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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【五ノ章】納涼祭
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第六十五話 誰にも言えない相談相手

七組男女メイド化計画。

自分で書いててなに言ってんだテメ―とツッコんだ。

 企画会議を終えて、実行委員のデールが書類を生徒会へ持っていくのを見送り、七組はそれぞれ受講する授業へ。

 エリックは“性根を鍛えてやる”とセリスに首根っこを掴まれて戦闘科に。

 前に討伐した迷宮主の素材で作りあげた(あか)い槍、《カルキヌス》でボコボコにするつもりだ。

 ユニークスキルの性能もあって鉄壁の防御力を誇るエリックだが、使われる前に速攻で仕掛ければ容易に相手取れる。


 壁役に隙を与えない。

 それが可能な時点でかなりの実力者だ。少し前まで床に伏せていた病人とは思えない。

 というか彼女、《ヒーラー》とかいう()()()()()()()()()()()()()()()珍しいクラスの癖に、思考や行動原理が前衛職なんだよなぁ。どこで何を間違えた?

 カグヤもやり過ぎないようにお目付け役としてついていって。対して俺はギルドから直々に配達の依頼を連絡されたので、受け取り場所に向かっていた。


「万人受けの見た目、親しみやすさがあって男女のどちらでも違和感のない物……ちょいと難しいが、出来ないわけじゃない」


 大通り(メインストリート)の人波を(くぐ)り抜けながら、頭の中に浮かべるのはメイド服のデザイン。

 言い出しっぺとして諸々(もろもろ)の草案を考えてくる、と。

 デールに言ってからそれしか考えられなくなってしまった。


 だって、何度も言うが七組は美形揃いなのだ。当然、要求される衣装のレベルも高くなる。

 それでも顔や服が負けないようにどちらも良い塩梅(あんばい)で、種族の特徴に合わせて耳や尻尾が邪魔にならない工夫をしなくてはいけない。


「やっぱり王道のヴィクトリアンだよな…… 個人的に好きだし、ミニスカは嫌う人がいそうだし。となると夏場だから薄手の生地で、フリルは少なめにして清廉さをアピール……個々の差別化を(はか)る為にアクセサリーを付ける部分を作って、ワンポイントなオシャレ要素を取り入れるか。頭にはキャップかリボン、ヘッドドレス……うーん、迷うなぁ」

『そもそも、一人一人に合わせていたら時間が掛かり過ぎるのではないか?』

『サイズはある程度調節が効くように、裾とか袖を違和感なく詰めれるように帯を仕込むよ。細かいところは人によって合わせてもらうけど』


 口には出さず、レオの指摘に答えながらギルド支部に入る。

 少し薄暗い店内ではまだ昼間でもないのに併設された酒場で酒を飲み、料理やつまみに食らいついて騒ぐ冒険者が散見していた。

 ここ最近アルバイトで酒場の厨房を手伝ってるから分かるが、普段はテーブルもカウンターも常に満席なくらい、人でごった返してる。


 なのに今日は席に空きが目立つ。

 少し違和感を抱くが、そのままギルドの受付に。

 以前、召喚獣と召喚士(サモナー)のイロハを教えてくれた職員に用件を伝え、裏口の方へ。


『しかし、俺の趣味に突っ走ったメイド服で皆が納得してくれるだろうか。誰かと一緒に相談を交わしてデザインを決めるべきでは……?』

『アカツキ荘の面々ではダメなのか?』

『ダメって訳じゃないけど、こういうのは第三者の視点から意見を貰った方が上手くいくんだよ。身内とか関係が近しい人だとどうしても贔屓目が入っちゃうし、欲を言えば服飾に造詣(ぞうけい)が深い人がいいな』

『いないだろう、知り合いにそんな者は』

『そこなんだよねぇ。いっそのこと他の七組メンバーを頼るのもアリか……男子どもは(はぶ)いて』


 メイド喫茶を提案した本人として中途半端な物は作れない。その点に関して妥協するつもりは微塵もないのだ。


「つっても、こだわり過ぎて間に合わなかったら本末転倒だよねぇ……」

「こだわり? なんの話だ?」

「ああいや、なんでもないです。荷物はいつものですよね」


 振り返る職員に手を振り、足下の木箱を持ち上げる。

 それなりに重量があり、揺らせばカチャカチャと擦れる音が漏れ出てくる。瓶だ。

 割れ物注意な中身なので本当なら台車で運びたいが、目的地は街の入り組んだ場所のくせに人通りが多いので、自力で持っていく方が楽なのだ。


「すまない、先方からの指名で君に持ってこさせるよう頼まれてな……苦労をかける」

「いえいえ。それじゃ行ってきます」


 裏口の路地から大通りに出て、迷いなく目的地へ向かう。

 実はこの荷物の配達、以前から何度か頼まれているのだ。

 最初は運ぶはずだったギルド職員がケガを負って動けなくなり、他に手の空いている職員もいなかったので、バイトで事務作業をしていた俺が代わりに運ぶ事に。

 無事に配達し終えたのはいいが、そこでちょっとした騒動が発生していたので解決したら依頼主の方に気に入られたようで、毎度ギルドを通して俺に連絡が回るようになったのだ。


 呼び出される時間が昼夜問わずバラバラなのが唯一の不満だが、運ぶ物が物なだけに仲介料は取られず報酬も中々高い。

 ついでに依頼主側から個人的に細々と道具の仕入れを頼まれる事もあり、総合的に見ると相当稼ぎが……。


「……あっ、そっか。あの人達に聞けばいいじゃん」

『彼女達か。確かにそういった意味では最善かもしれんな』


 レオの同意を得て頷き、学園の外周をぐるっと回り、南側の大通りから裏路地に踏み出す。

 日が入らず少し冷えた空気が漂う近道に、徐々に差し込む光を抜ける。

 ──そこは日々の疲れや癒しを求め冒険者が通う、身も心も隅々まで洗濯する場所。


 どこからともなく匂う酒と花の香り。右も左も脚や肩、胸元を(さら)け出した扇情的な服装の女性が闊歩(かっぽ)し、淡く色づいた甘い雰囲気が特徴的な歓楽街。

 性と欲の坩堝(るつぼ)。ニルヴァーナの吉原とでも言うべき区画、それがここだ。

 ギルド職員が申し訳なさそうにしていた理由でもある。


 この世界、酒は十五歳から飲めるし色街の利用も制限は無いがニルヴァーナは独自の規則を作っていて──原則、学生の飲酒やそういう施設の利用は厳しく取り締まっているのだ。自警団も意欲的に協力するくらいには。

 まあ責任の取れない連中が勝手して色街閉鎖とかなったら一般冒険者はブチ切れるし、普通に常識的な規則である。七組男子みたいな、一方向に振り切った暴走癖のある奴もいるし。


 話が逸れたが、要は学生である俺がここに居てはいけないのだ。

 あくまでギルド側の一員として依頼をこなしている為、問題は無いと言われてるが詭弁(きべん)でしかない。何度か自警団に発見されかけ、逃亡を(はか)る事も多かった。

 そして、そうなる原因のほとんどが客引きの嬢に目を付けられ、引き留められてしまうから。


 向こうも規則は熟知しているので、絡まれても世間話しかしないから悪気は無いんだと思うけど……夜分に(とろ)けた表情の男性教師が店から出てきて、鉢合わせた時は胃袋がひっくり返るかと。

 素早く察知してくれた嬢の(かた)が教師にバケツを被せてくれたおかげで見られず、逃げ切る事は出来たが危なかった。

 今日はまだ昼前なので知り合いと遭遇する危険性は無いだろうが慢心はしない。

 そそくさと早歩きで区画を進み、辿り着いた店を見上げる。


 “麗しの花園”。


 他の店舗と比べて明らかに格が違う豪奢な店構え。薔薇(ばら)に包まれた女性の身体に、店名が書かれている看板を確認。

 全体が魔力結晶(マナ・クリスタ)で構成された結晶灯だ。何度見ても()ってるなぁ、と思う。

 魔科の国(グリモワール)にも似たような物はあったが、こちらは巨大な魔力結晶を一から彫った完全オーダーメイド。

 材料費もさることながら製作費も相当のはず。さすがは()()()()()()の店だ、お金の使いどころが違うぜ……。


「心と見栄えが良ければ金や人は自然に寄ってくる、だったかな」


 交流を重ねていく内に聞かされた“麗しの花園”の様々な流儀。その中でも特に含蓄(がんちく)深い言葉が記憶に残っている。

 客商売の基本ではあるがこういう職業だからこそ、洗練していくのが重要なのだとか。

 経営の姿勢、方針という観点ではリスペクトしたいところだ。

 さてと、いつまでも突っ立てる訳にもいかない。木箱を抱え直して扉を開き、店内へ入る。


 ◆◇◆◇◆


 “麗しの花園”は外装に負けないくらい、煌びやかな内装をしている。

 エントランスの中央には二階へ続く螺旋階段、それを囲むような配置のカウンター席。革張りのソファに黒塗りのテーブル、天井からは無骨な結晶灯ではなく、いくつもの豪華なシャンデリアが吊れ下がっている。


 その下では複数の男性従業員が掃除をしていた。もはや顔なじみである為か挨拶すれば普通に返してくれる。

 最初の頃は邪険に扱われてたっけ……当然っちゃ当然だけど。

 カウンターでグラスを磨いている従業員に用件を伝えれば、嬢の控え室に通される。

 個人で差異はあれど、共通して薄着で眠たげな女性が何人か談笑しており、全員が一斉にこちらを向いた。


「皆さん、お疲れ様です。酔い覚ましと化粧水を持ってきましたよ」


 “麗しの花園”が懇意にしている商品だ。

 運んできた木箱のフタを開けて、中身をテーブルに並べる。


『やったーっ!』

「いつも悪いわねぇ、オーナーのワガママに付き合わせちゃって」

「俺の方も色々と助けられてるのでお互い様ですよ」


 そう言うと女性陣が感謝の言葉と共に頭を撫でてくる。抱き着いてくるのは寸でのところで止める。

 端正な顔に子どものようなむくれた表情を浮かべる女性陣。種族は違えど全員スタイル良いし、美人なお姉さんに詰め寄られて嫌な男なんていないと思う。

 しかし、仕事明けの色気でドギマギしてた頃の俺はもういない! ……そんな残念そうな顔したって鋼の精神で乗り切る、乗り切るんだ!


「んもぅ、相変わらず硬いんだから」

「何も思わない訳じゃないですけど……皆さんとこうして話せてるだけで十分ですよ、俺は」

「ぐっ……どうしてそう堕としたくなるようなセリフを吐くのかしら」

「本当にねぇ。──規則さえ無ければ、とことん骨抜きにしてあげるのに」


 一瞬ギラついた視線を向けられるが、しれっと横に流す。

 最初の配達でタチの悪い客が嬢に無理をさせようと暴れていたのを止めて、取り巻きも含めて穏便にタコ殴りに。

 そうしてボロボロになった客をゴミ捨て場に放り投げた後、怪我人の治療を万全に施した。

 たったそれだけの事だったのだが、嬢や依頼主──オーナーにとっては痛快な出来事だったようで。


 その一件以降、“麗しの花園”の方々に気に入られてしまい、今に至るという訳だ。

 ちなみにタチの悪い客は自警団にしょっ引かれて牢屋に入れられている。どうも手癖が悪く、犯罪に犯罪を重ねた連中の集まりだったらしい。

 同情の余地など一切無し。しばらく冷たい岩の上で寝てろ。


「そういえば石鹸の在庫はありますか? 依頼のついでに確認しようと思ってたんですけど」


 ぐいぐい寄ってくる女性陣を牽制(けんせい)しつつ、話題を逸らす。

 オーナーに気に入られたもう一つの理由、それが特製万能石鹸だ。

 寝る間を惜しんで接客、着飾る為の化粧、お酒を(たしな)むなど。他にも色々と原因はあるが、総じて肌荒れやむくみに繋がる要素だ。


 美に関して専門家とも言える彼女達は、客に見せないよう普段から努力しているが限度はある。少しの仕草でも違和感を抱かせてしまうのは屈辱とも言えるだろう。

 そんな彼女達に良ければどうぞ、と渡したのが固形の万能石鹸。

 錬金術師(アルケミスト)の技術を全て使い切り、完成と同時に中級まで押し上げた渾身の一品。


 自分でもビビるくらいの高性能で。メイクはスルッと落ちるし、カサついた肌荒れは水を弾く赤ん坊の如きモチプル肌に。

 薬効成分の皮下浸透により血行を促進し顔や腕、脚のむくみを改善。

 傷んだ髪質は元に戻り、湿気で膨れる髪も癖のついた髪もサラサラストレートへ。

 花や果物の成分を抽出し、様々なフレグランスで香り付けも可能。


 アカツキ荘のメンバーも驚愕し、絶賛された石鹸である。

 ポーションが身体に作用する治癒成分を抽出し、別方向に転換するよう他の素材を投入。そのまま固形化させた、言わばただのポーション石鹸なのだが。

 材料が材料なだけに爆薬を作りながら片手間に量産できる代物と化している。


 少しでも家計の負担を減らす為に編み出した自作石鹸。

 いつも配達で呼ばれる度に化粧直しや体調管理が大変そうだと思い、何個かまとめて渡したのだ。

 怪訝な表情をしていたオーナーが次の配達の時、はち切れんばかりのメル硬貨を詰めた袋を、真顔で差し出してきた姿はしっかりと覚えている。

 効能を実感して感動したらしい。だが、さすがにそんなの受け取れない。

 お金は喉から手が出るほど欲しいが無理させるのも嫌だし、お気軽に作った物で大金を得るのは、と押し返した。


 それでも納得しないオーナーから、本格的に商品として店に(おろ)してほしいと懇願され、口コミで寄ってきた他店舗のオーナーからも頭を下げられ……結果、断るのは良心が痛むので引き受ける事に。

 こうしてギルドの配達依頼で“麗しの花園”に向かい、同時に石鹸の在庫確認をして、足りなければ生産して持ってくるのがいつもの流れになったのだ。

 規則ギリギリのラインで独自の商売までしてるとか、やってる事が犯罪寄りだが背に腹は代えられない。

 稼ぎが良いので学費の返済が早まるからね!


「ああ、それならオーナーが」

「──待ってたわよ、坊や」


 バレたら一巻の終わりだな、と後ずさった背中に誰かが抱き着いてくる。

 体勢が崩れないように踏ん張れば、しっかりと胴に腕を回され、背中に柔らかい感触が押し付けられた。

 次いで吐息を吹きかけながら、溶けているという表現が似合い過ぎる声に背筋が泡立つ。


 全身が脱力していく感覚に抗い、首を後ろに回す。

 声色とは裏腹に情熱的な赤の長髪。

 あられもない豊満な部位と肢体を晒し、長身に映える星を散りばめたような黒のドレス。

 銀細工の耳飾りを揺らして笑みを向けてくるのは“麗しの花園”のオーナー、シュメルさんだ。


「シュメルさん、いきなりくっついてこないでくださいよ! 危ないですって」

「坊やなら受け止めてくれると信じてるからね。好きよ、鍛えてる男の子」

「またそういう……ちょっと、身体をまさぐらないでっ」


 からかう声音と胸元に滑り込んでくる白磁の手に顔が熱くなる。くそぅ、酔い潰れた学園長みたいな絡み方をしてくるっ!

 引き抜いて拘束から抜け出し、名残惜しそうに手を伸ばすオーナーを半目で見つめれば、悪戯(いたずら)好きな彼女は静かに笑う。


 仕事中は花園を統べる者として物静かで憂いを帯びた雰囲気を纏うが、本来はこうしたボディタッチでちょっかいを出したがる愉快な人だ。

 依頼の度に隙を見ては密着してくるのであしらい方が上手くなった。まあ、役得ですけどね!


「ごめんごめん。つい、ね」

「もう、ただでさえ刺激が強いんですよ貴女(あなた)は……で、在庫はどうなんです?」


 お互いに立場があるのは理解しているのですぐに本題へ。

 女性陣に肩を掴まれ椅子に座らされ、オーナーも机を挟んで専用のソファに腰かけて頬杖をつく。


「余裕はあるけど、石鹸の評判が広く浸透していてね。いくつかの店舗からこっちにも(おろ)してもらえないかと打診されてるわ。近々大量に作ってもらう必要があるかも」


 卸した後、石鹸の扱いは“麗しの花園”を元締めとして任せてる。

 そこでお試しサンプルとして他の店舗に配布しているようで、効果を体験した人からの熱い要望が殺到しているらしい。


 歓楽街トップの店が懇意にしていて、且つ配布の影響もあってか。

 石鹸の作成者が俺であるという情報が広まっているそうで、歓楽街を歩いて声を掛けられるのはこれが原因だ。


 学生が歓楽街にいる時点で注目の的になるのは仕方ないが、バレるとダメだっつってんのに顔を広げ過ぎた。

 規則もあるので公言しない事を暗黙の了解としているみたいだが、ここ一ヶ月の間で随分と有名になってしまったぜ。


「嬉しい悲鳴だなぁ……目安はどれくらいですか?」

「一五〇以上、よければ二〇〇個ほどあればいい。出来る?」

「やります。ちょうど素材も余ってるし、別の依頼でポーションを納品するのでその時に生産します。数を揃えたらデバイスで連絡するので」

「助かるわ。こっちもそれに合わせてギルドに依頼を出しておくから、来た時に売り上げを用意しておく。あっ、お菓子食べる? 馴染みの客が持ってきた物だけど」

「頂けるなら頂きま……すげぇ豪華な箱ですね、これ」


 商談……というほど仰々しくはないが成立したので。

 オーナーと会話してる最中、ずっとほんわか休憩中だった女性陣から出された紅茶を一口含み、クッキーにジャムを付けてかじる。

 素材本来の甘味、酸味のあるジャムにバターの風味と厚めのザクザク食感。

 職人の腕が分かる味だ。こりゃあうめぇ。


「やっぱり疲れには甘い物が一番ですねぇ……うめ、うめ……」

「そうね。でも、坊やが持ってきたシュークリーム? ってスイーツも好きよ。名店の味にも負けない、あれだけの甘味を作れるなんて驚きだわ」

「数少ない得意料理の一つなんで」


 (ほう)けた表情で見据えてくるオーナーに胸を張る。

 日々、学園の授業で頑張る子ども達の為に。

 費用は払うから甘い物が欲しいと、駄々をこねる学園長を黙らせる為に。

 大量に作ったシュークリームが余ったので配達のついでに持ち込んだのだ。

 高級料理や食材を口にする機会が多く、舌の肥えた彼女達にとっては物足りないのでは? と思ったが意外にも好評。


 “おふくろの味”“忘れてた思い出を取り戻した”“うめぇ”と。言葉の綾もあるだろうが、口々に大げさな感想を頂いた。

 それから厨房を借りて──何気にギルドよりも設備が豪華──食材も使わせてもらい、お菓子を作成してからアカツキ荘に帰る事もあった。

 自分のこれまでの経験がこんな形で()かされるとは…………あっ。


「そっか、メイド喫茶のメニュー、シュークリームとかパンケーキにすればいいか。クッキーにスコーンの詰め合わせとか、持ち帰りのメニューもあれば……」

「うん? メイド喫茶?」

「はい。今月末の納涼祭で──」


 首を傾げるオーナーに頷き、ここに来た目的の一つ。

 七組の出し物、メイド喫茶について重要な相談をする事にした。


 ◆◇◆◇◆


「やはり学生の出し物なんで露出は控えたいんですよ。お(しと)やかさを前面にだしていきたいっていうか……デザインの草案がコレなんですけど」

「ふむ……花園ではそういう性癖向けの客に合わせて衣装を変える。こういうデザインを好む人はいるけど、ほとんどの客は太ももや胸元を隠さない物を頼むわね」

「やっぱりそうですかぁ……んー、フリルの代わりにサイズ調整用の帯でリボンにしたらどうです?」

「あら、可愛らしい。左右対称にすれば統一感が出て目を引く。種族に合わせて細部を変えてもそれぞれの良さが出ていいわね」


「いつも思うけどあの子、オーナー相手によくあそこまで気後れせず話せるわね」

「バレたらダメな立場だってのに、悪質な客に怯まず立ち向かっていく精神の子よ? 度胸も根性もある」

「それに真面目だしね。仕事もしっかりしてくれるし、お化粧も褒めてくれる。調子が悪い嬢を気遣って、休ませるようオーナーに言ってくれたりするんだから」

「いやほんと、放っておきたくないくらい優良物件なのよねぇ……」


「適度にオシャレポイントも加味しつつ、見栄えの良い部分も残し、ヘッドドレスかキャップか何個か作って好きな物を被ればいい……でもメイド服なんて初めて作るしなぁ」

「不安なら実際に使ってる衣装を貸しましょうか? 毛色は違うけど参考にはなるんじゃないかしら」

「うーん……実物の有る無しでリアリティに差が生まれるのは避けたいので、問題なければ借りた」

「なんならここにいる嬢に着させて(じか)に見る? 私も協力するわ」

「……っ……うっ……! だ、大丈夫です。借りるだけでいいです……」


「いま迷わなかった?」

「誘惑に負けかけてたわね」

「普段はしっかり者でも、やっぱり年頃の学生なのねぇ……可愛い」

「わかる。めちゃくちゃにしたい」


 ◆◇◆◇◆


「今日は相談に乗ってもらってありがとうございました」

「気にしないで。こちらも面倒をかけさせてるからね」


 昼前の歓楽街。カラッとした太陽の光を背に浴びながら、見送りに来たオーナーと嬢の方々に頭を下げる。

 メイド服のデザインに喫茶店のメニュー案、さらには女装する上で必要な化粧道具など。

 相談に参加してなかった嬢の方とも議論を重ね、出来上がった七組男女メイド化計画書。

 恐らく無関係の人に見られたらドン引きされる書類と、借りたメイド服っぽい衣装の入った紙袋を大事に抱える。


「何かあったら、また連絡してください。それじゃ」

「っと、待って」


 (きびす)を返そうとして、突然オーナーに肩を掴まれる。

 振り返るまでもなく耳元で。


「最近、様子のおかしい客が増えてきてる。異常に興奮していたり、強引に迫ってきたり……花園は用心棒のおかげでそこまでではないけど、他の店では被害が出始めてる。それで自警団が警備や取り締まりを強化してるから」

「もし歓楽街に来る時はどっちにも絡まれないように気をつけろってことですか」


 横目で見たオーナーの顔は、何か脅威を感じているようだった。日常的に客と親密に接する彼女達だからこそ警戒するし、どことなく危機感を抱いているのかもしれない。

 今朝、新聞配達の途中でボコボコにした連中も雰囲気がおかしかった。

 徐々に、気づかない内に。ニルヴァーナ全域を蝕む毒が広まっているように思える。

 納涼祭はもちろん大事だが、この違和感を放っておくのもマズい気がする。少し調べてみるか。


「分かりました、警戒しておきます」

「ん、ならよし」


 優しく背中を叩かれ、一歩踏み出す。花園の皆に手を振りながら大通りに出る路地へ。

 夏の(きざ)しを感じる熱に、じわりと(にじ)む汗を拭って。

 俺は依頼報告の為にギルドへ向かった。


“麗しの花園”

 歓楽街の一角を占領するほど巨大で豪華な店。高給取りの商人、高ランクの冒険者が常連。

 偶に学園教師もいる。見知った人が情けない顔で女性に囲まれてデレてるのだ。来ないでほしい。

 オーナーであるシュメルの意向により“花を買わせて愛でてもらう”のではなく、“花を口説かせて誘わせる”やり方で客の対応をおこなっている。

 客と嬢。どちらも巧みな会話術と気分の乗せ方を熟知し、そして互いの同意を得て次のステップへ向かう。一種のふるい落としのようなもので、モラルや教養のある人が残され、落とせても落とせなくても次も来なくてはと思わせる。

 訪れる客の中には単純に会話とお酒を楽しむ為だけに来ている人もいるので、総合的に見ればキャバクラ寄りの娼館と例えるのが妥当だろう。

 余談だが、白衣に似た服を着た若い男が昼夜問わず通い詰めて花園の女王たるシュメルを口説き落としたという噂が広まっている。やめて、口説いてないから噂を広めないで。身元がバレる。


 有識者のおかげでメイド服の方針が決まったようです。

 その時が来たら可愛く描写してやるぜ、男も女もな!

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