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逃走

   5


 ドッペルゲンガー現象が持つ固有の能力、人が持つ諮問のように一人として同じものを持ってる者はいない。

 そして、能力を得たものは、力を増す事はできても、増やす事は不可能とされている。

 だから、彩桜花が見た、蓮の本当の能力に気づいた時、何らかの運命を感じた。

 この現象に於ける理由、その真実に近づける鍵になる事を。


『いい加減答え上がれ!!』


 怒りの限界に達した少年が咆え、二度力を使って蓮に近づく。

 しかし、完全無欠の攻撃戦法である筈の少年の時間操作の能力は、今の蓮に対して全く歯が立たない。


『どうしてなんだ、さっきまで地面に()(つくば)っていたお前が、何故ここまでの力を!!』


 己が最強だと、時間操作(その)能力を手にしてから思っていた。

 相手の攻撃が当たらない、自分の攻撃は回避不可能、戦闘に於いて、これ以上ない力だ。

 それなのに、今は劣等を感じている。

 相手が上回っている事とそれが己の分身である事。

 この両方が合わさって、尋常ではない屈辱を味わっている。


『……僕を勝る?……あの低能力者に……許さん、許さんぞ……この屈辱、十倍、いや千倍にして返してやる……』


 不穏なオーラが少年の周囲に集まる。

 自身に満ちた憎に身体と精神を支配されていく中、蓮の意識が戻る。


「一体、何が起きて――ッッ!!」


 瞬時に悟る、自分の置かれている状況が如何に危険であるか。

 それ程までに少年の放っているオーラが告げる。

【憎い】

 ――、と。


「小僧、早く彼から離れろ!」


 蓮は、遥か上空に顔を仰ぐ。

 そして、必死な顔の彩桜花を見て、少しばかりホッとする。

 一人じゃないという事を思い出す。

 この現象を身に受けてから、何度も何度も頭の中を駆け巡る嫌な感覚。

 

 ――孤独


 そう、孤独なのだ。

 人は、誰かと出会えば初めて一人ではないと感じる。

 それは、相手に自分の存在を確認できるからだ。

 しかし、この現象に於ける最も残酷で非道の効果。

 それは、今まで出会った人との繋がりを断ち切る事である。

 だから、この現象の真実を教えてもらった唯一の人、栗花落(つゆり)彩桜花(いろは)に対して、恩は勿論、自分自身を救った救世主に等しかった。

 もしも、あの時声を掛けてこなかったら、今頃は、目の前にいる自分(ダブル)にやられてしまってこの世を去っていたのかも知れない。

 だから彩桜花が今、この瞬間に現れた事で絶望に染まってしまった未来を変えてくれると身勝手に期待してしまった。


「おい、小僧。倒れるな……」


 しかし、蓮の声はとうに届いておらず気絶してしまている。


「全く、小僧め、この借りは大きいぞ」


 彩桜花は、右手を倒れている蓮の身体に照準を合わせ、念能力の一つ、念力(テレキネシス)で彼の身体を引き寄せた。


『待て!!そいつを置いてけ!!』


 蓮のドッペルゲンガーは、怒号を街全体を覆いつくす程に響き渡らせ、身に纏った不吉のオーラで接近を試みる。


「危ない!!」


――シャンッ


 鋭い刃物で切り付けられた音をするが、何とか逃げ去る事ができた。


『逃げ切れると思うなよ。貴様だけは、決して許さないぞ、ドッペルゥゥ!!』


 充分な程の距離を取りながらも、公園のある方角からはっきりと聞こえる。


 どれ程の時間が過ぎてしまったのか?

 朦朧と意識を取り戻した蓮は、自分の身体が横たわっている事に最初に気づく。

 そして、頭には、何やら柔らかくて温かいものに乗っかっている。

 ポタッ、と水滴が額に落ち、すぐに雨や水漏れでない事にも気づく。

 目を開けると、周りが柔らかい触感の良い香りがするものに包まれていた。

 そして、妙に暗く、天井がすぐ側までいると錯覚すら覚える。

 手を伸ばし、それに触れる。

 ぷにぷにとした生暖かい触感と少し湿っている様子。


「何だ、この温かくてぷにぷにとした感触は?」


 不思議といつまでも触っていたい。


「気持ち良い……」

「ほう~それは、良かったの、小僧」


 かなり近くから彩桜花の声がする。

 しかし、辺りが暗いせいで、はっきりと周りが見えない。


「彩桜花、何処にいる?」

「……はぁはぁ……お主の目の前じゃよ……」


 ぷにぷにと触っているものから振動が伝わる。


「まさか、これって……」


 あまり考えない方にしよう。


「察しがいいな……気が付いたんなら早く退()いて、足が痺れる……はぁはぁ……」


 そこで、全て合点がいく。

 蓮が体験しているのは、膝枕。

 何故こんな状況になっているのか理解できないが、人生初の膝枕を体感している。

 けれど、彩桜花の呼吸音からして、只ならぬ様子でいると己の直感が告げていた。


「ごめんなさい、つい夢中に――な……って……」


 ペチャ、と温かい液体に手が付き、ゆっくりと手を持ち上げる。

 微少に差し込む日差しでその液体の正体を探る。


 ――赤いッ!!


「彩桜花、大丈夫か、おい」

「……参ったな……ばれてしまったかのぅ……」


 さっきまで膝を貸してくれていた彩桜花の背中から大量の鮮血が流れ、息が上がっていた。


「何で、こうなるまで、俺が起きるのを待っていたんだ!」

「お主には、ここで死なれては困るからじゃ……はぁはぁ……だから、私に構わなくてもよい」


 蓮は、複雑な思いに駆られながら、深く考えた。

 ――俺の所為でだれかが死ぬかもしれない。

 恩人にまた、命を救われ、その恩人が今まさに、息絶えようとしている。

 決して許されない事だ。

 蓮は、覚悟を決めた目で、彩桜花を抱きかかえる。


「ちょ、何をする、お主。私は、さっき構わんでくれと言ったばかりじゃぞ!」

「ちょっと黙ってて、集中しているから」


 深呼吸をし、蓮は、移動を開始する。

 駆け始めてから数秒後、蓮の額には、大量の汗が流れていた。

 それは、決して体力不足ではない。

 今、(おこな)っているある行動の所為で異様な程の体力を使っている。

 それを実感しているのは、彩桜花自身だ。

 大怪我している筈の彩桜花の背中からは、一滴の血も出ずに激しい動きにも耐えている。


(対した男じゃ、走りながら、私の念力を使って、傷口から出る血の流れを正しておる)


 いよいよ本気で関心を示す彩桜花は、少しばかり顔を赤らめる。

 こんな生意気小僧を好きになるとかありえないと念じながら、バシーッと両手で両頬を叩く。

 その行動に驚く蓮は、そろそろ体力の限界まで達し、一言彩桜花に告げる。


「ちょっと、飛ばすよ」


 加速感を感じながら、相槌を打つ前にとんでもない現象に出くわした。


「着いたぞ」


 景色が住宅街から、一変して、高層ビルが立ち並ぶ都会に周りがなっていた。


「な、何が起きたんじゃ?」


 それは、言葉にできない程のもの。


(やはり、主の能力は――)


 二人が立つ巨大なビルの前に一つの看板がある。

《私立遺伝子研究大学》

 以前、蓮が小さい身体になって最初に訪れた場所。


「ここに頼るしか……」


 もう一度移動を開始した蓮は、彩桜花を抱えたままビルの中に入る。

 けれど、その移動距離、移動時間が合わない。

 何故なら、またしても景色の瞬間変更。

 移動した風景が存在しない事を示し、その光景を見て、明らかにあの時の少年のような能力を発動していた。

 建物内は狭く、目の前の扉には、《遺伝子研究ラボラトリー》と書かれている札があった。

 蓮は、ドアをノックし開ける。


「神門涼子……はぁはぁ……この子を、彩桜花を頼みます!」


 呼吸を荒げ、蓮はその場で倒れてしまう。

 そこに出迎えた瑠璃色の髪の女性が二人を抱え、治療室へと姿を消した。

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