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11.短時間の微笑み

 11.


 翌朝、見張りもあり十分とは言えないが睡眠を取ったキースは、気まぐれに剣を振っていた。

 どうしてかと問われても、なんとなくとしか答えれない。そんな漠然とした気持ちだったが、起き抜けの気怠い体を目覚めさせるには丁度良かった。



 素振りも100回を迎えた辺りで、キースは腕を止める。

 何も無い暇な日の鍛錬なら勿論続けるものだが、今日も護衛の仕事がある。あまり体をいじめ抜くのは良くないだろう。



「精が出ますね、キース様」

「あ、おはようございます。ヴリードさん」



 剣を収めた頃に背後から声をかけられる。渋めの声に振り返れば、灰色の髪の毛を軽く整え、執事服に身を包んだヴリードが立っていた。

 その手には真っ白な布が持たれており、挨拶をするキースにそれは差し出された。



「朝から鍛錬をするなど、やはりキース様を護衛に選んで正解のようですね。お嬢様が起きるまでまだ少し時間がありますが、それまでに汗を拭いて出発の準備をして頂けますか?」



 気まぐれで行った鍛錬だったが、どうやらいいように捉えられたようだ。キースは布を受け取ると首筋を拭い、了解の旨を伝える。

 イヴが起きてくるまでに済ませるべき仕事があるのだろうか、ヴリードはすぐに元来た道を引き返していった。



「ふぅ……俺も取り敢えずさっさと準備してエルシィでも起こすか」



 独り言はもう癖になっている。

 言ったあとに気づいて恥ずかしくなり、顔に手をやる。



「……はぁ」



 ため息は、癖ではないと思いたい。






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈






 深い眠りについているエルシィを叩き起こし、イヴが起きてくるまでになんとか準備を済ませる。

 エルシィが寝顔を見られたと怒ってくるが、生憎とキースは寝顔くらいでは動揺しない。

 そういう風に取り繕っていた。



 武器の状態を確かめていると、アイシャが準備が整ったと伝えてくれた。

 気持ちのいいぐらい晴れた青空、風は頬を撫でるぐらいに吹いている。

 なんだか今日の日程はうまくいきそうな、そんな気がした。



「それでは行きましょう。恐らくは昼頃に到着すると思いますが、もし何かあれば昨日と同じくお二人にはお嬢様の身の安全を最優先して頂きます」

「ええ、わかりました」

「はい!」



 確認事項を終え、馬車が動き出す。

 イヴとキースとエルシィ。おかしな組み合わせで乗り込んでいる車内には気まずさもなく、明るいイヴの声と、慣れた様子のキースたちの声が姦しく響いていた。



 結局のところ懸念事項の吸血鬼は出現することもなく、馬車はひたすら同じ速度でガタガタと進んでいった。

 公爵家の紋章が入った馬車を襲う度胸はないのか、それとも単に出くわさなかったのか。盗賊は姿さえみかけることもなく、魔物も昨日のゴブリンが最初で最後となった。



「もうすぐ王都に到着します。キース様たちには、一度私達と共に屋敷に来て頂こうと思ってるのですけど、大丈夫ですか?」



 ただ揺れる馬車の旅も終わりが近いようで、護衛が終わったあとの予定を決めていく。

 イヴとしては屋敷まで来て欲しいとのことだったが、貴族の馬車に乗り込んだ上に公爵家の娘と談笑し、さらに屋敷にまで招かれるというのはいらぬ誤解を生むようで気が引けた。



 本来貴族の方からの誘いを断るなど無礼極まりないのだが、キース1人の礼儀の無さよりも、たかが銀ランクの冒険者を屋敷に招くというほうが問題になるだろう。



「お誘いは嬉しいのですが、俺たちとイヴ様は出会って間もない。あまり親しくしすぎると公爵家は下賎な冒険者を重用するなどと後ろ指を指されかねません」

「私はキース様たちを下賎などとは!」



 焦ったようなイヴに、年相応の可愛らしさを感じる。どれだけ大人びて見えても、まだ幼いのだ。

 そんなことはないと言わんばかりの口ぶりに、キースは苦笑を返す。



「そう、思ってくださる貴族の方ばかりではないのですよ……」



 エルシィは銅に上がったばかりのためまだだろうが、キースは過去に貴族から酷い扱いを受けたことがあった。



 この国には冒険者を野蛮で下賎な者と言い張る貴族たちが一定数存在する。街の外に出向き武器を使い、土や埃にまみれて血みどろの戦いをしなければならない冒険者の生き方を、蔑んでいるのだ。

 仕事の話をする段階で、イヴたちがそのような侮蔑的な思いを抱いていないとは分かっていたが、その親まで一緒だとは限らない。



「……そう、ですか」

「ご理解頂けましたか? 私達もイヴ様ともう少し長く共にいたいと考えてしまいますが、ここはまた別の機会とした方がいいでしょう」



 キースの言い分に、幾らか思い当たる節があったのだろう。イヴの言葉は歯切れが悪い。

 親交を深めた者同士が気楽に時間を共にすることができないのが、身分制度だ。

 元々は公爵家と一介の冒険者。姿を見ることはあっても、ここまで親しくなることなどありえなかったのだ。



「では、また何かありましたら冒険者ギルドの方にご連絡ください。イヴ様のためなら、どんな仕事でも引き受けて見せますよ」



 沈んだ表情を浮かべるイヴに、キースは笑ってみせる。

 発した言葉に嘘偽りなどないし、頼み事をされたとあれば、力の及ぶ限り手を貸したいと考えていた。



「お話中失礼します。少し宜しいでしょうか?」

「ヴリード……? なにかしら?」



 イヴの後ろで話を聞いていたヴリードから声がかかる。



「先程キース様がされたお話は、まさしくその通りです。貴族というものをよく理解していらっしゃる。……ところで、キース様はこの後ご予定などがあるのですか?」

「いや、特にはないですが」



 ギルドマスターから無理やりねじ込まれた仕事なのだ。予定など立てているはずもない。

 ヴリードもそれを分かっているだろうに、さも驚いたとばかりに目を見開いて見せる。



「おお、それはよかった。それでは提案なのですが、キース様に追加のお仕事といいますか、お願いがございます」



 イヴのために話を遮り提案しているのだから、悪い話ではない。

 仕事と言い切らないあたりも、強制ではないということだろう。

 キースは少し考え、ここで一つ貴族に恩を売るのもいいと結論づけた。



「それで、お願いとはなんでしょう?」



 お願いを聞くというのは、すなわち貸しを作ることだ。何か悪いことがあった際に、小さいことであれば力を貸してもらえるだろう。

 貴族というのは面子を大事にする。だからこそ、お願いを聞くという立場が重要なのだ。



「口が達者なようで。……キース様に会いたいと仰っている人物がいます。その方に会って頂きたいのです。我々と一緒に屋敷に来ていただけないでしょうか?」



 ヴリードは薄く笑い、問いかける。

 簡単なお願いに聞こえるが、誰に会うのかという部分がぼかされている。だが、今回の話はあくまでイヴのワガママに理由をこじつけるためのものだ。

 そう警戒する必要も無いだろう。

 キースは熟考するかの如く顎に手をやり、チラリとエルシィに視線を送る。



「……っ、……!」



 エルシィはもっとイヴと話をしたいのだろう。尻尾をふりふり、首は縦に振られた。



「わかりました。ご一緒させて頂きます」

「そう言って頂けると思っていました。それでは屋敷に向かいます」



 最初から駆け引きも何も無い、戯れのような時間は終わり、再び馬車が動き出す。

 ガタガタと揺れる車内には、花が咲いたように笑う幼き貴族と、満面の笑みを浮かべる獣耳の冒険者が姦しく話を弾ませている。



 フォーサイス家の屋敷まで、時間はかからない。

 たとえ短くても、知り合いが笑顔になるというのは気分がいい事だ。

 そう、キースは思うのだった。

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