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3.ゴブリン

 

 準備と言っても、基本的には装備の確認と足りない物資の調達だ。

 キースは長剣を使ったオーソドックスな剣士のスタイル。そのため、魔力の回復ポーションは無用だ。



 必要なのは、傷を負った際の回復ポーションに、各種状態異常を警戒して解毒ポーションを数種類。

 盗賊に出会い、撃退した際に捕縛するための長めのロープも念のために持っていくことが推奨されている。

 今回の仕事はゴブリンの討伐であるため、討伐証明を保管しておく袋を用意しておけば、大方大丈夫であろう。



「……で、エルシィ。弓使いのお前に必要なものはなんだ?」

「そうですねぇ……矢は十分にありますし、見習いの時に聞いた冒険者セットならちゃんと持ってますよ。追加で必要なものはなさそうです」

「そうか、俺もすぐに出れるからな。早速仕事にでかけるとするか」

「りょ、了解です!」



 キースがエルシィを振り返り確認すれば、問題ないと返ってくる。

 エルシィの言った冒険者セットは、回復ポーションと解毒ポーション、ロープの3点セットのことだ。



 冒険者としての心得は見習いになった際に教えられるので、キースとしては心配はしていなかった。ただ、弓使いの常識というものには明るくないため、自分の主観で話を進めるべきではないと思った故の質問だった。



「森に出るのは初めてか?」

「はい、見習いの頃は討伐系じゃなくて、街の清掃とかをしてましたから……」

「懸命な判断だな。気をつけなきゃいけないことは歩きながら話す。森まではさっさと行くとしよう」



 エルシィの不安げな顔を見て、キースは昔の自分を思い出した。

 先輩がついていたとはいえ、初めての討伐系の仕事だ。ゴブリンと対面した際など、恐怖で足が震えたものだ。



「まぁあんまり心配するな。ゴブリンなら俺がいくらでも抑えてやるし、お前は弓使いなんだから後衛だ。後ろからしっかり狙ってくれればそれでいい」

「……ありがとうございます」

「昔は俺もそうだった。気にするなよ」



 キースが自分のことを気にしていると分かったエルシィは、先程までの暗い表情ではなく、多少は勇敢な顔つきをするようになる。

 恐らくゴブリンと対峙した際に再び心は恐怖に縛られるであろう。

 ただ、それは新人なら誰でも通る道だった。キースは最初の壁を乗り越えられるよう手助けをしてやるだけだ。



 冒険者ギルドを出て大通りを抜ければ、街の東門へと辿り着く。

 見るからに緊張した面持ちのエルシィに門の衛兵は、「頑張れよ嬢ちゃん!」なんて声をかけて送り出してくれる。



「よっしゃ、エルシィ。ここからは街みたいにルールってもんがない。気を引き締めていくぞ」

「うぅ、はいぃ……」



 街道へと出れば、そこからは魔物だって出現するし、盗賊が潜んでいる可能性もある。

 街にいた時とは違い、自分の身は自分で守らねばならないのだ。

 ふざけた気分で歩かれても困るため、ある種の脅しではあったがキースはエルシィに厳しく言い含めておく。



 街とは違うことを理解せず、おちゃらけた雰囲気の新人冒険者が何人も死んでいったのを、キースはこの2年で散々に知り尽くしていた。






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈






 森の入口は、何度も冒険者たちが立ち入っているからか、生い茂る緑の中にぽっかりと穴が空いてできている。

 1歩でも踏み込めば、樹木で視界の制限を受け、重なり合うように生えるたくさんの葉が陽光を妨げ、飛び出た木の根は歩みを遅らせる。

 そんな悪環境ではあるが、当然森に生息する魔物はいる。

 今回のターゲットであるゴブリンも、その1つである。



「エルシィ、森の中では遠距離戦ってのは有り得ない。基本的には遭遇戦か、距離があっても中距離だ」

「木が射線を邪魔するから、ですよね?」

「その通りだ。……いつでも短剣を抜けるようにしておけよ」



 こくん、と頷くエルシィを確認して、キースは森へと入っていく。途端に木の匂いや乾いた土の匂いが鼻を刺激する。

 カサカサと葉が擦れ合う音、踏みしめる土の音、後ろを歩くエルシィの呼吸音が、キースにとっての情報源となる。



 ゴブリンがどこにいるかはわからないため、森の中を歩いて視認する必要がある。

 邪魔な枝があれば腰の長剣で切り飛ばしていくが、基本的にはキースもエルシィも黙って歩いている。



「……キースさん、待ってください。あそこに何かいます」



 森に入ってから15分が経った頃。先頭を歩くキースにエルシィが声をかけた。

 エルシィはキースが歩いている方向とは少しズレた、左斜め前に視線を向けている。



「ゴブリンか?」

「えっと、たぶん……」



 エルシィは自信なさげであるが、森の中では些細な情報も見逃してはならない。

 生き残るためには、小さな手がかりから危険を察知しなければいけないのだ。



「何かを感じ取れただけで上出来だ。今もその何かはいるか?」

「はいです。どうやら止まっているみたいです」

「……よし、見に行くぞ」



 足を止めているのがゴブリンであれば、奇襲をかけることが出来る。

 キースはそう考え、進路を修正する。

 深い森は、歩くぐらいであれば、その音を木々のざわめきがかき消してくれる。



「……あれだな。食事中ってところか」



 ある程度距離を詰めることで、エルシィの見つけた何かの正体が判明する。

 緑色の体に醜悪な顔面、人間の子供ほどの身長と言えば、それはゴブリンしか有り得ないだろう。

 食事をしているのか、3匹のゴブリンは丸く座り込み、何か生き物を口に放り込んでいる。



「今がチャンス……ですか?」

「そうだな、その前に……エルシィ、お前が使える魔法は?」

「身体強化の《クイック》と弓強化の《クリティカルサイト》だけです」



 キースは口元に手を当てて作戦を組み立てる。

 《クイック》は単純に反応速度を高める魔法で、《クリティカルサイト》は放った矢の威力が増す魔法だ。



「エルシィ、この距離なら確実に当てられるか?」

「えっ……と、大丈夫です」



 奇襲で大事なのは初撃だ。

 相手に気づかれていないというのは、絶大なアドバンテージになる。初撃を決めて敵を倒せないにしても、負傷させることができれば、戦闘はかなり有利に進む。



「エルシィは《クリティカルサイト》を使って1番右側の奴を射抜け。頭を狙えば一撃で仕留められるはずだ」

「はいっ……!」

「俺の合図で矢を放ってくれ。矢が当たっても外れても、俺に続いてくれればいい」



 キースは作戦を簡単に説明し、腰の長剣を抜き放つ。使い込んだ愛剣は鋭く研がれ、木々の隙間から差し込む光を鈍く反射する。

 キースが走り出す構えを取ると同時にエルシィも弓に矢を番える。



「……《クリティカルサイト》」

「準備はいいな? 3、2、1────」



 キリキリと弓を引き絞る音が鳴る。

 エルシィは目を一瞬閉じて、心音を聞く。集中力を高めるための儀式みたいなものだ。

 浅く息を吐き、目を開け、方膝立ちの姿勢で狙いを定める。



「────今だ!」

「ハッ!」



 耳も尻尾もいつの間にかピンと立っている。

 極限まで研ぎ澄まされた集中力のお陰で、エルシィの放った矢は寸分違わず狙った場所へと飛んでいく。



 空気を切り裂く音が耳元を叩き、キースは足に溜め込んでいた力を爆発させた。

 強く地を蹴り、走り出すキース。

 ゴブリンたちはキースに気づくが、そのせいで矢への反応が遅れる。



「ギャッ!」



 振り向いたゴブリンの眉間に、1本の矢が突き刺さる。

 鋭く一鳴きするだけで、矢の一撃を受けたゴブリンは地に倒れ伏す。

 矢の中ほどまで埋まっていたから、恐らく即死だろう。



「上出来だエルシィッ!」



 走りながら賞賛の言葉を送り、キースは2匹いるゴブリンのうち右手の方へと狙いをつける。

 万が一ゴブリンが矢の一撃を耐えていた場合、エルシィに狙いがいくのを防止するためだ。



「────ハァッ!」



 全速力でゴブリンへと詰め寄り、速度を乗せた水平斬りをお見舞いする。

 流石に警戒していたのか、ゴブリンたちはキースの大振りな攻撃を後ろに下がって避ける。

 しかし、そのせいで元々近かった2匹には、人が割り込める程の距離ができる。



「エルシィは左の奴を頼むッ!」

「は、はい!」



 個人の実力で言えば、見習いを卒業する頃にはゴブリンに負けることはない。

 1対1であれば、エルシィが危険ということはないだろう。



 キースは背中から頼もしい返事を寄越すエルシィを信じ、目の前のゴブリンへと対峙する。

 武器らしきものは右手の棍棒のみで、防具になりそうなものは身につけていない。

 十分に勝てる相手だ。キースはそれでも油断せずに、1歩を踏み込む。



「ギャギャッ」



 攻撃はゴブリンからだった。

 手にした棍棒を振り下ろす、簡単ながらも破壊力の高い攻撃。

 キースはそれを、右足を下げて半身になって避ける。ガツンと地面を叩く音がし、僅かな硬直がゴブリンに生まれる。



「オラァッ!」



 気合いを声にして吐き出し、右手1本で剣を振るう。

 所謂袈裟斬りという形の軌跡を描く剣は、ゴブリンの肩へと叩き込まれ、その緑色の体を大きく傷つける。



 斬られた衝撃で後ろに下がるゴブリン。キースはダメージから立ち直れない様子を見るや否や、追撃を仕掛ける。



「……ッ!」

「ギッ!」



 袈裟斬りと共に前に出している右足を軸に、入れ替わるように左足を前にした水平斬り。

 2度目の斬撃はしっかりとゴブリンの体を捉え、肉を断つ嫌な手応えが返ってくる。



 2度の深手にゴブリンは耐えきれず、瞳から光を失い、顔から地面に崩れ落ちる。

 キースはすぐさま後ろで戦っているエルシィを振り返る。



 先程から剣戟の音は聞こえていたが、どちらの悲鳴も聞こえてはいない。

 戦況はキースの思った通りで、両者がお互いの攻撃を凌ぎ合う、白熱した戦いが繰り広げられていた。



「てやぁ!」

「ギャギャ!」



 エルシィが短剣を逆手に持ち、右に左にと立ち回るのに対して、ゴブリンは棍棒を前に構えて反撃を窺っているようだった。

 女の子であり、小柄なエルシィの一撃には重みがなく、体の小さなゴブリンでもなんとか受けることができている。

 しかし、ゴブリンの振るう棍棒もエルシィの速さを捉えることができず、お互いに決定打のない状況へと陥っていた。



「まぁ、本職は弓使いだからな。自衛ができるだけマシだろう」



 本来なら前衛がもう少し敵を引きつける。

 弓使いのエルシィが直接魔物と切り結ぶというのは、あまり良くない状況なのだ。

 今回は試験的にエルシィにも短剣で戦ってもらっているが、自衛ができることが分かったのならぱ、これ以上戦う必要はないとキースは判断した。



「エルシィ、俺と代われ!」

「え、ええっ!? わかりました!」



 突然の指示に混乱した声を上げるエルシィだったが、そこは冒険者。ゴブリンの一撃を強く弾き、キースの方へと離脱してくる。

 代わりに入れ替わるキースは、先ほどと同じようにゴブリンへと剣を振るう。

 袈裟斬りから、横薙ぎの二撃────キースが得意とする繋げ方だ。



「っと……、よし!」



 エルシィとの攻防で疲れきっていたゴブリンは、キースの攻撃になす術なく倒れる。

 剣を1度鋭く振るい血を落とすと、キースは後ろにいるエルシィへと向き直る。



「エルシィ、お前なかなかやるな」

「え、いや……でも私、ゴブリン1体すらまともに倒せませんでした……」



 接近戦で勝てなかったのが余程悔しかったのか、下を向くエルシィ。

 ふさふさの尻尾も、今だけは垂れ下がっている。



「何言ってんだ、お前の本当の武器はなんだ?」

「え……?」



 だからこそ、キースは質問を投げかける。

 接近戦で負けるのならば、他の戦い方をすればいいだけだ。

 短剣で敵を突き刺すことが、長剣で切り捨てることが全てではない。



「弓、だろう? 接近戦がダメなら、後ろから俺たち前衛を援護してくれればいい」

「それじゃあ負担が……」

「はぁ……、それが役割ってもんだ。前衛が敵を抑える、その間に後衛が火力を出す。援護してくれれば俺達の負担も軽くなるし、パーティーってのはそういうもんだ」



 キースの言葉に、エルシィの表情が徐々に明るくなっていく。

 ぺたんと伏せられていた耳も元気を取り戻し、尻尾も立ってきた。



「お前の役割は、前衛を信じて敵を倒すことだ。無理に前に出る必要はねぇんだよ」

「……はい! わかりました!」



 ようやく本来の明るさを取り戻したエルシィの頭を、キースはくしゃくしゃと撫でてやる。



「わふっ、やめてくださいよぉ……子供じゃないんですから!」

「おっと、そりゃ悪い。つい、な」

「まったく、まったくもう……」



 顔を紅潮させ、バッと身を翻すエルシィ。

 頭の上に手を乗せて、ガードの姿勢だ。

 話を真摯に聞く姿は、可愛い後輩のようで、どこか妹みたいに感じたキースは、つい頭を撫でてしまった。

 ふいっとそっぽを向くエルシィの頬が、にやけまいと引き攣っている事が確認できるため、キースは本気で嫌がられた訳では無いと、内心で微笑ましい気持ちになる。



「さぁどんどん行くぞ! 最低でも後7体は倒さなきゃだからな」

「────よーしっ、頑張りますですよ!」



 手をギュッと握りこぶしにして自分に活を入れるエルシィ。



「その前に、討伐証明は忘れるなよ」

「うっ、そうでした……」



 いそいそと討伐証明である右耳を切り取るエルシィ、3分もしない内に剥ぎ取りは終わり、2人は次の獲物を探すことになる。



 張り切った様子のエルシィ────その背中を軽く叩き、キースは歩き出す。



「期待してるぞ、エルシィ」

「……はいっ!」


 期待してる。

 そう言われたエルシィは満開の笑顔で返事をするのだった。

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