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4.不運に見舞われて

思ったよりも多くの人に見て頂けてるみたいで、非常に嬉しいです……!

 

 初めの戦闘を除けば、エルシィが短剣を使うことはなかった。

 何度も入った森の地理を、キースはある程度覚えていた。そして、覚えていたのは地理だけでなくゴブリンの住み着きやすい場所も含まれる。



 新人のエルシィを引き連れているため、キースの歩みは慎重だったが、そのお陰もあってか、規定の10体に達するまで1度も奇襲に失敗することはなかった。

 エルシィが弓を放ち1体を屠る、後の突撃でキースが2体以上を相手取り、エルシィには援護に専念してもらう。



 簡単ではあるが、それなりに出来上がりつつある連携を前に、ただ群れているだけのゴブリンは簡単に倒された。



「……よーし! これで10体分だな。取り敢えずおつかれ、エルシィ。仕事はこれで達成だ」

「やったー! 野宿は免れましたー!」



 森の中でもやや開けた場所で、2人の声が弾む。危なげなく仕事を終えることができ、キースは内心でそっと安堵する。

 キースがふと頭上を見上げれば、太陽が真上に上っていることから、既に時刻は正午辺りだとわかる。



「あんまり気を抜くなよ。街に帰るまでが仕事だからな」

「わかってます、見習いの時に耳にタコができるぐらい聞かされましたから!」


 ふんす、と耳に手を当てて聞きたくないのポーズを取るエルシィ。

 もう十分だと言いたげな表情が、非常におもしろい。


「ならいいんだけどな……。んじゃ、帰りますか。もう昼みたいだし、さっさと帰って飯でも食おうぜ」

「わぁ、確かにお腹が減りました……」



 今回の仕事には、昼食になるようなものは持ってきていない。長丁場になるのが分かっているならば保存食ぐらいは持ってきたのだが、生憎とゴブリン討伐の仕事はすぐに終わることで有名だ。



「だろ? 今日は何食おうかな」

「最近大通りに新しいお店がオープンしたみたいですよ?」

「そりゃいい。今日はそこにでも行ってみるか」



 和気あいあいとした空気の2人。

 だが、そんな和やかな雰囲気は長続きしなかった。



 ────ドスン。



 街の方向へと歩き出したキースたちに聞こえた、重低音。森の全てを振動させる錯覚さえ起こすその音は、断続的に続き、徐々に大きくなっていく。



「おいおい……なんなんだ!?」

「はぅあ! なになに、何ですか!?」



 キースは突然の事態に驚いたが、何かあってもすぐに動けるように腰を落とし、周囲を見回した。

 反面、エルシィはただキョロキョロと視線を右往左往とさせるだけで、何か行動を起こすことはできていない。

 経験の差だと言われればそれまでなのだが、この一瞬ではそれが命取りとなった。



 ────バキッ!



 何かが折れる音が響き────刹那、エルシィの視界には高速で迫る木の幹が映っていた。



「エルシィ!」

「きゃああ!」



 凄まじい速度で迫る大木、直撃すれば小柄なエルシィなど、一瞬で吹き飛ばされ大怪我を負うだろう。

 急な事態で体が硬直しているエルシィ、恐らく避けることはできない。



「クソッタレ!」



 キースはなりふり構わずエルシィに飛びつく。なるべく姿勢を低くするように、その体を押さえ込み、もしもの時のために自分の体でエルシィを覆ってやる。

 ドサッ、と地面に倒れ込み、その一瞬後に大木どうしがぶつかる激しい音が響く。



「あ、ありが……!」

「礼ならいい! 平気か!? さっさと立て、次がくるぞ!」

「ひゃい!」



 大木を吹き飛ばす威力を持つ魔物が現れた可能性が非常に高い。

 キースはうるさい程に脈動する己の心臓を恨みながら、木が飛んできた方向に顔を向ける。



 砂塵が舞う中、黒い影がゆらりと現れ、咆哮をあげる。


「ゴアアアアアアア!」



 その正体がオーガだと気づくのに、3秒もいらなかった。



「でかい図体、それにあの体つき! あれはオーガだ!」

「オ、オーガ!?」

「流石に相手が悪すぎる! 逃げるぞエルシィ!」


 オーガ────鬼のような顔に、人間など比にならない屈強な体つき、討伐が推奨されるのは冒険者ランク銀で5人以上のパーティーだ。

 銀が1人と初心者同然の銅が1人の現状は、とても勝てる状況ではない。



「くそ……運が悪いな」

「キースさん、ど……どうすれば!」

「慌てるなエルシィ! 幸い距離は少しだが離れている。俺の合図で街へと一気に走り抜けるぞ」

「わかりました……!」



 恐怖で体を震わせながらも、気丈にもエルシィは返事を寄越す。軽い防具を身につけただけの弓使いは、オーガの一撃には耐えられない。それが分かっているから、余計にエルシィの恐怖は膨れ上がる。本心で言えば、どうしてこんなことにと泣き出したいぐらいなのだ。



 それでも何とか泣き出さないでいれるのは、短い間だが自分を引っ張ってくれたキースの存在だ。

 キースならなんとかしてくれる────無責任ながらも、そんな思いがあるから、絶望に囚われずにいるのだ。



「いいか、逃げる時は絶対に振り返るなよ」

「……え?」

「後ろを見て転びでもしてみろ、一瞬で死んじまう。だから、決して振り返らず街についたらオーガのことを報告するんだ」



 オーガは既に再び腕を振りかぶっている。その巨大な手に掴まれているのは大岩だ。

 キースはそれに気づくと舌打ちをする。オーガの腕力で投擲される大岩は、矮小な人間など簡単に殺すことができるはずだ。

 視線はオーガから逸らさず、隣にいるエルシィへとキースは手を伸ばす。



「ふぁ……」

「エルシィ、お前の方が足が速い。多分俺より先に街に着くだろうから、よろしく頼むぞ」

「えっと、はい……?」

「それじゃあカウントするぞ、すぐに逃げれるよう後ろを向いてろよ」



 穏やかな手つきでふさふさの耳を撫でる。

 そろそろオーガがこちらに狙いを調整して攻撃をしてくるはずだ。

 キースは懐からとっておきの道具を取り出す。



「3、2……1」



 キースはそこで丸いボールのようなものをオーガに向かって投げつける。

 それはオーガとキースたちの中間地点ほどで破裂し、眩い閃光を辺りに撒き散らした。



「────今だッ!」

「……ッ!」



 キースが合図をするなり、エルシィは地面を強く蹴って一気に走り出す。

 軽装の彼女はぐんぐんと加速して、言われた通りに振り返ることをせずひたむきに走った。



 背後で苦しんだオーガの声が聞こえるが、関係ない。一瞬も気を抜くことなく、誰よりも早く街へと帰らなければいけないのだ。



「はぁ、はぁ……ッ、はぁ……」



 息が切れる。胸が苦しい。心臓がうるさい。

 それでもエルシィは走った。



 ────後ろにはキースがついてきていると信じて。






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈






 キースが投げたのは、商人から買った閃光玉というものだった。

 冒険者のキースは仕組み自体はわからないものの、使い方はしっかりとレクチャーされており、今この時に大成果をあげている。



「ざまぁみろ! 視界が潰れた気分はどうだ?」



 閃光に目を焼かれオーガは持っていた岩を取り落としている。

 苦しそうな呻き声を放ちながら目を押さえて頭を振る。



 エルシィには逃げろと言ったものの、残念ながらオーガなんて魔物と街まで追いかけっこをすることはできない。

 街には戦うことができない者もいるし、何より脚力で負けているのだから、逃げたところですぐに追いつかれる。



 要は、誰かが足止めをしなければならなかった。

 キースとエルシィで、素早く走れるのはエルシィだ。エルシィがなんとか街にたどり着いて応援を要請できれば、キースも十分助かる見込みはある。



「生き延びることができれば……だけどな」



 剣を引き抜き、息を整える。

 オーガの体は筋肉で覆われているため、刃が通りにくい。硬い表皮は生半可な攻撃を全てシャットアウトし、繰り出す攻撃に破壊力を与える。



 オーガを討伐した経験自体はあるが、それはパーティーでのことだ。

 オーガの攻撃を引きつけ防ぎきることができる前衛はいないし、圧倒的な火力でダメージを与えてくれる魔法使いもいない。

 1度でも攻撃を受けてしまえば動きは鈍り、あとは嬲り殺されることになるが、回復魔法を使える者もいない。



「絶望的……でも、戦わなきゃなんだよな……」



 ここでキースが逃げれば、オーガは簡単にキースに追いつき殺すだろう。

 そして今も逃げ続けているエルシィを追って街まで進行してしまう。

 冒険者として、ここは踏みとどまらなければならない。



「グゥゥゥ、ァァアアア!」



 ついにオーガの視界が回復し、憎しみの篭った視線をキースに向けてくる。

 明らかに興奮している声音は、怒りに彩られている。



 そしてオーガは────大きく跳ねた。



「んなっ!?」



 キースが警戒していたのは、横への動きや前後の動きだ。突然の3次元的な動きに無様にもキースは見上げることしかできず、太陽を背負ったオーガの姿に、思わず目を細めてしまう。



 それは一瞬の躊躇だった。脳が突発的な事態を認識し、最適解を叩き出すまでの僅かな逡巡────そこをオーガは狙っていた。



 空気を切り裂く鋭い一撃、空中から拳を振り下ろしながら降りてくるオーガを、キースは間一髪で避ける。



 およそ地面を叩いたとは思えないほどの振動が起き、キースの耳を破裂音が叩く。

 位置エネルギーをふんだんに使ったアームハンマーは地面との接触時に衝撃破を生み出し、ギリギリで避けたキースは吹き飛ばされてしまう。



「う、おおッ!」



 避ける時に小さく飛んだからだろう、キースの体は大きく流され、偶然ではあるがオーガからある程度の距離を取ることができた。

 転ぶことなく両足で着地したキースは、体を起こしつつあるオーガに注意を向ける。



 先程よりは距離は詰められているため、今繰り出してきた攻撃はまずない。

 残念なことにキースには魔法の素質というものがまるでない。攻撃の硬直に剣の一撃でも叩き込もうものなら、硬い表皮に弾かれ逆に隙を晒すことになる。



「ガァァアアアア!」



 3度目の咆哮。今度は爆発的な加速で距離を詰めての攻撃だ。

 ブォンと風を切り裂く音とともに、オーガは腕を横に振るう。余りの振りの速さに、バックステップで避ける余裕はない。



「ッ!」



 キースはその攻撃をしゃがんで回避する。

 巨大なオーガと人間であるキースの体格差があってこその芸当だ。



 空振りしたオーガの足元を這うようにして背中側へと転がり込む。

 自分の太い腕のせいで視界が遮られ、キースを見失ったオーガは顔を振る。



 そんな無防備なオーガの背中へと、キースは剣を振り下ろす。

 知覚していない背後からの攻撃のおかげもあってか、オーガは自慢の筋肉に力を込めて強度をあげることができず、一筋の傷がオーガの背中へと刻まれる。



「────ッ!」



 背中を斬られたのだから、当然キースに気づく。

 振り返りながら振るう裏拳を、今度は余裕を持って回避する。



 再び正面で対峙するキースとオーガ。

 その瞳には焦りと苛立ちが映っている。

 オーガにとって、キースは楽に捻り潰せる存在だ。それが腹立たしいことにちょこまかと動き回り、更には傷を負わせてきたのだ。



 燃え上がる憎悪と激しい殺意を瞳にたたえるオーガは、再び吼える。

 今まで以上に増したオーガの気迫に、キースは喉を鳴らす。背中を伝う冷たい汗が、心情を表していた。



 ────ああ、ツイてないな。

そろそろ主人公がチートを手に入れる予定です。

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