにフリル付きの白いエプロンを付けた簡素なものだが、冒険で血を滾らせた男達には充分目の保養になる。



 運ばれていく料理からは、空腹を刺激する危険な香りがするが、キースはそれを気合でねじ伏せる。

 今食事の誘惑に負けてしまえば、それこそ難癖をつけられる。1度だけ、大きく喉を鳴らしたキースは、丸焼きの肉に釘付けになっているエルシィを引っ張るようにしてカウンターに向かう。



「おら、行くぞ! ボサッとしてると面倒なことになるんだよ!」

「あぁ……お肉が……酷いです、鬼畜です。キースさんは悪魔です……」

「今だけなら悪魔だろうが魔王だってなってやるよっ!」



 言い争う2人の声はかなりの大声だが、酒場の喧騒に紛れてそれも気にならない。

 むしろ、周りがうるさいと感じる。



 カウンターには、今朝受付をしてくれたマリーが座っていた。

 近づくキースたちに気づくと慌てて立ち上がり、その大きな胸を揺らして走り寄ってくる。

 いつもは柔らかな印象を抱かせる微笑を浮かべた彼女が口を引き結び、目尻に涙を溜めている姿は、新鮮だった。



「キースくんっ! 無事なのね!? ……怪我はしていない? 痛いところは?」



 キースを目掛けて凄まじい速さで駆け寄るマリー。いつもとは違う早口で、抱きつかんばかりに腕や肩を掴み、ペタペタと全身を触っていく。

 だが、その体勢は非常に危険だった。普通であればそんなことは有り得ない。だが、マリーだからこそ有り得た事象。

 それはもう凶器と言うべきだろう。もしくは殺戮兵器。

 ふよふよと柔らかく、その実は確かな殺傷能力を内包する男性特攻武装。

 胸が、キースに押し付けられていたのである。



「あ、あの! マリーさん、俺は大丈夫ですから……、その、離れて頂けると……」

「ほんとっ? どっこも痛まない? 無理してない……?」

「なにデレデレしてるんですかキースさん、不潔なのですよ」

「はっ!? デレデレなんかしてねぇだろ!」



 焦るキースとは違い、エルシィの目は眇られ、まるでゴミでも見るかのような視線を送ってくる。

 自分の胸に手をそっと当てている辺り、胸の発育具合についてはそれなりに気になるお年頃だということが伺える。



 自分を心配してくれているマリーを引きはがすのも躊躇われ、キースは両手を意味もなく彷徨わせる。

 小さくため息をついたエルシィがマリーを宥めようと近づいたその時、その音は聞こえた。



 ────コツ、コツ。



 騒がしいギルドの中で、やけに響く硬質な音。

 木組みの建物であるのに、それはまるで石の上をブーツで歩くような音だった。

 そして、その音にキースは心当たりがあった。



「あ、やっべ……」



 冷や汗が、背中を伝う。

 なおも押し付けられている胸の柔らかな感触など忘れ去り、虚空に伸ばした手は硬直する。

 音が聞こえているはずなのに、エルシィは健気にマリーを引き剥がそうとしているが、そのマリーも硬直しているため、上手くいかずにいる。



 そんな団子状態のキースたちに、確かな圧力と威厳、ついでに狂気をもって声がかけられる。



「楽しそうなことしてんなぁ? 銀のキースくん……?」



 こめかみに青筋を浮かばせたギルドマスターが、そこに立っていた。

 彼の特徴を端的に表すなら、奇抜という言葉が当てはまるだろう。

 鮮やかな紫色の短髪に、乾いた血のようなどす黒い赤色の瞳。やけに白い肌が、その気味悪さを助長する。

 ギルドマスターという肩書きだからか、比較的格好はまともと言えるが、それでも少しずつおかしな点はある。

 足首まで伸びているコート、指先だけが露出したグローブ、胸に縫い付けられた可愛らしい熊のアップリケ。

 これを普通とは、言い難いであろう。



「……ギルド、マスター」

「おう、そうだぜぇ?ギルドマスターの、グレイブ・ヴァンダレイン様だァ」



 グレイブは、ニヤリと笑うと顎で後ろの階段を示し、さっさと戻っていく。



「おいマリー! そこのガキの心配ならいらねぇからさっさと業務に戻れ。お前は母親にでもなるつもりか? あとキース、そこのエルシィも連れてこいよ」



 流石にギルドマスターに言われると強く出れないのか、マリーは渋々と言った様子でキースから体を離す。

 ただ、その目には未だに拭いきれていない不安が残っており、これは後でまた捕まるな……なんて思いをキースに残していく。



「怒られちゃったぁ……、話が終わったら戻ってきてねぇ? 私も言いたい事たくさんあるから」

「……はい、わかりました」



 ようやくカウンターに戻ったマリーを尻目に、キースはエルシィを連れて奥の階段へ歩く。

 その足取りは重く、正直に言えば逃げ出したい気持ちであった。



「……はぁ」

「ため息つくと、幸せが逃げちゃうらしいですよ? 笑わないとですよ!」

「いや無理。ほんと無理。俺は面倒事が嫌いなんだ……お前を手助けしたのだって気まぐれだし、本当に勘弁して欲しい……」

「まーたまた、そんなこと言ってぇ……本当は私の可愛さにやられちゃったんですよね? ……ね?」

「んなんけねぇだろ。尻尾で遊ぶぞ」



 もう、エルシィを使って遊ばないと気が重くてどうにかなりそうだった。

 妙にうざったらしい犬耳少女を適当にあしらいながら、キースはどんよりとした気分で階段を1歩ずつ上がっていくのだった。

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