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新たなる真実

   2


 心が安定を取り戻した頃には既に辺りは、茜色に染まり尽くしていた。少年が感じている時間と世界が歩んでいる時間が異なるように思えた。

 単にそんな事に気を配れる状態ではなかったかも知れないが。

 まるで世界全体から置いてかれる感じがした。


「俺と同じ思いを抱えている人がこの日本にどれぐらいいるのだろう?」


 異世界に放り込まれた感覚しか残っていない。

 知り合いですら他人扱いされ、それはまだしも家族でさえ少年が生まれた事を覚えてはあるまい。

 自分のマンション、二○五号室へ戻った蓮は、目を丸くする。

 扉の隣にあるはずの名前付きのプラカートは空欄になっていた。

 先ほどで門番は、蓮が通った事を見落としたのは、蓮の体格が調度死角に入っていたからである。

 故に難なく自分の部屋に辿り付いた訳だが――

 家の鍵は、ちゃんと手に持っている。自分を取り巻く世界の価値基準が少しずつだがズレ始めた。

 存在事実と存在を失った事実。

 この二つの事実をどう受け止められればいいのか、まだその術を見出せていない。

 確かに賀上蓮という人間はこの世から消えた。それは、間違いない。

 けれど、ここで新たな疑問が生じる。

 それは、現在いる自分が何者なのかという疑問だ。


「うふふふ……はははは……」


 悲しみを通り越して笑えてくる。

 笑う事以外に何も思いつかなかったからだ。

 手を震わせながら鍵を開けて入ると、何も変わってない自分の部屋を目視する。


 ただ一点の異なるもの(・・)を除けば――


 蓮が写っているはずの全ての写真に自分の姿が消えていた。

 友達との写真、家族との写真の間にある空席が妙に目立ち、自分が本当にいないのだと実感させる。

 賀上蓮という人間は、この世界から消えた。状況を打破する術がない以上これが少年を示している紛れもない現実そのものだ。

 突如部屋中に振動し始める。足腰が崩れ尻餅を突く蓮。

 少しの間を置いて、素早く起き上がりベランダに出た。


「地震か?」


 おそらくマグニチュード5は、軽く超える振動を感じ取った蓮は、外の被害を確認する。

 しかし、何も起こらなかったように、普通に犬を散歩させている女性を見かける。

 今感じ取った地震は何だろうと思い始めた時に後ろから途切れかけの声を耳にする。


『――たい、か――』


 後ろに振り向くと誰もいなかった。

 再度声が背後から聞こえる。今度ははっきりと。


『知りたいか?君が今いる状況を?』


 恐怖が込み上げたが、声に耳を傾け続けるしかなかった。

 他に頼れる手段を持ち合わせていないからだ。


『君のマンションの下の公園で待って――る……』


 言われるがままにその得体の知らない声に従って移動を開始する。

 暗闇から一点の光を追い求める様に……ひたすら階段を下りる。

 マンションを飛び出した蓮は、直行で公園を目指した。

 公園の中央に人影を目撃し近寄った。

 そこに立っていたのは、桜色の長い髪と白いワンピースを着た小柄な体形の少女だった。


「君が俺を呼んだのか?」


 少し戸惑いながら少女に尋ねる。


「ああ、そうじゃ。よく来てくれたな、同胞(・・)よ」


 聞くからに偉そうな態度の彼女にツッコミを入れるべき場面だったのだが。

 彼女が発言した言葉に注目する。


「同、胞……だと――じゃあ、君も俺と同じ……」


 途中で発言を遮られ、桜髪の少女が応える。


「ああ、そうじゃ。私もぬしと同じドッペルゲンガー現象の被害者じゃ」


 驚愕のあまり言葉が飛び出そうな勢いだったが何とか言葉を呑み込む事に成功した。

 刹那の時間が過ぎて蓮が口を開ける。


「君は、この現象の事何処まで知っている。教えてくれないか、でないと、俺は……」


 どうにかなってしまいそうと言おうとしたが上手く言葉が出なかった。


「そうじゃな、私に着いてきな。あそこで順番で説明しよう」


 歩み始めた少女が指差した先は……


「サ、サイザリヤ、だと」


 とても今から内密な話をするような場所ではない。


「あの~、何でこんな場所にしたんですか?」


 少女は、極大ステーキを頬張りながら蓮の問いに答える。


「んむ……簡単な事じゃ、少年……うむ……私が腹を空かしているっからだ……」


 手に持っているフォークで上下に振りながら語る。


「あっ、言い忘れていた事がある」


 やっと本題に入るかと思った蓮は、期待の眼を輝かせながら少女を見詰める。

だが――


「会計は、主も持ちな」

「はっ!それが言い忘れていた事か?」

「そうじゃ」


 ふざけんな!と怒鳴りたい所だが、周りの客達に注目させるのは、マズいと理性が判断し、辛抱強く怒りの念を押えつけた。


「まあ、冗談じゃ。……っと、そう言えば、まだ自己紹介がまだだったのぅ……ムシャクシャ」


 忘れていたと言わんばかりに少女は、ぽつりと呟く。


「私は、栗花落(つゆり)彩桜花(いろは)。もちろん君と同じドッペルゲンガー現象の被害者じゃ」

「俺は、賀上蓮。本来なら二十歳を迎えたはずだが、見ての通り十代の体形に戻ってしまった」


 ステーキを完食した後器用に、エレガントに口を拭いてしばしの沈黙し、回りの騒音しか聞こえた。

 先程までステーキを頬張っていた少女――彩桜花は、何と言えばいいのでしょうか。

 目の前の紅茶に手を伸ばし音を立てずに一飲み。

 飲み干すとふぅ、と息を吐き出しながら優雅にゆっくりとカップを元の場所まで戻す。


「この現象には、何の意味があると、そう疑問に思ったじゃろう……?」


 突拍子もない彩桜花の突然の発話に驚きつつも真剣に耳を傾ける。

 ――そうだ、その通りだ!――

 この現象が示す目的(いみ)、それは一体……?


「その様子だと、まだお主の自分(ダブル)に会っていないみたいだな」


 沈黙したまま、こくりと頷きを一つ。


ドッペルゲンガー(かれ)らには、姿は同じでも彼らが持つ思考、行動、性格は、それぞれ異なってい

る。むしろ、対象者と全く同じというのは、非常に希か、存在しないかのどちらかだ。私も実際見た事はおらん」


 そう言えば、と忘れているように蓮は、思う出す。

 体、いや年齢が縮んだだけではなく、その他に自分と同じの姿の対象(あいて)がいる事に。

 ゆっくりと桜髪の少女――彩桜花に視線を向け、呟こうとした瞬間に彼女の言葉が蓮を遮る。


「その他の事(・・・)は、まあ、判っているな」


 他の事とは、一体何だろうか?

 蓮の思考に蓋を閉めるような発言に言い出そうとしていた事ですら既に忘れてしまった。

 蓮の動揺っぷりを察した彩桜花は、ぽつ、と疑問混じりの口調で問う。


「もしかして、知らんのか?」


 …………


「……はぁ~、そうか、知らんのか……私達には、五年・・しか生きられない事を」


 ―――――ッッ!!


 再度思考が停止する。

 あまりにも衝撃的で言葉すら、思考すら軽く蹴散らしかねない、唐突で無慈悲な現実の言葉。

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