不適な笑み
6
蓮より先に彩桜花が目を覚ますと、見知らぬ医務室のベッドに寝転がっていた。
その隣には、瑠璃色の長髪をした白衣のお姉さんが蓮に温かく感じる視線を向けながら座っていた。
「おう、起きたか」
彩桜花の意識の中で聞いた蓮の言葉『ここに頼るしか……』、そこから推察すると目の前にいる女性は、どうやら蓮の知り合いらしい。
「ああ、ありがとう――お主が助けてくれたみたいじゃのう」
背中の傷は完全に塞がっており、二重に巻いた包帯できっちりと傷口が開かないように結ばれていた。
勿論、激しい動きをしない限りになるが……
「感謝するならこの坊やに言いな。ここまで運ぶのにかなり無理したようだ」
彩桜花は、大凡の成り行きを朦朧の意識の中に届いていた。
蓮がこの場所まで連れて来た事とその為に能力を酷使した事も知っていた。
本来なら能力は、一人一つと決まりがあるが、彼の――厳密には、まだ検討中だが――能力は、彩桜花の念力、それに加え蓮のドッペルゲンガーの能力までも行使して見せた。
こんな事例は、今までにない、故に彩桜花は、彼を全力で助けたつもりが逆に助けられた形になってしまった。
「ああ、私は、彼奴に大きな借りを作ってしまった……しかし、お主、妙な気配をしておるのう」
そう言い切る彩桜花は、恐喝ある視線を瑠璃色の女性に向ける。
彩桜花が抱いた違和感。
それを何を示していたかを、この期間の出来事を思い出しながら、その正体に手が届く。
蓮の言葉が示していた、この女性が彼の知り合いである事、そして、さっき起きた時のその女性が蓮に向けていたあの視線。
そして、最後の要素は、昨日蓮に説明した、ドッペルゲンガー現象に於ける副作用による、他人の記憶から己が除外される現象。
蓮の友人ならば、本来、蓮の事は記憶の底から消えている筈。
しかし、と彩桜花は思う。
この女性は、蓮を意識して認識している事を。
「何を言う、小娘も大人をからかうんじゃないよ」
ふ、と苦笑しながら、誤魔化す。
「私は、神門涼子、貴方は?」
話題を無理矢理変える気配はしたものの、やはりお互いを知らぬして、先には進めない。
「私は、栗花落彩桜花じゃ」
不思議な縁で巡り合えた二人。
隣のベッドで横たわるその男の子がその道を導いてくれた。
瑠璃色の髪――涼子は、頬杖を付いて、不適な笑みを浮かべながら確かめるように彩桜花に尋ねた。
「君達二人は、ドッペルゲンガー現象に関わっている者達だね」
世間では出回っているこの現象の名も知らぬ人はおそらくこの世にはいないだろう。
しかし、その実態を知るものはおらず、ドッペルゲンガー現象を身に受けた者しか知らない筈。
だけどこの時、涼子が問うた言葉に何か肌がピリピリする感覚をこの時の彩桜花は、感じ取った。