栗花落彩桜花
3
「……ご、五年、……え……何の話?」
五年って何だ?……何を言っているんだ?
未だに思考が正常に稼動しない様子を見せるのを彩桜花が察知、いや、顔を見れば一目瞭然といえるほど蓮の表情は明らかだった。
「あ~あ、こりゃ言っちゃ不味かったかのぅ。まあ、取り合えず場所を移そう、まだ話が終わってないからのう」
そう言うと手を挙げ、お勘定を頼み、更にその勘定紙を手元に渡され、挙句の果てに本当に会計を払わされるハメとなった。
(あれって、冗談じゃなかったのか?)
――、と軽く思う蓮だったが、それは、さておき……
店を出てから満足そうにふう、と息を吹き出しながら満腹である事を示し、大幅に歩きながら桜髪の少女もとい、彩桜花は、「着いてきたまえ」と言った切り沈黙のまま。
――目的地に着いたのだが……
目の前にドデカイ一軒家が建てられて、恐る恐る蓮は尋ねる。
「あの~、栗花落さん?ここは、一体ぃ~?」
振り向いた彼女には、首を傾げながら応える。
「彩桜花でええ……で、えっと~ここは、私の家じゃが、何か変かの?」
その言葉を聴いて、疑問を抱く。
「じゃあ、彩桜花さん……も、もしかして、もしかして何ですけど。彩桜花さんは、かなりの金持ちで?」
おおよその旨を察した彩桜花は、こう答えた。
「ああ、そうじゃ」
そして、蓮に即座に生じた疑問は……
「それでは、ファミレスで、俺が払う必要は……」
「……なかったのう」
(言い切りあがったよ、この人……本当に――)
金持ち故に矛盾が生じる。それは何故か?
簡単な答えだ。
金持ちが貧乏大学生から金を巻き上げるような行為に及んだ事にある。
「それじゃ、何で俺は、奢らされたのでしょうか?」
けれど、彩桜花は、はっきりと上から目線の態度で言い放った。
「な~に簡単な事じゃ、他人に奢らせた飯ほど美味しいものはなかろう?そうは、思わぬかお主よ」
――悪魔だ!!――
内心そう思う蓮に桜髪の少女は、ビルに近い高さの自宅へと案内する。
一フロアが玄関らしく、二階、つまりリビングへ行く方法はフロアの最奥にあるエレベーターから上るしかない。
加えて、エレベーターには、パスワード入力、指紋認証装置が付いており、対泥棒用セキュリティーとしては申し分無い。
エレベーターの部屋の中へと案内され四十何階もある階層から35番のスイッチを押した。
加速度が跳び抜け、数秒後には35階に到着した。
室内は、鮮やかなピンク色に彩られ、とても先までのキャラでは想像が付かない。
「好きな所に座れ」
今でもそのイメージは変わらないがな。
そう思いながら彩桜花は台所へと向かい紅茶の準備に掛かる。
取り合えず近いソファへと座り込み、部屋を一周するように見渡した。
見る限り他の誰かと住んでいないみたいだ。
そして、一枚の写真を発見する。
中に写っているのは、仲の良いカップル微笑んでいる姿……そして、お互いに異様な距離に気づき、思い出すように自分の部屋の中の写真を連想する。
――同じだ――
顔にこそ見せないが多分、そう、多分だけど彩桜花も何所か寂しいと思う。
一人で紅茶を入れる彼女の孤独で気落ちしたような顔を見て、そう思った。
「ほれ」
甘い香りを漂せる紅茶に一口を飲むと不思議と落ち着く。
「……美味しい……」
ふぅ、とため息を零す。
「それでは、話の続きをするかのぅ」
対極の席で座る彩桜花の目は、先程まで見せていた寂しい表情は、綺麗さっぱり消えていた。
その代わりに真剣な眼差しで蓮を見やった。
「突然ですまないが、この現象に合ってどのぐらい立つんだ?」
「……き、今日からです……」
びっくりした顔でそう応える蓮に彩桜花は、ため息混じりで口を開く。
「……やはり、か。道理で何も知らない訳じゃ……」
紅茶を飲み干すと続けて。
「いいか、我々ドッペルゲンガー現象者は、この状態で五年しか生きられない。それは、この世界でたった五年の存在有余しかないからだ」
――存在有余……五年だけ……?
「何だよ、それ……」
「それが世界から認識されない意味なのじゃ。誰かと会話するのは、容易じゃが同時に別れた直後会話した相手の記憶は、お主と話した内容が全てリセットされる」
目を丸くして彩桜花を見詰める。
そして、この話の流れで一つ違和感を覚える蓮は、自信なさげに恐る恐る彩桜花に訊いた。
「……い、彩桜花は、何年目なんだ?……」
部屋の雰囲気がぐーん、と重くなった事に肌で感じ、彩桜花は、しばらく考え込んだ。
「……五年目じゃ……」
「………」
何を答えたら良いのか。今の蓮には、判らない。
五年しか生きられないと言われて、五年目に突入している彩桜花にどんな顔で向き直せば判らないでいた。
沈黙した重い空気の中、先に呟いたのが彩桜花だった。
「あまり、気にしなくってええ……こっちが凹むわ……」
苦笑混じりの表情でこの雰囲気を何としないと、と思いながら語り続けた。
気を取り直すためにバシッ、と強く頬を両手で叩き、それに驚いた彩桜花に向き合ってはっきりと言葉を噛まず言い切った。
「話の続きをお願いします」
「この現象には、幾つかの変化を人体に引き起こす。その一つが……」
途中で話を遮り――
『――特殊な能力を出現させる事じゃ』
突然、頭の中から彩桜花の声が聞こえた。
マンションで聞いた時を思い出す。
「私の場合は、念力ね。こうして、念の力を送る事で……」
手を上げて目の前のカップを浮かせて見せた。
「……物をこうして持ち上げたり、念話が使える」
能力を目の前で証明して、彩桜花の話に信憑性を蓮に与える。
「じゃあ、俺にも同じく能力が出現しているのか?……それにどうやって気づくの?」
「落ち着くのじゃ。能力もそう簡単には、出現しない。何らかの状況下で現れるのじゃ」
興奮する蓮に何とかその衝動を抑えた彩桜花は、彼に能力出現条件を説明した。
その条件では、絶対的な窮地、或いは、似たような状況で身の危険を感じ取られる事。
これによって、直感的に能力を引き出せるという推測だと説明された。
「けど、早々になれる状況ではないからのう~。そうじゃ!着いて来い! 」
そう言うと再度エレベーターに向かいB10のボタンを押し、15秒で到着した。
「ここは……一体?」
「訓練場じゃ」
嫌な予感を感じ取った蓮は、二の腕に鳥肌を立たせた。
「彩桜花さん、まさかとは思いますけど……これって……」
ふふふ、と笑いを堪え切れない彩桜花はきっぱりと言い放つ。
「窮地が訪れるのは希だが、作り出すのは容易だ。まあ、私ならばの方法だがな、ふふふ」
このフロアは、岩や小さな山で構成されていた。
人工的な風景に太陽に似た陽光でよりリアルな荒野を再現していた。
そこで、テレキネシスで持ち上げられた岩八台が徐々に近づいていくのに気づきぎりぎりでかわす。
「な……何やっているんですか!」
「だから言ったじゃろう。身の危険を感じさせる状況を感じさせると」
「いやいや、それおかしいいいぃからぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ドンドンと岩が降り注ぐ中で走り回る蓮は、未だかつてない危機に迫られていた。
その状況下で脳内は、危険を打破しようと自身の意思関係なく探っていく。
その間およそ数分を凝縮した時間で光を見出す。
その瞬間に足を躓き岩が急接近する。
「うぇっ!!しまった」
念力で動かした岩の勢いは、もはや止められない状態。
――が、しかし――
岩の動きは――止まっていた。
その現状に誰よりも彩桜花が目を丸くしていた。
何故なら自身で岩を止めた訳ではなく、蓮自身の能力で止めたからだ。
蓮は、目を閉じたまま、ゆっくりと開ける。
「うわっ!」
目の前の岩を凝視しながら突き出していた右手をに振向き、信じられないという表情を浮かべながら、ただ放心状態で座り込んでいた。
「嘘じゃ。主も私と同じ能力『テレキネシス』を使えるなどと聞いた事がない」
能力は、人の指紋と同じ一人一つのはずで同じ能力を持つのは、不可能のはずだが……
「間違いない、今の能力は私のと同じ……な、蓮。また能力を使って見せて?」
――けれど、能力を使った自覚がない蓮には、難しい提案だった。
「でも、俺にも何が何だか……」
「そっか……ならば――」
二度岩を浮上させ再び危機の状況を迫らせる。
「おい、彩桜花……ま、マジかよぉぉぉぉぉ!!――」
はぁはぁ、と息を切らせながらうつ伏せていた。
「結局、あの一回切り能力が出現しなかったのう~」
今度は、仰向けに向き直し、未だ息を切らせながら一言彩桜花に言い渡す。
「じゃあ、先までの修行っぽいあれは……」
「無意味じゃったのう」
槍で胸の中心にトドメを刺されたように痛々しく実感する。
(栗花落彩桜花、かなり危ない人だった!!)
――、とその時に感じた彩桜花の印象だった。
彩桜花の豪邸を後にし、自宅に帰ろうとしていた。