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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【五ノ章】納涼祭
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第六十八話 モフモフとの触れ合い《取材編》

たとえ就職面接の連絡が来なくても小説を書いてしまう……一種の病では?

 女装したままの会議は順調に進み、ある程度まで煮詰まった為、お開きとする事に。

 他生徒の目に付かないように着替えを済ませ、化粧を落として。

 いつもの白衣制服の姿で教室に戻った時、心底ほっとした様子で胸を撫で下ろすシルフィ先生の顔が印象に残っていた。そんなに俺の女装が心臓に悪かったのかな。もしくは先生の声マネをしたせいかもしれない。よく聞けば全然違うが、自分に似た声で勝手に話されたら気味が悪いだろうし。

 納涼祭では別の人に許可を取って声帯模写しよう。


 そしてそれぞれが受講する授業へ散っていく中、俺はとある人へ通話を掛けた。依頼経由で知り合った方だ。

 企画会議で食材の仕入れにアテがあると宣言したので早めに段取りを組んでおきたい。七組だけでなく、相手側にも迷惑を掛けてしまう恐れがあるからな。

 通話先の相手に見えなくとも会釈しながら事情を説明。相槌を打ちつつ、より詳しい内容は現地で直接会って聞こう、という話になった。

 了承し、ナラタとデール、盗み聞きしていたアカツキ荘の面子を引き連れて目的の場所へ。


 ◆◇◆◇◆


 学園から出て北西の区画。

 ニルヴァーナの内外を(へだ)てる巨大な外壁のすぐそばに、柵で大きく囲まれた牧場のような施設がある。

 背の低い草が繁茂(はんも)し、ところどころに樹木が生えていて。

 枝葉の影には日差しから逃れる動物達が横たわっている──わけではない。

 本来の牧場は外壁の外にある。なのでこの施設に牛や(にわとり)、羊などの畜産動物はいない。


 では、この場所に何がいるのかという話だが……俺としても身近な存在で頼りになる子の仲間たち、召喚獣だ。

 迷宮(ダンジョン)魔物(モンスター)に襲われてる所を救助された子。

 特定の条件を満たし、魔物から召喚獣へと昇華した子。

 契約した召喚獣と共に迷宮へ挑んだ(あるじ)が亡くなってしまい、野良となってしまった子など。

 様々な理由で心身に傷を負った召喚獣が()えるまで保護する施設がここだ。


「……で、なんで召喚獣の保護施設に来たのよ?」

「俺はてっきり牧場の方に行くもんだと思ってたぜ」

『キュ、キュイッ』


 召喚士(サモナー)のスキルで召喚陣を浮かべる。

 飛び出してきたソラを受け止めて揉みほぐしながら、エリック達と同様に柵へもたれかかったナラタとデールに顔を向けて。


「ここの担当者の実家が酪農、ってか畜産で稼いでるんだよ。なんだか妙に気に入られちゃって……依頼報酬で牛乳とかチーズ、卵をいっぱい貰った事があるからさ」

「両手で持てないほど渡されてたよなぁ。俺達まで呼んで、運ぶの手伝わせるくらい」

「あったねぇ……毎食デザートが食べられるなんて、夢のようだったよ」

「クロトさんが作った魔道具のおかげで、全員で遊びつつも美味しい甘味が味わえましたからね」

「アイスクリームボールが再現できてよかったよ。ユキも喜んでたし」


 まあ、甘い物の食べ過ぎで女性陣がお腹周りを気にしだしたのは言うまでもないだろう。

 散々カロリーが高い、太りやすくなると忠告したのに深夜帯にもかかわらず、保存してたアイスを食ってた学園長(おバカ)もいたし。


「ふぅん……個人的な伝手(つて)があったから、それを頼ろうとしてるってことね」

「そうそう。ついでに施設の手伝いをしようと思って、みんなを連れてきた。仕入れの交渉で有利になるかもしれないし」

「手伝うったって、何をすりゃいいんだ?」

「それは──」


 先の言葉を言おうとして音も無くぬるっと影が差す。

 影を見上げれば、そこに居たのは二足歩行の灰色毛玉。三メートル近い巨体はずんぐりむっくりとしていて、短い手が毛皮から垂れ下がっていた。

 頭頂から飛び出た猫耳がピクピクと反応し、上体を傾けてつぶらな黒い瞳がこちらを見据える。

 初見のナラタとデールは体を強張らせて息を呑んだ。


「やっほ、元気だった?」


 しかし気軽に声を掛ければ、聞き覚えがある彼は機嫌が良さそうに体を揺らす。

 ゆるキャラというにはあまりにも威圧感の強い彼は、ケットシー。この施設の最古参であり(おさ)のような立ち位置の猫っぽい召喚獣。

 鼻をヒクつかせて匂いを確認し、肉球のある両手を伸ばして体を掴まれる。

 持ち上げられ、すっぽりと胸の内に抱かれたまま。

 モフモフに包まれ施設の中心、召喚獣の群れへと連れてかれた。


 ◆◇◆◇◆


「とりあえず施設の人が来ると思うから、説明を受けてぇ……!」

『キューイ……!』

「あいつら大丈夫なのか?」

「問題ねぇよ。何度も拉致されてるし」


 遠ざかるクロト達に手を振り、召喚獣の輪に放り込まれた姿を眺めていると牛舎のような建物からツナギを着た男性が出てきた。保護施設の担当者だ。

 こちらに気づいた男性は小走りで寄ってきて俺やセリスを見て目を見開く。


「ああ、君達か。あの子達が急に騒ぎ始めたから何事かと思ったよ。となると彼は……」

「お察しの通り、あそこです」


 指を差した先では小型大型問わず、大勢の召喚獣からもみくちゃにされているクロトがいた。

 情けない叫び声を上げながらも顔は楽しそうだ。


「まったく、連絡してきたのは彼だというのに。……大方、召喚獣の世話を手伝う代わりに卵や牛乳を格安で譲ってもらえないか、交渉する腹積もりだったんだろう?」

「よくわかってるんですね、アレのこと」


 男性は腰に手を当て、呆れた口調でクロトの考えを言い当てた。

 ナラタの言葉に頬を掻きながらデールの方を見て。


「普段から召喚獣を相手に仕事をしているからね、考えを読むのはそれなりに得意なんだ。……デール君で合ってるよね? 納涼祭実行委員の」

「あっ、はい。そうっす」

「大まかな話は聞いているよ。あの子達の事は彼に任せていいから、仕入れの話をしようか」

「うっす、よろしくお願いします! ……ってか、エリック達はどうする?」

「本当ならアイツが対応するべきだったんだ、代わりに俺らが話を聞いておかねぇとな」

「初対面のデールさんに任せきりにするのも忍びないですからね」

「えっ、モフモフとの触れ合いは……?」

「話が終わってからでいいだろ。ほれ、行くぞ」


 未練たらしく柵にしがみついたセリスを引き剥がして建物に入る。

 ……背後から響く悲鳴には振り返らなかった。


 ◆◇◆◇◆


 召喚獣保護施設の手伝い。

 冒険者ギルド職員から“召喚士ならば受けるべき依頼だ”と。

 言われるがままに連れて来られ、カーバンクルのソラと一緒に傷ついた召喚獣のケアに奔走(ほんそう)した。俺にとっても決して無視できる話ではなかったから。

 契約により(あるじ)と深く繋がる事で、戦う力を得る彼らは生の感情を受け取りやすい。


 些細な思いの変化ですら敏感に傍受してしまい、不安、焦燥、恐慌がトラウマを刺激させる。

 過去の経験から人と触れ合う事を忌避し、恐怖し、嫌悪し、殺意まで向けてくる召喚獣。

 心の()り所を失って優しさまでも疑ってしまう彼らに出来る事を必死に考えて。

 体当たりされ、放り投げられ、噛みつかれ、魔法を撃たれても。

 汗と土とちょっと血だらけになっても、俺が選んだのは──


「よーしよしよしよしよしよし! おいでみんなおいで!」


 めげずにスキンシップを続ける事だった。

 召喚獣との契約は基本的に名付けをすると交わされる。施設を訪れた成り立ての召喚士と契約する子もいるので名前は呼べない。

 しかし自分の種族を理解している為、種族名か普通に声を掛ければ寄ってきてくれる。魔物と違って召喚獣は知能が高く、人の言葉をある程度理解できるからだ。


 ケットシーやカーバンクルのような大型・小型の獣系や池の水辺で涼んでいる爬虫類系も。

 元となる生物に見慣れぬ角が生えていたり、結晶体のような外見になっていたり。

 生物という形を保っていながら部分的に乖離(かいり)している彼らを毛嫌いする人もいるが、俺には関係ない。


 とにかくモフる。拒まれてもモフる。なにがなんでもモフる。

 (いつく)しみの精神で接すれば心を開いてくれるだろうと信じてソラと一緒にモフり続けた。

 最善ではないし、それ以外に有効的な手段を思いつけなかっただけだが。

 でも、彼らは昔の俺と似ている。


 (すさ)んで、削れて、死んだように生きていただけの俺だから気づけた。

 彼らは独りぼっちなんだ。召喚獣の性質を得たが故に孤独で、無知で、怖がりで。

 手を伸ばされても疑う心は抑えられず、暴力という形で返してしまう。慈悲を拒絶した先にあるのは諦めと自身への失望だ。


 優しくしてくれたのに。寄り添ってくれたのに。触れ合う熱を与えてくれたのに。

 賢いからこそ自覚してしまう悩みをどこまでも(つの)らせて、最後には後悔の重みで決壊する。徹底的な人間不信の出来上がりだ。

 そう成りかけてた俺が、こうして彼らと出会ってしまった。

 顔も合わせない。威嚇するのは当たり前。縄張りに入った瞬間に攻撃される散々な出会いを経て。

 辿り着いた結論が、諦めずにモフる事だった。


 俺では彼らの召喚士にはなれない。けれど、人間も召喚獣も捨てたものじゃないと教えられる。そうして救われたのが俺だから。

 ようはどっちが折れるか競う根比べだ。負けてやるつもりは毛頭なかった。

 暇があれば保護施設に突撃、依頼が来たら撤退を繰り返す。

 長のケットシーを懐柔し、次から次へと召喚獣を撫でまわして形成されたのが──ムツゴロウ・クロトによる逆アニマルセラピー空間である。


「うにょ~ん……」

『キュ~ィ……』


 こてん、と横になったケットシーのお腹の上に寝転がり、ソラと共に背を伸ばす。

 体に乗っかってきた小型の召喚獣たちと背中に感じる温かさに、空を見上げる目が自然と落ちてくる。

 思えばメイド服の作成で徹夜したせいから寝不足気味だ。少し眠っても罰は当たらないだろう。

 ああ、でもデール達に仕入れ交渉を任せっきりにしちゃってるな。顔出しに行かないと。


「やる事がいっぱいだ……けど、自分で選んだんだしなぁ」


 ふかふかの毛皮を堪能しつつ、目線を横にずらす。

 ケットシーの周囲に集まる召喚獣の輪を外れて、木陰に(たたず)む一匹の馬。

 精悍な顔立ちでまっすぐに見つめてくる瞳は赤い。

 対になるような真白な毛並みとたてがみ、微動だにしない長い尻尾。


 一瞬だけ柔らかな印象を抱かせる色合いとは裏腹に、がっしりした筋肉質の馬体を支えるしなやかな四本足。(ひづめ)は薄く緑色──風属性の魔素(マナ)で染まっている。

 そして、目を奪われるほど高貴な美しさよりも際立つのが。

 人で例えるならおでこの位置から生えている、()()()()()()()()()()()()()


「ユニコーン……」


 誰でも耳にした事があるだろう空想上の伝説の生物だ。

 呟きを聞いたケットシーが身動(みじろ)ぎする。ユニコーンを見て手招きするが、そっぽを向いて走り去ってしまった

 悲しげな鳴き声を短く漏らしたケットシーを撫でる。


「近寄ってこない理由は聞かされたけどさ、難しいよね」

『キュ、キュイ』


 とろんとした表情で頷くソラを抱える。

 ユニコーンはカーバンクルと同様に珍しい召喚獣だ。水、風、光の魔法適性を持ち、強靭な脚で疾駆し、螺旋の角はいかなる障害をも()穿(うが)つ。

 高い戦闘能力を備えた上に見た目の美しさも合わせて、契約できればそれだけで有名人になれる。


 しかし、というか当然と言うべきか。

 ユニコーンという種はとても気性が荒く、まず友好的に接する事ができない。女性ならまだしも男性は不可能に近い。

 仮に両手を広げて無害アピールしながら無防備に近づけば、目にも止まらぬ速さで接近し角を刺してくる。

 なんとか寸前で(かわ)したけどまさか本気で殺しに来るとは思わないじゃん。


 そして凶器ともなり得る金色の角は穢れを浄化すると言われ、高度な霊薬造りには欠かせない素材である。市場には回らず、オークション等で競売に掛けられる代物だ。

 保護施設のユニコーンは悪質な商会に捕らえられていた個体で。

 生きたまま角を削られ、再生する度に折られ、趣味の悪い貴族の見世物にされていた経験がある。


 その貴族も商会も自警団の手で壊滅させられたが、ユニコーンが負った傷は体の奥深くまで根付いていて。

 恐怖よりも怒りが、憎悪が思考を埋め尽くす彼にとって人間は敵対対象でしかない。

 人間どころか召喚獣、実質施設トップのケットシーですら若干諦観して最低限の接触しかしてないくらいだ。


「さすがに過去が重すぎて躊躇(ためら)うし、そりゃ近づけさせてくれないよ」


 保護施設の数少ない女性の担当者限定で──彼女達が相手だと少し物腰が柔らかくなるので──対応するのも仕方ない。

 人の悪意と欲と金に(もてあそ)ばれ、殺したくなるほど憎んでるなんて、他の召喚獣と比べて境遇がツラすぎる。時間が経っても解決するような簡単な問題ではない。


 そりゃあせっかくだから仲良くなりたいよ。でも、俺が良くてもユニコーンは距離を取るし互いに傷つけあってしまう。

 生で伝説の生物を見られただけでも幸運だ。ワイバーンとか伝承の霊鳥とかと同じだよ、うん。

 だから、今はこれでいい。


「おーい、クロトぉ!」

「んぇ?」


 気を取り直して全身でモフモフ毛皮に埋まっていると、エリックの声がした。

 声の方を見ると交渉を万全に終えて、ご満悦な表情のみんながこちらに向かってきている。

 中でもセリスとカグヤは、少し興奮した様子で早歩きしてケットシーに抱き着いた。力なく(とろ)けた声が上がる。

 保護施設の手伝いにアカツキ荘のメンバーを連れてきた事もあり、距離の取り方や触れ合い方は熟知している。召喚獣側も俺の身内だと分かっているので、邪険に扱う子はいない。


「お疲れ、みんな。その様子だと大丈夫だったみたいだね」

「おう、納涼祭の前日辺りで各食材を(おろ)してくれるってよ。しかも相場の半分くらいの値段だぜ」

「なんとまあ大盤振る舞いというか……大丈夫なんですか? そんな価格設定で」

「構わないよ。クロト君のクラスメイトなら信用に値するし、何より学生の青春を応援できるなら喜んで協力するさ」

「……そう言ってもらえるのは嬉しいです。ありがとうございます」


 そんなやりとりを交わしながら。

 全員でモフモフをたっぷり堪能してから学園に帰った。


四ノ章を書き始めてから戦闘シーン一個も無いな……

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