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1.プロローグ

新作を書き始めました。

不定期投稿ですが、どうぞ宜しくお願いします。


作品の感想や、誤字脱字の指摘を頂けると非常にありがたいです。

 

 雨が降っていた。

 まるで世界が泣いているようなどしゃ降り。

 辺り一面は荒野と言ってもいいぐらいで、大雨なんて降りそうにない。それでも地面がびしょ濡れになっているのは、悪天候の中にぽつんと佇む1人の少女に、世界が呼応しているように感じる。



「────、─────」



 濡れた土が柔らかくなり、傘を差さずに雨に打たれる少女を優しく包む。

 何事か口を動かす少女だが、その声は雨音にかき消され、端正な顔が歪んだ原因が涙なのか雨なのかは、もうわからない状態だ。



 引き攣る頬、時折揺れる肩、震える手。

 それらが少女の感情を表しているようで、もし見ているものがいるのならば、胸が締め付けられる感覚を味わえたのではないか。

 赤くなった目元を隠しもせず、時折しゃくり上げる喉を気にせず、少女はポケットから小さな懐中時計を取り出す。



 カチカチと時を刻んでいた針は凍りついたように止まり、ガラスの蓋は少しひび割れている。

 長年使ってきたことがひと目でわかるそれを、少女は胸元に持っていき、強く抱きしめる。



「─────」



 小さく動く唇から紡がれる声は、止まない雨に阻まれて聞こえなかった。






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈






 太陽が顔を覗かせてすぐ、青年は人々がごった返す街中を歩いていた。

 街の名前はビリジオンと言い、青年が2年以上の歳月を過ごした街である。

 今日も頭上に煌めく太陽は街を照らし、活気溢れる世界を暖かく包んでくれている。



 街中は様々な人で溢れており、帯剣した男や恰幅のいい男、身軽そうな女性に、修道服に身を包んだシスターなんかもいる。

 大通りにはたくさんの店が居を構えており、果物屋の芳しい匂い、花屋の独特な香りが鼻腔をくすぐる中、肉や魚の生々しい匂いが時折顔を顰めさせる。



 呼び込みのためか、店主が声を張り上げている所もあれば、愛嬌のある看板娘を立たせて客を引く店もある。

 それぞれの創意工夫のおかげで、各店はそれなりに繁盛しているようだった。



「今日も朝から大変なことで……」



 そんな忙しい彼らを尻目に、青年は欠伸を噛み殺しながら眠たげに目を擦る。

 先ほど見えた帯剣していた男と同様に、青年も腰に長剣を吊り下げており、その上半身は革の鎧で包まれていた。

 しっかりと整備された石の道ではなく、おそらくデコボコとした土の道を歩くことを想定されている丈夫そうな靴に包まれた足は、気だるげな青年とは違い滑らかに動いている。



 青年の目的地は、大通りの途中にある冒険者ギルドだ。ビリジオンでは、商人や薬屋、果てには錬金術師なんかも生活をしている。

 子どもの憧れであり、大人の妥協点でもある冒険者も、それなりに存在している。



 そもそも冒険者というものは、非常に危険なのだ。街の外に出向き、殺意をもって攻撃してくる魔物を討伐することもあれば、時には辺境の地まで赴いて希少な材料を取りに行くこともある。

 そんな生活を続けていれば当然早死にしやすくなるし、実際に冒険者の平均寿命は他の職業に比べて大変短い。



 それでも2年の月日を冒険者として続けてこれているのだから、青年にはある程度の才能があったのだろう。

 死にたくないが、生活のためには仕事をこなすしかない。感情と現状の板挟みに苦しみながら、今日も危険な仕事をこなすのだ。



 適当に街中を見ながら歩いていれば、いつの間にか冒険者ギルドの近くまでやって来ていた。

 青年はどことなく嫌な気持ちになりながらも、歩みを止めない。

 2年経っても変わらない生活。今日もひと頑張りするか、なんて思っていたとき。



 ────それは現れた。



「ふぎゅ!」



 青年の背中側から追い越そうとしていたのだろう黒い影が、凄まじい勢いで地面へとヘッドスライディングをしたのだ。

 ズザーッと音をたて、青年の数歩先で止まった未確認生物は、ビリジオンでは珍しい、犬のような尻尾と耳が可愛らしい亜人の少女だった。



「……は?」



 両手を前に投げ出し、ピクリとも動かない少女。何に躓いたのかは分からないが、少なくとも無傷だとは思えなかった。

 悲しげに揺れる尻尾だけが、少女の生存を知らせてくれるアンテナだ。



「おい、大丈夫か?」

「ぶぇ……」



 流石に目の前で豪快なヘッドスライディングを敢行した少女を無視することはできなかった。

 青年が声をかけてみればよくわからない音とともに、少女が顔をあげる。

 全体的に汚れてしまってはいるが、くりくりとした深い茶色の瞳に、愛らしい頬、柔らかそうな唇が目に入る。

 柔らかくウェーブのかかったライトブラウンの髪は肩にかかる程度に切られており、それがまた彼女の見た目の幼さを助長する。

 およそ美少女と呼んでも差し支えのない少女の顔立ちに、青年は思わず目を見張る。



「あぅ、恥ずかしい所を見られてしまいました……」

「あー、いや。怪我はねぇか?」

「あ、はい。大丈夫です」



 青年が手を差し出してやれば、犬耳少女は「ありがとうございます」と礼を言って、手を取って立ち上がる。

 その拍子に握った少女の手の小ささや柔らかさに心臓が高鳴るを感じながら、青年はポーカーフェイスを装って「気にすんな」と言っておく。



 立ち上がった少女は、あまり背が高くないのか、青年の肩に届くかどうかといった身長だ。立ち上がらせる時にあまり苦労しなかったことから体重も相当に軽いことが伺える。



 服装は青年と同じく冒険者風であり、動きやすい革鎧に健康的な太ももが眩しい短パンの姿だ。青年と違うところは、武器が短剣であることと、背中に大きな弓を背負っていることだろう。

 ヘッドスライディングする羽目になったのも、背中の弓が原因の一つなのではないか。



「えっと、お兄さんのお名前はなんて言うんですか? 同じ冒険者ですよね?」

「ん? ああ……俺はキースだ。貴族じゃねぇから家名はないな」

「キースさん、ですか。私はエルシィって言うです。ちょっと前に冒険者になりました。これも何かの縁、よろしくお願いしますです……」



 ヘッドスライディングから始まる縁は正直嫌だったが、キースは笑顔で頷いてやる。

 にっこりと笑ってみせるエルシィからは、邪気といったものは全く見えず、そこにあるのはただ仲良くなりたいという無垢な感情だけだった。



「よろしくな」

「……わぁ、はいです!」



 普段ならキースは握手なんてしないのだが、この時だけは手を出してしまった。

 嬉しそうに体ごと近づいてくるエルシィの、タンポポのような香りに再び鼓動が早まるが、幸いなことに気づいた様子はない。



 キースは女慣れしていない自分を悟られないように、適当な話を振ってみる。仕事の話ならば無視されることもないだろう。



「エルシィ、お前も今日は仕事に?」

「はいです。お仕事しないと今日の宿がないんです……貯金はもうないですし、生活するだけでお金はかかるですよ……」



 先程までの輝かしい表情とは打って変わって沈痛な面持ちをみせるエルシィ。

 どうやら貯めていた金が底を尽きたらしく、今日の仕事次第では野宿が待っているようだ。



 キースも、新人の頃には野宿をした経験がある。硬い土の上で、いつ襲ってくるかわからない魔物に怯えながら過ごす夜は、とてもじゃないが好きになれなかった。

 そんな思いを目の前の少女に味わわせるというのは、酷な話だ。



「一応俺は2年冒険者をやっている。それなりに経験も積んでいるつもりだ。ある程度なら手伝ってやれるかもしれんぞ」


 自分の提案に妙な気恥ずかしさを感じながらも、キースはぎこちなくパーティーへの誘いを投げかける。

 最近はソロでばかりやってきていたが、昔はパーティーを組んだことだってあるのだ。新人1人ぐらいフォローすることは、仕事の内容にもよるが充分可能であった。



「……えっ、それっ……ほんとですか!?」

「うぉ、ああ……ほんとだ」



 エルシィにはあまり女性という自覚がないのか、グイグイと体を近づけてくることが多い。

 キースより年下に見えるとはいえ、充分成熟したその肢体は、男には立派な武器になる。

 見た目相応には膨らんだ胸の前に両手を構えて、上目遣いで覗き込んでくるエルシィ、その少し緩んだ胸元など、まるで視線のブラックホールである。



 抗えない吸引力に視線が持っていかれそうになる中、なんとか返事をするキース。

 エルシィはパーティーが組めるとなって、大通りであるにも関わらず小さく飛び跳ねてさえいる。



「うわぁー! 嬉しいです! パーティー、えへへ……仲間です……」



 非常に感情表現が豊かな娘だと、キースは胸が暖かくなる気持ちで一杯になる。

 隠しきれない笑みを手で覆い、尻尾をふりふりとする様は、まさしくお犬様だ。

 ただのお節介で提案した共同での仕事だが、思ったよりも楽しくなりそうだと、キースは1人であった時の憂鬱さを既に忘れ去っていた。

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