第六十六話 次から次へと問題がやってくる
こいつ、いつになったらメイド服作るんだ?
冒険者ギルドで依頼達成の報告を済ませ、報酬を借金返済に充てる。
最低限の所持金が入った財布を抱えて。学園へ戻る前にメイド服の材料を買いに、雑貨屋で布を選別。
若干青色が混じった黒い布をひとまず二着分だけ購入。装飾用の白い布と裁縫道具はアカツキ荘の地下工房に備えているので買わなくていい。
ロール状に巻かれた布を片手に、さあ戻ろう、と雑貨屋を出たところで。
「アカツキ・クロトだな。ちょっと本部まで来い」
「えっ」
眼前に現れた機嫌の悪そうな自警団の男に問答無用で手錠をかけられ、抵抗する暇もなく自警団の本部に連行された。
……こいつぅ! メイド服が作れないだろうがッ!
◆◇◆◇◆
ニルヴァーナ全体の警備を担当する組織、自警団。
ぶっちゃけ名前が変わっただけの警察である。
成り立ちはまだ小さな国であったニルヴァーナの住人に助けられ、恩がある者達が集まった有志の団体で。表立った活動をする為、名前が必要になり自警団と名付けたのが始まりだ。
東西南北に延びる各大通りはもちろん、内外を隔てる巨大な扉と行事・お祭り事での警備やパトロール、近辺の村に向かう行商の護衛などが主な業務。
そして恐ろしいことに一部の団員は、なんと高ランクかつ実力上位の冒険者数人をたった一人で叩きのめす程の戦闘能力を有している。
護衛に適した人材が多く、ギルドに頼むより確実に格安かつ安全なので、一部の商会では冒険者でなく自警団に護衛を頼む人も多い。
魔科の国、日輪の国ほどニルヴァーナは広大ではないが、自警団は数百人規模で構成された団体だ。
本部以外にも交番のように支部がいくつか点在しており、それぞれに支部団長が一人ずつ常駐し、団員をまとめ上げている。
そうしてニルヴァーナの治安の要を治める団長は本部に。
鉄柵の塀の中、赤レンガの建物が二つ並んだ内の一部屋で。
スラリとした細身の長身。しかし内に鍛え上げられた高密度の筋肉を纏う、金髪をオールバックにした美形エルフの男性。
名をエルノール。自警団初代団長にして、今に至るまでその座を誰にも明け渡さなかった男。
道を歩けば誰もが振り向くような整った顔を暗くさせ、鋭い切れ目を伏せて。
煙草の吸い殻で山盛りになった灰皿をどかして執務机に肘をつき、額に手で押さえたままため息を吐く。
「わりぃな、クロ坊。ウチのクソ馬鹿新人が勘違いしてたみてぇだ」
「まあ、血の気の多い連中だし、そんなこったろうとは思ってましたよ」
嘘である。内心、冷や汗かきまくりである。
だってバレたと思ったからね、“麗しの花園”に入り浸ってること。
手錠を解かれ、赤くなった手首をさすり、エルノールさんの折檻を受けて転がされた団員を見つめる。
どうやら今朝の暴漢を鎮圧した件の概要が湾曲して伝えられたようで、俺が女子生徒を襲い、助けに入った冒険者が暴行された事になっていたらしい。
そのまま逃走したと思われていた俺を入団したての団員が発見し、心の内から溢れる正義感のまま捕縛し、連行した……これが一連の流れ。
結果として民間協力者を誤って逮捕したのでエルノールさんの怒りが爆発。
視線だけで穴が開きそうなくらい睨まれた団員は、鉄でぶん殴ったような音が鳴る拳骨を受けた。
報・連・相と再確認を怠った報いだな、と。
往復ビンタで腫れ上がった顔のまま気を失い、痙攣している姿に合掌。
「毎年活きのいい奴らが入団するのはいいが、人数が増えすぎるとこういう事が起きちまうのが難点だな」
「ヒューマンエラーは必ず起きますよ。もうほんと……嫌になるくらい……」
「山ほどバイトしてるクロ坊は身に沁みてるか」
当然のように連日シフト、唐突に辞める他のバイト、ワンオペで店を盛り切る……思い出したくもない不運の連続だったな。
日本で経験した悪夢だ。自嘲気味に笑えば、同調するようにエルノールさんは呟く。
笑いかけながら胸元からシガーケースを取り出し、慣れた手つきで一本だけ口に加え、流れるように火を点けた。
「いくら薬膳煙草とはいえ、目の前で了承無しにいきなり吸いますか?」
「そう硬いこと抜かすな、クロ坊以外にはやらんよ」
「まあ、別にとやかく非難するわけじゃないですけどね」
「フッ……痛烈だったなぁ。ガキの前で吸い出した時、思いっ切り張り手をかまされたからな」
「常識的な団長ともあろう人が、迷子になった子どもを保護してる最中なのに躊躇いなく火を点けた時点で察するべきでしたよ……」
「いいさ。ちょいとイラついてて良くない行動を取った俺のせいだからな」
紫煙を燻らせるエルノールさんは出会った当初の事を思い出し、くつくつと笑う。
彼とはガルドの事件関連で調書を受けて以降、何かと話す機会があった。
種族がエルフなだけあって当事者でないにしろシルフィ先生の事情にも詳しく、諸々の説明をした後でケジメをつけた事を感謝された。
学園長に特務団員の腕章を許可なく渡された件も不問にしてくれて、借金返済で頑張る俺に余ってる仕事を斡旋してくれたり。
街で顔を合わせれば身近な情報を教えてくれたりする、ありがたい人だ。
「とにかく誤解は解けたみたいだし、お腹も空いたんで帰ります」
このまま居ても迷惑を掛けてしまう上、ボロを出して色々とバレるのは避けたい。
団長を務めてるだけあって洞察力や勘が鋭く、問い詰められたら誤魔化せる気がしないのだ。年の功には勝てんよ。
「ああ……いや、待て」
お弁当を学園に置いてきているのでそれを理由に立ち去ろうとして、呼び止められる。
扉に掛けた手を戻して振り向く。
「なんっ、なんですか?」
いかん、どもってしまった。
「今朝の暴漢、というよりニルヴァーナで最近発生している暴動事件について。まだ公表はしていないが、現時点で分かってる情報を先に伝えておこうと思ってな」
「そ、そういうことですか……てっきり俺も何かやらかしたのかと……」
「強いて言うなら、配達で家屋を飛び回るのはやめろ。住人から苦情こそ出ていないが目立ち過ぎだし、お前の事を知らん旅行者から不審者扱いされてるぞ」
「近道だから楽なんですよ」
「そもそも道ではねぇ」
「ごもっともです。それで情報ってのは?」
「まったく……まずは暴動を起こした連中の身元からだ。ほらよ」
執務机に近づいた俺に、エルノールさんは紙の束を渡してくる。これまで取り押さえてきた連中の情報を簡潔にまとめた物のようだ。
清涼とは言い難く、しかし疲労を緩和する薬草の香りを手で払いながら眺める。
捕まった人は種族に限らず男女問わず、年齢は二十代から四十代、はたまた高齢だったりと。数十人もの名前が連なっていた。
「他国で活動してる冒険者がほとんどで、何人かは観光で来た一般人……あれ、地元の人がいない?」
「おう。一人か二人はいてもおかしくないと思ったんだがな。暴動事件に限ってみれば、とっ捕まった奴は誰もいねぇ」
「現行犯は絶対逮捕が自警団の信条だし、出来るだけの能力はあるから逃してるとは思えない……ちょっと不自然さを感じるなぁ」
名前、性別、年齢、見た目の特徴など。
事務的に書かれた項目に記載されていた、入国に使用した交通機関の詳細を流し見る。
どうやら大半の人は魔科の国側の魔導列車で入国しているようだ。
他には馬車だったり徒歩だったりと、時期も移動手段はバラバラで特におかしな部分は無い。
「不自然、か。どうもその程度の認識じゃ、甘い問題になってきてるみてぇだぜ」
「……どういうことです?」
意味深な言葉に顔を上げれば、エルノールさんは机にもう一枚の紙を置く。
それは捕らえた人達の健康状態を事細かに書き記した調査資料だ。
「医者の診断によれば、暴動を起こした連中は一種の興奮状態にあった。そこで全員の血液を採取し調べたところ、思考を希薄させ、闘争本能を刺激する成分が検出された」
「……待ってください、全員からですか?」
「そうだ。全員に共通して同じ成分が確認できた……さすがに偶然とは言い切れん」
そう言って吸い殻を灰皿に押し当て、顎に手を添えて背もたれに身体を預ける。
「早計かもしれん、思い過ごしであればいい。だが考えうる最悪の事態は」
「──ニルヴァーナ内での違法薬物の流通、ですか。そういう薬があるのは知ってたけど、まさかこの国で……」
「……今でこそこの程度の被害で抑えられているが、近い内に限界が来る。幸いにも錬金術師が解毒薬の生産を始めたおかげで、事後治療になるが毒素や中毒性を打ち消す方法が確立している。だが、大本を叩かねぇと手遅れになっちまう」
「早急に手を施さないといけない、か」
想像よりも遥かに大事だ。納涼祭を目前にして、こんな事態に発展しているとは。
自警団が可能な限り調査をしているが、手元にある情報は少ない。錠剤、液体、粉末……広まっている形や手段が何であれ、対策を立てなくてはならない。
警備やパトロールの増員は既に始めており、俺も依頼を受けて各業務に参加した経験がある。
持ち込み物の取り締まりも強化しているようだから、他に出来ることを考えないと。
しかし──グリモワールに薬物なんて単語が続くと《デミウル》を連想してしまうな。
違法な実験を繰り返し躊躇いなく非道を進むゲスの集まり。
とある事情で、一夜にして壊滅させられた哀れな企業だ。ざまあみろ。
あそこ以外にも医療企業は存在しているが、《デミウル》は頭一つ飛び抜けた医療技術を保有していた。外道ではあったが優秀だったのだ。
トップである社長も幹部も一部の社員も、諸共牢屋の中なので関係ないと思うが。
興奮剤のような効能を持つ薬の成分を保たせたまま、どんな形にでも作り変える方法はある。
俺の特製石鹸が良い例だ。端的に言うと、あれはポーションという液体を固形に変化させた物だから。
薬に手を加えて物質の状態を変えるのはどの企業でも容易に出来る。となると──少し聞いてみるか。
「捕まった人達は薬物を所持してなかったんですか?」
「取り締まりを厳しくしたのは知ってんだろ。荷物から体まで、宿泊施設までとことん調べたがそれらしき物は無かった。捕まえた連中は取り引きをした記憶すら無い……なんだ、何か気づいたか?」
「気づいた、というよりは可能性がある、かな」
前のめりになって顔を近づけてきたエルノールさんに指を立てる。
「薬らしき物的証拠がない……つまり、形に残る物ではないと考えてます。エルノールさんは珍しく肉弾戦寄りのエルフですけど、霊薬の扱いくらい知ってますよね?」
「伊達に長生きはしてねぇよ。薬膳煙草も自作してるし、クロ坊の考えも読める。粉末状の薬ってとこだろうが……服や物に付着してる痕跡は無く、身体に入っても時間が経ったら元の形なんざ意味がねぇ」
「その認識を持ったまま言わせてもらえば、薬物のばら撒き方は恐らく無差別な手段だ。一般的におこなう動作、日常的に異常を感じない自然な行動に混じった物──呼吸なんだと思う」
ピクリ、と。長い耳が一瞬反応した。
「なるほどな……風に乗った薬が呼吸によって肺に沈殿し、体内に蓄積し、徐々に蝕み興奮状態へ陥れるってわけだ。だがどこで? 噴霧が手段だとしても風向きや天候が障害になる。症状が出るまでずっと溜め続けるとなれば、条件が……不確定要素が多過ぎるぞ」
「ありますよ、一つだけ。大勢の人が集まる密閉空間で、同じ空気を長時間吸わなくてはならない場所が」
そこまで言えば察しが付いたのだろう。
エルノールさんは目を見開き、次いで鋭く睨む。
「……魔導列車か。あそこなら最適だな」
「ええ。この季節ですから冷房の為に走行中は窓を開けたりしない。鼻が効く種族は勘づくかもしれないけど、芳香剤と混ぜれば相当分かりにくくなる……換気もしないから十分に有り得るかと。でも、そうなれば他の徒歩や馬車で来た人はどうなんだ? という疑問が……」
「いや、徒歩や馬車だって野宿だけじゃなく、ちゃんとした休息は挟む。日を跨いでの移動はよほど急いでなければしない。だから近くの宿場町──魔導列車も停車する場所で宿を取る」
っ、そうか。列車の停車駅がある町は駅の近隣に店や宿屋を多く構える。町の中心である上、その方が旅行客に活用してもらいやすいからだ。
結果的に、大量の人が駅の周辺を出歩く事になる。
「止まった列車は車内の魔素比率を調整する為に車窓を全開放する。国外遠征の時もそうだった、その際に溜まった空気が流れ出て……」
「周辺を薬混じりの空気が汚染する。風で薄れ、すぐにでも霧散するだろうが高密度だ。駅の近くに用があって来る連中は、知らずの内にとはいえ吸っちまうわな」
「あくまで仮説ですけど、念の為に調べておきたいですね」
「今日の午後にでも団員にグリモワール側の駅と車両を調べさせるか。しかし、これが本当なら相当規模が広いな。ニルヴァーナだけじゃなく他の町まで影響がある……早馬を手配して直接、俺が宿場町に行く必要もあるか」
神妙な面持ちでエルノールさんはデバイスを開き、自警団用のメッセージを送信する。
思いがけず事態が大きくなってしまったな。そんな意図はまったくなかったのに、彼の察しの良さに甘えて推測で物を語り過ぎた。まあ、警戒するに越した事はないし……今回の調査で何か進展があればよいのだが。
けれど、もし仮に。推測通り列車に薬を循環させるような細工がしてあったとしたら。
企業が関係していようがなかろうが、一つだけ分かる事がある。
「それだけ広域に無差別で加減も無く、ましてや金品を接収するのが目的でも理由でもない。……不可解な点が多いのは怖いが、確実にこの事態を観察してる奴がいると思います」
「ほう、根拠は?」
「薬で稼ごうとすれば出来るのにしていない、したとしても金回りで足が出る。商会やギルド、自警団が常に目を光らせてる金銭事情で異常が無いなら、目的は別にあるんじゃないか、と」
「だから無意識の内にばら撒かれた薬物でどうなるか、俺達の反応を楽しんでるクソ野郎がいるって考えたのか。それが本当だとしたら、まるで実験だな……」
エルノールさんは鬼を宿した表情で右手を握り締めた。
長年ニルヴァーナを守ってるだけあって、義務感や責任感の強い彼の事だ。
様々な種族が入り乱れ、それでも程よく秩序を保ち、笑顔が溢れるこの街に手を出されれば相応にブチ切れる。
今まで起きた事件だと、悪徳商会の面子を半殺しにして独房に叩き込んだとか。
賞金首が街中で暴れ出した時は、四肢をボッキボキに折って吊るしあげたとか。
バイオレンスな事実が羅列した過去の報告書を見て、ドン引きした記憶がある。
俺でもそこまでやらんよ……いや、やったな。《デミウル》の社長にラッシュをかましてブッ飛ばしたっけ。
「とにかく、こちらで怪しい部分を調べておく。引き留めてすまなかったな」
「いつの間にか会議みたいになってましたからね。一歩でも真実に近づけたらいいんですけど」
「納涼祭も近いしな。ニルヴァーナの各施設、学園にも自警団から注意を促すように再度伝えておく。……クロ坊も気をつけろよ。お前、気づかぬ内に巻き込まれてる印象が強いからな」
「ハハッ、ソッスネ」
やめてよね、そんな縁起でもないこと言うの。
ただでさえ魔科の国で企業のいざこざや、事件に首を突っ込む羽目になったんだから。
「じゃ、今度こそ帰ります。べんとう~べんとう~」
「おう……そういやお前、偶に歓楽街に居なかったか? 見覚えがあるって言う奴が団員の中に」
「さよならッ!」
追及を受ける前に扉を閉めて、早歩きで本部の敷地から脱出。大通りに出て赤レンガの建物に振り返る。
マズいな、エルノールさんに怪しまれている。“麗しの花園”に行く時は変装した方がよさそうだ。
……ここでひとまず様子見、とか。行かないって発想に至らない辺り、金銭欲に負けているな。
◆◇◆◇◆
大通りから学園の広場に出て、大時計を見上げる。
十三時三〇分……だいぶ時間が掛かったなぁ。もう午後の授業も始まってる頃合いだけど、昼食がまだだし教室に弁当を取りに行こう。
他教室の騒ぎを聞き流しつつ七組に戻る。やはり授業に参加している為かクラスメイトの姿はない。
誰もいないならここで食べよう。カバンの中から弁当箱を取って机に広げる。
今日の弁当作り担当はカグヤだ。
塩と混ぜご飯の、拳ほど大きなおにぎりが二つずつ。
出汁巻き玉子、芋の煮っ転がし、オーク肉の生姜焼き、サラダに漬け物。
冷めてなお食欲をそそる匂いに頬が緩む。
一つの箱には収まらず、二段重ねになった弁当に両手を合わせてから手をつけ──。
「ここに居たのね、アカツキ・クロト」
……手をつけようとして、豪快に開かれた扉から女子生徒が入ってくる。
茶髪のショートヘアから生えた猫耳、丸メガネからこちらを見つめる猫の瞳。
高等部の制服を着た起伏の無い体の女子。
出し物の企画会議でなぜか七組の前で隠密していたり、ちょいちょい学校でも街中でも尾行されていたり、と。
意図は分からないが、シェアハウスを始めてからずっと感じていた視線の正体。
中間試験の打ち上げにも参加していた彼女の名前は、ナラタ。
特に何かする訳でもなく、実害もないので放っておいた彼女はカグヤの元同室相手である。
「よっす。ずっとストーカーしてたのにいきなりどうした?」
「ストーカーって言わないで、人聞きの悪い……観察よ、観察」
「それもどうかと思う」
米の甘さを引き立てる丁度良い塩味のおにぎり、迷宮で採ってきた風味の強い生姜と噛み応えのあるオーク肉。
好相性の組み合わせに舌鼓を打ちつつ、机の前に寄ってきたナラタを見上げる。
「で、何の用? 話すのも嫌なくらい怨んでたのに接触してくるなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「……ふっ」
不敵な笑みを浮かべ、メガネを指先でくいっと持ち上げながら。
ポケットから取り出したいくつもの小さな紙、写真を机に並べる。出汁巻き玉子を口に放り込んで見下ろし──噴き出しかけた。
それは歓楽街で女性に絡まれる俺の写真だった。
いつだったか、自警団のパトロールに見つかりかけて全力逃走した写真も。
“麗しの花園”の嬢に迎え入れられ、店内から送り出される写真も。
どれもこれもがスキャンダル……は言い過ぎかもしれないが、表に出してはいけない物ばかりだ。特に学園、自警団には見せられない。
いや、だけど、なんでだ!?
尾行が無いのは確認してから歓楽街に向かった。制服の色を変えたり、髪型も多少は手を加えて一目ではバレないようにした。
なのに写真のほとんどは盗撮に近いアングルから撮られている。距離も近く、ここまで接近されていたらさすがに気づく。
様々な手を施して取り引きをしていたんだ。バレる訳がないのに、どうして!?
「私は報道クラブに所属している。通常の魔導カメラだけじゃなく風属性の魔法を活用し、空中移動を可能とした小型カメラもあるの。それを使えばリアルタイムで状況確認だって出来るし、盗撮も可能よ」
空中移動の小型魔導カメラ……ドローンみたいな物か。それのせいで行動が筒抜けだったって訳だ。
というか、得意げに言ってますけど犯罪っすよ。
「なんでこんな事を……」
「決まってるでしょ。アンタの真実を世に知らしめて私のママ……じゃなくて、カグヤを返してもらうためよ!」
「今ママって言わなかった?」
「うるさい」
睨まれた。急に来ておいてなんて言い草だ。
「とにかくアンタがカグヤに相応しくない事を証明し、あの家から女子寮に戻ってきてもらう! 娼館狂いのクソ野郎だって分かれば幻滅もするし、そもそも学園に居る事すら難しくなるでしょ!」
ナラタは高笑いを上げて指を差してきた。食べ終わった弁当を畳みながら、考える。
コイツの目的は俺の信頼を失墜させること。
シェアハウスの件はカグヤがしっかり説明をして、納得を得たと言っていたのだが、どうもそれだけでは足りなかったらしい。
カグヤが自分の元から離れたのは俺のせいだと、まるで親の仇のように思っている。
こいつさえいなければ、と。
怨恨から生じる原動力に突き動かされ、自分に在る物を存分に使い、俺の悪い部分をとことん集めて脅しているのだ。
荷物の配達と石鹸の仕入れで花園に出入りしている、なんて。真実を知らない彼女にとって、確かに俺は女の敵に見えるだろう。
この写真をばら撒かれた瞬間、俺の学生人生は終わる。
「だけど、これをそのまま晒すつもりはないわ」
ナラタは写真を回収し、俺は畳んだ弁当をカバンに戻す
「なんでだ? 俺を社会的に殺すならそれで十分だろ」
「いいえ、私はあくまで真実を求めたいの。報道クラブの人間として妥協するつもりはない。私の見立てだと、アンタはまだ何かを隠してる。それが邪だろうと正しかろうと見極めなくちゃいけない」
「…………ふーん。で?」
「納涼祭が始まるまでの間、アンタを徹底的に取材する。そうして得た情報を一括にまとめて、学園の特待生が何たるかを発表する。今日はその前座として許可を貰いに来たの」
折り畳まれたプリントを開き、見せつけてくる。
報道クラブにおける取材を認可するかどうか、注意事項がまとめてあった。
遠慮も思慮もなく勝手な事ばかりして、捏造するのが基本な記者は心底嫌いだけど……ナラタは違うみたいだ。
見つめてくる目には強い意志がある。言動こそ刺々しく怨んでいるのは確かだが、虚偽はしないと思えるまっすぐな瞳だ。
日本に居た頃、事件や事故があればすぐにでも詰め寄ってきたアイツらとは違う……信じて、みるか。
「……わかった。受けるよ、取材」
「っしゃあ! これで合法的にカグヤと一緒に居られるぅ!」
「お前ぇ! 最初からそれが狙いだったんじゃないのかぁ!?」
一瞬でも信じた己の愚かさを呪いながら。
サインを書いたプリントを奪い取り、颯爽と廊下に出たナラタを追う。
──こうして翌日から、正式な手続きを得たストーカーに狙われる日々を送る事となった。
誤認逮捕からの情報入手。
厄介ストーカーから正式ストーカーへジョブチェンジした新キャラの登場でした。
次回からは正式ストーカーも交えて話を進めていきます。